110話
さて。
俺達はカニパ○おいしいよ教をさんざっぱら布教した挙句、ドロンした。
要は、人々に現行の宗教への疑心を植え付けておいて、次なる天国に移動した。後の事はなんとかしてくれるだろ。カニパ○が。
「さて、ここからまた次の天国、か」
「天国もいくつもあるんですね」
そうして俺達はまた、さっきと似たり寄ったりな白亜の祠の中、魔法陣の上に乗り、人魂君が魔法陣の横をつついて起動させ、無事、次なる天国へ到着したのだった。
「……なんか、変、というか、やっぱりなんか腹立つんですよね」
青い魔法陣の上から降りつつ、俺は祠の外を見て、やはり何とも言えない感想を抱くこととなる。
「天国も地獄も、階層に分けてランク付けしてあるってのが、なんとも」
俺達の目の前には、金銀財宝に囲まれ、如何にも贅沢な暮らしぶりをしている亡者達と天使が居た。
「汝カニ○ンを愛せよ」
「見事に全ての宝石がカニパ○に」
「おいしそう」
とりあえず、彼彼女らの金銀宝石の中でパンにできる物を全てカニパ○にした。そして大騒ぎが起きている中で手近な手羽をもぎつつ、巨大○ニパンを降臨させつつ、余計な戦闘は省きながら次の天国へと向かう。
なんというか、ここから先はスピード勝負である。
天使を極力手羽先にしつつ、それでも余計な戦闘はせず。
なんとも難しい事ではあるが、不可能ではない。
「そう、カ○パンならね」
「タスク、どうしたんだ一体」
何と言うか、カニパ○は素晴らしい。口当たりの軽やかさも上品な甘みも素朴な味わいも全てが素晴らしいが、武器としての汎用性が素晴らしい。
……俺は、気づいてしまった。気づいてしまったのだ。
「天使ってもしかして、カニパ○嫌いなんですかね」
「今更か!?」
天使はどうやら、カニ○ンを避ける傾向にある、ということに。
「思えば、カニパ○はこの世界で妙に妙な扱いをされていた」
「タスク、どこに向かって喋ってるんだ」
とりあえずまた次の天国へ向かうための魔法陣に乗りつつ、俺は今までのカニパ○事情を振り返る。
……まず、エピだ。
エピはカニ○ンを『変な形』と評していた。
そしてその『変な形』である故に、イマイチ○ニパンが好きではなかったようだ。
それから、まあ、事あるごとにカニパ○の扱いはおかしかった。
ある所では魔物扱いされてたし、ある所では邪神像扱いされて祭り上げられていたし、またある村では村おこしに使われてたし。
……この世界では。カニパ○って、相当に不思議な代物、なんじゃないだろうか。
「ということでちょっとお2人に聞きたい」
「移動してようやく我に返ったかと思ったら最初の言葉がそれか、タスク!」
黄色の魔法陣の上に座り込みつつ、俺はカ○パンを取り出してカラン兵士長とユーディアさんに見せた。
「これ、どう思います?」
「どう、とは……ううむ、いや、よくよく見れば愛嬌のある姿かもしれんな。初めて見た時は、何の邪神像かと思ったが……」
「イスカのご先祖様の肖像画に似た姿の方が居た。でもこのパンはパンだから、おいしそう」
ふむ。
「つまりこの形って、魔物なんですね?パッと見」
「まあそうだろうな。パンだからそうでもないが、多くの人は少なくとも一瞬、ぎょっとするだろうが……」
「でもおいしそう」
ふむふむ。
……ということは、別にそこまで、だよ、なあ……。
天使にだけこうも嫌われる理由が分からん。何だ?天使の中ではカニパ○アンチが流行してるのか?
「……カニ○ンが、嫌がられる、理由……」
……別に、カニパ○がマジでこの世界の邪神をたまたま象ってるって訳でもないだろうし……。
いや。
いや……ちょっと待て。もしかして、だ。
「神が、信仰によって支えられるものだとしたら」
カ○パンは……ある村で祭の日にバラ撒かれ、一部の謎の信者を得て、ある村の村おこしの立役者となって人々を支え、魔王様に愛されている。
そんな、○ニパンは。カニ○ンは……。
この世界において、『信仰を得ている』のでは、ないだろうか。
ということで、ものは試しである。
「まかり通る!我らが神のお通りだ!」
天国の亡者達が仲睦まじく愛し合う中を、カ○パンを掲げて通る。
「こ……これが、神様?」
「神です」
聞いてきた亡者には説明してやる。
「い、いや、これが神様なんですか?魔物みたいな」
「神に対して無礼だぞ貴様!ほら、よく見ろ!神はこの数多ある腕で民をお救いになるのだ!」
更によく分からない設定まで盛ってみる。
後ろに屈強な戦士と美麗な女戦士を従え、カニパ○掲げて歩く。
……亡者達はよく分からないながらも、とりあえず、といった体で、祈りの姿勢をとった。
「神よ……」
「か、神よ……?」
よきかな、よきかな。
俺達は亡者達に祈らせつつ歩き……そして、前方から来る天使数匹と遭遇した。
「な……なんだ、なんだ、この光景は……」
「あ、あれは、一体……」
そして天使たちが俺達と亡者達、そして祈りを捧げられるカニパ○を見て愕然としたのを見て、俺は堂々と言い放った。
「聞け、天使よ。……これが神だ」
やたらめったら嫌悪感むき出しで戦いを挑んできた天使であったが、結局、カラン兵士長とユーディアさんにボッコボコにされた天使にカニパ○石像落としを決めてアッサリと勝ってしまったので正直、本当にカニパ○信仰が天使を弱体化させてるかどうかとか、単に天使が偶々カニ○ン嫌いだとか、色々分からないのだが。
「カラン兵士長、ユーディアさん」
もし、本当に『信仰イズパワー』なのだとしたら……これは、大変にまずいことになる。
俺は2人に問う。
「宗旨替え、できますか」
「そ、そう簡単に言われてもな……俺は幼いころから、神を当たり前に信じ……いや、神が居るものだと教えられて育っ」
「お腹いっぱいにしてくれるならできる」
「ユーディア嬢!?」
2人の答えはこんなかんじであった。
「はい、ユーディアさん。○ニパンです。お腹いっぱいになるまで食べていい奴ですよこれは」
「うれしい」
ユーディアさんが早速、現世の石製カニパ○を食べ始めた。
「じゃあユーディアさん、神とは?」
「かにぱー」
カラン兵士長はこの一連の様子を見て頭を抱えてしまった。まあ、ユーディアさんは特殊なケースだろうとは思う。
イスカの村ってどう考えても魔王ルカス寄りの人達だし、そう考えると間接的に神に対して反抗心があるだろうし。
或いは、そもそもがあの村、宗教ってもんを碌に信仰していないのではないだろうか。うん、そんな気がしてきた。だってあそこ魔物の村だし。道徳観とかも人間の町とは異なるだろうし。
「ま、待て。そもそもこれ、意味があるのか?本当にやる必要があるのか?」
「分からないからとりあえずやっておいた方がいいかなって」
一方、カラン兵士長は真っ当な(っていうのも何か違うが)人間の町で育った人である。
あまり生まれは良くなかったみたいな話こそ聞くが、きちんと育てられて、きちんとこの世界の人間の文化に触れて育った人だ。
だから、『自分達の文化を構成する一部』や『ごくあたりまえな道徳』、更に或いは『常識』とも言えるであろう『信仰』を棄てることは、そう易々とはできない。
エピですら、『お天道様が見てる』レベルとはいえ信仰が根付いてたからな。町育ちのカラン兵士長にはもっと根付いてるんだろう。
いくらその神をこれから殺すことになるぞ、みたいな状況であっても、自らの根本にあるものを器用に消し去ることは難しい。というかむしろ、『神を殺す』ということ自体がある種、その神の存在を認めていることになるというか、なんというか……兎角難しい。兎角、難しいのだ。
……と、思ったのだが。
「兵士長もどうぞ」
ユーディアさんが、カラン兵士長に○ニパンを差し出す。
「く、ユーディア嬢にはできたこと……だが……いや、しかし……」
この男、滅茶苦茶、揺れている。
……。
「カラン兵士長。無理に自分の中にあるものを棄てなくてもいいと思うんですよ。新たにもう1人神が生まれたって考えれば」
「か、神が2人?」
「俺の世界ではどこにだって神様が居ました。食べ物にだって神様が宿るから大事にするんです」
「わかる。食べ物は大事」
「それは……何かが違う気がするぞ……」
「まあ要は、新しくこのカニ○ンも信仰していただければ」
悩むカラン兵士長。まあ、一神教の世界に2体目の神、ってのは抵抗が強いかもしれないが。
「ほら、魔王だって2体居たし、神がもうあと1体2体居たとしてもまあ」
「そ、そういう……」
「或いはもう、今カラン兵士長の中にある神の姿がコレだと思って頂ければ」
ほらほら、とばかりにカニパ○をカラン兵士長の眼前に突きつける。
……そして。
「がんばれ」
ユーディアさんの応援がとどめとなり。
「これは神、これは神、これは神……」
魔法陣に乗って次の天国に向かう間も、ひたすらカ○パンを眺めながら自己暗示の如くブツブツと呟くカラン兵士長の姿があった。頑張ってください。無駄かもしれないけど頑張ってください。
そうして黄色の魔法陣に乗ったと思ったら金色の魔法陣に移動しており、更にその天国で天使を手羽先にして突き進む。
適当に手羽先を増やしたら次の魔法陣に乗る。最早恒例となったが、人魂がちょこん、と現れて魔法陣の横の石をつついて魔法陣を起動させる。
5つ目の天国に着き、赤く輝く魔法陣の上に俺達は乗っていた。
「これで5つ目」
「エピ居るかなー、そろそろ見つけたいんだけど」
「エピはあと3つ先ですねえ」
「これは神、これは神、これは神……」
……。
「ちょっと待てなんか多い!」
「これは神、これはか……誰だ!?」
明らかな異変に気付いて振り返ると、そこには……見知らぬ人が、居た。
麦藁色の髪と、オリーブグリーンの瞳の、男性。
その色味が。何より、浮かべた人好きのする表情が。似ていた。
「……エピ?」
思わず、絶対違うだろ、エピは中年のおっさんじゃなかったぞ、と自分の中で自分に言いつつも、思わず名前を呼んでしまう程度には。
……が、あながち、間違ってはいなかったらしい。
「の、父です。この姿では初めまして。タスク君」