114話
天使の一部は、カニパ○を見て逃げ出していったが、そうではない天使も居た。
「このっ、邪教徒め!」
「許さん!殺せ!殺せ!」
「よくも我らの仲間の翼を!」
襲い掛かってくる天使達の前に立ったのは、カラン兵士長である。
「時間稼ぎ、なんて悠長なことは言わないぞ、タスク」
「どうぞどうぞ」
獲物を狩る獣の目をしたカラン兵士長は、俺の言葉の前にもう、剣を抜いて天使に切りかかっていた。
天使の武器とカラン兵士長の剣が交わる……事は無い。
始めから剣を交えることなく、回避して、攻撃を当てる。
こんな戦い方をするカラン兵士長である。天使が1体やられると同時に、天使たちはざわめき、同時に、一気にカラン兵士長への警戒を強めた。
……その隙に俺は、ちらっ、と確認すると、もう既にユーディアさんの姿はそこに無かった。
彼女はこの騒ぎに乗じて、既に城内に潜入している。
「ははは!天使共、この程度か!?どうした、かかってこないのか!?……ならこっちから行くぞ!」
そしてカラン兵士長は、警戒する天使達を煽りながら、次々に天使達を仕留めていく。
彼はこのまま戦って、天使の手が切れ次第、奥へと突入していく予定だ。まあ、任せてしまっても全く何の問題も無いだろう。いざとなったら撤退ぐらいはいくらでもできる人だ。
……なので、俺は。
「カニパ○を崇めよ!カニ○ンを讃えよ!カ○パンを信じよ!」
○ニパンをひたすらまき散らしながら、天使を踏み越えていく。
……入り口というか、出口に向かって。
「まて!どこへ行く!」
「迷わず行けよ、行けば分かるさ!」
「このっ、邪教徒め!逃げる気か!」
「三十六計プラスアルファ!」
「何しに来たんだお前!」
「宣伝!」
天使たちが追いかけてくるが、それは適当にカラン兵士長が捌いてくれるので問題ない。カラン兵士長を突破してくる奴は石製の巨大カニパ○で殴っておけばとりあえず落ちるのでそれで処理する。
そして俺は外に出て……城の周りをぐるりと一周囲むように……。
「出でよ、カ○パン!」
○ニパンを建設した。
勢いよく地面から生えてくる巨大カニパ○の数々。
城は完全にカニ○ンによって包囲された。
「これでよし」
城自体が如何にナタデココでできていようが、城以外をカニパ○にする分には何の問題も無い。
あとはひたすら、城に向かってプロシュートシュートの要領でカ○パンやカニ○ン石像を飛ばしに飛ばして遊んで待つことにした。
が、結局はそんなに待たなかった。
「―――!」
ふと、聞き慣れた高さの声が聞こえた気がして、俺は一度、カニパ○掃射を中断した。
城がカ○パン石像によって破壊される音が途絶えると、今度ははっきりと、聞こえた。
「タ!ス!ク!様ーっ!」
目がそこまで良くない俺にも、窓から身を乗り出して懸命に手を振る姿は、見えた。
「エピーっ!」
俺も叫び返すと、エピはより一層強く、手を振って応えてくれた。
カラン兵士長が突入して、ユーディアさんが潜入するならば、俺は『どちらもしない』べきだと考えた。
どう考えてもカラン兵士長が騒ぎを起こすわけだし、ユーディアさんはその裏で動くから、『如何にも本命らしい』のだ。
或いは、カラン兵士長が引きつけている間にユーディアさんが動いて更に奥の奥まで攪乱して、その間にエピが動けるようになればいい。
……そう。俺達が探しているのは、エピだ。
自力で動ける、エピである。
であるならば……むしろ、俺達が探しに行くよりも、エピから来てもらった方が余程速い!
よってカニパ○作戦は大正解!
「タスク様ーっ!飛び下りて平気ーっ!?」
「オーライ!カニパ○でキャッチするから好きな所に落ちて来い!」
エピは俺が返事をするや否や、窓からぴょこん、と、躊躇いも無く飛び下りた。
俺はエピの着地地点にカ○パンをたっぷりと生やしてエピを受け止める。
ソフトな口当たりのパンによって無事、キャッチされたエピは、もがいてパンから脱出すると、一目散に俺の方へ駆けてきた。
「タスク様ーっ!」
「エピーっふべらっ」
エピのタックルをモロに食らった俺はそのままぶっ倒れたが、問題ない。何故なら地面から生えてきたパンが俺を受け止め、もう一度立て直してくれたからである。さながら腹筋用の機械みたいなかんじである。
……さて、腹筋運動をしてしまったが、改めてエピを確認する。
麦藁色の髪もオリーブグリーンの瞳もそのままである。全身を見ても、食い千切られたような形跡は無い。
唯一、服装だけ、天国の亡者っぽい服に変わっているが。
「怪我は……無いか」
「うーんと、ね……うん。怪我は無いよ。死んじゃったけど」
「あー……そうか」
……なんとなく、会話が続かない。
久しぶりだもんな。会うの。
「えー……と、だ」
「うん」
「とりあえず……」
……まあ、丁度いいか。
「逃げるぞ!」
「うん!」
今、喋ってる場合じゃねえしな!
予め決めておいた通り、城を包囲していたカ○パンの脚をもいだ。
やがてカニ○ンは全て、とんぼパンと化した。
とんぼパン。つまり、蜻蛉。
前進しかしない故に『撤退しない』という意味を持つ生き物である。
が。
「撤退ーッ!総員撤退ーッ!」
そんなことは全くお構いなしに、俺はこのパンを撤退の合図に決めている。どうせなら携帯電話パンとかの方がよかったかもしれない。でももう決めちまったもんは仕方が無いのであった。
エピが飛び出してきた窓から、エピを追いかけてくるように人魂が1つと、ユーディアさんが飛び出してきたのでパンで受け止める。
「この人魂は」
「私のお母さん!」
あ、ということはこの人魂もリンガさんよろしく人の姿になるんだろうなあ。
「こんにちは、お世話になっています。とりあえずこれから猛スピードで戻りますので鞄へどうぞ」
が、今は人魂なので、礼儀正しくお辞儀をして挨拶したら、エピのお母さんをつまんで鞄の中に入れさせてもらった。エピのお母さんもとい人魂さんは最初に俺に向かってお辞儀らしい仕草をした後は大人しくつままれて鞄の中に納まった。
「あーん、お母さんがつままれてる……」
エピは複雑そうな、可笑しそうな顔をしていたが。
「でもエピだってつまむだろ、人魂が浮いてたら」
「うん」
ほらみろ。
ユーディアさんもパンから脱出して戻ってきて、やがて、城の扉がぶっ飛んでカラン兵士長も戻って来た。
「タスク!天使を30匹はやったぞ!」
「それはすごい」
自慢げながら、カラン兵士長はあちこち擦り傷切り傷だらけである。
回避上手な兵士長でも、流石にあれだけ囲まれていたら傷ぐらいは負うか。むしろこれで済んで、更に30匹も討ち取って来たっていうなら大金星もいいところである。
「あれっ、カラン兵士長も来てたの!?えっ、えっ、ユーディアさんは分かるけど、なんでカラン兵士長まで来たの!?まさか、死んじゃったの!?」
「まあそれは後で話すから!走るぞ、エピ!」
まだ状況に追いつき切っていないエピはおいておいて、ひとまず、俺達は走る。走る。走る。
「神の玉梓が攫われたー!」
「追え!追うんだ!」
後ろから天使が追いかけてきているが、その都度パン壁で阻んだり、プロシュートシュートで攻撃したりしてやり過ごす。
「……あはは、タスク様、天国に来てもやっぱりパンなんだね」
「地獄でも煉獄でもパンだったぜ」
「むしろ地獄と煉獄がパンになったがな……」
「大体全部パンだった」
エピが明るく笑顔を見せる。うん。これだけでも、あちこちパンにしてきた甲斐があったってものかもしれない。
「待てー!神の玉梓をどこへ連れていくー!」
追ってくる天使が阻まれながら、悲鳴に近い声を上げた。
折角なので、答えてやろう。
「地獄!」
それから俺達は走って、パンにして、パンの中を通り抜けて、祠へ戻って……と、移動し続けた。
何せ、パントンネルを作ったのはそのままになっていたし、倒した天使も別に復活したりしないので、行きよりも帰りの方が楽な道程であった。
何より、エピが居る。
それが俺達に活力を与えていたし……。
「邪魔!退いて!」
「ひ、ひええ!助けてー!」
……何より、エピ自身が、戦力である。
今も鞭を振り回しては、天使達を泣かしている。可哀相な手羽先達……。
「圧巻だな……」
「手羽先を叩くと柔らかくなる?」
「いや、煮込んだ方がいいと思うぜ、ユーディアさん……」
とりたてて軽口を叩いているという訳でもないのだが、気の抜けた、つまるところの平常通りの会話をしながら俺達は元来た道をひたすら戻った。
道中で天国が数か所パン国になったがそれは必要経費という奴なので問題ない。
……さて。
そうする内に、俺達は、赤い魔法陣の上に立っていたのである。
赤い魔法陣の天国。それは、『神の為に戦って死んだ者達の為の天国』である。
つまり。
「……もしかして、エピ……?」
「え……えっと、あの……お父さん……?」
リンガさん達が居る天国である。
「ああ、エピ!エピ、こんなに大きくなって!」
リンガさんがエピを捕まえて、むぎゅう、とばかりに抱きしめる。
「へっ?あのっ、ちょっ、くるしっ、むぎゅう」
「ははは、すごいなあ、あんなに小さかった子が、こんなサイズになっているなんて!」
エピは呆気にとられたまま、むぎゅうむぎゅうと抱きしめられるがままにされている。
「大きくなったな、エピ。ああ、これじゃあ、もう立派なレディじゃないか。世界一の美人はマイワイフ・コルディスだと思っていたが、記録を更新しなきゃ……あっいてっ」
が、リンガさんは側頭部に人魂アタックを食らってエピから離れた。
……あの人魂は……エピのお母さんか。気づいたら俺の鞄が開いていた。自力で開けたんですか、お母さん。凄いですね、お母さん。
「ほら、あなた!そんなにギュウギュウしてたらエピが可哀相でしょう!」
そうして人型に戻った人魂もとい、エピのお母さんは……エピよりも色素の薄いクリーム色の髪と、紫色の瞳を持つ……美女、であった。
成程、エピは、色素はお父さん似で、造形はお母さん似なのか。
「……ああ、エピ!ほとんど初めまして、よね!」
そうして目の前でエピが今度は、お母さんにもむぎゅうむぎゅうと抱きしめられる。
「ずるいぞコルディス!私だってエピとはほとんど初めまして、だ!」
さらに、リンガさんにもお母さんごと抱きしめられてしまった。
「あの、あの、ええと……」
その2人の間から、なんとか顔を出したエピは、恐らく記憶に無い両親の顔を交互に見て……それから、瞳にみるみる涙が溜まっていった。
……だが、エピは瞳に涙をいっぱいに溜めつつも、満面の笑みを浮かべた。
「初めまして!お父さん、お母さん!私はエピ!エピストラです!」
エピの笑顔を向けられて、リンガさんも、コルディスさんも、エピのものとよく似た笑顔を浮かべた。
……エピの色素はお父さん似。造形はお母さん似で、笑顔は両親ともにそっくり、だ。
俺達はしばらく、エピをそのままにしておいた。
死してようやく出会えた親子だ。邪魔をする気にはなれない。
エピは今まであったこと……ファリー村での生活、魔法が使えなくて困った事、でも鞭を一人前に使って村を守っていたこと……そして、俺と出会って、旅に出て、色々と不思議な事を見聞きしたこと……そういったことを、ひたすら話していた。
リンガさんとコルディスさんはエピの話に耳を傾け、十数年ぶりの再会を喜んでいるのだった。
「お疲れ。タスク」
……そんな様子を離れて見ていたら、俺の隣にカラン兵士長がやってきた。
カラン兵士長は断りを入れてから俺の隣に腰を下ろすと、俺と並んでエピ達の様子を眺めた。
「いい親子だな」
「そうですね」
良い親子だ、と思う。
明るく優しく器用な父と、強く優しく美人な母と。元気で明るくて強くて弱い娘と。
絵に描いたように美しい家族が3人で笑い合っている姿は、ある種の理想であった。
「だからちょっと、見てるのが辛いです。見ますけど」
だからこそ、死後ようやくこうして団欒できる、という状況が哀しい。現実を振り返れば、幾らでも悲しむ余地がある。
「……そういえば、タスクの御両親はもう、お亡くなりになっていたのだったか」
が、カラン兵士長には少々違う意味に捉えられたらしい。
「まあ、はい。俺がまだ小さいころに車の……あー、ええと、まあ、事故で。でも、それは俺の中で割と整理がついてるんで、大丈夫なんですけれど」
なんとなく苦笑いしつつ、訂正する。
「エピが。エピは……なんだろうなあ、整理しなきゃいけない思い出とかすら、無かった訳じゃないですか。こんなに綺麗な家族なのに」
3人は、ほとんど初めて会ったような状況であるはずなのに、全くそう思えない程、仲睦まじく話している。
「それに今度だって、ずっとは一緒に居られない訳だし。そう考えると、なんか、こう」
この仲睦まじい家族団欒は、いつまでもは続かない。現実から目を背けている間だけしか実現できないのだ。
……だが、逆に言えば、現実から目を背け切る覚悟さえできてしまえば、永遠にこのままであるかもしれないのだ。
つまり。
「……エピを、現世に連れて帰るべきじゃない、のかなあ、とか」
「それは違うだろう、タスク」
カラン兵士長は俺の方を見ず、エピの方だけを見ながら言う。
「そこは、『現世に連れて帰った後も寂しがらせないようにする』だろう」
……。
「つくづく男前ですよね、兵士長」
「ははは、俺を褒めても何にもならんぞ」
カラン兵士長は俺の背を叩いて、エピの方へと押し出した。
そしてそれとほぼ同時に、エピもまた、リンガさんとコルディスさんにそっと背を押されて、俺の方へとやってきていた。
「……タスク様」
まだ涙の残る目でエピは俺を見つめる。
「エピ」
少し迷ってから、俺は手を差し出す。
「行くぞ!」
「……うん!」
エピは俺の手を握って、春の日差しのような笑顔を浮かべたのだった。
「それじゃあ、タスク君。私達の娘をよろしく頼むよ」
「はい」
「エピ。タスク君と仲良くね。頑張るのよ」
「はい!」
俺達は夫婦それぞれに返事をする。
まだ話し足りないし、話させ足りない。
だが、恐らく永遠に、足りる時は来ない。どこかでは別れなければならない。
「じゃあ……しばらく、さよなら。お父さん。お母さん」
エピは俺を見てから、リンガさんとコルディスさんを見て、言った。
「行ってきます!」
かくして、俺達は素敵な夫婦に別れを告げた。
「よーし!一回死んじゃった分、頑張って魔王討伐しなきゃ!」
「そうだな。リベンジマッチだな。ぜってえカニ○ンにしてやるからな待ってろ新魔王」
「待てタスク。カニパ○にすると言うが、あれは石だったか?」
「そういえば人を石にする呪いがあった。あれを使えばもしかしたら魔王をかにぱーにできるのかもしれない」
「ユーディア嬢、やめてくれ。本当にタスクがそういうことをやり始めたらどうするんだ」
「食べる」
「魔王を食べようとしないでくれ」
「ねえタスク様ぁ、もしかしてこの道端に落ちてる石のかにぱーちゃんって、タスク様が行きの道で作ったの?」
「ああ、このカニパ○像で天使を撃墜した」
「……天使さん、なんかかわいそう……」
天国を出て、また地獄へ向かって戻り始めた俺達の足取りは軽い。1人増えただけで、こんなにも明るい。
この調子なら、地獄の底の氷だって、すぐに溶けちまうに違いないな。