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112話

 すっかり笑顔になったリンガさんと、にやにやする周りの方々とカラン兵士長と、何を考えているのか分からないけれど多分何も考えていないであろうユーディアさんに囲まれて俺はHPをごっそり削られ佇んでいた。でもまだ生きてる。生きてるぞ。段々と自分自身に仕掛けちまったボディブローが効いてきて死に瀕しかけてきているが!

「……そうかあ」

 が、リンガさんが何やら、泣き笑いを僅かに含んだ満面の笑みを浮かべ始めたので、死んでいる場合ではない。

「そうかー、君はそういうタイプかあ。ははは」

 はははじゃないぞ。どうせ俺はこういうタイプだが。どうせ俺はこういうタイプだが!

「ふむ、何だか若いころを思い出すなあ。うーん、私はエピがどういう女の子に育ったのか、分かりかねるところがあるのだけれど。でも仮に、マイワイフと似ているところがあるとすれば……押さないと落ちないぞ、タスク君」

 はい。

「マイワイフは中々鈍いところがあってね。私がそれとなく気持ちを伝えたくらいじゃ全く気にしてくれなくてね……本当にね……一体誰だい、同じ花を見て花が綺麗だと言えば思いは伝わるなんてふざけた事を抜かした奴は」

 俺の世界にも居ますよ、月が綺麗だと言えば伝わるとかふざけた事を抜かした奴が。

「で、花じゃあ気づいてもらえないから空が綺麗だ、星が綺麗だとやってみたがサッパリでね。結局、君が世界で一番綺麗だと言うまで全く、欠片たりとも気づいてもらえなくてね!」

 ……。

「まあ、一度気づいてくれれば後は可愛いものでね。マイワイフはあれで中々奥手なところがあったから、気にしてしまうととことん恥ずかしがってくれて」

 ……。

「酷い時には私の顔を見るなり真っ赤になって逃げていく有様でね、あれは可愛かったなあ」

 ……。

「それで」

「すみませんがそろそろ!そろそろ勘弁してください!そろそろ!」


「いやあ、すまなかった。ついつい喋りすぎてしまったよ。嬉しくってね」

 リンガさんの嬉しさ大放出によって俺の精神的な生命としては残り首の皮一枚といったところである。HPを数字で表すならば、多分小数点である。四捨五入でギリギリ1だが、小数点以下切り捨てだったら容赦なく死ぬぐらいしか残っていない。助けてくれ。誰か助けてくれ。

「……まあ、エピがどうかは分からないが。言うならストレートな方がいいと思うよ。さっきみたいなのも私は好きなんだが、マイワイフよろしく鈍い女の子っていうのはどうも、言葉そのまんまじゃないと分からないらしいからね。私はそれで散々失敗した。……ということで、父親というよりは同じ男として君へのアドバイスでした」

 が、死ぬわけにはいかない。死ぬわけにはいかない。肉体的には勿論、精神的にだって死ぬわけにはいかないのだ。同じく男として。

「うん。まあ、父親としてはね。……エピをよろしく頼むよ。タスク君」

「はい」

 それから、この人が生きて一緒に居ることができなかった、死んでも一緒に居られなかった女の子に、伝えたいことがあるので。




「さてさて。積もる話はそれこそ山のようにあるが、時間もあまり無い。嬉しい言葉を聞かせてもらったから私は割と満足したしね。じゃあ、行こうか」

 如何にもご機嫌、といった様子でリンガさんが洞穴の奥へと歩き始め、俺達は後についていく。

 洞穴に居た人達が道をあけつつ、「がんばってね」だの、「気をつけて」だの、温かい言葉を掛けてくれる。

 奥へ奥へ、と進んでいくと、やがて、洞穴の最奥へ到達した。

「さあ、これを持って行くといい」

 そこにあったのは、剣だった。

 ひどく華奢な印象の剣だ。十字架を象った装飾だと言われればその方が余程信憑性がある程に。

 透き通って、ぼんやりと光って、まるで、実体の無いような剣である。

 俺は恐る恐る手を伸ばして、その剣に触れた。

 ……。

 すかっ。

 手をチョップの形にして剣の柄らへんを行き来させると、見事にスカスカ手がすり抜けた。

 あー、うん。そういうこと。はい。

「これ、実体が無いんですね?」

「ああうん。そうなんだよ」

 アホみたいである。




「この剣はね、剣の幽霊みたいなものなんだ」

 流石は天国。剣まで死んでいるとは恐れ入る。

「実体を失って、宿していた力だけが残っている。何故か分かるかい?」

「成仏できなかったからですかね」

「……じょうぶつ?」

 ああ、この世界、仏には縁が無いか。失礼。

「剣に未練があったとか?」

「あははは、中々面白いね。それに詩的で中々素敵だ!」

 やめてくれ、なんか恥ずかしい。

「……まあ、未練ならあるだろうね。この剣はね、神様によって壊されてしまったのさ」


「神に壊された剣、というと……余程の曰く付きなんじゃあないか?」

 カラン兵士長が渋面をすると、リンガさんも真剣な顔で頷く。

「そうだね。曰く付きと言えばその通りだ。何せこの剣は、『神様が切られたくないものを切る』魔剣だから」

「切られたくないもの、とは」

 神が切られたくないもの。……髪とか?神だけに。神だけに。

「運命だよ」

 髪じゃなかったか。なんかガッカリした。

「運命を切る、というと恐ろしいような気もするけれどね。使い方次第なのさ。例えば……神の玉梓の女の子を、神の玉梓の役目から切り離してあげる、とかね」

 あっ、髪を切る剣より余程いい。こっちの方がいい。当然いい!

「ということは、この剣でエピをぶった切ればいいわけですね!」

「いやいやいや、そういう訳にもいかない。だってこの剣にはもう、実体が無いのだからね。振るおうにも振るえないだろう?」

 が、ここに来てこの剣に実体が無いことが悔やまれる。神め。恨むぞ。

「ようやっと、地獄からこの剣の力だけ、なんとか拾い集めてきたのだけれどね、実体の方はもうどうしようもなかったんだ」

 改めてもう一度、実体の無い剣に触れる。

 が、やはり、手は剣をすり抜けるばかりであった。

 ……力だけの剣。実体は無い。そういう物を使う、としたら……。

「あっもしやこれですか」

 ピンときて、俺は背中に背負ったフライパンを手に握る。

「ご名答!どうやらこれは精霊具のようだからね、多少、荷が重いかもしれないが、やってできないことは無いだろう。何せ、救世主の持つ武器なのだから」

 リンガさんが「どうぞ」というように、フライパンを構えた俺に剣を示した。

 俺はフライパンを握って、そっと、そのフライパンの縁を亡霊の如き剣に触れさせた。

 すると、フライパンが輝き、剣の亡霊も光り輝いて……消えた。

 消えた剣の光の残滓を追ってフライパンを見ると、フライパンの柄の部分にさっきの剣の装飾が刻まれていた。

 これは……やったんだろうか。

「うん。これなら大丈夫そうだ」

 多少の心配はあったが、リンガさんのお墨付きも貰った事だし、このフライパンは晴れて魔剣を宿した魔フライパンになったというわけだ。何やら妙に頼もしい。フライパンのくせに。


「じゃあ、タスク君。……もしエピが望むなら、このフライパンでエピをポコンと叩いて、血の役目から解放してあげてくれ」

「いいんですかフライパンで叩いちゃって」

「うーん……まあいいんじゃないかな。まさか、エピをフライパンで焼くわけにもいかないし」

 ……まあ、うん。いや、そうなんだけれど。そうなんだが、こう……。

 エピの天然は、お父さん譲りなのだろうなあ、と、しみじみ思う次第である。




「さて。じゃあそろそろ君たちは出発した方がいいね」

 リンガさんはそう言うと、突然、洞穴の石の一部をぽこん、と取り外した。そこから赤く光る魔法陣が現れる。

「気をつけて行くんだよ」

「リンガさん達は……」

 どうするんですか、と。そう尋ねかけた俺の耳が、喧噪を捉えた。

 俺達が来た方、つまり、さっきまで俺達が居た洞穴の入り口付近から聞こえてくるらしい喧噪は……天使と、ここに居た人達の戦いの音だ。

「……大丈夫。ここから先へは行かせないさ。さ、タスク君、もう行くんだ」

 俺達はリンガさんに背を押されて、魔法陣の上に乗る。

「エピを、よろしく」

 そしてリンガさんが魔法陣の横の石に触れる、その前に。

「すみませんちょっと待ってくださいね!」

 俺はリンガさんをフライパンで叩いた。




 そこからは話がとても速かった。

 洞穴の中に遠隔操作で巨大カニパ○を出現させて、何故か恐怖する天使たちを洞穴の外の方へと追いやり、そこでパン槍で串刺しにして、手羽先が生産された。

 それから俺は洞穴の中に居たエピの親戚やご近所さんその他諸々の皆さんをフライパンでポコポコ叩いて回ったのである。

「……そうかあ、君はこういう子なんだなあ……」

 頭にたんこぶを作ったリンガさんが、笑い疲れて引き攣った顔で零した。

 まあ、うん。

 やりたいことはできる限り全部やりたいし、できることは全部やってから先に進みたい性分なんだ。俺は。


 ということで、悲しい別れなんて無かった。朗らかに、のほほんと、非常に気の抜けたお見送りを受けながら、俺達は魔法陣に乗って、次なる天国へと旅立ったのであった。

「じゃあ、エピをよろしく頼んだよ」

「はい!」

 これなら俺も元気に返事ができるというものである。ああよかった。


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