104話
目の前の魔王様は、いつぞやのゴーレム使いの悪魔たちをでっかくして、かつ三つ首にしたみたいな恰好をしていらっしゃった。呪いでこういう格好になっている、みたいな事を前、聞いたことがあった気がする。
が、それはいい。
どちらかというと、問題は……その三つの首がそれぞれに、カニ○ンをもっしゃもっしゃ食べていたことである。
「む?このパンが気になるのか?」
俺達の視線に気づいた魔王様は、食べていたパンについて解説してくれた。
「このパンは我が部下が送り届けてきた物でな。調べさせたところ、どうやら地上のとある小さな村で流行しているものらしい。ふふふ、中々に可愛らしい形をしているであろう?味も中々良い。余はこれが気にいってな、しばしば部下に買いに行かせているのだ」
……。
俺は。
俺は、考えるのをやめた。
俺達は久方ぶりの来客を大層お喜びになられた魔王様のご提案で、魔王様のカニ○ンティータイムに参加することになった。
無論、俺達はそこに用意されたカ○パンを食べる訳にはいかない(いや、ファリー村から買ってきてるって言われてるけどさあ、怖いじゃん)ので、こっそりと現世の石からカ○パンを生み出してそれを食べることにした。
カラン兵士長はそもそも何も食べなかった。美味いじゃねえか○ニパン。
そして魔王様が優雅に紅茶のカップを傾け、俺がカ○パンをひたすら食う中、カラン兵士長は。
「……俺は、あまり、魔王だのなんだのに詳しくは、ないが。……何かがおかしいということは分かるぞ」
カラン兵士長はよく分からない汗をかきつつ、絞り出すようにそう言った。
「とりあえず、まず、何故半身だけ氷漬けになっているんだ?」
「ああ、余の力の限界だ。これ以上出ることもできると言えばできるのだが、コスパが悪い」
「コスパ……」
魔王様はコスパにこだわりをお持ちのご様子である。
……そういや、神だか新魔王だかに封印されてるんだったか?その力と拮抗して半分だけ出てる、ってことなんだろうか。
「全く、神も地上の魔王も碌な事をせん」
……いや、もしかしたらこれ、新魔王も神も結託しての封印なのかもしれない。
だとしたら半分はみ出してきてるってのは、かなり頑張ってるんじゃないだろうか。
ああ。はみ出してる。『はみ出してる』。正にはみ出してる、ってかんじだからな。今の魔王の状態。
こう、下半身だけ氷の下に埋まっているもんだから、『透明な地面に魔法陣を書いて魔王を召喚して、魔王が上半身まで召喚されたところで召喚キャンセルしたらこうなった』みたいな状態なのである。まさに『はみ出してる』。
「ところでそれ寒くない?」
「ふむ、もう慣れた」
そうか。それはよかった。
「つ、次に、だ。何故かにぱーを食べている?」
「言ったであろう。このかにぱーとやらは味が良い。さっくりとした食感と柔らかな口どけ。仄かな甘みと香りも良い。そして何よりもこの形が良いな。可愛らしい上に遊び心もあるではないか」
「分かる」
「おお、お前は中々話の分かる人間のようだな」
「そちらも中々話の分かる魔王のようだな」
俺と魔王様はとりあえず固く握手をした。
俺はこの世界で初めて出会えたカニパ○好きに感激した。感動した。狂喜乱舞はしなかったが小躍りぐらいはしかねない。
「い、いや、そうじゃない。そうじゃないんだ。お前達が如何にかにぱー好きかではなく、だ。何故地獄の底から部下をお使いに出せる!?」
カラン兵士長の言葉にはっとした。
……そうだよな。この魔王、自分は半身凍ってる状態にもかかわらず、部下をお使いに出すことでカニ○ンを入手している強者である。
そうでなくとも、過去に数度、俺達は例の……ゴーレムに乗ってやってくる悪魔とご対面しているからな……。あの悪魔たちの送ったパンがこの魔王様に送られていたことが分かった以上、あの悪魔たちは間違いなくこの魔王様の部下であった訳で、俺はその部下を数体殺している訳なんだがそこは徹底して隠し通していきたい。駄目そうな気配が濃厚だが。
「何、部下達の封印は解けたからな。奴らは自由に動けるぞ」
「その封印を解いたのは魔王様ですか」
「まあそういうことになる」
そういうことかよ。○ニパン滅茶苦茶食うスピードも含めて凄い魔王様だな。もう山盛りになってたカニパ○消えかけてるよ。
「……では、魔王よ。部下を地上へやって……何をする気だ?」
カラン兵士長の目が鋭くなる。
が、魔王は鋭い視線を受けながらも、実に余裕を持った態度で堂々と答えた。
「かにぱーを買いに行かせている」
「……それだけか?」
「他にかにぱーブランケットも買ってこさせたことがあった」
「そ、それだけか!?」
「他……すまんが思い出せんな……何を買ったのだったか……村のかにぱーグッズは一通り土産に持って帰ってきてくれたのだが……普段よく使っているのがブランケットでな、これが手触りが良いのだ。まるでかにぱーの口どけのような柔らかさで」
「買い物の話じゃない!ましてやブランケットのレビューでもない!『神の玉梓』のことだ!」
……。
バレる気配は濃厚だと思ってはいたが、ここまでさっさとチェックメイトを掛けられるとも思っていなかったぞ、俺は。しかも味方に掛けられるとは!
が、魔王の反応は穏やかだった。
「神の玉梓、か。ふむ。余はもうよいと言ったのだが」
あれ、魔王様ご自身はエピに対してそんなに執着が無かったご様子である。
「……だが、部下達は必死に探していた。神の玉梓は神の御使い。救世主と共に余を殺しに来るであろうということは分かっていたからな」
それは知っている。確か、悪魔がそんなようなことを言っていたような気がする。
「それに加えて、神の玉梓は神の寵愛を受けし人間。それを血祭りにあげるなり、生け捕りにして楯にするなりすれば神からの封印を解くきっかけにはなるだろう、と」
あ、それは初耳だったな。
……いや、エピを血祭りにされたり生け捕りにして楯にされたりしたらたまったもんじゃないが。
「して、神の玉梓がどうかしたか?」
いや、どうかしたか、じゃないよ、と思いつつ、しかし、ここで考える。
この魔王はかなり友好的で話ができる奴であろうということは分かる。少なくともカニパ○好きな魔王ではあるから、信頼はできると思う。
そして、この魔王はそこそこ力があるのだろうという事も分かる。少なくともカニ○ンを消費する速度は目を瞠るものがあった。
……であるからして、俺は、考えた。
「その『神の玉梓』や他の仲間がいわゆる『新魔王』の方に殺された。だから俺達は彼女達を連れ戻しに来た」
この魔王に協力を仰ごう、と。
「だから、魔王。協力してほしい。ユーディアさんや、エピを、連れ戻すために」
それから俺達は、目の前で下半身を氷に埋めつつ上半身だけ出てきてカ○パンと紅茶を優雅に嗜む旧魔王を相手に、いままでのいきさつを説明した。
特に、俺達が倒そうとしている魔王は新魔王であることと、プリンティア国王殺害の経緯らへんを重点的に。
……今思うと、プリンティア国王を倒した後に出てきたあの黒い牙だのなんだのは、プリンティア国王ではなかったと思う。
つまり、『新魔王』。
だとすれば……俺達と旧魔王はある種、利害の一致を以てして共闘できる可能性があるのではないだろうか。
「ふむ……不思議な事もあるものだが、『救世主』が2人、と」
「まあ多分」
そして実際、魔王は食いついた、と思う。
「更に、神の玉梓は特に余を殺す予定は無い、と。……ふむ」
魔王はしばらく、考える素振りを見せた。
……そして。
「ところで余の部下をどうした?」
「大変申し訳ないが殺しにかかってこられたので一部は殺しました」
滅茶苦茶、気まずい空気が流れたのであった。
我ながら見事な自白である。自らとどめを刺しに行くスタイルである。いっそ潔いと言ってくれ。武士道とは死ぬことと見つけたり。
「ふむ、そうか。やはりな」
最後の審判を待つような気持ちで魔王の次の言葉を待つ。
もしかしたら言葉よりも先に刃物とか飛んできて俺の首がスッパリいくかもしれないが。
「道理で呼び戻した悪魔が肉体を失っていた訳だ」
「えっ?」
「ああ、知らないのか。悪魔とは半分は生物だが、もう半分は精霊に近しい。悪魔は肉体が滅びても死なん。
余が呼び戻して肉体を再び与えれば蘇る。花が枯れても種が残り、種に光と水とを与えてやれば再び花が開くのと同じことだ」
……。
「よかった……」
なんかもう色々と心臓が止まりそうだったが、よかった。何はともあれよかった。なべて世は事もありまくりであるが、よかった……。パンをダイイングメッセージに、部下思いな上司と上司思いな部下が永遠に出会えないとかそういう悲劇が起こってなくて本当に良かった!
「ということでそれは気にせずとも良い。むしろ、こちらから襲ったのだからその程度は想定内だ」
ありがてえ。
「……しかし、お前達は我が部下を倒す程度の能力を持ち合わせているのだな?」
あ、もしかして『悪魔殺した?』ってのは、俺の能力のモノサシでしかなかったのか?
多分そうなんだろうが、だとしたら俺の心配の杞憂っぷりが酷すぎて、数秒前の俺があまりにも哀れになってくるぞ。
「ふむ。……ならばお前達に協力しよう。どのみち、暇を持て余す身だ。それなりに望みのある話に乗らぬわけにもいかん」
魔王はにやり、と笑うと、パチリ、と指を鳴らした。
「お前達の望みを助ける代わりに、余の望みも助けてもらう。構わぬな?」
「勿論」
即答すると、魔王はより一層、笑みを深くした。
「良かろう。ならば名を聞こう。人間よ、お前達の名は?」
「切戸匡」
「カラン・レンドールだ。よろしく頼む」
魔王は「良い名だ」と頷く。
「余は魔王ルカス。余の望みは魔王モルスを倒し、神を倒し、世界の魔を再び我が手中に取り戻すことだ。協力してくれるな?タスク、カラン」
魔王モルス、ってのが、新魔王か。
そして、『神』とやらも。
……悪くない。この地獄を作ったのが神だっていうなら、十分にぶん殴ってやる意義がある。
「勿論。……よろしく、ジョージ」
「ジョージ?」
「いや、ルカス、っていうからなんとなくこう、ジョージ……」
「じょ、じょーじ……?悪くない響きではあるが……ジョージ……?」
魔王様というかこの世界の人には通じない冗談であった。申し訳ない。
「では改めて、タスクよ。お前の望みは、神の玉梓と、もう1人の仲間を地上へ連れ戻すことだな?」
「ついでにあわよくば新魔王……ええと、魔王モルスをぶち殺して、エピの故郷を凱旋したい」
「中々よい心がけだ」
エピを取り戻しただけじゃ、0に戻るだけだ。そこから当初の目的であった魔王討伐までやって、ようやく満点だろう。そこまでいかなきゃ、エピが死んだ甲斐が無い。
「神の玉梓は恐らく、天国に居るのであろうな。神の玉梓は神の寵愛を受けし者。神が傍に置きたがるだろうよ」
「許さん」
神へのヘイトが上がった。許さん。断じて許さん。折角ならエピを地獄の入り口の城らへんにでも置いとけってなもんである。神許さん。
「天国への行き方は余が教えてやろう。安心するが良い。……して、もう1人の仲間はこの氷の地獄の中に居るのだったな」
「ああ。銀髪の娘だ」
「部下からの報告にあったな。銀髪の娘が新しくこの地獄第9圏にやってきたと。成程、その娘だったか」
魔王ルカスはユーディアさんの事を知っていたらしい。
まあ、つまり、『最近引っ越してきたお隣さん』的な意味でだろうが。
「ふむ、その娘なら……む?」
……が、ふと、魔王ルカスは言葉を途切れさせた。
「これは……」
カツ、カツ、と、硬い音が聞こえる。
これは……階段を下りてくる音、だろうか。
俺達が固唾を飲む中、ギ、と重い音を立てて、両開きの扉が開く。
……そして。
「覚悟しろ、魔王!貴様は僕が殺す!」
現れたのは、救世主の井末君御一行であった。
「……待て。何故お前もここに居る!?そしてこの状況は何だ!?何故カ○パンが大量にある!?」
そして、井末は俺を見て驚き、更にはカニパ○ティーパーティーの様子を見て驚いた。
まあ、そうだよね……。