109話
ユーディアさんにつままれっぱなしている人魂をつついてみたところ、実はこの人魂、触れるという事が判明した。今の今まで、そも人魂に触るという発想が無かったために触れないものだとばかり思っていたのだが。
……よく考えたら鞄の中に入ったり何だり、割とフリーダムに動いてるよな、こいつ……。
「で、もしかして案内してくれるのか?」
人魂の先っぽをつまみつつ聞いてみたところ、人魂は、ぴょこ、と跳ねるようにその場で動いた。
……。
「天使の拷問は要らなかったかもしれないですね」
「あああああ……」
「でも手羽先が手に入った」
「でも食ったら多分駄目な奴ですよそれ」
「きっと魔王が羽をもいで羽毛布団を作ってくれる」
「それいいですね。ということでカラン兵士長、多分拷問は無駄じゃなかったですよ」
「あああああ……」
……さて。
「じゃ、出発する前に、と」
俺は5匹の天使をしっかりパンで包んで、パンを石にした。
これで天使たちは『*いしのなかにいる*』状態な訳だが、まあ、天使だから大丈夫だろ。多分。仮に大丈夫じゃなかったとしても知らね。
人魂がぽやぽや飛んでいくのを追いかけて、俺達も天国を進み始めた。
「まずは……次の星まで移動、だな」
「天使みたいに飛べれば一番いいんですけどね」
「飛べるのはマントを持っている兵士長だけ」
「でも、ま、移動方法は分かってるからなんとかなるでしょう」
人魂を追いかけてのんびり歩き、そして俺達はそこへたどり着いた。
そこは、白亜の石材で作られた美しい祠であった。
祠の中に、燃えるように輝く炎色をした魔法陣みたいなものがあるのが見える。
そして、その周りには。
「……天使が、3匹、か」
さっきの天使5匹の悲鳴を聞いたのか聞いていないのか、ゆったりと武器を持って警備にあたっている天使が3匹居たのである。
「1人1匹でいいな?」
「分かった」
「了解です。あ、天井消えますからよろしく」
「想定済みだ」
「想定済み」
俺達は必要最低限の意思疎通を行うと同時に、一気に天使を討ち取るべく行動した。
最初に、祠の天井が消えた。
何故消えたかを説明する必要も無いだろう。パンのせいである。
天井は石材だった故にフカフカかつ脆い蒸しパンになり、そして、柱から生えたフランスパンのスパイクによって崩れた。
「な、何だ!?天井が!?」
「あ、これ甘いですよ先輩!」
「食ってる場合か!」
天使たちが騒ぐが、こんなものはまだまだ序の口である。
崩れた天井から2羽の鳥の如く飛び込んでいった人影が2つ。
1つは猛禽類のそれの如く、獰猛に天使を狩りに行くカラン兵士長のものであり、もう1つはカワセミの如く、しなやかに一直線に天使を屠りに行くユーディアさんのものである。
2人は無事、着地する前に天使を1匹ずつ仕留めたらしい。
そして残る1匹は。
「ああっ、よくもお前ら先輩を……むぐっ!?」
「お前の敗因はただ1つ」
俺は天井からなんて行儀の悪いことはせず、悠々と祠の入り口から入り、目の前で苦しむ天使に言った。
「てめーはパンを食った」
「むぐっ……むぐむむむむ……」
そう。この天使、パンを食ったのである。
つまりそれは俺の前では『石を食った』ことと等しく、即ち、『無限増殖するパンを食った』ことと等しい。
「……きゅう」
胃の中、口の中でパンが無限増殖した天使は、当然のように窒息したのだった。
「さて、この魔法陣に乗るんだったな」
俺達は天使から武器と輪を没収した上で衣類道具全て剥ぎ取ってからまた石詰めにして、しっかり無力化してから魔法陣の上に乗った。
さっきカラン兵士長が天使どもから聞きだした情報によれば、この魔法陣みたいなのに乗っかる事で、次の星へと進むことができる、のだったが。
が。
「……ぜんっぜん動かねえ」
動かないのであった。これは如何に。
「もしやこれ、天使にしか起動できないとかじゃないだろうな」
「あり得る」
俺達は魔法陣の上でにっちもさっちも状態であるが、これ、なんとかしないと次の星まで安全に到達する方法は他に無さそうなので非常に困る。
「とりあえず伸びた天使を一緒に乗せると何とかなったり」
「もう試している。駄目」
……うーん、起動に鍵が要る、みたいな話は天使から出てなかったんだが……。
「お前、何か知らない?」
仕方ない、駄目元で案内人魂君に声を掛けてみたところ。
「お?」
人魂はふわっ、と高く跳んでから、魔法陣の横に置いてあった石に触れた。
途端、魔法陣の光が一気に増し、俺達は燃えるような光に飲み込まれる。
……光が収まった時、俺達が乗っている魔法陣は白銀の色に変わっていた。
「これは……移動した、のか?」
というか、何よりもまず、祠に天井がある。どうやら本当に移動したらしい。
「助かったよ、人魂君」
人魂をつつくと、人魂はふるん、とどこか嬉し気に揺れた。
……本当にこいつは一体、何なんだろうなあ……。
さて。
祠を出た俺達は、早速祠に戻ることになった。
「天使がいっぱい」
理由は簡単、天使がいっぱいだったからである。
「あの数を相手にするのは骨が折れるな。仕方ない、迂回しよう」
素晴らしいことに、祠付近には天使が居なかった為、俺達は祠を出て、天使と反対方向へと向かうことに……。
……。
「いや、ちょっと待ってください。ここであいつら、仕留めましょう。後からもっとヤバい状況で援軍に来られたらもっとヤバくなります」
「ならば、今のうちに奇襲をかけてしまえ、ということか。一理あるが……」
「あと単純にあの天使共、なんかむかつきます」
天使たちが大勢居る場所を祠の影からそっと窺うと、そこでは亡者相手に天使たちが何か、説法でもしているらしい様子が見えるのだが。
「……であるからして、神は醜く争う人々を憂え、新たな世界をお創りになるのです。醜く争う人は皆消え、魔物も悪魔も皆滅び、清廉な人の子が暮らすための美しい世界を」
「神の慈悲に感謝するのです、人の子よ。ここは天国の最下層。しかし慈悲深い神は、あなた方の魂もいずれ来る新しい世界へと置かれるでしょう」
「善き行いをしなさい。悪しき魂は皆、新たな世界へと置かれる前に永劫の苦しみを背負って滅ぶのです」
「祈りなさい、人の子よ。全ては神の御心のままに」
……聞こえてくる話が、どうにも俺の中では怪しい宗教のそれに分類されるものなのである。
どうにも、何かが釈然としない。何かが、むかつく。
「……魔物を滅ぼされるわけにはいかない」
「ああ。そうだな。イスカの人々は皆、良い人ばかりだった。俺もあの天使共はどうも好かん。俺達の邪魔をするなら尚更だ」
そして、故郷を滅ぼす宣言をされたも同然なユーディアさんは剣を構え、それに乗る形でカラン兵士長も剣を構えた。
「いやいや、2人とも。そう焦らないで」
俺はそんな2人を諫めつつ……フライパンを構えた。
「奇襲も広範囲爆撃もだまし討ちも、俺の専売特許ですって」
「ステンバーイ、ステンバーイ」
俺は密やかに、パン化の準備を始めた。
具体的には、天国の亡者達を囲むようなパン石壁を1枚。その壁から一斉放射される石の弾丸。亡者達の周りに居る天使たちを貫くパンの槍。特に意味も無く降り注ぐカニパ○。
大体こんなかんじである。
亡者達を壁で守りつつ、天使を石の弾丸とパン槍で仕留め、特に意味も無く○ニパンを降らせていく、というスタイルになる。まあ、これで全滅させられるとは思わないが、ある程度数を減らすことはできるだろう。
少なくとも、いきなり白兵戦に持ち込むよりはいいはずだ。
「……タスク、本当にこのかにぱーを降らせるのか?」
「はい」
「……本当に、これを、降らせる、んだな?」
「ええ勿論です」
「……サイズはこれで、いいのか」
「まあインパクトって大事じゃないですか」
「それから……素材も、これで、いいの、か……?」
「頑丈な方が扱いやすいんですよ」
カラン兵士長がなんとも言えない顔をしているが、まあ、それはおいておこう。
尚、カニ○ンの射出は地面から勢いよく突き出すパン棒による押し出し式の投擲で行う予定である。
その為にもある程度カニパ○自体のサイズと頑丈さが求められるため、○ニパンは約4mのもの、かつ石製のものを50個程投擲する予定である。
そして。
「祈りなさい、人の子よ。愚かなる人の罪の許しを請い、新たなる神の国を讃えなさい。全ては神の……なっ!?」
攻撃が、始まった。
天使たちは、いきなり亡者達を囲む壁が生えてきて、大層驚いた。
そして、咄嗟に武器を構えたり何か呪文のようなものを呟いたりし始めたのだが、遅い。
その壁から無数の弾丸が射出され、天使たちの体を、翼を撃ち抜いていく。
「こ、これはっ……!?」
「まさか、悪しき魔王の……!」
天使たちは概ねアタリだが多分色々とハズレな想像をしたらしい。多分、魔王本人を想像したんじゃねえかなこいつら。
そんな天使たちはパニックに陥りつつも、正しい行動を選択した。
「これはいけない、報告を……あっ」
が、甘い。
報告に向かう天使の翼は、フランスパンの槍によって貫かれる。
他の天使たちも、フランスパンによって貫かれ、或いは進路を塞がれ、そして、そのフランスパンの槍や、はたまた先程の石壁から再び射出された石の弾丸によって、またしても傷ついていく。
……そして。
「ファイア!」
俺の特に意味の無い掛け声と共に、カニパ○(石材製)が射出される。
斜めに勢いよく生えるフランスパンによって持ち上げられたカニ○ンはそのまま打ち上げられ、そして、下手なカニパ○数撃ちゃ当たる、の理論で天使たちの元へと飛んでいき……。
「なんですかこの……邪神像はああああああああ!?」
「神よ!神よおおおおおおお!」
……天使たちの悲鳴をBGMに、次々と着弾していったのである。
「……びゅーてぃほー」
俺としては満足としか言いようがない。全てはカニ○ンの御心のままに、である。汝カ○パンを愛せよ。
「……タスク」
「はい」
「これは、どうするんだ?」
「とりあえず石の残骸は全部カニパ○にします」
「な、何故だ」
「そりゃあ……神とやらの領分を、カニパ○によって侵攻していきつつ信仰を奪い取ってやろうかと」
カニパ○石像の直撃を食らって沈んだ天使たちの処理が終わったら、亡者達を囲んでいた石壁も、カニ○ン石像の残骸も全部カニパ○にした。
よって、唐突に視界が開けた亡者達は、一面のカニパ○畑を目の当たりにしたわけである。
天上の、美しい土地に、天使は居らず、代わりに一面のカニ○ン畑。
……亡者達の唖然とした表情と無言がむしろ一周回って心地よい。
さて。これをこのまま放っておいてもいいのはいいのだが。
「諸君は救われた!」
カニパ○美味しいよ教の教祖としては、ここで布教していかねば名が廃るという物である。
「諸君は疑問に思った事は無いか?この天国は間違っていると!」
ぽかん、とした亡者の口の中にカニパ○を突っ込みつつ、俺は続ける。
「ただ1人、神とやらの意思によって善悪が定められ、定められた善から外れた者は地獄に置かれる!その基準は正しいのか?地獄に行った人は、本当に悪人だったのか?」
更に畳みかけるようにカ○パンを増やしつつ、俺は問う。
「諸君らに聞きたい!諸君らの家族は、友人は、恋人は……皆、ここに居るか?天国に皆、居るのか?諸君らが好ましいと思った人全員が、天国に居るか?……地獄に落とされた人が、居るんじゃないか?」
背後にカニパ○像を建設しつつ言えば、亡者達はざわめいた。
そして……その内の1人が、ふと、漏らした。
「私の婚約者は……自殺しました。家が、没落して。私に迷惑はかけられないと。……自らの命を粗末にした者は天国へ行けないと聞きました。だから、彼は……地獄で……」
その亡者の女性はそこまで言うと、両手で顔を覆って泣き出してしまった。
「お、俺の親父も。俺の親父は、徴税者をしてた。だが、国へ治めるべき税を使って、町の開拓を……それは罪だから、国家への反逆だから、地獄行きだと、言われた……」
「私のおじいちゃん、食べるの大好きだったから……あんたの爺さんは地獄行きね、って!」
「俺の娘は神への祈りを捧げる前に生まれてすぐ死んじまった……だから天国へは行かれないんだと……」
「俺の友達、ホモだったから多分、地獄に居ると思う。でも、別に悪い奴じゃなかったんだよな……」
1人が喋り出すと、まあ、出るわ出るわ。
……俺達の中で、ユーディアさんが地獄行きに処されたように。俺達に力を貸してくれたレギオンが地獄に居たように。幽霊女ことリュケ嬢がやはり、地獄の入り口に居たように。
ここに居る人達の大切な人達も、或いは、別に大切じゃなかったとしても、好ましいと思った人や、別に嫌いじゃなかった程度の人だって……別に不幸になれと願った訳じゃない人達が地獄行きになっている。
「俺はこんな天国と地獄は気に入らない。よって天国をぶち壊してやろうと思っている」
人々がざわめく。が、ざわめく人達の口にカ○パン突っ込んで黙らせて、俺は続けた。
「だから諸君を救うのは神ではない!新しい世界なんて無くてもいいじゃないか。悪人は神が裁かなくてもいい。人が裁けば事足りる。人を救うのは神じゃない。人が救えばいいじゃないか。そして、死後の人々を救うのは、この……」
そして、俺は背後に建設した○ニパン像を、パンにする。
焼き立てのパンの甘やかな香りが漂い……。
「……カニパ○だ」
とりあえず、ブーイングが起こらなかった訳ではないが、全く暖簾に腕押し、というわけでもなかった。
人々のざわめきの中には、この世界の神とやらを疑う声や、地獄に行ったであろう誰かを案じる声が混じっていたし、カニパ○うめえ!みたいな声も混じっていた。
とりあえずカ○パンの他にワインと焼き肉も用意した上で、俺達はこの天国を後にすることにしたのである。
「……タスク」
「はい」
「今のは、やる意味があったのか?」
「まあ、もしかしたら、多分」
「……かにぱー好きが、増えたから、か?」
「まあ、その方が魔王様もお喜びになりますよね多分」
……特に意味は無いのだが。
無いのだが……まあ、やってもいいよね、とは思った。
それはこの世界への疑問を投げかけるという意義もあり、カニパ○の布教のためでもある。
要は、神を。いずれ俺達が倒すべき相手を、倒す準備、の一環なのである。
多分、神とは、信仰によって支えられるものであろうから。