118話
カ○パンが人を赦す如く、ほんのちょっと羽目を外した作者の罪を赦し給え。エイメン。
俺達の視線を一身に受け、ケルビムもまた、俺達を厳しく睨んでいる。
金の髪に青の瞳。白い顔のその瞳の奥に憎悪の炎が燃えていなければ、かなりの美女であるが。
「愚かな人間よ」
4つ、つまるところ2対の翼を広げて、ケルビムが一歩、俺達の方へと歩を進めた。
「立ち去るがいい。ここから先は神の領域。人間には禁じられし領域だ」
一歩近づくだけで、肌が焼けるような、チリチリした痛みのような衝撃のような、そんなものを感じる。これが滅茶苦茶強い天使、ケルビムの力か。
「……立ち去れない、と言ったら?」
が、ここで退く訳にはいかない。
「この先へ行く、と言うのか」
「そうだ。生命の実と……あわよくば、知恵の実ももらう!」
「……愚かな」
喧嘩を吹っ掛けると、ケルビムは益々その視線を鋭くして俺達を見据え……突如。
「ならば貴様らの魂、焼き尽くしてやるのみ!」
ケルビムの手の中に、炎でできた剣のようなものが生まれ……ケルビムはそれを携えて、俺達に向かって突っ込んできた。
咄嗟に、パンを生やしてケルビムの周りを囲む。
が、パンは一瞬で燃やされて跡形も無く灰になって散っていく。流石はパンだぜ。
しかし、これが有効な戦術であることに変わりはない。なにせ、相手は自由自在に空を飛び回り、燃える剣を振り回してくる化け物である。パンを生やしまくることによってこちらの他3人が動きやすくするとともに、ケルビムの移動範囲をある程度絞ることもできるのだ。滅茶苦茶速い相手であるならば、そのスピードを生かせないようなバトルフィールドを作ってやればいい。幸いにして、俺にはそれができる能力がある。
「小癪な!」
ケルビムが炎の剣を振りかざしたのを見て、俺はパンを全て石に戻した。
石のいくらかは炎の剣によって破壊され、焼かれて砕けたが、パンよりは耐久性がある。
更に、石からはプロシュートシュートの要領で、石の弾丸を飛ばせる。俺にとって石とは、盾でもあり武器でもあるのだ。
「この程度の弾丸で私を撃ち抜けるとでも思ったか!」
石の弾丸は全て、炎の剣によって斬り捨てられたが、それはつまり、ケルビムの手数を1つ、無駄に消費させた、という事に他ならない訳だ。
……いや、まさか、四方八方から無差別に飛んでくる弾丸を全て回避もしくは突破されるとは思ってなかったんだがな。流石に、こいつは強い、ってことか。
尚、この間も、カラン兵士長が斬りかかり、ユーディアさんが斬りかかり、エピの鞭が飛んでいるのだが、ケルビムを捉えることが碌にできない。
それどころか、下手するとケルビムの炎の剣で重傷を負ってしまいそうな状況だ。
何せ、相手は滅茶苦茶速い。機動力が凄まじいのだ。
それでいて、判断も速く、攻撃の手数も多く、そのくせ一撃一撃がモロに食らったら致命傷待ったなしの威力。
こんなのに策を弄さずして勝てるか。いや、勝てない。
……つまるところ、ここから先、どうにかしてあのケルビムを出し抜いてやる必要がある。
「タスク!上!」
「任せろ!」
ユーディアさん直々にリクエストがあったので、パンをもっと伸ばして、遥か上空にまで足場を作る。
折角なので、全ての足場を上空の一点に集めて引き絞った。
四方八方からパンや石の柱が一点に向けて伸びている様子は、まるで鳥籠である。これでケルビムの動きもある程度は制限できるだろう。あとは、壊されたパンや石があったら、適宜、作り足しつつ、補強を繰り返す、ということで。
「よし、タスク!ついでにこっちも頼む!一気に上空まで運んでくれ!」
「了解!」
そしてこっちでは、カラン兵士長をパンエレベーターで運ぶべく、パン柱を伸ばす。
カラン兵士長は飛べるのだが、やはりエレベーターで持ち上げちまった方が上昇だけなら速いからな。相手が空中戦で来ている分、こちらも空中で戦わざるを得ないのだ。これくらいの小細工はさせてもらおう。
「タスク様!かにぱーちゃんを出してっ!」
「おーけ……ん?え?カニパ○?」
「そう!かにぱーちゃん!」
更に、エピはカニ○ンをご所望であった。
……エピが、○ニパンを、ご所望で、あった。
なんでだ。エピはどちらかと言えば、かにぱーちゃんことカニ○ンはあまり好きではなかったはずだが。
「多分、天使ってかにぱーちゃんが嫌いなの!だから!」
あ、成程。
そういや、今までの天使達も大体はカニパ○から逃げたり、カ○パンを積極的に狩ろうとしてきたり、と過剰なリアクションをとってきていたな。
……このケルビム相手にそれが通用するかどうかは分からないが、やってみる価値はあるだろう。
「よし!ケルビム!これを見ろ!」
ケルビムがちらり、とこちらを見たその瞬間、俺は巨大なカニパ○像を出現させた。
すると、カニ○ンはケルビムの一撃によって破壊された。なんてこった。
「くだらぬ!そのような紛い物、神の足下にも及ばぬわ!」
が、ケルビムはそんなことを言ってくれた。
……そもそもカニパ○は神じゃねえんだがなあ。
とりあえず、カニ○ンがあればケルビムがそちらへの攻撃を優先してくれるという事が分かったので、俺は定期的にカ○パンを出現させて補助とした。
「このような物を出してどうするつもりだ!」
……ふむ。
このケルビム。
機動力も破壊力も超ド級のモンスターではあるが、その理性故にか、カニパ○に対して反応してしまうらしい。
動揺、とまではいかないまでも、確実に気分を害している。その証拠に、苛立ったらしいケルビムの炎の剣が、かなり乱暴な軌道でパン壁を破壊していった。また、ケルビムの表情も、苛々としたものになっている。
……だが、そこまでだ。
それ以上の効果は、発揮できていない。
ケルビムは苛立ちこそすれ、その理性を失うようなことはなかった。よって、隙が生じる訳でもなく、精々、ケルビムが無駄に全力でカニパ○を破壊していく為、無駄に消耗する、という程度である。
そして、消耗なら、こちらの方が余程している。
何せ、相手は化け物である。滅茶苦茶な機動力で空中を縦横無尽に駆け、滅茶苦茶な破壊力を伴う剣だか魔法だかよく分からない攻撃を繰り出してくるのだ。空中で対応している3人の消耗や、いかばかりか。このまま消耗戦にもつれ込んだ時、敗北するのは俺達であろう。
……魔王ルカスという奥の手はあるが、ここで奥の手を出すようでは、神とやらには勝てないだろう。
となれば、やることは1つ。
ここで1つ、策を捻りだすのだ。
なんとかして、ケルビムの機動力を損なうのだ。
……要は、ケルビムにカ○パン以上の動揺を与えてやればよい。
確認だが、このケルビム。
美女、である。
俺は巨大な石の箱を作って、その中に造形していく。
タイムリミットは、ケルビムに破壊されるまで。決して長くない時間の中で、しかし的確に、造形を進めていく。
最早、俺の頭は理性ではないものに制御されていた。というか、頭を理性以外のもので制御しでもしない限り、こんなもん作れん。
「何をしている、人間!無駄な足掻きはやめろ!」
案の定、ケルビムは俺の行動に目をつけて、石の箱に向かって一直線に飛んできた。
……そして。
ケルビムの、炎の剣が、石の箱を砕くほんの一瞬前。
遂に、俺の造形はなんとか終了。後は結果を御覧じろ、である。
ビシ、と音を立て、石に罅が入り、割れる。
石の箱はケルビムの攻撃の前に、あっさりと崩れ去った。
……そして、その中にあったものを、露わにしたのである。
「なっ……!?」
一瞬にして、ケルビムの顔が赤くなり、青くなった。
石の箱の中にあったもの。それは!
カニ○ンの手(なのか脚なのか)に墜ちた……全裸のケルビム像である。
肉でできたケルビム像はその肉感もさることながら、表情に拘って造形した逸品である。
切なげかつ悩ましげな表情を浮かべたケルビムのしなやかな肢体は○ニパンによって絡めとられ、また、その艶やかな肌の上をカニパ○の脚先が這う。
更に、ケルビムの躰を玩ぶカニパ○を崇め奉るが如く、全裸の人間像が複数、土下座の如きポーズでケルビムとカ○パンを囲んで、より一層の禍々しさと背徳一直線なエロティシズムを醸し出しているのである。
ルネッサンスの裸婦画真っ青、R-18指定間違いなしな立体像に、流石のケルビムも思考が焼き切れたらしい。
宙に留めつけられたように動かなくなったケルビム。これをチャンスと言わずして、何をチャンスとするか!
「よし、今だ!」
俺は総攻撃の合図をかけつつ、一気にフランスパン槍をケルビムに向けた。
「っ!?」
俺のフランスパン槍(この流れでこの言い方だと何か卑猥だが決して深い意味は無い)はケルビムの翼を2枚貫く。
そして、ユーディアさんの剣撃が、更にもう1枚の翼を切り落とし……。
……。
「あれっ」
カラン兵士長とエピの攻撃が無い。
嫌な予感がして、見れば……。
「……っ……!?」
ケルビム像を見て、ケルビム以上に動揺しているカラン兵士長の姿があった。
そして。
ひゅ、と、音がしたと思ったら。
「タスク様のおバカああああああーっ!」
俺が、鞭で、叩かれていた。
……叩く相手が違うぜ!いや、文句は言えないが!