106話
救世主はパンを取り、祝福してこれを裂き与えて言われた。「取って食べよ。これは私の体である」
さて。
井末と戦うにあたって、カラン兵士長では戦えない、とお互い判断した理由は1つのみ。
それは、『井末がシールド能力を持っている』ということだ。
カラン兵士長は魔法を使って戦う人ではないし、どちらかといえば物理特化、近接特化の人だ。
火山の噴火によるパンの雨を町ごと防いだ井末のシールドは、かなり効果範囲が大きいはずだ。
そして、石の拘束も砕いたところを見ると、力もある。
とすれば、まあ、カラン兵士長をぶつけるわけにはいかないのだ。
……が、俺ならばいけるか、というと、それはそれでまた問題がある。
要は、俺の攻撃。
……パンなのだ。
パン。ぱん。まるで殺傷力の無いものが武器である以上、これは正直、戦いになるのかすら危ういところがある。
……だが、俺の能力にいくつか長所があるとすれば、そのうちの一つが効果範囲だろう。
俺のパン化能力は、数々の精霊達の力によってかなり効果範囲が広くなっている。なのでリーチの差はこれでかなり補える、というわけだ。
また、シールドの内側に居る井末にもパン化能力が届くというところも1つの長所だろう。
要は、パンはガードできても、パン化はガードできないようなのだ。井末。
井末の鎧に宝石がまだ残っている以上、或いは、井末の足下に小石が転がっている以上、井末が大きめにシールドを張ろうものなら、井末をまたパンで拘束することは容易い。
シールドの内側にパンを生やすことができるということは、大きなアドバンテージになる、はずだ。
……だが、シールドの『内側』というのが、限りなくゼロに近くなる、という事ももう分かった事だ。
さっきのさっきでもう分かった事だが、井末のシールドはパンどころか石すら砕いて防いでしまう。あの内側から発生するシールドは絶対無敵の謎パワーによって構築されているらしい。
そして、井末もさっきの連続パン生やしによる拘束には懲りたらしい。二度目には相当警戒しているだろうから、そうそう成功しないだろう。
……だからこそ、井末の弱点をもう1つ、何か見つけたい。
1つは、シールドの効果範囲内に直接パンを生やせばそれは無効化されない、ということだ。
だから、もう1つ。もう1つ、何か知りたい。井末のシールドの特性を把握して、それ以外の能力も粗方把握した上で、更にもう1つの弱点を見つけ……そこにつけこんで、勝ちたい。
あれだけ大見得を切ったのだ。ここを負けられないぐらいの意地とプライドはある。
ということで、俺も先輩に倣ってみることにした。
即ち、三度避けの奥義である。
俺は井末の目の前で、小石からパンを生やす。
堅いパンをスパイク状にして氷の上にしっかり噛ませて石にした上で、もう一度パンを生やす。高く高く、塔の如く。
「なんのつもりだ!」
井末が武器を振り回してパンの塔を攻撃してくるが、パンを即座に石に変えて多少しのぐ。
……分かった事1つ目。井末が最初に使う攻撃手段は、武器。
石になっても、流石の救世主様の攻撃には耐えきれなかった。割とあっさり折れたので、塔を乗り捨てて石片からパンを作って足場にしつつ、なんとか下りる。
「そこだ!」
が、人間としてはあり得ない身体能力で跳躍してきた井末が迫る。
こうなると俺の手には負えないので、仕方ない。奥の手をまた一枚切ることにする。
井末の鎧の石をまた1つパンにして伸ばし、井末の顔面を狙う。
「なっ」
人間だから、顔面への攻撃には当然反応せざるを得ない。
咄嗟に俺から意識が逸れた井末に向かって石片からパンガードを伸ばして、俺を完全に視界から消す。
俺が避難する間に井末が展開した球状のシールドがパンガードを破壊した。
俺はそれを確認しつつ、離脱、離脱。
距離を大きくとりつつ、破壊された石の欠片からちびちびと、パンを伸ばして攻撃っぽい何かを続ける。
「……くそ!」
井末は途中からシールドを解除して、武器でパンを払うようになった。
……分かった事2つ目。時間の制約があるのか、エネルギーの制約があるのかは分からないが、井末は、シールドをずっとは展開していられない。
「井末!」
間にパンガードを数枚挟んで距離をとりつつ、またパンの塔を使って高度も離し、余裕を持って回避(とはいっても俺からすればかなりギリギリの回避になるのだが)できるように準備しておいてから、井末に声を掛ける。
「お前、カニ○ンを知っているか!」
「はあ!?何を言ってるんだ!?」
当然の反応であった。
「食った事はあるか!」
「それがどうした!」
まあ予想の範疇である。
「最近はチョコカニ○ンも出てるぞ!」
「知るか!」
まあこんなもんだろう。
「サ○リツのカ○パン紹介webページにはカニパ○アレンジレシピも載っている!」
「だからさっきから何なんだお前は!」
さて、そろそろか。
「特に○ニパンフレンチトーストは何かが間違っているかんじが最高にいい!」
「馬鹿にするのも大概に」
井末が完全に俺に意識を向けた瞬間、俺は石片から棒を勢いよく生み出す。
石で、パンで、石。そんなかんじの棒を勢いよく生み出せば……要は、プロシュートシュートの要領で、今度は本気で石の弾丸が飛ぶ。
「あれはフレンチトーストっていうかカニパ○のピカタだ!」
俺の魂の叫びとはあまり関係の無いタイミングで石の弾丸が井末を背後から襲う。
「なっ」
カキン、と、鋭い音が響いた。
井末の鎧に石の弾丸がぶつかった音だ。
つまり、井末に石の弾丸がぶつかった。
その後すぐにシールドが展開され、残りの弾丸はシールドによって破壊されたが、もうこれで十分である。
……分かった事その3。井末は、無意識にシールドを作れるわけじゃない。
「ちなみにカ○パンフレンチトーストの味は悪くない……!」
井末は、傷ついた鎧の肩を見、そしてパンの塔の上に立つ俺を憎々し気に見上げ……吐き捨てるように言った。
「……知るか!僕はそんなにカニ○ンに愛着は無いっ!」
そうか。こいつ人間じゃねえ。
だがとりあえずこれで、井末の手の内がある程度分かった。
とりあえず分かった事は3つ。
1つ目は、井末はシールドをできるだけ温存しているのだろう、ということだ。
そうでなきゃ、武器なんて使わずにシールドだけで戦った方がいいに決まってる。
2つ目は、井末はシールドを長時間使い続けることができない、ということだ。
1つ目の内容の補完になるが、多分、エネルギー消費が激しいとか、使用にそういう制約が課されているとか、そういうことなんだろう。確か、噴火ならぬ噴パンから町を守っていた時は町1つ分を延々と守っていたが……パンを破壊してはいなかった。多分、何かを防ぐだけのシールドと、何かを破壊するシールドはエネルギー消費とかが違うんだろうな。
そして3つ目は、井末のシールドは井末が意識して初めて発動するものだ、ということである。
……これで整った。
シールドのできるだけ内側で。或いは、シールドの発動限界を超えて。更に或いは、シールドを発動させないようにしながら。
そういう攻撃をできればいい、ってことになる。
「もらった!」
少し準備をしていた俺に、井末の武器が迫る。
俺は咄嗟に複数枚のパンガードを生み出して井末と俺との間に石の壁を作り出すが、井末はシールドで石の壁を次々に破壊。そして武器を振りかぶり……。
井末の槍だか杖だか分からない武器の一閃。
俺の首が体と離れた。
どさり、と、鈍い音。
俺の首と体は、冷たい氷の上に落ち、そのまま動かなくなった。
「はあ、は……はは、ふざけた奴だった、けど……こんなもん、か。所詮……」
俺の死体を見下ろしながら、井末は肩で息をつき、乾いた笑いをこぼす。
そして俺の頭部に、駄目押し、とばかりに武器を再びつき立て……。
……ぐしゃり、と、頭部がつぶれた。
だが、血が飛び散らない。いや、これだけじゃない。よくよく見れば、俺の首の切断面からも、血が溢れていないのだ。
井末がおかしな現象に眉を顰めるや否や。
「残念。それはダミー(ただの肉)だ」
俺が井末の背後から声を掛ける。
「お前っ、」
そして振り向いた井末に変則的な軌道で襲い掛かるのは……!
「食え!」
「もがっ!?」
我らがカ○パンである。
井末がカ○パンを口の中に突っ込まれたその瞬間、俺は混乱する井末から武器を奪った。
そして近くの石からパンを次々と生み出し、石へと変え、井末を押しつぶさんとする。
当然のように、井末はシールドを展開。押しつぶされないように石を砕いていく。
だが俺は何度も、何度も何度も、石を立て続けに井末へと向かわせていく。
……やがて、石は砕けないようになる。ただ防ぐだけになったのだろう。
石とシールドが拮抗する。
井末が石とシールドの向こう側で必死に抵抗しているのだろう。
……つまり、井末は今、完全に『石を防ぐために集中している』。
俺は、井末の口の中に放り込んだカニパ○を石へと変え、そこから一気にパンを伸ばし、井末の食道を占領した。
「がっ……ぐ……」
井末の口内はカニ○ンに占領され、さらにそのままカ○パンは口腔の奥、食道、更には胃まで伸びてゆく。
伸びに伸びたカ○パンによって、井末は口を閉じることも、カニ○ンを吐き出すことも、そして何より、呼吸することもままならない。
シールドは張れないはずだ。石と拮抗させることに集中していた以上、口の中のカ○パンについては全くの不意打ちであったはずだ。咄嗟に口の中にシールドを張ることはできないだろう。ましてや、長時間シールドを張っている後だ。カニパ○を砕くようなシールドを張ることはできない。
井末は餅を喉に詰まらせた時のように、或いはこんに○くゼリーを喉に詰まらせた時のように、更に或いは焼き立ての焼き芋を喉に詰まらせた時のように……兎角、食道を圧迫され、それに伴い気道も封じられ、呼吸できずにもだえ苦しみ……そして。
「……っ……」
ばたり、と、倒れたのであった。
やったぜ。カニパ○が勝った。