5、結婚式の前日に
遅れてしまい、大変申し訳ありません。
しかも、少し、いやだいぶ短いです。
カルラの報告書
「お人柄は大変穏やか。少しのんびりしていらっしゃる、可愛らしい方です。わたくしたちが困っていたらすぐに助けてくださって……あの時だってそう!ミレーニアさんがあの派手系場違い女官に絡まれたときも、リシュエールさまのご対応は素晴らしかったのです!ご容姿は言うに及ばず、ご趣味は裁縫で、女官たちに刺繍を教えてくださっていますし……わたくしはここまで王妃に相応しい方を他に知りません。」
モニィの報告書
「ピアノがお上手ですわ。今日はお茶の時間に一曲弾いてくださって……普段はあまりお弾きにならないのですよ?でも今日はミレーニアさんのお誕生日だからと祝い曲を弾いてくださったのです。私の誕生日には、なにを弾いてもらおうかしら?」
エシュティの報告書は……読む気にもならなかった。どうせ同じようにリシュエールさま至上主義の文章が連ねられているに違いないのだから。
自分の妃になる女性のことを褒められているのに、フェルディアドは喜ぶどころか複雑そうな顔をしていた。
「……ずいぶん気に入られたようだね、私の妃は。」
「そうですね、あの個性的な密偵たちがここまで手放しで賞賛するなんて、珍しい。」
カルラ、モニィ、エシュティもアイナも、リシュエールを探るために放ったフェルディアド子飼いの密偵である。しかし、リシュエールは人たらしが上手いのか、密偵たちはそろってリシュエールの良いところをまとめた報告書を提出してきたのだ。
「まぁ、あの子たちのことだから嘘は書いていないのだろうね。……それで。分かったことは、リシュエール王女は生粋のお姫さまってことくらいかな?」
ははっと笑ったフェルディアドは、馬鹿にするような口調とは裏腹にずいぶん楽しげだった。
リシュエールには彼女がエスティグノアに来た初日以来一度も会っていない。未来の夫の冷たいあしらいを、彼女はどう思っているのだろう。
ただでさえ恋人のこともある。リシュエールは干渉しないと公言していたが、念には念を入れたほうがいいと思う。もちろんあの恋人のことだから、フェルディアドが守ったりしなくとも自分で撃退してしまうのだろうが。女だてらに騎士をしている彼女が、箱入りのお姫さまに負けるわけがない。
「まぁでも、そうだね。報告書だけでは、よく分からないな。」
フェルディアドが未来の王妃に会いに行くかと決めたのは、結婚式の前日のことだった。
ドレスの着付けに、明日の結婚式の流れの確認をして、晩餐会の出席者の顔と名前を覚えなおす。もちろんテーブルマナーの復習も、ダンスの練習もだ。
慌ただしく結婚式前日を過ごすリシュエールのもとへ来たフェルディアドは、まず最初に子飼いの密偵たちに睨まれた。
「何しにいらしたのですか……?」
「今、とっっても忙しいのです。どうせたいした用事ではないのでしょう?」
「出てってくださいませ……」
ひそひそと、なかなかひどいことを言われていたがとりあえず無視した。彼女たちの言葉にいちいち返していたら……とりあえず面倒くさい。
「まぁ……どうして陛下がいらっしゃるんですの?」
リシュエールが心底不思議そうに首をかしげた。フェルディアドの未来の妃────どころか、もう明日には結婚するのだが、リシュエールはフェルディアドの来訪を喜んだりはしてくれないらしい。
「お忙しいと伺いましたわ。わたくしなどに時間をさいてしまってよろしいの?」
「いいに決まっているでしょう。貴女は私の妃になる人なのですから。」
リシュエールが、夫と結婚式の前日まで一度も会えなかったことのほうがおかしいのだと気付いていないのだろうか?いや、そんなわけはないばずだ。王宮で生まれ、王宮で育った姫君が、王家のしきたりを知らないわけがない。
「……なかなか、今さらなお話でございますわねぇ。」
うーんと首をかしげたリシュエールは、困り顔でそう言った。
「貴方は会わないとおっしゃった。わたくしはあぁ恋人に会うのだと納得した。別にそれでいてなにも不自由はなかった。いまさらどうしましたの?念を押しにこられなくとも、わたくしは貴方の邪魔は致しませんわ。」
「あぁ、それについては分かっています。しかし……なにを怒っているのですか?」
リシュエールの様子が変だった。あの初対面のときの柔らかな雰囲気が、今日は少しとげとげしいのだ。
「怒って……怒ってなど……いますわね。これからお茶にしようとしたわたくしの邪魔をした貴方に。」
くすくすと笑いながらそう言う。本当はなにを思っているのか、心に硬く厚い壁があるようで、なにもわからない。
「それは申し訳ない。」
「いいえ。……お茶、ご一緒しますか?」
ふわりとリシュエールは優しい笑みを浮かべた。それが、なんだか懐かしい感じがして……すごく、すごく暖かい。
ふたりで向かい合ってソファに腰掛け、目の前にお茶が用意されていくのをぼうっと見ていた。
ちょっと甘い、上品な香りの紅茶である。金で模様が描かれた真っ白い陶器のカップに、紅茶の色が映えていた。
「……いただきます。」
リシュエールが小さくそう言って紅茶を口に含む。そうして頬を緩ませるのが、可愛いと思ってしまって……フェルディアドは自分で自分に驚いていた。
「……後悔しても知りませんよ。」
思わずそう言っていた。
「なにがです?」
「……これは政略結婚だから。私たちエスティグノアが、血筋が欲しいというそれだけのためにロスフェルティに同盟を持ちかけた。ロスフェルティが断れないとわかりきっている、資金援助と交換にして。」
「それはよくわかっております。でも、王族の結婚なんてそんなものですし……正直、エスティグノアの申し出がロスフェルティにとって渡りに船だったのは確かなので。」
たんたんとしたフェルディアドに合わせてか、リシュエールも穏やかな顔で微笑んだままだ。
「私は君を……君を愛していない。」
「それこそ今さらですわ。それに、それはお互いさまですもの。」
リシュエールは綺麗に、理想の王妃になりきるかのように、物わかりの良い王女だった。演じているかのように、ぎこちなくはあったが。
「それで良いのですか……?」
どれだけ無責任で無神経な発言か、フェルディアドはよく考えずに言葉にしてしまったことを後悔した。
リシュエールの顔が、泣きそうに歪んだのだ。
「……それ聞く資格は、貴方にはないのでは?」
確かに、その通りなのだ。
フェルディアドがなにも言い返せないまま、リシュエールとのお茶会はおわりを告げた。
「……明日は、よろしく頼むよ。」
彼らの政略結婚は、ようやく始まりを告げたばかりだ。