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116話

 俺とカラン兵士長は、現世に戻れば普通に生きている状態で戻れる。何故なら、俺は復活したし、カラン兵士長はそもそも死んでいないからだ。

 ユーディアさんも、現世に戻れば普通に生きている状態で戻れる。何故なら、氷漬けにされていたユーディアさんは、そもそも地獄の物を食べるタイミングがどこにも無かったからである。

 だが、エピは。

「ええと、皆、どしたの?」

 俺達の様子を見て戸惑っているエピは、現世に戻っても、生き返れない。

 何故なら、彼岸の食べ物を食べてしまったからである。




 エピは俺を見て、首を傾げている。

 どこか、不穏な空気は感じているらしく、その表情には戸惑いの他、不安も見える。

 ……一体、どう説明したものか。

 まさか、ここまで来て生き返れません、と言うのか。

 言う……しか、ない、よな。

「エピ、落ち着いて聞いてほしいんだが」

 俺の言葉に、エピはいよいよ不安を表情に強く表す。

「どうやら、冥府の食べ物を食べてしまうと……生き返れない、らしい」


「えっ、あ、そうなの。なーんだぁ」

 エピの反応は、俺のどんな予測とも違った。

 多少のガッカリ感は見られるのだが、それ以上に……安堵、というか。

「エピ、大丈夫か?無理は良くないぞ」

 カラン兵士長も声を掛けるが、エピは変わらず、けろっとしている。

「え?ううん。そりゃ、生き返れるんならそうしたかったけれど、私、最初から生き返れるなんて思っても無かったもの」

 ……ああ、そうか。

 そりゃ、期待していなければ、裏切られた、みたいな感覚も無い訳だ。ガッカリのしようが無い。

「エピ」

「うーんと、ね。私、死んじゃって、でもそれでもタスク様達にもっかい会えて、魔王さんの復活もお手伝いできて……これでいいかな、って、思ってたの」

 ……エピは。

「ありがとうね、タスク様」

 俺が思っていたよりもずっと、『死んでいた』のだ。




 エピは死んで、エピは自分が死んだことを受け入れて、死んだ後のおまけぐらいのつもりで、最後にできる精一杯をやろうとした結果が、今の魔王ルカスの状況なわけだ。

 そして、エピは……これで、満足しようとしていたのだ。

 何故なら、『死んだから』。

 確かに、普通はそうだ。死んだらそれで終了で、死後の世界でその続きがあるだけで、かなり特殊な状況なのだろう。

 死んだら終わりで、死んだらそこで自分の人生のリザルトでも確認して、適当に自分の中で結論なり総括なりを出して、適当に満足しなければならない。

 或いは、それすらできないのかもしれない。

 それが普通、なのだろう。多分。

 ……だが、驕る訳でもなく、ただ事実として、『俺は普通じゃない』。

 だから、何とかしたい。何とかしてやる。

 そうでもなきゃ、どうして、ここまで来たっていうんだ。何のための救世主だ。自分が救いたいものを救えないなんて馬鹿なことがあるか。

「エピ」

 それに、まだ。

「俺はお前を何としても連れて帰るからな。で、生き返ったら……」

 まだ、言っていないことがある。

 だが、それは死者に言いたい事じゃない。

 なら、まだ言わなくていい。エピは何が何でも生き返らせる。

「……カニパ○をしこたま食わせるからな!」

「……ええー……」

 何とも言えない顔をしつつも、エピは緩んだ笑みのような、泣き顔のような、複雑な表情を滲ませていた。




「ということでルカえもん、エピを生き返らせる道具を出してよ」

「タスク、ルカえもんとは一体」

「うるせえいいから出してくれ」

 とりあえず、第一段階として、魔王ルカス様にお願いしてみることにした。だってこの人、魔王だし。

「そうは言ってもな……命の有る無しは、いくら余と言えどもおいそれとどうこうできるものではない。それは神の領分だからな」

 が、駄目!

「じゃあ神に頼みこめば何とかなったり」

「駄目だろうな。神は神の玉梓を魂の状態で手元に置いておきたがるだろう。ということは、死んでいた方が都合がいい。それにタスク、お前は散々神に喧嘩を売るような真似をしているだろうが」

 そういえばそうだった。俺、神に喧嘩のバーゲンセールみたいなことしてきた。主に天国でカニパ○布教するとか、天使を手羽先にするとかしてた。うん、もう駄目だ。

「なら、神を脅すとか殴るとか、いっそぶっ殺すとかして、何とか、何とか……」


「うむ、それが妥当であろうな」

「えっ」




「覚えておろうな、余は神を殺すつもりであるぞ?」

「まあ、それは覚えてましたけど」

「ならばそのついでだ。神の領域に踏み入りつつ、エピを生き返らせるための『生命の実』を奪えばよい」

「あっ、そういうのがあるんですね?」

 滅茶苦茶意気込んだ割には、かなりアッサリと方法が見つかってしまった。なんだ、あるなら早く言ってよルカえもん。

 しかし、生命の実、か。……何か、記憶に引っかかるな。

「確か、生命の樹を守る天使が居たはずだが、余が復活した今、その程度は取るに足らぬ些事よ。何、神を殺しに行くまでの道すがら、ついでに殺してくれようではないか」

 言いながら、魔王ルカスはにやり、と笑った。

「依然、目標は同じ、といったところか。無論、共に来るであろうな、タスク?」

「勿論」

 エピを生き返らせるためなら、神殺しに積極的になりもする。今なら神100体ぐらい簡単に殺せそうな気がするぜ。




「では、行くとしようか」

「あ、その前にちょっといいですか」

 復活して元の姿に戻ってウキウキしているらしい魔王ルカス様をちょっと留めて、俺は……フライパンを取り出した。

「これをご覧ください」

「……ふむ、あの魔剣か。フライパンになっていたとは」

「まあ、フライパンになったのは割とついさっきなんですが」

 何せ、割とついさっきまでは例の魔剣は剣の幽霊だったからな。幽霊とフライパン、どっちがマシか剣自身に聞いてみたい気もする。いや、やっぱり聞きたくない気がする。恨まれていたら嫌だ。

「で、相談なんですが。……これを使えば、もしかしたら、この地獄、ぶち壊せますかね」




「タスク様、もしかして、冥府を全部めちゃめちゃにする気なのね?」

「駄目だろうか」

「やっちゃってから言う事じゃないよねそれ」

 そうして今、俺達の目の前には、湖が広がっている。

 湖、である。氷は消えた。フライパンで殴ったら、地獄の氷が割れ砕けてしまったのだ。

 そこをすかさず魔王ルカスがファイアーして、今やこの湖……!

「ばばんばばんばんばん」

「魔王よ、風呂に浸かっていていいのか?」

「折角だからな」

 お風呂である。


 ……なんということでしょう。さっきまで寒々としていた地獄の底の氷の湖が、遊び心溢れる大浴場に!

 ほこほこと湯気を立てる風呂の出現に、今まで氷漬けだった地獄の亡者達もほっこりと安らいでいるようです!

「亡者達よ、余を讃えよ。余は魔王ルカス!救世主と共に神を殺し、地上の魔王を殺し、魔を手中に収める者である!」

 更にここで魔王ルカス様、自らの選挙活動を行い始めた。

「余を讃える者にはこのフルーツ牛乳とカニパ○をくれてやろう」

 フルーツ牛乳とカニ○ンのセットに群がる亡者達。まあ、今までこいつら氷漬けだった上に、この地獄、娯楽らしいものが何も無いからな……。

「ところで魔王様、そのフルーツ牛乳、どうしたんですか」

「部下が買ってきたのだ」

 そうですか。よい部下をお持ちのようですが魔王様、賄賂は公職選挙法違反です。

「ルカス様ー、私にもフルーツ牛乳ちょうだい!」

「ははは、よいよい、くれてやろうではないか。だがエピよ、恐らく、風呂に入った後の方が美味いぞ」

 エピさん、フルーツ牛乳につられないでください。

「……折角だ、一風呂浴びてから出発するか……」

 カラン兵士長、風呂に誘惑されないでください。

「なら私も入ろう。温かそうだ」

「なっ……ユーディア嬢!ここで脱ぐな!脱ぐんじゃあない!やめろ!おいタスク!パンだ!パンでなんとかしろ!お前ならなんとかできるだろう!」

 ユーディアさん、うきうきしてるのは分かりましたがカラン兵士長を誘惑しないでください。カラン兵士長は落ち着いてください。それから俺を何だと思ってるんだ。便利屋じゃないんだぞ、俺は。いや、確かに半分以上そんなかんじな自覚はあるが。




 結局、俺達は風呂に入ってから出発することになった。

 尚、風呂にはパン壁由来の石壁が設置され、女湯と男湯が分かれることで色々と解決した。

 はー、びばのんのん。




「さて、湯冷めしない内に神を殺してくるとしようではないか」

 さて。風呂に入って寛いだところで、俺達は出発することにした。

 行き先は天国。エピが居た、更にその先である。

「生命の実を奪い、エピを蘇らせ、そして神を殺す。その後は現世へと向かい、魔王モルスを討伐する。これで良いな?」

「ええ」

 俺達は武装を確かめ直して、改めて向かい合った。

「……では、行くぞ!斯様な冥府など、滅ぼしてくれようではないか!」

 すっかり大浴場となってしまった地獄の底で、湯煙の中、これからの戦いに向けて気持ちを新たにしたのであった。




 さて。

 俺達はまた煉獄を一瞬で通り越し、天国へと足を踏み入れた。

 のだが。

「……速い。流石は魔王」

「一度戻っただけの事はあるな……」

「ほんと、もう魔王様だけでいいんじゃねえかなこれ」

「すごーい!ルカス様、すごい!すごいよ!」

「ははは、あまり褒めてくれるな。照れるではないか!」

 速い。はっやい。進行が、侵攻が、滅茶苦茶に速い!

 全ては魔王ルカス様のお力によるものである。

 この魔王様、流石は魔王と言うべきか、その腕の一振りで天使十数体を簡単に手羽先にしてしまえる程のお力をお持ちなのである。

 更にはこの魔王様、言わずもがなのイケメンっぷり。最早顔面兵器と言っても差し支えないそのかんばせでウインクなどしてみせようものなら、女の天使が墜落するも已む無し。ご覧ください、これが顔面格差社会です。

「ただ最短ルートを歩くだけで最速だもんな……」

 向かうところ敵なしを文字通り実現するこの魔王様あっては、色々と策を講じる必要も無い。

 よって、俺達の天国進行は凄まじい速度で進んでいるのであった。

 さっきまで頑張って進んでたのが馬鹿みたいである!

「さて、では次の天国へ行くか」

 ……なんというか。

 本当に、こりゃ、何の問題も無く、神殺しぐらい達成できそうだし……エピも、生き返せそうだ。

「なあ、エピ」

 魔王様が築き上げた手羽先ロードを後から進みつつ、エピに話しかける。

「なあに?」

 ……が、呼んでみたはいいものの、特にそれ以上、何か言う事があるでもない。

「生き返ったら、カニパ○以外にも、食わせたい物、たくさんあるんだ」

 ので、適当な事を言う。

 すると、エピは笑顔で頷いた。

「うん!楽しみにしてるね、タスク様!」

 ……うん。

 こりゃ、ホントに何が何でも、生き返さなきゃな。




 俺の脳裏には、『生命の実』という言葉と同時に、ちらつく言葉があった。

『知恵の実』。

 某宗教的には、人間が食べた事で原罪となったそれであり……俺が元の世界に戻るための、鍵となるもの、でもある。


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