105話
向かい合う俺達。
片や、美術品の如き鎧を纏い、槍だか杖だかよく分からない上に美術品だか武器だかよく分からない何かを携えた井末と、やはり同じように美麗な恰好をしている人々10名で総勢11名。
そしてもう一方は、フライパンと○ニパンを携えた俺と、筋肉と鎧を纏ったカラン兵士長と、下半身だけ氷に浸かったままカニパ○を今尚食べ続けておられる魔王ルカス様であらせられる。それからテーブルの上にまた新たに山積みになった○ニパン。
「な、なんなんだ……なんなんだ!お前ら、一体なんなんだ!?」
井末は俺達を見て、震えを隠せていない。それは、魔王ルカス様の旧魔王としての威圧感によるものか。
「何故だ!何故カニ○ンなんだ!?」
そして井末は混乱している。それは、カニパ○によるものだ。間違いない。
重厚感は魔王様がおわす分俺達の方が圧倒的に上だが、カオスっぷりも圧倒的に俺達の方が上である。
これだけ着飾った井末達が霞むぞ!ざまあみやがれ!
さて。
魔王とカニ○ンに震えあがる井末達を見て、俺達としては。
「1、2、3……あれ、妖怪1足りないが出てる」
「む?どういうことだ?」
「いや、確か井末以外の人、12人居たはずなんですよ。で、1人はユーディアさんだからいいとして、もう1人足りないはずで」
「何?潜伏している奴が居ると?」
カラン兵士長とそんな会話を密やかに交わしつつ、何度か数え直す。
が、どう数えても井末の配下が1足りない。
ええと……なんか、今居るのが、ぺモロと、おっさんと、おっさんと、おっさんと、お兄さんと、おっさんと、お兄さんと、おっさんと、おっさんと、おっさん。
……滅茶苦茶むさくるしい。
あ、そうか!
「井末、ヨハンナさん、どうした?」
ユーディアさんの他、ヨハンナさんっていうお姉さん成分が居たはずなのに、居ない!つまり、抜けているメンバーはヨハンナさんである。
……俺はあの人にあまりいい印象が無い。
騙してくれたし、裏切ってくれたし、裏切ってくれたし、その後にうっかり雪の下に埋めちまったからな、本当にいい思い出が無い。
……まさか。
「……死んだ。僕達と別行動をしている間に、魔物に襲われたらしい」
あ、よかった。俺が死因じゃなかった。
「ハイヴァーの僻地で、雪と瓦礫に埋もれて、そのまま……くそっ!」
あ、駄目だった。俺が死因だった!バレてないだけだった。
……井末達が普通に助けに来れば間に合うだろ、と思っていたら、思いのほかこいつら手こずってたらしい。
なんてこった。
「……だからこそヨハンナの恨み!貴様の首で晴らさせてもらうぞ、魔王!」
「余、首3つあるけどどれがいい?」
「全部だ!」
睨みあう俺達。井末を見つつもとりあえずカ○パンを食べる手を止めない魔王様。追加されるカ○パン。
先に動いたのは井末達だった。
「覚悟っ!」
振りかざされる槍だか杖だかよく分からない何か。狙いは……俺である!
「なんでこっち来るんだよ!」
文句を言っても井末は止まらない。咄嗟にパンガードするか、と判断しかけた時、俺は自分の足下を見た。
……氷である。ふっざけんな。石じゃねえのかよ。石じゃねえのかよ。石じゃねえんだなこれが!
だが足元が石じゃなくても問題ない。
石はどこにでもあるものだ。特に、目の前の、装飾過多な救世主様には。
俺は井末が振りかざす槍だか剣だか分からない煌びやかな何かに嵌めこまれた宝石を、パンにした。
「えっ?」
井末が戸惑う中、パンが伸びる。
パンは凄い速さで伸び、刃先をフランスパンで包み込む。
それと同時に羽を広げるように伸び広がっていき、あたかも、井末の持つ棒の先に団扇のようなものがくっついているような有様になった。
「な、これは!?」
急に生まれた空気抵抗。減速する棒。
こうなればもうこっちのものである。戸惑う井末のなんと狙いやすい事か!
「ついでにこっちも!」
立て続けに井末の鎧に嵌めこまれた宝石からもパンを伸ばして、井末を拘束する。
井末は咄嗟に炎を生み出してパンを燃やそうとしたが、甘い。
パンはすぐに石へと戻り、更にそこからまたパンが伸びる。
「お、重いっ……!?」
武器も鎧も、全てがパンか石かのどちらかになり、すっかり包み込まれて、最終的には全部石になる。
こうなれば碌に動けもせずに倒れるしかないのであった。
井末が倒れ、他のおっさん達が動き出す。
「な、何故だ!?石化の呪いが解けない!?」
呪いじゃないからな。しかも石化はどっちかというとオマケの方である。
「こっちも駄目だ!高度過ぎて魔法解除ができない!」
魔法なのかも正直怪しい。少なくとも、かっこいい人達がバンバン使っている謎パワーとは別の何かだと思う。思いたい。
「一体、この能力は、一体……」
井末一行が悩む中、石に拘束された井末が、はっとした。
「こ、これは……パンと、石、って、ま、まさか……地獄がおかしなことになっていたのもお前達の仕業か!?」
「いや、俺はただちょっと血の池をワインにしたり石をパンにしたり地獄に穴開けたりしただけだ。別におかしなことにはしていない」
「自供している。それは自供しているぞ、タスク」
嘘を吐くのも何か嫌だが、勝手に『地獄をおかしくした』濡れ衣を着せられるのも嫌なので無難な回答をしたのだが、井末のお気には召さなかったらしい。
「お前……神が作り給うた冥府を……!」
何やらとても怒っているが、俺としては1つ、情報を得られた形になる。
「ああ、やっぱり神が作ったんだな、ここ」
「当たり前だろう!」
「そして、お前は神の為に戦っている、と」
「ああ、それが救世主たる僕の役割だからな!」
井末はそう叫ぶと、謎の発光を始めた。何だ何だ。全身にLEDでも仕込んでるのかこいつは。
……と思っていたら、井末を拘束していた石が砕け散り、井末は自由になった。
「だからこそ冥府の底の魔王を倒す!邪魔をするならお前もだ!」
井末は再び、武器を構えた。
が、この状況。俺にとって、悪くない。
「そうか。この胸糞悪い地獄をお創り給うた神とやら、一発ぶん殴ってやりたいところではある」
俺は密かに意識を集中させる。
「その神とやらに与するってんならお前もだ!井末!」
井末が気色ばんだ、その瞬間。
「お互いに救いたい世界が違うってことなら、俺とお前、どっちが『救世主』になれるのか!ここで白黒つけちまおうか!」
井末が散らかしてくれた石から一斉にパンを生やした。
所詮はパンである。一度こちらの手の内が分かった井末には簡単に防げる代物だ。
井末が振り抜いた棒によってパンは切り払われ、切れ端となって宙を舞う。
だが、切れば切る程、パンは増える。ましてや、宙に浮いたパンなんて、それこそ、『俺にも井末にも軌道が分からない』のだ。そんな厄介な物、生み出しちまった井末が悪い。
「石パン舐めるなよっ!」
切り飛ばされたパンを全て石に戻して、そこからパンのスパイクを生やして、すぐにまた石に戻す。
この間僅か1秒だ。井末といえど、自分で散らかしてしまったパン全てを処理することはできず、井末の周囲にはトゲトゲした石の球が無数に落ちてくることになる。
井末が石の球に対して構え、ドーム状に光の壁を展開する。駄目か。まあ、ここまでは想定内だが。
「井末様!」
だが、待機していた10人が遂に動き出した。
「くらえ、邪教徒!」
おっさんの内誰かが放った炎が俺を目がけて飛んでくる。
俺は井末への追撃を諦め、パンガードを作ろうとし……だが、やめた。
氷に反射する炎の光に輝く鎧と筋肉。
我らがカラン兵士長が俺と炎の間に割って入ると、剣で炎を薙いで消してしまった。
「タスク、そっちの救世主は盾のような能力を持っているらしいな。そちらはお前に任せる。代わりに、あちらは俺が食いとめさせてもらおう」
見てくださいこの頼もしさ。
夏の太陽の如き笑顔を浮かべるカラン兵士長に、俺も笑顔を返す。
「お前達が『偽の』救世主の配下か!相手にとって不足は無い!お相手願おうか!」
安っぽくもあるが最高にかっこいい挑発を投げながら、カラン兵士長は後方支援のおっさん10人に向かっていく。
……ふむ、カラン兵士長はどうやら、『3度避ける』の戦法に入るらしい。
おっさん10人の攻撃をヒラヒラと避けながら、徐々に距離を詰めていく様子だ。
さて。カラン兵士長にばかり見どころがあっては困る。
「さて、じゃあ俺達もやろうか。『偽の』救世主君」
俺は石を数個拾い上げ、その内の一本を伸ばしてフランスパンにする。
「……『偽』?ならそっくりそのままその言葉、返してやる!『偽の』救世主!」
井末が武器を構え、俺もフライパンとフランスパンを二刀流の如く構える。
そして、俺達はまた動き始めた。