表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
108/134

108話

「煉獄は楽勝でしたね」

「エピが居ないと最初から分かっていたからな、確認の手間が省けたのと……地獄のように層が分かれている訳ではなかったからな……いや……しかし、これは、これは、いいのか……?」

「パンでひとっとび」

 さて。

 俺達は煉獄の山のてっぺんに居る。

 要は、天国の入り口の前、である。

 ……何故こんなスピードで来れたか、と言えば、山をパンにして邪魔そうなモンスターっぽいのやらなにやらをボッシュートし、かつ、そこら辺の地面からパンを生やして伸ばし、それに乗ってパン山の頂上まで伸びればよい、と。

 邪魔者はパンに埋もれてもがいているだけであったし、俺達はほぼ労力を使わずして、パンエレベーターによる登山を成功させたのだった。


「……ところで、煉獄って一体何だったんですかね?」

「天国でも地獄でも無い場所、であったはずだが……確認する間もなく、終わってしまったからな……」

「天国と地獄の間……真ん中の国……?」

 ああ、つまり中国か。成程。下手な地獄よりも住み心地悪いんじゃないだろうか。いや、絶対金の地獄よりも中国の方が住み心地悪い。そうに決まってる。あの地獄はぬるかった。

「……帰りにはもう少しよく見てから帰りたいものだな……」

 まあ、今は急ぐからな。煉獄見学はまた後で、という事にしよう。

「観察も何も、もうパンになっている。これでは観察する意味は無いのでは?」

「まあ、うん、そうなんだが。そうなんだが……」

 パンの山の観察もそれはそれで楽しいと思うよ。うん。




 ということで俺達は煉獄を超えた。あっという間だった。まあ、あっという間に超えられたくなかったらちゃんと層にしておくとか、ゴールをはっきりさせずにおくとか、そういう工夫が必要だと思う。地獄はそういう工夫がちゃんとあったからな!

「じゃ、いくぞ」

「ああ!」

「分かった」

 俺達は煉獄のてっぺんにあった門を開き、天国へと足を踏み入れた。




「で、ここが天国、か。なんか思ってたのと違う」

「もっとたくさん食べ物があるのだと思っていた」

「違うだろう!?何か、もっと無いのか!?もっと、こう、上下が無いとか!俺達の周りを回っているものは何だとか!」

「いや、すごく天動説だなって」

「天動説って何だ!?」

 さて。

 天国、と聞いていたから、雲の上で酒は美味くて姉ちゃんが綺麗、みたいな天国像をぼんやり想像していたのだが、今、俺達の目の前にあるものは……。

「……夜空に似ている」

 星、であった。


 俺達が立っている星を中心に、ぐるぐると、他の惑星がいくつも回っている。そう表現すれば大体合っている、だろうか。

 要は、小さな星を中心に、いくつもの星が回っている。その星1つ1つが各種天国なのだろう。

「……これ、どこにエピが居るのか分からねえなあ……」

「どのみち、一番遠い所まで直接行けるとは思えん。1つずつ、近い所から行くしかないな」

 そしてまあ、今回も地獄よろしく、1つ1つ、天国を見ていくしかないだろう。

 エピがどこに居るのか分からない上、煉獄のようにショートカットはできそうにない。いや、今俺達が居る所からパンで軌道エレベーターみたいなの作ってもいいのかもしれないが、回ってる星にエレベーターつけるのは難しすぎる。

 そして、パンエレベーターを諦めた理由はもう1つある。

「……慎重に行こう。私達は歓迎されていないようだ」

 ユーディアさんが氷の刃を抜いて構える。

 カラン兵士長も剣を抜いて身を低くし、俺も手にフライパンと小石を握る。

 俺達の見上げる先には、光の武器を持った天使たちが居た。

「こいつら全員羽もいで魔王様に献上しようぜ」

「手芸の素材が手に入って喜ぶだろうな、あの魔王なら」

「羽毛布団にしてほしい。きっと軽くて暖かい」

 俺達がそれぞれ、獲物を前にした獣の如き表情で笑う中、俺達の前に降り立った天使たちは皆、顔をひきつらせた。

「ってことで大人しくエピを返すか羽毛布団になるか選べ!」




 初っ端、ユーディアさんが飛んだ。

 それこそ、天使さながらの自由さで、かつ、天使さながらの美しさで宙を舞う。

 星の光に照らされて銀髪が透けるように輝き、氷の瞳がギラリ、と燃える。

 そして数度、音とも言えない音が響く。

「きゃ、きゃあああああああ!?」

 それだけで、天使が1匹、落ちてきた。見れば、羽を切られて飛べなくなったらしい。

「はい、オーライオーライ」

 落ちてきた天使はパンで受け止めて、そのままパンの中に首まですっぽり包んで、パンは石にしてしまう。

 これで生け捕りにできた。後で情報を吐かせることもできるだろう。

「ユーディア嬢、中々やるじゃないか!」

 カラン兵士長が笑うと、ユーディアさんも少々嬉しそうに、ごくわずかに口角を上げた。

「ならば俺もやらせてもらう!」

 場所を譲るようにバックステップで後方へ下がったユーディアさんと入れ代わるように、カラン兵士長が飛ぶ。

 跳躍は飛翔となり、天使の真っただ中へと飛び込んでいく。

 そして、1度、2度、3度、と、天使たちの剣や槍の攻撃を避けたり受け流したりして……4度目の攻撃を仕掛けてきた天使の懐に飛び込んだ。

「甘い!」

 そして、一閃。

 天使は肩越しに羽を切られ、そのまま肩口にも傷を負い、こっちに落ちてきた。

「はいはいオーライオーライ」

 2匹目の天使も同様に捕まえて、俺も空を見上げる。

 ……残り、3匹、か。

「もうカラン兵士長とユーディアさんに任せちゃっていいですかね」

 もう俺、出なくてもいい気がする。この2人が強すぎる。駄目だ。俺の出番は無い。

「ああ、いいぞ!」

「構わない」

 そして2人も快諾。うん、本当に何も問題は無かった。

「私が2匹やる。そちらで1匹頼む」

「いや、俺が2匹やる。ユーディアさんはそっちの1匹を」

「いや、真ん中のあれは私の獲物だ」

「いやいや、俺が」

 ……。いや。問題だな。うん。このままじゃ、真ん中の1匹を巡って喧嘩が始まる!


「なら俺がやりますよ!」

 どうぞどうぞ、を待つ時間も惜しい。

 迫ってきていた天使に向かって、地面からパンを盛大に伸ばす。

「っ!?」

 槍の如く伸びたパンを、天使は間一髪、スレスレで避けて、尚、俺の方へ向かってくる。

 が、甘い。

「残念ながらパンってのは曲がるし伸びるし生えるんだよなあ!」

 俺はパンを一度石にした後、そこから再び天使に向けて、複数本のパンを生やした。

「あっ」

 その内の1本のパンが天使の足首を捕らえた。

 天使はすかさず、パンを切り離したが、遅い。

 天使の足首にとりついたパンは石になり、そこからまたパンが生え、石になり……。

「あ、お、重いっ……」

 天使は石の足枷の重みに耐えきれず、落ちてきたのであった。はい、オーライオーライ。




 俺が天使をオーライしている間に、ユーディアさんとカラン兵士長はそれぞれ1匹ずつ、天使を仕留めていた。

「……ということでここに用意しましたるは天使5匹」

 よって、俺達の目の前には、首から上だけを石の外に出した天使たちが居る訳である。

 武器も没収済み。抵抗の余地は多分無い。

「……さて、聞かせてもらおうか」

 カラン兵士長が天使の1匹の首に剣をぴたり、と添わせると、天使は息を飲み、さっと青ざめた。

「まず、どうして俺達を襲ってきた?」

 天使は最初、黙っていたが、首に添った剣が僅かに動くのを感じたのだろう。慌てるように口を開いた。

「来るべきではない者が天国に来たのだ!理由などそれで十分だろう!ましてやお前達の魂は穢れに満ちている!」

「ほう、それだけか?」

「そ、それにその女は重罪人だ!救世主を裏切った罪人だ!地獄の最下層で氷漬けにされているべきなのに、天国に入ろうなど、不遜にも程がある!卑しき魔女め!地獄へ落ちろ!」

 天使が喚き、その瞬間、天使の頭の上の輪が光を増した。

「っ!」

 そして閃光。

 天使の輪から発せられた光の刃が3つ飛び、ユーディアさんの首を狙う。

 が。

 光の刃の1つは、明後日の方向に飛び、俺のパンガードに刺さった。

 光の刃の1つは、軌道を逸らされてユーディアさんの頬を一筋、薄く切るにとどまった。

 そして、最後の1つは、咄嗟に動いて3つの光の刃を弾いたカラン兵士長の首近辺を切り裂いていった。

「な……なんて、速い」

 3発も攻撃を外した天使は驚愕していたが、再び、別の理由で驚愕……いや。畏怖した。

 ユーディアさんを見やったカラン兵士長が、振り向く。

「……言いたいことはそれだけか?」

 天使は、カラン兵士長の顔を見て、自分がやってはいけないことをやり、言ってはいけないことを言ったことに気づいたのだろう。だが、どうすることもできない。

「あ、ああ、これだけだ!どうする?私を殺すか?天使殺しは重罪だぞ!?お前達もいずれ審判の時、裁かれることになる!そして地獄で永劫の苦しみを味わうことになるぞ!?」

 案外楽しそうだったけどな。地獄。大体どこの階層でも今、パン祭やってるし。

「……そうか。言いたいことはそれだけか」

 カラン兵士長は、夏の国の男のものとは思えないような氷点下の笑顔を浮かべたかと思うと、剣を薙いだ。

「なっ……」

 スパリ、と、天使の翼が切り落とされて、地に落ちる。

「ならば言いたいようにしてやろう。神とは何か。エピはどこに居るか。お前達の仲間の数は。強さは。陣形は。配置は。……そして、真の魔王を倒さんとした女傑を貶めるような口をきいたことと!女の顔に傷をつけたことを!後悔する言葉をな!」

 天使の絶叫をBGMに、カラン兵士長は今まで俺が見たことの無い種類の笑みを浮かべた。

「安心しろ。俺は『兵士長』という立場に居たが……案外、汚れ仕事も回ってくるものでな。捕虜や罪人の拷問には慣れてるのさ」

 ……。

 ひええ……。




 それから。

「すまん、やりすぎた……」

「ああはい、ほんとにね。ほんとにどうしたんですか兵士長」

 そこには天使の輪も羽もボッシュートされて伸びている天使5匹と、落ち込むカラン兵士長、ドン引きの俺といつも通り、何を考えているのか分からないけれど多分何も考えていないユーディアさんが居た。

「本当に……ああああ……」

 カラン兵士長は頭を抱えてしゃがみ込んでいる。ついさっきまで滅茶苦茶ノリノリで天使から情報をゴロゴロ吐かせていた男と同一人物とは思えない有様である。

「ま、まあ、エピの居場所は分かりませんでしたけど、結構色々分かったじゃないですか。よしって事にしましょう」

「いや、しかし……我を忘れて、一体俺は何を……ああああああ……」

 ……いや、本当に結構情報は手に入ったのである。

 少なくともこれから俺達が戦う事になる天使の数は最大で100を超える、とか。でもそれら天使の多くは回避できそうだ、とか。滅茶苦茶に強い天使が1匹、どこぞに門番として居るとか。

 それから少なくとも抜け道というか、ルートを複数知れたのはとても素晴らしい功績だったと思うのだが。おかげで俺達、ここから先の進路には相当不自由が無いぞ。

 と、思うのだが……。

「カラン兵士長」

「……ああ」

 頭を抱えて蹲ったままのこの兵士長。なんというか、やりすぎというか、我を忘れすぎなのである。

「血、出てますけどそれ、大丈夫ですか?」

「……え?ああ、そういえば、切られてたな……」

 天使の輪から出てきた刃によってこの人、首筋をさっくりやられているのである。いくら主要な血管は逸れてるしそこまで深い傷じゃないとはいえ、血が流れる傷を忘れて拷問してたんだから大したもんというか、なんというか。アドレナリンって怖いね。

「……ああ、そういえばユーディア嬢は」

「平気」

 そしてユーディアさんもまた、頬を薄く切られてはいたものの、こちらは薄く血がにじむ程度の傷である。……女性の顔に傷、というのは結構心理的に来るものがあるが、本人がけろっとしているというか、ぽやっとしている上、まあ、痕にならずに治りそうだな、という傷なので、あまり心配しなくても大丈夫だろう。

「……すまない。油断した。まさかこいつら、輪からも攻撃してくるとはな……」

 カラン兵士長もユーディアさんの傷を確認して、ほっとしたような、もやもやしているような、微妙な顔をしている。

「平気。むしろそちらの方が重傷」

 俺としても、ユーディアさんよりカラン兵士長の方が重傷だと思う。天使の拷問の為に右腕使いまくってたせい、ってのもあるだろうが、未だに出血が止まっていない。この人本当に大丈夫だろうか。

「俺か?いや、こっちも大した事は無い。舐めときゃ治る」

 まあカラン兵士長は気合と根性だけで瀕死の淵から帰って来られそうな人なので、こちらも大丈夫そうである。

「その位置は舐められないのでは」

 そしてユーディアさんは何というか、俺が最初に思っていたよりも幾分、いや、大分こう、天然ボケてる人であることがここ最近で判明してきた。いや、確かに自分で自分の首近辺の傷って舐められないけど。

「兵士長。その傷は私が舐めた方が良いだろうか」

 ……。

 さっき。カラン兵士長は気合と根性だけで瀕死の淵から帰って来られそうな人だと言ったが、前言を撤回させて頂こう。

 カラン兵士長も多分、こういう攻撃には滅茶苦茶弱い。根性でも気合でもどうしようもない事には、この人、本当にどうしようもない。

「ユーディア嬢」

「ああ」

「言葉の、綾だ。気にしないでくれ……」

「そうか」

 多分、このユーディアさんの様子を見る限り、これ、別にふざけているでもなく、本気なんだろうなあ……。イスカの村では割と普通にあることなんだろうなあ……。




 とりあえず、ユーディアさんに手羽先(天使の羽由来)の処理を任せておいて、俺はカラン兵士長の首に適当に布巻いて縛って止血した。

「……しかし、天使の手の内がある程度分かったのは、まあ、怪我の功名か」

「そうですね。輪からも攻撃してくる、と」

「恐らく、上位の天使ともなれば、これ以上にまだ何か隠し持っているのだろうな」

 怪我の手当てをしつつ、俺達は今後の天国めぐりについて思案する。

 とりあえず、天使から聞きだしたルートが複数あるから、ある程度は簡単に進めるのだろうが。

「……誰か、案内してくれりゃあいいんだけどな。天国に居るような人って、絶対に俺達の敵だもんなあ……」

 地獄では、リュケ嬢やレギオンのように、俺達の味方になってくれる人達が居た。

 だが、天国は……どちらかといえば、井末側、即ち、俺達の敵になる奴の本拠地である。

 中々に厳しい戦況になることが予想された。


 俺達が険しい顔をしている中、手羽先の処理を終えたユーディアさんが、何かをつまんで持ってきた。

「これが飛んでいたが」

 ……。

「もしかしてお前、天国の案内もできたりするの?」

 ユーディアさんがつまんでいたのは、地獄から付いて来た、例の人魂である。

 ……そういや、こいつって、一体何なんだろうか……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ