6、二人の政略的初夜
※R15的表現が少し……お気を付けて
何でかシリアスっぽいかも
大変申し訳ありません!!
大事な場面を書き忘れていました!既読の方ももう一度最後の場面を読むことをお勧めします。
厳かな鐘の音が、城内の大聖堂に響いた。
穢れなき純白のドレスには細やかな花の刺繍、輝くパール、ダイヤモンド。ヴェールはレース編みで、ふんわりと流れる。ドレスもヴェールも、その長さはリシュエールの背丈よりもはるかに長い。
ミルクティー色の髪はゆるりと結い上げ、金細工の飾りをつける。そしてすずらんの生花。
ブーケにもすずらんをふんだんに使って、可愛らしい雰囲気をだしていた。
すずらんと花言葉は「愛しい人への贈り物」「純粋」「幸福の再来」など。……これは政略結婚への皮肉か、ささやかな慰めか。
対してフェルディアドは、エスティグノアの黒い軍服を着ていた。その上に緋色のマントを羽織っている。綺麗になでつけられたプラチナブロンドを、きらきらと太陽の光が反射させていた。
ゆっくりと扉が開くと、バルコニーの階下に民衆がたくさん集まっているのが見えた。
フェルディアドの腕に手を絡ませ、リシュエールは彼に負けじと満面の笑みで手を振る。正直、頬が引きつっていないか心配だった。
フェルディアドは国民に人気の高い国王である。そのフェルディアドの王妃になったのが、彼の恋人でもなく、他国から来た得体の知れないリシュエールとあっては、国民たちも戸惑いを隠せないようだ。
(……耐えなさい。堪えるのです、リシュエール。今からめげてどうするのです。)
しかし、仮面夫婦とはどう演じれば良いのか。あまり話しかけすぎても、恋人のいる夫の気をひこうと必死な王妃、というみっともないことになる。かといって、よそよそし過ぎるのも不仲だと思われて困る。
「……王妃、顔を上げて。」
考え込んでいたせいで、リシュエールはやや俯き気味になっていたようだった。フェルディアドに注意され、リシュエールは慌てて顔を上げた。
「すみません……」
「……もう少し頑張ってくださいね。パーティーもありますから。」
「う……頑張ります。」
顔を寄せ合って(身長差が大きいのでフェルディアドがかがんで)こそこそ話す国王夫妻の姿が、傍目には仲むつまじい新婚夫婦に見えていると、彼らは気づいていない。
そんな彼らの様子に、フェルディアドの恋人の存在を知っている人々は、驚きに目を見開いていたことも。
フェルディアドがそっと腰を抱き寄せて来たので、リシュエールはされるがままに身を寄せる。その優しいしぐさに、リシュエールはちょっとびっくりした。
そして唐突に思った。陛下の恋人はいやではないのか、と。政略で仕方がないとはいえ、自分の愛する人が結婚するということを。許せるのだろうか、と。
パーティーは何ごともなく、無事に終了した。終始フェルディアドに助けてもらってしまったのが、リシュエールは悔しかったのだが……。
国内の貴族のほとんどが集まるパーティーである。もしかすると陛下の恋人、リリシアナも来ているのではと思ったが、さすがに欠席のようだった。まぁ、リシュエールがリリシアナの立場でも、のこのこと自分の恋人の結婚披露宴になど来られないと思う。
リシュエールの王妃としての力を試してくる大臣やら大貴族やらの古狸たちをあしらいながら、リシュエールは必死に王妃の任務を遂行したのだった。
「……あぁもう、誰か褒めて頂戴。今日は本当に頑張ったんだから。」
「はいはい、お疲れさまでした。でもまだお仕事は残っていますよ。」
リディエに身体をマッサージされながら、リシュエールはため息をついた。
じっくりとお風呂に入れられ、髪もつやつや、お肌もすべすべ、綺麗に整えられたベッド……これが意味するところくらい分かる。だが、本当に使うかどうかは疑問だ。
「……なんのことかしら?」
「お分かりにならない?なら一から説明を……」
「け、結構よっ!分かってるもの!」
思わずとぼけたら何やら不穏な言葉が返ってきたので、慌てて止める。
「王妃の義務、よね……。でもそれはリリシアナさまがやってくれるのではないの?」
「庶子は王位を継げません。」
「……もうちょっと言い回しなんとかならないの?その通りだけど。」
前例がないわけではない。例えば、王妃が子どもを生めない身体だとか……
しかしこの婚姻はロスフェルティの歴史ある血をエスティグノア王家に混ぜるためのもの。もちろんリシュエールが跡継ぎを産まなければならない。
「子どもねぇ……あ、終わった?ありがとう、リディエ。」
「いえいえ。……まぁ、焦らなくてよいのですよ。というより、リシュエールさまを蔑ろにするような野郎はこっちから願い下げです。」
それではおやすみなさい、とリディエは部屋を出て行った。リシュエール一人、寝室に残される。リシュエールはゆっくりと身体を起こした。
「ふぅ……おかしなものね。」
良くも悪くもリシュエールには、結婚した、という実感がまったくと言っていいほどなかった。
一七歳の箱入りのお嬢さまが、八つ上の男と結婚。しかも夫には、恋人がいて……
「……どうしたものかしらねぇ。」
「なにかお困りですか?」
独り言のつもりだったのに、返答があったのでリシュエールは跳び上がって驚いた。
「へ、陛下っ!」
振り返ると、扉を半分だけ開けて、入ろうか入るまいかといった様子で立つフェルディアドがいた。
「お、お入りになって……そのようなところにいらっしゃっらないでください。」
慌てて寝室にはいってもらう。初夜を拒否した王妃、とは言われたくなかった。
「そうかい?じゃあ……」
ゆっくりと扉をしめて、フェルディアドがリシュエールに近づいてきた。そして、ベッドの上に座り込むリシュエールの隣に腰を降ろす。
「陛下……」
困ってしまって、リシュエールはとにかくフェルディアドを呼んでわたわたとするしかない。
「あの、あのですね。わたくし、まさか陛下がいらっしゃるなんて、思ってなくて……その、だから。リリシアナさまは…?」
そう言うとフェルディアドがわずかに眉を寄せた。それで失言だったと気付いたのだが、もう遅い。
(う、うわぁ、初夜で愛人の名前だす妻って……)
だが、リシュエールが怒られることはなかった。
「……貴女が気にすることではないよ。」
詮索は不要、と。そう言いたいのか、フェルディアドが纏う空気が一気に下がった気がした。
「そ、そうですわね……」
「リシュエール。」
フェルディアドが真剣に見つめてくるのが、どうも居心地が悪い。
「はい、陛下。」
「貴女は私の妃になりましたね?」
「はい。」
「……では、今夜すべきことは一つであると分かっていると?」
「……はい。」
「それは、よかった。」
躊躇いながら頷くと、フェルディアドはにっこりと優しく笑った。
そして、リシュエールをそっと抱きしめてきたのだ。
「……陛下っ?」
「私はね、リシュエール。結婚相手が貴女でよかったと、そう、思っているのですよ。」
ああぁ、そういう台詞は愛する人に言うべきではないでしょうか。
リシュエールはもはや混乱の極みである。
こんなこと言われたら、うっかりときめいてしまうではないか。
こんなふうに優しく抱きしめてられたら、勘違いをしてしまいそうだ。
でも貴方には恋人がいる。愛する人がいる。
そうよ、貴方はなんて、なんてひどい人。
柔らかいネグリジェなんて、なんの防御にもならない。
ふわりと落ちていくリネン。
視界いっぱいに、フェルディアドの麗しい顔。
落ちてくるフェルディアドのプラチナブロンドの長髪が素肌に触れてくすぐったい。
男の人の肌はこんなにも熱いということを、リシュエールは初めて知った。
触れられるたびに、リシュエールの体温もどんどんあがっていって。
その時、も痛みこそあったけれど、満たされているという悦びのほうが大きかったように思う。
フェルディアドの存在がとてもちかくて。
事が終わるとリシュエールの上に落ちてきたフェルディアド。彼の髪をなでながら、なんだか可愛く思えてしまったのは大きな誤算。
寒そうな仕草を見せたので、掛布を引き寄せてリシュエールも身を添わせてあげた。
早朝、ごそごそと人の気配がした。一瞬、リディエかとも思ったが、起こしに来たにしては早過ぎる。
自分を包む暖かななにかを見ると、それは昨夜夫となったフェルディアドの腕だった。
「……うん?リシュエール、起こしてしまったかい?」
フェルディアドが優しく髪を梳いてくれた。くすぐったさに、思わず目を細める。
「……はい…いいえ、こんな時間に、寝室に自分以外の誰かがいるなんて、不思議な感じがして……」
王女であるリシュエールは、小さい頃から一人で眠っていた。広い部屋、広いベッドに一人で。それが少し寂しいと思ったこともあったのだが。
「……そう。身体は?大丈夫かい?」
「はい……少し痛みますけど、動けない程ではありませんから……」
「無理はしないでね。」
フェルディアドが気遣うように微笑んだ。その笑みがあまりにも綺麗で……リシュエールは落胆した。この人はまだ、リシュエールに心を開いていない、と。
ふっと一瞬、ほんの一瞬だ。リシュエールが少し悲しく思ったのを察したのか、どうかしたの?とでも言いたげにフェルディアドが首をかしげる。それにゆるく首を横に振って、リシュエールはそうっとフェルディアドの身体に身を寄せた。
「誰かがこんなに近くにいるって、暖かいのですね……」
「リシュエール……」
フェルディアドがリシュエール背を優しく撫でる。そしてリシュエールの髪に顔を寄せると、耳元で小さくささやいた。
「………………から。」
その言葉にあんまり驚いてしまって。
リシュエールは言葉を返すことが出来なかった。