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11話

「……ええと、春の精霊様?」

『うん!』

「あの、本当に、春の精霊様なの?」

『そうだってばー』

 俺とエピは顔を見合わせる。

 なんか、思ってたのと、違う。




 思ってたのとは違うが、それでもいいや。駄目で元々だったんだ。軽い返事ばかりしてくるコレが春の精霊を名乗る別の何かだったとしても構うものか。

「春の精霊様、お伺いしたいことがございまして」

『なーにー?』

「異世界へ行く方法を探しているのですが」

 善は急げ。前口上は要らねえ。さっさと要点を話して、さっさと答えをもらいたい。

『異世界ー?うーん、つまり、大仕掛けな魔法でしょ?なら、夏ちゃんと秋ちゃんと冬ちゃんも協力してくれるんだったら、なんとかなるかもー?』


 なんというか、早速、ビンゴだったというか。

 欲しかった答えがもう手に入っちまって、ちょっとびっくりしているというか。

「つまり、夏の精霊様と秋の精霊様と冬の精霊様のお力があれば、なんとかなる、と」

『うん。多分。私は難しい事よく分かんないけど!』

 ただし、この春の精霊、頭まで春なんだろうか。なんというか、イマイチ、信憑性に欠けるんだが大丈夫だろうか。

『私は難しい事よく分かんないの!元気が取り柄だから、秋ちゃんとかが作った魔法に力を注いで、魔法に起きてもらうのが仕事なの。いっつもそうやって、何かあったらみんなで頑張ってるんだよー』

「ほうほう」

『だから、詳しいことは夏ちゃんとか秋ちゃんとか冬ちゃんに聞いてもらった方がいいと思うなー』

 そうか。四季の精霊が4体全部力を合わせて、初めて異世界へ行く魔法が使える、と。そして春の精霊は『つくる』ことに関しては専門外、と。

 オーケーオーケー。なら話は早い。他の精霊にも声を掛けるまでだ。

「成程。わかりました。して、他の精霊様はどちらに」

『細かいのはわかんなーい。でも、夏ちゃんは確か、南の方に居たよ?』

 ……。


「もしかして、別の国に他の精霊様が居るのかな」

 そこでエピが首を傾げつつ、そう発言。

『国?……うん、確かそんなかんじの事、夏ちゃんが言ってた気がする!』

 ふむ。

 国、か。

 ……今居る国が『プリンティア』だって事は分かってる。

 が、他の国の情報は一切知らんぞ、俺。

 そしてエピはエピで、やっぱり詳しくは知らないらしい。

 なんというか、地図も何も無いから、俺達、現在地がどんなかんじなのかすら全く分かってないという状況である。


 それから春の精霊に、もうちょっと詳しい地理を聞こうとしたのだが……『よく分かんない!』で終わってしまった。

 これはひどい。




 これからどうしたものか、と悩んでいたところ。

『あ、そうだ!』

 春の精霊の声が明るく響く。

『人間よー!私の遺跡の変な奴ら、やっつけてくれてありがとう!それから、変な壁、片付けてくれてありがとう!』

 変な奴、は魔物だろうが……変な壁?

 ……あー、迷路のアレとか、そもそもここに着くまでのアレとかか。

「やっぱりアレ、魔物が作った奴だったんですか」

 迷路の一件があったから、そんな気はしてたんだけどね。

『うん。息苦しかった』

 精霊ってのは遺跡で息してるのか。人間が皮膚呼吸してるようなもんか?じゃあ精霊にとって遺跡ってのは皮膚みたいなもんなのか?

『だからお礼!春の力は芽吹きの力!春は始まりの季節!作るのは苦手だけど、生まれるお手伝いはできるんだ!さあ、眠ってる力よ、起きろー!』

 悩んでいたら、不意に、何かが光り輝きながら泉から飛び出してきた。

「うわあ……綺麗……」

 それは、美しい宝石の結晶だった。春らしい、柔らかな桜色をしている。

 エピが見惚れる中、俺は、その宝石に手を伸ばし……。

「……あっ」

 うっかり、宝石を、パンにしてしまった。

 春らしい桜あんぱんである。




『つーん』

「すみませんでした」

『つーん』

「いや、本当に申し訳ない。つい。つい、さっきまで魔物と戦っていたので、つい」

『つーん!』

「本当に!本当に申し訳ありませんでした!なのでもう一度!もう一度チャンスをください!もう一度!ワンモア!」


 謝り倒すこと5分。

『君にあげるとまたパンにされちゃうから、そっちの子にあげるね!』

 なんとか、エピ用にさっきの宝石をもう一個頂くことに成功した。

「え、いいの?私が貰っちゃって……」

「いいんだ。俺が貰うとまたうっかりパンにしそうだし」

『うっかりでパンにされそうだし』

 遠慮がちなエピを押して、宝石を受け取らせる。

 すると。

「わ、わわわわっ!?な、何!?何これ!?」

 宝石はエピの手の中で光り輝きながら、溶けるように消えていく。

『大丈夫大丈夫ー』

 春の精霊ののんびりとした声が響く中、エピはおろおろし続け……そして、宝石は完全に消えた。

『はい、終わり!これでその子の力が目覚めたよ!』

「目覚めたか?エピ」

「わかんない」

 だそうです。

「でも、なんか……あったかい」

『なら成功だよー。その子の力はちゃんと起きたはず!』

 よく分からんが、エピには『何かの力が目覚めた』らしい。

 まあ……多分、素直に喜んでいいところだな。うん。

「よかったな、エピ」

「うん。よく分かんないけど!」

 どう喜んでいいのか微妙なところだが、とりあえず喜ぶだけ喜んでおいた。わっしょい。




「じゃあ、どうもありがとうございました、春の精霊様」

「ありがとうございました!」

 エピの何かも目覚めたらしいところで、お礼を言ってお暇する。

『ちょっと待ちなよー』

 だが春の精霊に引き留められた。

『もー、君にそのまんまあげるとパンにされちゃうみたいだから、それの力を目覚めさせておくからね!もう!』

 何のことだ、と思っていたら、突如、俺の背中が光り輝いた。

「うおっ!?俺に後光が!なんか神々しい!」

「違うよ、タスク様!フライパン!フライパンが光ってる!」

 光っていたのは俺じゃなくてフライパンだった。

 ……フライパンだった。




『じゃあ、これからのあなた達の旅路に善き春風が吹きますように!……うーん、私も久しぶりにちょっとお散歩してこよっかなー!うん!そーしよっと!じゃ、お先ー!』

 そして俺達は春の精霊に見送られるのかと思ったらむしろ追い越されつつ、帰ることにした。

 どこまでもフリーダムな精霊である。なんというか、すごく、春っぽかった。


「……フライパンか……」

「やっぱりフライパンにして正解だったね、タスク様!」

「でもフライパンだよな……」

 俺のフライパンは、持ち手に新しく模様が刻まれていた。

 多分このフライパンも、何かの力に目覚めたのだろう。うん、まあ、いいや。殺意の波動に目覚めたんじゃなきゃ、何に目覚めてても。

「春の精霊様、良い人だったね!」

「人かどうかはさて置きな」

 しかも結局、姿は見えなかったし。泉の中央に浮いてるクリスタルってだけだったし。

 でも、まあ……悪い奴では無かった、と思う。うん。




「ところでタスク様、やっぱり壁をパンにして出る?」

「……あ」

 そういえば脱出経路をなんとかしてもらうって事を忘れていたぜ!




「そんなに時間は掛からなかったな」

「よく考えたら、地下1階から掘り進めればいいだけだったもんね!」

 結局俺達は、遺跡の地下一階、雑魚魔物によって無限迷路と化していたフロアの一画を目立たないようにパンにして、そこから掘り進んで遺跡を脱出した。つまり、俺がパン化して掘ったのは、上に数m、横に十数m、ってかんじであった。最初の脱出劇から考えれば、かなり楽。

 ……しかし。

「ただその分荷物が重かったけどな」

「でも絶対この毛皮と牙と爪、高く売れると思うの」

 魔物の死体から剥ぎ取った諸々を担いでパン窟を出るのはちょっとばかり骨が折れたぜ!




「よし、穴は適当に土と石で隠しておいて、と」

「これで証拠隠滅だね、タスク様!」

「ああ。遺跡内のパンの残骸は魔物の仕業ってことにすりゃあいいしな!」

 魔物は死んだ。死人に口なしである。罪は全て擦り付けてやる。

「さて、すっかり朝だな」

「徹夜しちゃったね」

 遺跡に入ったのは夜だったが、今やすっかり空が白んでいた。

 空気は爽やか、風は心地よく、白んでいく空は快晴。旅立ちには相応しい朝だろう。

 だが。

「……一回宿屋に戻って寝てから出発するか……」

「うん……眠い……」

「それに重い……」

「かさばる……」

 惜しいかな、旅立ちの朝にしては眠すぎるし、魔物の毛皮が邪魔すぎる!よって出発は延期!




 宿で死んだように寝た。

 最早眠すぎてエピと同室とかどうでもいいレベルまで思考レベルが落ちてたので、かなりぐっすり眠れてしまった。


 そして朝。

「えーと、じゃあこれから俺達は南に行く、ってことでいいのか」

 まずは部屋で今後の大雑把な予定の確認だ。

 春の精霊曰く、夏の精霊が南の方に居る、と。

 ならば南の方に行くしかないよな。

「そうね。もしかしたら、乗り合いの馬車とかがあるかも。あったらそれに乗っけてもらったら速くて楽よ!」

 乗合馬車。なるほどね。ファリー村みたいなど田舎じゃない限り、そういう交通網もあるって訳か。

 ありがたいことにブーレの町はそこそこでかい町だからな。まあ、期待できるんじゃないかな。

「ならそれで。……ところで、エピ」

 さて、まあ、乗合馬車で南の方へ行く、ってことは決まったからいいんだけどさ。

「エピは良いのか?付いてきちまって」


 エピはファリー村の子だ。

 隣町(っつっても徒歩3日な訳だが)までならまだしも、隣国まで連れて行っていっちまっていいものか。

「うん。折角だもん」

 だがエピは至極あっさりとそう言って頷いた。

「村長さんにも、気が済むまで行ってきなさいって言われてるの」

「なら、いいんだが」

 そういや、俺も言われたよな。エピを外の世界へ連れて行ってやってくれ、って。

 ……まあ、エピがいいなら、俺は嬉しいけど。流石にフライパン使い1人で魔物退治は嫌なんだぜ。

「それにタスク様は……こう……見てて楽しいじゃない。すごく!」

 それ、一緒に居て楽しいって言ってほしい。




「聞いてきたよ!次の馬車はお昼過ぎ、その次は夕方だって!」

 そうして俺達は、街門の近くの馬車乗り合い場で、次に出発する南行きの馬車の時刻を聞いたわけだ。

 というか、そもそもそういう馬車があるかどうかの確認からだったんだけどな。うん。

「なら、それまで適当に時間潰すか」

「じゃあお買い物しなきゃ!これからまた旅になるんだもの。旅の道具だって必要でしょ?」

 そう言われてみれば、確かにそうか。

 俺も、ファリー村で貰ってきたものしか持っていない。足りないものはエピに聞きながら買いそろえていかないとな。

「それに、ほら。できるだけ早く売っちゃいたいじゃない……」

「……まあ、毛皮だの牙だのはいつまでも持っていたくないな」

 そして何より、いい加減魔物の素材、持っていたくない……。




 毛皮と牙と爪は、街門の傍の買取店で売っぱらった。

 二束三文かと思ったら、案外良い値段で売れたらしい。なんでも俺達が倒した魔物はそこそこ強い部類で、かつ珍しく、かつ、毛皮や牙や爪が強く丈夫で美しい、と、3拍子揃った魔物だったらしい。

 要は、中々よろしい金蔓だったのである。

「うふふ、金貨6枚に銀貨8枚……」

 エピがにへら、と緩んだ笑顔を浮かべているが、まあ、つまりそういう値段だったってことだ。

 確か、宿が2人で銀貨2枚だったな。それから、フライパンは銀貨6枚だったか。うん、フライパン相当安かったな。

 ……まあ、当面の路銀としては十分か。




 さて、じゃあこれからこの金で買い物だ。

 店を出て、とりあえず道具屋を目指す。

 確か道具っぽい看板が出ている店があったよな、と思い出しつつ、数歩歩いたところで。

「……ん?人だかりがあるな」

「なんだろうね?」

 街門近くに何やら人だかりがあったので、覗いてみる。

 そこには、紋章の入った立派な馬車と、立派な恰好をした人達。

「こちらに在られるは救世主様である!」

「我らをお救いになる方だ!くれぐれも無礼の無いように!」

 ……『救世主』と呼ばれた人の手の甲には、俺と同じように、しかし俺のものとは違う、救世主の力の紋章があった。


「……タスク様、逃げよ!」

「おう!」

 なので俺達はさっさとその場を後にした。三十六計何とやら、だぜ!


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