7、寂しさと温もり
どうしてシリアス……私って、コメディ書けないのでしょうか。
過糖&陛下が優柔不断
ミルクティー色の髪からただよう甘い香りが、鼻の奥に残っているかのようで。
昨夜、フェルディアドは政略で迎えた妻のリシュエールと夫婦になった。
高貴な血を残すための義務のような行為。いくら政略と割り切っていても、女性であるリシュエールは辛かったのではないだろうか。自分のことを愛していないどころか、他に恋人がいる男に抱かれて。
ずっと放置していたフェルディアドが言うのもなんだが、申し訳ないと思わずにはいられなかった。……そんなことを口にすれば、彼女が余計に惨めになるだけだが。
日も暮れてきた。今日の執務は早めに切り上げよう。そう思って書類を片付けていると、執務室の扉が叩かれた。
「入るぜ、陛下ー」
「アレン、何の用だい?」
アレン・ディート、第一騎士団長。赤茶色の髪と瞳の、平民あがりの二十代後半の大柄な男だ。
フェルディアドとも仲が良い。
「いや、今日飲まねぇかなーと思って。みんなが陛下の結婚祝いでもしようって言うんでさ。」
「結婚祝い、ね……」
「どうだ、今夜?我が家にみんな集合するんだが?」
普通なら新婚二日目の夜に宴に誘ったりなどしないだろう。それはもはや夫が妻のもとへいかないという前提のうえであり、すなわち王妃への侮辱となる。
しかしアレンは、まったくそれを悪いと思っていないようだった。そう思わせたのは、フェルディアドの態度にあるのだと思うが。
「リリシアナも楽しみにしてたぜ、陛下と会えるってな。最近あっていなかったんだろ?ダメじゃねぇか、愛する女悲しませたら。」
「そうだね……」
そうまで言われてしまっては、フェルディアドには行くという選択肢しか残っていなかった。
「陛下がいらっしゃったぞ!」
アレンの声がけに、それぞれ酒を手に騒いでいた男たちが一斉にフェルディアドの方に振り向いた。
「陛下っ!」
「陛下、ご結婚おめでとうございます!」
「おいバカ、心にもないこと言ってんじゃねぇよ!」
「お前、失礼だなっ。」
わいわいと笑いながら話しかけてくる騎士たちは、もう既に酔いが回り始めているようである。
そんなむさ苦しい男どもの間をくるくると動き回っている少女を見つけた。いや、性格にはもう少女と呼べる歳ではないのだが、明るく人懐こい性格や、金色のふわふわした髪、よく変わる表情が彼女を二十歳という年齢よりも幼く見せている。
「リシー」
フェルディアドが愛称で呼びかけると、彼女はポニーテールの髪を揺らして勢いよく振り返った。満面の笑みがぱっと広がるさまは、本当に花が咲きほころぶかのようだ。
「フェルディアドっ!」
たっとこちらへ駆けてきて、リリシアナはフェルディアドに抱きついてきた。とたんに、騎士たちからヒューと冷やかしの声が上がる。
リリシアナを優しく抱きしめ返して、フェルディアドはリリシアナの額に口づけを落とした。
「フェルディアド、会いたかった!お仕事だってわかっていたけど、私寂しくて……」
青い瞳を潤ませて、上目遣いに見上げてくるリリシアナは可愛いい。
騎士たちが、リリシアナの言葉にきゃーとわざとらしい声を上げる。
「よっ、リリシアナかわいいぜ!陛下、そのまま部屋へ連れ込んじゃえよ!」
「いやー、お熱いね。」
「王妃が嫉妬するぞ?」
誰が言ったのか、その王妃という言葉にリリシアナの肩が跳ねた。
「……フェルディアド、本当に結婚してしまったの?」
不安げな様子のリリシアナに、フェルディアドは焦った。さながら、浮気がばれた夫のように。だが、結婚した事実は変わらない。
「……そうだよ。」
「そんな……だって私は?」
「仕方がないよ、リシー。私はこの国の王だから。」
恋愛小説の台詞のような、現実にこんなことを言う人間がいるのかと思う言葉を吐く。それを言ったのが自分だとは、実感がなかった。
感極まった野郎どもがまた騒ぎ出す。
「でも、愛されてるのはリリシアナだろ!?」
「自信もって!王妃なんかよりも、リリシアナの方が断然可愛いから!」
王妃が好き勝手言われていても、フェルディアドは少し困ったように、だが微笑みながらそれを聞いていた。いや、聞いているように見えた。
宴は寂しがるリリシアナを慰めつつ、ただ野郎どものどんちゃん騒ぎで進んでいった。
「そろそろお開きにするか、陛下は泊まっていくだろ?」
騎士たちが少しずつ帰っていくなか、アレンがフェルディアドにそう言った。
フェルディアドの傍らにはリリシアナがいて、少し頬を染めている。
「……今、何時?」
「そろっと12時、かな。」
宴が終わるにしては早いが、ここにいるのは騎士たちだ。明日の朝も早い。
「12時?そうか……」
フェルディアドはリリシアナの頭を撫でる。恋人がかわいらしく笑ったのを見てから、彼女から手を話した。
「……フェルディアド?」
「帰るね。おやすみ、リシー。」
「えっ……?待って!」
リリシアナがフェルディアドの袖をつかむ。
「久しぶりに会えたのに、帰っちゃうの?」
「リシー……離して。」
「私、フェルディアドが好きよ。」
「私もだよ……」
そう、口では言っているのに。
なぜだか心に浮かんだのは、リリシアナの可愛らしい甘えた姿ではなく、リシュエールの穏やかな声だった。
─────………………から。
そう、約束した。
「……王妃のもとへ帰るから。」
「おまっ、フェルディアド!?」
「陛下!?リリシアナよりも、王妃をえらぶんですか!」
まだ残っていた騎士たちがうるさい。
おまえたちは知らないくせに。
リシュエールがどんな娘か、王妃という肩書きしか見ていないおまえたちは知らないくせに。
今日の宴が、どれだけ不快だったことか。
「……寂しい、と思って。」
「王妃が?たくさんの女官たちに囲まれて、寂しいと。」
アレンの視線が鋭くなった。
「……君たちはわからないさ。」
フェルディアドは、小さく笑った。困ったような、自嘲するような笑みだ。
「広い部屋で、広いベッドで一人で眠るんだ。一人身体を丸めて。同じ時、別の場所でさんざんなことを言われて。」
「……陛下?」
「せめて、帰ってあげないといけないんだ。」
───────夜は、必ず貴女のもとへ帰ってくるから。
そう約束したから。
「……陛下。」
思わず呟いた独り言が恥ずかしくて、リシュエールは慌てて掛布を頭までかぶった。
宴に行ったと聞いた。騎士たちに誘われたと。きっとリリシアナもいるのだろう。今夜は帰ってこないと、わかっていたはずなのに。
昨夜知った、誰かとともに眠る温かさが恋しくて、リシュエールは眠れなかった。
(なにをしているのかしら。……陛下を待つなんて。)
もう寝よう、馬鹿なことはやめて。
身体を丸めて、リシュエールはぎゅっと目を閉じる。眠く……ならない。
「……そんなに丸まって、苦しくないのかい?」
堪えるような笑声が聞こえ、リシュエールははっと身体を起こした。
「陛下?どうして……」
無意識だ。本当に無意識なのだ。
ただ、温もりが欲しくて。
そう、つまるところどれだけ虚勢をはっていてもリシュエールはこの国に来て、一人で心細かったのだ。
乞うように、両手をフェルディアドに伸ばした。
「……遅くなってごめん。帰って来たよ。」
「はい……」
フェルディアドが優しくリシュエールを抱きしめる。
先ほどお風呂に入ったばかりなのか、フェルディアドからふわりと石鹸の匂いがした。
上質な夜着に頬を寄せる。
「待っていたわけじゃないですわ……待っていましたけど。」
「うん……」
フェルディアドがリシュエールの頭に頬を寄せた。優しく、優しく髪を梳かれる。
そっと顔を上げると、少しかさついた柔らかい唇が、リシュエールの唇を塞いだ。