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101話

わたしはあなたの救いを待ち望む。

 俺は突き進んだ。

 血の池の中、怒りながら戦い合う亡者達をものともせず、突き進んだ。

 れりごー、れりごー、の人が氷の階段駆けあがっていくみたいな勢いと喜び加減で突き進んだ。

「ここが地獄か」

「ある意味天国か……?皆楽しそうだしな……」

 俺達は古い小舟に乗り、フライパン動力で池を突き進む。

「しかし、血の池地獄がワイン地獄になっただけで、かくも地獄の様相は変わるものか……」


 ……改めて。

 ここは、『元』血の池であった。現在はワイン池である。要は、一旦血を水に『戻す』ことで、血をワインにできるようにしたのである。

 そして、『元』怒りながら戦い合う亡者達の場であった。現在は、酔っ払いが楽し気に酔っぱらっているか、酔っ払いが酔っぱらって寝ているか、酔っ払いが酔っぱらって池の岸でグロッキーになっているかの地獄である。まるで宴会の跡のようである。

 おかげで本来なら喧噪闘争でまかり通ることもままならぬような状況であったであろうこの池を、猛スピードで進めているという訳だ。

「浸かっている池がワインになったら酔いもするな……」

「俺、この池に落ちたら死ぬのでよろしくお願いします!」

「そういえばタスクは下戸だったな」

 現在、妙に俺はハイテンションであるが、これ、多分、血の池を一気にワイン池に変えてやったという謎の達成感によるものだけじゃなくて、アルコールがほんのり入っているせいもあると思う。

 ワイン池に浸かっていたらそりゃ酔っぱらうだろうが、ワイン池を小舟に乗ってザバザバ突き進んでいてもそれなりに酔っぱらうのである。

 血の池も嫌だが、ワイン池も嫌だ。俺にとってはどっちにしろ地獄である。

「俺はむしろ落ちたいぐらいだが」

「そういえばカラン兵士長はザルでしたね」

「いや、一応酔いはするぞ?酔ってから潰れるまでが多少長いだけで」

 羨ましい限りである。多分、俺は成人した後も碌にアルコールを摂取しない人生を歩むと思う。飲み会では専らウーロン茶になるんじゃないだろうか。

 ……元の世界に戻れれば、の話だが。

「お、見ろ、タスク。塔が見えるぞ」

 そんな俺達の行く先、池の中央には、塔がそびえていた。

 ……塔、である。

 果たして、その材質は!

「石ですね!」

「パンを生やして材質を確認するんじゃあない」

 石だった!これで勝つる!やったね!




「石があればこんなもんでさあ」

「大したものだ……」

 さて。

 塔の手前で、凄い怪物が襲い掛かってきたが、大体の奴はパンの前にひれ伏した。

 パンを食わせて、胃の中で石に戻して、そこから大量のパンを生やして怪物を内側から破壊した。

「ご覧くださいこれが死のパン魔術です」

「えげつない殺し方だな……」

 尚、パンを食わなかった奴はカラン兵士長が一刀両断してくれた。頼りになる兵士長殿である。


 こうして塔の周りの怪物を一掃し、改めて塔の前に立った俺達であったが。

「開かない」

 塔の門には鍵が掛けてあった。

「どうする?壊して入るか?」

 ガチャガチャ、と門を押したり引いたりしてみるが、開く気配は無い。とすればまあ、仕方あるまい。

「いや、器物損壊罪に問われると嫌なので、パンで入りましょう」

「それこそ器物損壊甚だしいのではないだろうか」

 塔の石壁から、にょろっ、とパンを生やしてそのパンをよじ登って門の内側に入ることに成功した。パンはそのままにしておくと申し訳ないので、適当に切り離して門の上に飾っておく事にした。




 塔の中に入ってみたら、案外普通の居住空間めいた場所であった。

 そこに居る人々や人じゃないサムシングは、ちら、と俺達を見こそすれ、不法侵入者について何か言うでも、何かするでもなく、通り過ぎていく。

「……ここは……何だ?」

「天使が居ますね。天国ですかね」

 通り過ぎていく者の中には、背中に翼がある奴が何体か居た。どう見ても天使である。イスカの村で見た鳥人間はもっとあからさまに鳥だったからな。

 ……が、天国、にしては暗い。

 というか、だ。普通に考えて、血の池のど真ん中に天国を建設しないで頂きたい。

 どういうことだろうか、と思いつつ、通り過ぎる天使を観察する。

 さっきから『天使』と称してはいるが、何かが足りないような気がするのだ。

 ……そして、観察天使3体目にして、その違和感に気付いた。

「ああ、輪が無い」


 自分の中で推理をまとめて、カラン兵士長に伝える。

「恐らくここに居る天使は、堕天使ですよ」

「堕天使……堕落した天使か」

 ここの辛気臭さも、妙に暗い人々プラスアルファも、ここが地獄の血の池のど真ん中であることも、全てが『ここは天国じゃない』というアピールにしかなっていない。

 そして、ここの天使の頭には輪っかが乗っていないところを見ると、多分この天使たちは堕天使なんじゃないだろうか、と思われるわけだ。

「多分この塔は、堕天使とか、天使じゃなくても罪人とか、翼の折れたエンジェルとかが収容されてる塔なんじゃないですかね」

「最後のは何だ」

 まあとにかく、だ。

 ここが別に天国でもなんでもないと分かれば話は早い。

「問題は、下に行くのか上に行くのか、ですかね」

「まあ、妥当に行くならば下へ向かうことになるが」

「ここで裏をかいて上に行ってから下とかになると嫌なんだよなあ」

 ……3秒ぐらい悩んだが、悩んでいても仕方がない。

「すみませーんそこの堕天使のお姉さん」

「聞くのか……」

 道に迷ったら聞くに限る。




 堕天使のお姉さんはぼそぼそした喋り方ながらも、分かりやすく説明してくれた。とても助かった。

「ということでとりあえず下でいいらしい」

「分かりやすいことこの上ないな。さて、では下り階段を」

「あ、その心配は要りません」

「何?」

 更に、堕天使のお姉さんはもっといい情報もくれた。

「この塔、全階層に渡って、石造りらしいです」




「嘘だろう!?まさかこんなちょっと待て、思いとどまれタスク、まさかさっきのワインの池の酔いが残っているのか!?」

「俺は正気ですよ」

「目が据わっている!」

 カラン兵士長は止めてくれるが、俺の意思は変わらない。

 ついでに言えば、さっきの堕天使のお姉さんも、『パンが増えるならそれに越した事は無い』と言っていた。この塔の中では必要最小限しか食料も無いらしいので、パンが過剰にあればそれはそれで嬉しいのだとか。

 ならば道案内の礼としても、ここはやらざるを得ないだろう。

「では参る!」

「やめろおおおおおおああああああああああああ!?」

 俺は足下をヤマザ○ダブ○ソフトにした。


 そのまま落下の勢いに任せて、地下1階、地下2階、と落ちていく。俺達が落ちる度に塔の一部の床がパンになっていく訳だ。まあ問題は無いだろう。多少風通しがよくなった方がこの塔の湿気っぽさも消えていいのではないだろうか。うん、そうに違いない。

「タスク!?このままでは最下層で激突するぞ!?」

「その時はパンをダブルソ○トからもっちり系のパンにしますので大丈」

 大丈夫。着地はちゃんとパンに埋もれればいい。

 そう、カラン兵士長に伝えるつもりであった。

 が。

 すぽっ。と。

 ややぶ厚めのパンを突き抜けたなあ、と思ったら、俺達の眼下には広大な景色が広がっていた。

 どうやら、塔の床を全て突き抜け、遂には塔を貫通し、次の層にまで行ってしまったらしい。

「……タスク」

「はい」

「この高さを落ちても、パンで何とかなるか?」

 眼下に見えるのは、高い崖。

 この高さを落ちるとなると……。

「ちょっと自信が無いですね!」

 最早、重力が存分に引き寄せてくれるものだから、俺達の体はどんどん加速しながら次なる地獄の地表に向かって進んでいく。

「……神よ」

 カラン兵士長も諦めの体勢に入ったらしい。

 俺も正直諦めたい!




 が、諦めるにはまだ若干速い。

 俺は落ちるであろう地点の材質を確かめる。

 ……駄目だ、パン化しねえ。

 ならば仕方ない、その周りを探る。

 すると、落下予想地点の数メートル先に大きな石があるらしいことがパンパワーで分かった。

 更に、落下予想地点の脇には赤い川が流れている!これは正に不幸中の幸運、地獄で仏、という奴だろうか。

 これらを利用しない手は無い!利用しないと死ぬからな!


 まずは、大岩から猛スピードでパンを伸ばした。

 できる限り高速で、俺達に触れるように。

 ……俺達は落下し、そして、パンは上昇してきて、無事、宙で両者がぶつかり合う。

 俺達はパンに勢いよくぶつかり、埋もれ、しかし、長く伸びたパンに俺達を支えるだけの力は無い。

 俺達は受け止めてくれたパンを半ばでへし折るような形になりながら、再び落下を続ける。

 が、これも想定内である。

 俺はめげずに何度も、パンを伸ばしてはぶつかって減速し、パンを伸ばしてはぶつかって減速した。

 そして、パンにぶつかりながら少しずつ、落下地点をずらしていき……遂に。

「よっしゃ来た!」

「成程、着水か!」

 俺達は無事、大量のパンを巻き込みながら、赤い川へと猛烈な勢いで突っ込んだのであった。




「死ぬかと思った」

「全くだ!塔の床を全てぶち抜くとはな!」

 赤い川はそこそこ深く、また、それまででかなりパンにぶつかれた事と、川に一緒にパンもダイブした事も合わさって、なんとか俺達は生き残ることができた。

 川から上がって、明らかに血っぽい川の水まみれになった服を絞って血を落としつつ、血がべったべったするので水に変えて、濡れてはいるもののサラッと仕上げにしつつ。

「……まあ、結果オーライ」

「そうだな!全く!」

 とりあえず次の地獄に来れたんだから、良いよね。良いよな。良いことにしようじゃないか。ねえ、カラン兵士長。




 小休憩を挟んでから俺達は歩き……出すのに、困った。

「どっち行けばいいんだろ」

 何せ、この地獄、広い。

 さっき落ちる時に見ていたが、滅茶苦茶広かった。

 こんな所をやみくもに歩き回るなんて、流石に馬鹿げているのではないだろうか。

 さてどうしたものか、と考えていたら、ふと、俺の鞄の中で何かがモソモソ動いた。

「ひぇっ」

「ど、どうした」

「い、いや、何かが……うわっ」

 鞄がモソモソ内側から動くという非常に気持ち悪い現象に慄きつつも鞄を開いてみると。

 ぴょこん、とでも効果音をつけてやればそれらしいだろうか。

 勢いよく、人魂が出てきたのであった。

 ……お前、憑いてきてたのか……。




 人魂の案内に連れられて、俺達は先を急いだ。

「最初から案内してくれればよかったのに」

 今までも結構、案内があれば楽だったであろう箇所があったぞ。

 恨みを込めてぼやくも、人魂は我関せず、とでも言うようにフラフラ揺れるばかりである。

 ……まあ、その理由は割とさっさと分かった。


「お、何か見えてきた」

 歩く内に、喧騒が聞こえてくるようになった。更に、チラチラと光る何かも見えるようになってくる。

 ……すると、人魂は、ぴょこん、と俺の目の前で大きく跳ねると、再び鞄の中へ、いそいそ、と潜っていったのである。

「……あれ、もしかしてこれ、地獄の人に会いたくないのか?」

「地獄の門番に見つかるとまずい、のかもな」

 まあ、人魂、だしな。普通に考えるなら、誰かの魂なんだろう。単なる燐光にしてはあまりにも動きが人間臭いし。

「まあ、いいや。人の目が無い所でだけでも道案内してくれれば、それで」

 人魂は隠れていたいらしいし、俺達としても、目指す場所が見えた今、無理に人魂を引っ張り出す必要はない。

 人魂が隠れた鞄をポンポン、と軽く叩くと、肯定するかのように、鞄が内側からモフ、と動いたのだった。




「これは……今まで見た中で一番の地獄だな」

「ここ6つの中で1番の地獄ですね。いや、これは多分10年に一度の地獄とかそんなかんじですよ」

 今までの地獄にもかなり地獄地獄と評価してきたせいで、地獄レビューがボジョレー○ーヴォーの毎年の売り文句のような状態になってしまっているが仕方ない。正に地獄。そんな感想しか出てこない。

「人が焼かれている……」

 辺りには人の悲鳴、絶叫。そして、『じゅー』という、ある種コミカルなようにすら聞こえるえげつない音。

 そして立ち込める、肉の焼ける臭い。決して焼肉屋の方じゃなくて、である。

 ……俺達の目の前では、人々が焼けた石で造られた孔の中に入れられて焼かれていた。


 ので、とりあえず焼石は全部パンにしておいた。




「タスク」

「はい」

「できるだけ、地獄の状況は変えないようにしよう、と、言ったよな……?」

「いやでも耐えられますか。カラン兵士長。この光景を見て、何もしないなんてできますか」

「ううむ……」

 いきなり責め苦がパンになった亡者達は、状況がつかめない様子でおろおろしている。が、まあ、俺としては、辺りに立ちこめるのが絶叫と肉の焼ける臭いであるよりは、困惑のどよめきと香ばしいパンの香りである方が余程マシであるので、これで良いのだという事にしよう。した。

「あ、この石の中、階段になってました。カモフラってたんですね生意気な」

「い、いいのだろうか……」

 ……ということで、俺達は無事、この階層も抜けることができたのであった。

 背後に亡者達の祈りの声を聞きつつ、俺達はまた、階段を下りていく。




「俺の祖国に、『蜘蛛の糸』って話があるんですよ」

 長い階段を下りる最中、暇つぶしがてら、カラン兵士長と話す。

「蜘蛛の糸、か」

「はい。まあ、大筋だけ言うと、地獄行きになった人が、生前に些細な善行を1つだけしたという理由で、天国へ救い上げる為の糸を垂らしてもらえるんですよ。結局その人が欲を出したせいで天国行きは失敗するんですけど」

「ほう」

 この世界には無いタイプの話なんだろうな。多分、出すところに出したら殺されるのであろう。この世界、どちらかと言うと仏教よりは某一神教の方が近いようなところがあるし。

「……まあ、多分。この地獄に居る亡者達って、完全なる悪では無いと思うんです」

 思い出すと、この地獄に来てから、『どうしようもないほどの悪人』には会っていないのだ。

 どこか楽しそうだったり、やはり人間らしかったり、そういう人ばかりと会っている。

「で、まあ、俺はどちらかと言うと、『蜘蛛の糸』派なんです」

「罪人にも救いはあって然るべきだ、と?」

「まあ、救い、なんて大それたものじゃないにしろ、そういう。……駄目ですかね」

 俺自身が『蜘蛛の糸』になろうなんておこがましいにも程があるかもしれないが。

「……いいんじゃないか。どのみち、地獄から連れ戻すアテが既にある訳だしな。この程度は誤差の範囲だろう」

 カラン兵士長はそう言って薄く笑みを浮かべ……そして。

「というか、もう諦めたぞ。俺は……」

 盛大にため息を吐いた。

 俺達は気づけば、階段を下りきっていた。

 そして、目の前には……さっきの赤い川と繋がっているのかもしれない。

 煮えたぎる血の川があり、そこに人が浸けられて煮込まれていた。

「……もう、お前を止めることは諦めたからな。俺は」

 煮られる人達を見ながら、念を押すようにカラン兵士長は言った。

 はい。分かってますとも!


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