117話
手羽先ロードを進み、俺達は戻って来た。
「あれっ……?戻って来たのかい?」
「さっきぶりです、リンガさん、コルディスさん」
「ただいま!お父さん!お母さん!」
……エピのお父さん、お母さん。申し訳ありません。今生の別れみたいなかんじになっておきながら、また戻ってきて本当にすみません。
なんとも微妙な再会であるが、一応、いままでのあらすじをざっと説明した。じゃないと何で娘が戻って来たのか理解できないリンガさん達が明らかに俺を怪しむので。うん。別に天国に永住するつもりは無い。
「そうか、成程。そこでかにぱーとやらを食べているのが魔王、なのか……」
「お初にお目に掛かる。余は魔王ルカス。神と魔王モルスによって地獄の底にて封印されていたが、此度、貴公らの娘御に救われた次第だ」
「ああ、娘の方もなんだかお世話になっているようで……」
……多分、一応、この人達、宿敵、というか……神の玉梓の一族って、神側の人達なわけで、その神を殺そうとしている魔王とは敵なんじゃないかと思ったんだが、想像以上に普通の会話をしている。何故だ。
何故、この人達が会話しているところを見ていると、担任の先生と保護者の会話みたいに見えるんだ。何故だ。
魔王ルカスもエピの両親と顔見知りになったところで、俺達は再び出発した。
「気をつけて行ってらっしゃいねー」
「頑張れー」
……多分、また帰り道で通ると思うので、その時はまたよろしくお願いします……。
さて。
天国は最早、手羽先ロードでしかない。
魔王ルカス様の手に掛かれば、天国の精鋭であるであろう天使達でさえ、つまようじ位の脅威でしかない。
が。
「……む」
エピが居た城の階まで来たところで、ふと、魔王ルカスが眉を顰めた。
「どうした?魔王よ」
「いや……ふん、成程な。ここは神のお気に入りらしい。この結界は、余には少々堪えるな」
どうやら、この天国には結界なるものが張ってあるらしい。
……普通に考えれば、ここ、エピという神のお気に入りが居た訳だから、警備が厳重になるのも已む無し、なのか。
「魔王、大丈夫?戦える?手羽先を食べる?」
「うむ……すまんが、少々休憩させてもらおう。何、少し体が慣れれば、動けるようになる」
ここまで、魔王パワーで相当な量の新鮮な手羽先を量産してきたが、ここに来てその手羽先量産機が不調とは。
まあ、多少の休憩は必要だろう。むしろ、今まで休憩なしだったのだから丁度いい。
「じゃあ、ちょっとこの木陰で休憩ということで」
「分かった。私は火を熾す。兵士長は手羽先の羽をむしってほしい」
「……待て、ユーディア嬢、手羽先をどうするつもりだ」
「食べる」
「エピの二の舞になるつもりか!?」
「……そうだった」
……ユーディアさんがおなかをすかせた目で俺を見てきたので、とりあえず現世の石から肉を生やして、焼き肉パーティーすることにした。
骨は作れないので手羽先はありません。
そうして肉を焼いて食うこと十数分。
「……ん?あれは……何か来るぞ、構えろ!」
空の彼方にキラリ、と光る何かを見つけて、カラン兵士長が叫ぶ。
俺達はそれぞれの武器なり何なりを構えて空からの敵襲に備え……。
「見つけたわよ!侵入者っ……って、あ、あなた達は……!?」
陽光に透けて煌めく赤褐色の長い髪を靡かせて、空からやって来た天使。その顔には見覚えがあった。
「あー、ええっと、井末のところの……」
確か、ヨハンナさん、だったか。うん。
井末と一緒に行動していて、エスターマでは俺達を騙してアマゾンの崖下へ転落させてくれたヨハンナさんだったか。
吹雪の城で共闘しようとしたら裏切られたのでパンと雪に埋めてきたら死んでしまったというあのヨハンナさんだったか。
「よ……よくも……!よくも、私を殺してくれたわね!」
そしてヨハンナさんの方も、俺達を覚えていたらしい。
ヨハンナさんは憎悪からか、一気にその手に魔法を膨れ上がらせ、俺を睨みつけてきた。
「絶対に!許さないわっ!」
「自業自得だろうが!」
……かくして、俺達は、死んで天使となってここに居たヨハンナさんと戦う羽目になったのであった。
今回の戦闘、魔王が普通の状態であれば、瞬殺だったと思う。
が、魔王は絶賛、グロッキー状態である。目の前で焼き肉焼いててもあんまり食ってなかったしな。調子が悪いのは本当らしい。
そして一方、ヨハンナさんの方は死して尚元気というか、死して益々元気いっぱいであるらしい。
なんだこいつ。死んでパワーアップしたのか。まあそうだよな。天使になってるもんな。飛ぶってだけでも十分な戦闘力アップである。
何せこのヨハンナさん、メインウエポンは魔法である。
そう。魔法。リーチが非常に長く、破壊力も抜群。
そして、俺達の中で魔王を除けばまともに使える人が誰1人として居ないあの魔法である!
……そこに、飛行力が加わるのだ。
天高く飛行して、俺達の攻撃が届かない距離から魔法をまき散らす。それは正に、一方的な蹂躙。これがどうして強くないだろうか。いや、強い。
更に更に、パワーアップ要素を付け加えるとしたら、ヨハンナさんが滅茶苦茶怒っているという事も加えるべきであろう。
なにせ、殺されたのである。ヨハンナさんは。俺に。
……俺からすれば自業自得、100歩譲っても只の悲しい事故なのだが、ヨハンナさんから見れば10:0でヨハンナさん裁判大勝利な殺人事件なのである。
彼女の憎悪はいかばかりか。いや、それを今まさに体験しているのだ。すごい。彼女の憎悪、すごい。
……と、まあ、このように。
ヨハンナさんは、大層強いのであった。
が。
エピも魔法使えないがそれに似た何かはできる。それにエピは飛べる。
カラン兵士長も魔法は苦手みたいだが、それを補って余りある程度に剣技が冴えわたっている。それに飛べる。
ユーディアさんもあまり魔法を使わない人だが、それはそもそも魔法を使う前に大体カタが付いているからである。それに足場があれば飛ぶ。
そして、俺も、魔法は一切使えないが、俺にはパンとワインがあるのである。
更にグロッキーではあるが魔王様もおわすので、まあ。
負ける気は、しない。
「死ね!」
先手はヨハンナさん。
遥か上空から巻き起こった風が刃となり、巨大な竜巻となって地上へと襲い来る。これだから魔法って奴は。
「甘い!」
が、その竜巻は、斬られて霧散した。
斬ったのは我らが斬り込み隊長カラン兵士長である。もう隊長なのか兵士長なのか分かんねえなこりゃ。
「甘いのはそっちよ!上空にわざわざ来るなんて、魔法を浴びに来たのかしら!?」
斬られた竜巻が再び渦巻いて、カラン兵士長に襲い掛かる。
しかし、流石は三度避けの兵士長。それはひらり、と躱して、更にはもう一撃。今度こそ勢いを失った竜巻が単なる突風程度になった時、その突風を切り裂いて、電光の如く鞭が飛ぶ。
「あーん、外したっ!」
鞭は勿論、エピのものだ。だが、ヨハンナさんは咄嗟に風を巻き起こして壁と成し、鞭を逸らして顔面ビンタを避けた。
「大丈夫。私が当てる」
「なっ、いつの間に!?」
そしてその風の壁など関係無いとばかりに、ヨハンナさんの背後を急襲するユーディアさんが、ヨハンナさんに強烈な踵落としを決めた。
「オーライオーライ」
ユーディアさんは俺が用意したパンクッションに着地。尚、ユーディアさんの足場はお察しの通りのパンである。足場は俺が育てた。
「さて、甘いのは最終的にどちらだったかな?」
最後に、カラン兵士長がパンの影から一気に間合いを詰め、ヨハンナさんの羽を手羽先にしてゲームセット。
片翼になって飛べなくなったヨハンナさんをパンキャッチしてからパンを石に変えて、当然余裕の勝利を収めたのであった。
「おの……れえ……」
石の中から声が聞こえる。こわい。
「よくも、よくも……私は……イスエ様を、お助け、……」
……。
「よっこらしょ」
石の一部をパンにして抜き取ると、中からヨハンナさんが一部出てきた。
「なっ」
「その井末だが」
突然、石の中から一部分とはいえ出られて困惑するヨハンナさんに、俺は、言った。
「現在、全裸で現世に強制送還されているところだ」
「……は?」
「ではさようなら。あ、空気穴は空けとくぜ」
「は?は、あ、ちょっと!ちょっと待ちなさいよ!イスエ様に何をしたのよおおおおおお!」
伝えるべきところはしっかり伝えたので、再びヨハンナさんを石パン詰めにして、俺達はその場をクールに去ったのであった。
「……さて」
俺達は、またしてもゲートの上に居る。
が、ここから先は、俺達が行ったことの無い天国だ。
「この先に生命の樹がある。……当然、そこを守る天使が居る。だが、余はできる限り、力を温存したい。神と相見える時に余の全力を出すでな」
魔王ルカスはそう言って、俺を見やった。
「余程危なくなれば手を貸すが。できれば、お前達で片を付けろ。覚悟はよいな?」
その視線に応えるべく、俺も魔王ルカスを見返して、答えた。
「とっくに」
俺達がゲートを起動させ、次なる天国へ踏み入ると……そこは、美しい庭園であった。
ありとあらゆる花が咲き誇り、美しく果樹が実をつける、穏やかな庭園。
小鳥や蝶が飛び交い、泉は澄み切った水を滾々と湛える。
……だが、俺達の目当てはこれらではない。
「見えるな?」
「……見える」
純白の石畳の道が続く先、東の方に十字路がある。
だが、十字路の右と左は魔法の結界めいた壁に閉ざされており……そして。
「あれが、生命の樹へと続く道を守る天使……ケルビムだ」
4つの翼を持つ天使が、十字路の真ん中で、俺達を睨んでいた。
「あれは石かな」
「タスク様、天使をパンにしようとしないで」
はい。