119話
そして、数分後。
「さて。これでチェックメイトだ」
「くっ……」
そこには、複数の石柱で羽を地に縫い留められ、蝶の標本のような姿になったケルビムが居た。
「まさか、こんな、こんな変態に……!」
「俺は変態じゃねえ」
「変態!タスク様の変態!」
「変態じゃないからそろそろ鞭をやめて頂けませんかエピ様いてっ!」
「変態!すけべ!馬鹿!タスク様の馬鹿!」
ついでに言えば、標本状態のケルビムの周りには、俺をビシビシ(かなり加減されているが)やっているエピと、エピにビシビシやられている俺と、ケルビム(俺が造形した方)を見て脳内真っ白状態になった挙句、我に返って落ち込んでいるカラン兵士長と、特に何も考えずにぼーっとしているっぽいユーディアさんと、それらを見て複雑そうな顔をしている魔王ルカスが居た。
「成程、確かに有効だ。天使に限らず、天国の連中は皆、こういう物には強い拒否感を示す。男だろうが女だろうがお構いなしに、だ。連中は清廉潔白を愛するが故、などと言っているが……」
そして、魔王ルカスは、ケルビムを見て、更に複雑そうな顔をした。
「真に清廉潔白なら、この像を見て『これはなんですか?』とでも言うべきであろうに」
「ほざけ!」
ケルビムは顔を真っ赤にして恥ずかしがりつつ怒り狂っている。器用なこって。
「それから、エピ」
「うん」
魔王ルカスは、エピにビシビシやられている俺を見て、エピを見て、エピに声を掛けた。
「タスクを許してやれ。こいつの戦略は正しかったのだからな。現にこうして、ケルビムを討つに至った功績は認めてやらねばならぬ」
言われてエピは、不服そうに鞭を止めた。
「……エピ」
が、ここは俺からもちゃんと説明しておかないとな。
「うん」
「あのな、エピ。別に俺は変態じゃない」
きちんと説明すべく言葉を発していくと、エピは複雑そうな顔をしつつも神妙に聞いている。
なので、俺は言うのだ。エピが、あらぬ誤解をしないように。
「俺が特段変態という訳じゃなくて、男は全員こうなんだ」
「……」
「真実だ。真実だとも。神に誓って。いや、カニパ○に誓って」
エピが、非常に、ショックを受けたような顔をしている。
仕方がないかもしれない。真実とは時に残酷である。しかし、真実が真実である限り、そこから目を逸らすべきではないのだ。何故なら俺達は人間。理性の元、真実を探求する事を運命づけられた生き物である。
よって俺は、説明を続ける。
「もしかしたらエピは、あの人はそうじゃない、みたいな人に思い当たっているかもしれない」
「う、うん」
「その人はそういうことを口に出さないかもしれない。だが、頭の中は大体こんなかんじだ」
ケルビム像を指さしながら言うと、エピは更にショックを受けたような顔をした。
「カラン兵士長も大体こんなかんじだ」
「タスク!俺を!巻き込むな!」
「多分魔王ルカスも大体こんなかんじだ」
「うむ。いかにも」
「認めていいのか魔王ルカス!?」
愕然とするカラン兵士長と、妙に満足げな魔王ルカス様、そして首を傾げたり頷いたりしているユーディアさんと、更に混乱するエピ。
そんなオーディエンスの中、俺は最後に、一番言いたかったことを言う。
「いいか、エピ。男は皆、変態だ。これは仕方のない事なんだ。俺達だって好きで変態で居る訳じゃない。生まれた時点で大体こうなるように決まってるんだ。そして、男は全員変態だが、ひどい事をする変態とそうでない無害な変態が居る。それだけのことなんだ」
噛んで含めるように言うと、エピは明らかにキャパオーバーな様子であったが、確かに頷いた。
そして。
「……あの、あの、ね、タスク様」
「うん」
「変態はみんな、胸の大きい人が好きなの?」
……。
想像の斜め遥か上空の問いであった。
「うむ。いかにも」
「タスク、魔王を回収していくがいいな?」
「助かります」
巨乳派代表魔王ルカス様は、カラン兵士長に引きずられていった。
「いや、エピ、違うんだ。それは……人による」
ということで改めて回答すると、エピは神妙に、妙に一生懸命頷きながら聞き、続ける。
「じゃ、じゃあ、胸が小さい人が好きな変態と、あのケルビムさんみたいな、胸が大きい人が好きな変態が居るの?」
「ま、まあ、大体そんなかんじだ」
「あ、あの。あのね。タスク様」
……そして。
エピは、頭がショートして煙を出すんじゃないか、という様子で、妙に据わった目で、俺を見据えて、尋ねてきた。
「た、タスク様は、どっち?」
……。
エピを見る。
エピは、言わずもがなである。控えめ、いや、慎ましやかなかんじである。気にしているからあまり言ってやるなとファリー村の人に念を押される程度のサイズ感である。
「や、やっぱり、大きい方が」
「いや!別に大きい方がいいとかそういうもんでもないから!」
天と地の区別がついているかも怪しい様子のエピが勝手に煮詰まってゆくので、必死に冷却を試みる。
「そ、そうなの?」
「大きくないと嫌だっていう魔王ルカスみたいなタイプも居るが、大体の変態は何でも大体好きなんだ!そういうもんだ!」
「タスク様も?」
「そうです!」
「ほ、本当に?」
「本当に!」
そうして、ようやくエピは落ち着いて、ついでに我に返った。
具体的には、「それでもやっぱりアレはだめ」みたいな方向に落ち着いた。ジーザス。
「さて。じゃあ、生命の実と知恵の実、採りに行くぞ」
何はともあれ、これで先へ進めるという訳である。策を弄して恥を被ってエピにしばかれた甲斐はあったというものだ。
……生命の実があれば、エピを生き返らせることができる。
そして、知恵の実があれば……俺は恐らく、元の世界に戻る為の手段を手に入れることができる、のだろう。
「……そっかあ、もうすぐ、この冒険も終わりなのね」
ふと、寂しげにエピが言う。
「そうだな」
俺達の旅の終点は決まっている。
俺は、元の世界に帰る事。エピは、魔王モルスを倒すこと。
それらが果たされた時、俺達の旅は終わるのだ。
そして、そのためにもまずはエピを生命の実で生き返らせ、俺を知恵の実でどうにかする必要がある。
「……うん。そっかあ……随分遠い所まで来たけれど、でも、結局は……変わらなかった、なあ」
「変わらなかった?」
ふと、エピがそんなことを言うので気になって聞いてみた。
どうにも、『変わらなかった』が、どういう意味なのか気になって。
「……ううん。なんでもないの」
だが、エピからはそれ以上何も、聞くことができなかった。
「ねっ、行こ、タスク様!」
エピは一転、笑顔を浮かべると、軽い足取りで先へ進む。
俺達がケルビムと戦った十字路の先、左右の門のそれぞれの先に、生命の実と知恵の実があるのだろう。
黄金の門と白銀の門、両方の真ん中、十字路の中心に立って、俺達は……。
「待て」
進んだ俺達を呼び止める声は、ケルビムだ。
咄嗟にパン壁を作ったりケルビムにもう1パン追加したりしたのだが、その必要は無かったかもしれない。
ケルビムはすっかり地に縫い留められ、炎の剣も失い、攻撃することはできなくなっていたのだから。
……だが、そんなケルビムも、言葉を発することはできた。
「その先へ進むなら、よく考えるがいい、愚かなる人間よ」
「……どういう意味だ?」
ケルビムがどう動いても対処できるように、できる限りの準備をしながら、言葉の続きを待つ。
ケルビムは俺達の視線を集めながら、息も絶え絶えに……口元に皮肉気な笑みを浮かべて、言った。
「その先は神の領域。生命の実を手にすれば、神に等しき命を得るであろう。知恵の実を手にすれば、神に匹敵する知恵を得るであろう。……だが、その門は神の門。天の門。……お前達が開くことは叶わぬ。私ですら、容易に開くことはできぬのだから」
門が、開かない?ケルビムですら、それは難しい?それは……つまり?
俺達の疑問に応えるように、ケルビムは一点を指さした。
「その、炎の剣」
その先にあるのは、炎の剣、ケルビムが手にしていた剣であった。
「その剣は門を切り開く。私が神より預かりし門の鍵こそ、その炎の剣なのだ」
「これのことか」
ケルビムから遠く離れて落ちていた炎の剣を拾い上げる。燃え盛る割には、普通に手に取る事ができる。暖かいが、熱くはない。
俺にもこの剣は振れそうだ。よし。なら、これで、門を。
「だが、その剣が門を切り開くのは、一度きりだ」
「お前達は生命の実と知恵の実、どちらか一方しか手に入れることは叶わぬ」