107話
やれやれ。いくら、石から作ったパンもとい肉の塊だったとしても、自分自身の形をした物が首を切断されたりぶっ潰されたりするのを見るのは中々に嫌な気分になった。
まあカニ○ンの勝利に終わったから良しとしよう。
「そっち、終わったか!」
「加勢しますねー!」
井末の処理も終わったので、残り10人のおっさん達を何とかするべく、カラン兵士長の方に加勢する。
カラン兵士長は1対10という圧倒的戦力差においても奮闘していた。なんと、おっさんの内2人は既にダウンしていた。なんてこった。
そこに俺も飛び込むように加勢して、早速、おっさんを5人程、パンガードの中に閉じ込める。
「な、なんだこれは!」
「この壁は一体!?」
パンがパンだということにすら気づけないおっさん達はほっといて、パンガードの外にはじき出されたおっさん3人を更にパン壁で細分化していく。
要は、各個撃破だ。
集団が集団において強いのは、連携することによって攻撃の手数を増やし、敵の動向を見る目の数を多くし、数多の特技を持ち寄って戦術を増やすからである。
分断して1人ずつにしてしまえば、そこまで脅威にもならない。
パン壁の方はパン壁がパンであるが故に、おっさん達の動揺を誘うに持ってこいの素材である。
そっちに気を取られているおっさん達は、簡単に分断され、そして分断されている僅か数秒の間にカラン兵士長が各個撃破してくれるのだ。
更に、パン壁で囲んだおっさん達は、パン壁を石壁にして、内側に向けてプロシュートシュートをぶっ放すことによってダメージ蓄積と戦意喪失を狙える。
ただでさえ、井末という将が倒れた状態なのだ。戦意喪失もいいところのこのおっさん達を処理するのは、そう難しい話では無かった。
「……というかんじで、まあ俺達の腕はこんなもん、ということで」
さて。
井末の喉からパン引きずり出して回復体位にしておいてから残り10人のおっさんも並べたところで、改めて、俺とカラン兵士長は魔王ルカス様に向き合う。
「中々の腕前であったな」
半分氷に沈んでいる魔王様は満足気である。まあ、井末達が来たのはかなり予想外だったが、いいデモンストレーションになったと言えばそんなかんじか。
「ならば後は余が引き受けよう」
魔王ルカスの言葉の意味を理解するより速く、俺の背後で凄まじい音がした。
振り返ると、そこではあの状況からどうやって復活したのか、井末がシールドを展開していたのである。そこに魔王のシールドがぶつかって、さっきの音が発生したらしい。
「うわっまだ動いてる」
思わず口に出してしまったが、まさにそんなかんじである。
だって食道全部塞いだぞ?俺。あの状態からどうやって生き返ったんだあいつ。
「っ、の、まま、で……終われ、な……」
ぜえぜえと肩で息をつく井末は、急に咳き込むと……口からぬるり、と魚を吐き出した。
……。
魚を、吐き出した。
魚が氷の上に落ちてぴちぴち跳ねている。
俺達が絶句し、沈黙する中、魚がびったんびったんする音だけが響いた。
……沈黙を破ったのは、俺である。
「えっ今の何きもっ」
尚、沈黙は大体3秒ぐらいだった。うん、流石にこれ以上は俺も遠慮という名の堤防を決壊させずにはいられなかったのである。許せ。でも本当にきもいぞ、井末。
「うるさっ……おえっ」
更に井末の口から魚が出てくる。うわあ、うわあ、うわあ……なんだこれ……なんだこれ……。
「……っはあ、はあ……これが、僕の、能力、だ……!」
「口から魚出てくるの?まじで?俺、俺が一番可哀相な能力だと思ってたけどベストオブ可哀相賞はお前に譲るよ」
「違う……魚を、増やせる、能力、だ……」
ああ、そうなんだ……。それで、胃の中とかに魚発生させて、逆流させて、パン詰まりを解消したんだ……。
……って、いや、ちょっと待てよ。『増やせる』?ってことは、元々魚が居たと?それは多分……胃の中に?
うわあ想像したくねえ……想像したくねえのに頭が勝手に想像し始める!何だこれ、呪いかよ。新手の呪いかよ!
俺達が正直もうどうしていいか分からないまま見守る中、井末はふらつきながら立ち上がり、そして、武器を構えた。
立派なものである。もう俺、こいつに対して拍手喝采とベストオブ可哀相賞の記念トロフィーとかを贈りたい気持ちでいっぱいである。
「ふむ、折角立ち上がったところ、悪いが。……来たようだ」
が、そんな井末に対して、魔王ルカスがそう言うと……シャッ、と、軽く鋭く、氷を擦る音が響く。
そして。
「もらった」
氷に反射する光に煌めく銀髪と、燃えるように輝く氷の瞳。
ユーディアさんが氷の剣を構えて、井末の上空から飛びかかっていた。
さて。
今度こそ本当に井末が倒れ、その後ろに軽く、ユーディアさんが着地した。
「ユーディア嬢、生きていたんだな!?」
「いや、死んでいる」
が、ユーディアさんに駆け寄ったカラン兵士長に、ユーディアさんからの非情な言葉が返ってくる。
「死ん、で……」
「死んだ。確かに死んだ」
カラン兵士長ががっくり肩を落とすが、俺としては想定の範囲内である。むしろあれで死んでなかったらそっちの方が驚きである。
「ところでユーディアさん、何か地獄の食べ物食べました?」
「食べる前に凍ってしまった。食べていない」
そしてこっちは想定外に嬉しい誤算。これは安心材料が1つ増えたぜ。
「ほう、知っておったか。冥府の物を食べた者は冥府の住人となる。現世へ戻っても蘇ることができないのだ」
「なんとなく、レベルで」
あー、やっぱりそうだったんだな。教えてくれてありがとう幽霊女。いや、リュケ嬢。
「つまり、その娘はまだ冥府の住人ではない。現世へ連れ帰れば蘇ることもできよう」
「よっしゃ」
ということは、後はユーディアさんに冥府の物を食べさせないようにしつつ連れて帰ればOKだな!
「恩に着るぞ、魔王ルカス!ユーディア嬢の封印を解いてくれた礼は必ずしよう!」
「うむ。これはいわば、前払いだ。そちらにも余の封印を完全に解くべく、手伝ってもらうぞ」
「ああ!」
ユーディアさんが溶けて本人よりも嬉しそうなカラン兵士長は、魔王ルカスの言葉に満面の笑みで答えた。
……が。
「で、どうやったら封印が解けると?」
封印の解き方は知らないのである。
どうするのだろうか。あれか。魔王と氷の接合部に石鹸水か何かを流し込んで、そのままツルッと引っ張り抜くとかか。いや駄目な気しかしない。
「何、簡単な事だ。この封印は神と魔王モルスによるもの。その内の片方だけが壊れれば、残りは余1人の力で破壊できる。そして神による封印であるならば、『神の玉梓』の手で解くことができよう」
「神の玉梓……エピの事か!」
俺達が全員、間違いなく笑顔になったところで、魔王ルカスは満足げに頷いた。
「即ち、お前達はこのまま煉獄へ向かい、煉獄を抜け、天国を進み……そこに囚われた神の玉梓を連れて、再び余の元へと戻って来い。それで余の封印は解ける」
やっと。
やっと、エピに手が届きそうなところまで来た。
煉獄を超えて、天国に行けば、エピが居る。
確証を得られたっていうのは大きい。目標が見える位置にあればそれは原動力になる。
地獄めぐりで疲弊した身体と精神に活力が戻ってくるような気さえした。
「よし、じゃあ早速煉獄とやらに行こうか!」
「おいタスク、ちょっと待て。こっちの救世主はどうする?このまま置いておくか?」
が、一応、出発は後片付けの後、だな。
「おっさん10人と魚増殖マシン1体か……どう片付けようか」
分類は粗大ごみとかでもいいんだろうか。
「後は引き受けよう、と言っただろうが」
が、ここで魔王様がやってくださるようです。
「このまま居座られても厄介である他の何物でもないからな。現世送りにしておこう」
井末達に向けて魔王ルカスが両手を向けると、やがて光が溢れ……。
「あ、ちょっとタンマ」
「ぬ?」
が、俺はちょっと思い出したことがあったので、魔王ルカスを止める。
そして井末の懐を漁り……あ。
「それは……リボン、か?」
覗き込むカラン兵士長は不思議そうに首を傾げる。うん。まあ、男がリボン持ってるっておかしいよな。おかしい。でも俺はこのリボンに覚えがあるのだ。
確かこれ、プリンティアで初めて井末に会った時、エピが春の精霊だと勘違いされつつ、このリボン、井末に持っていかれたんだよな……。
うーん……。
「あー、うん……いや、これが目的じゃなかったんだけど一応回収しておこう……」
5秒ぐらい考えて、これも回収することにした。なんとなく井末がコレ持ってるってのは気分が悪い。
「で、目的はこっち」
「ウェルギリウスの炎」
ユーディアさんは井末の懐から取り出された物に覚えがあったらしい。
そう。これこそが井末達が火山の中で拾って帰った奴であり、井末達を地獄まで導いたアイテムなのである。
「成程な。これが無ければ、再び冥府へ戻ってくることもそうそうあるまい、と」
「じゃなきゃ、何度でも蘇るぞこいつ」
「だろうな」
現世送りにしても現世送りにしても、地獄へ戻ってきては魔王と戦おうとする井末の姿が目に浮かぶ。そんなの面倒以外の何物でもないからな。
「さて、これでOK。さあやっちゃってください魔王ルカス様!」
結局、ユーディアさんから「路銀や武装もここに置いていかせた方が良い。相手は曲がりなりにも救世主だ。できるだけ動きを封じた方が安全」という血も涙も情けも容赦も油断も驕りも一切無い提案が出たため、金とか武装とかも剥ぎ取りに剥ぎ取ってから現世送りに処すことになった。
懺悔します。要は、パンツ一丁の情けない11人が現世送りに処されることとなったのだ。エイメン。
「ではいくぞ」
再び魔王ルカスが両手をつき出すと、辺りに光が満ちていく。
やがて、地獄の底とは思えないような、昼間の陽だまりのような明るさになり……ふっ、と。井末達の姿が掻き消えた。
「消えた……!」
「見よ。これが魔王イリュージョンだ」
「魔王イリュージョン……!」
魔王イリュージョン……?
さて。
魔王イリュージョンはともかく、これで邪魔や厄介は処理できた。
「この先へ進めば煉獄だ。煉獄の山の頂上から天国へ行ける」
魔王ルカスの示す先には、門が見える。
「鍵は……恐らく、これで開くだろう」
そして、さっき井末達から剥ぎ取ったアイテム類をまとめて置いてあった中から、2つの鍵を拾い上げて、俺の手に乗せた。
金色の鍵と銀色の鍵である。どうやらこれが煉獄の鍵らしい。つくづく、アイテム類全部剥ぎ取っておいてよかった。
「……だが、煉獄はともかく、天国に入れば、天使たちの縄張りだ。戦闘の連続になるが、装備はそれで大丈夫か?」
「大丈夫じゃないです問題です」
カラン兵士長はともかく、俺はフライパンである。しかも、服が有り合わせである。防具じゃねえし武器でもねえ。
……そういえば、ユーディアさんの装備は……。
「私は剣が欲しい」
あれ?剣が無い、のか?いや、でも。
「ところでユーディアさん、さっき、剣、持って……」
俺はそこで、気づいた。
ユーディアさんの両手に握られている、煌めく氷の剣。それは……。
「つらら!」
つららであった。
「イスカでは子供達がつららで剣士ごっこをして遊ぶ」
「剣士ごっこはしても剣士はしないですよね?」
「時々する。私もした」
ああ、そうなんだ……。
ユーディアさんはぶぉんぶぉん音をさせながら、つららを振って答えてくれた。その表情はどことなく、自慢げであった。
うん、いや、自慢してもいいと思う。つららで救世主を倒した、っていう自慢が自慢になるのかどうかはさておき……。
結局。
魔王様は偉大なお方であらせられるので、ユーディアさんの為の細身の剣2本と、俺の為の服と、カラン兵士長の為のマントを頂いた。
「その剣はこの地獄の氷から削りだしたものだ。決して溶けることなく、決して折れることもない。冬の国の性質を持つお前なら使えるだろう」
ユーディアさんは氷でできた美しい剣を数度振り、満足げに頷いた。
「それから、その服は、余が刈り取った天使の羽と、余の部下たる悪魔の抜け毛で作ったものだ。魔法にも剣にも強く、軽い」
「ちょっと待ってちょっと待って、抜け毛?抜け毛?」
「抜け毛だ。抜くのは可哀相であろうが」
抜け毛……。
でも実際、この服はかなり高性能だ。着た途端に地獄の寒さが大幅に和らいだ。多分、これが魔法耐性なんだろう。しかも軽くて動きやすい。こうなったら文句は言えない。抜け毛でも。
「そしてそのマントは、刈り取った天使の羽と、悪魔の抜け変わった羽とで作ったものだ。多少、宙を舞うのにも役立つだろう」
カラン兵士長の方は抜け毛じゃなくて抜け羽らしい。俺もそっちの方がよかった。
「おお、これで俺もエピのように空中戦ができるな!」
が、空中の機動力を得るのは間違いなくカラン兵士長の方がいいので、分配はこれで間違っていない。悲しいことに。
「……ところで、この服やマントの制作者は?」
「余だ」
……。
魔王様の趣味が手芸であることが分かり、また1つ複雑な思いを胸に抱くことになりつつも、俺達は煉獄の門の前に立った。
「地獄を抜けて、仲間が1人増えたな!」
「よろしく」
ユーディアさんは言葉少なに、俺達についてくることを選んだらしい。すっかり煉獄の門の前でやる気である。
「まあこれで大分心強い……あ、そういやお前も居たな。すぐ居なくなるけど」
そして、俺の鞄からは人魂が飛び出してきた。
そういやこいつも連れて行ってしまっていいんだろうか。……まあいいか。
「じゃ、行くか。煉獄」
門の鍵穴に、2本の鍵を差し込んで、回す。
ギ、と重い音を立てつつも、案外軽く開いた門の向こう側は、地獄よりも明るく暖かいようだった。
そして、門の中へ踏み出した俺達の目の前には、塔と言ってもいいような、巨大な山がそびえていたのである。
まあ、山、である。
「あれ、石かな」
「おい、タスク」
「あ、石だった」
「あああああああ煉獄の山がパンに!」
「あ、これめっちゃ登りやすくなったのでは」
「食べよう」
「食うな!ユーディア嬢!食うな!冥府の石から作ったパンは食うなーッ!」
まあ、真面目に山登りなんて、するはずが無いのであった。