4、リシュエールVS女官
ちょっと閑話みたいな
侍女を減らしたので、少しお話が変わっているかも……
すみません。
「………………重いわ。」
息を詰めながら呟いたリシュエールの頭に、カルラがさらにふわりとしたヴェールをかぶせた。いや、ふわりとしているのは見た目だけだ。刺繍を幾重にも折り重ねたヴェールには、きらきらと輝くパールが幾つも縫いつけられている。しかも、その長さはリシュエールの背丈よりもさらに人ふたり分長い。
「カルラ、これ首がおれそうよ。」
こんなの引きずったりなんて出来ないわよ、とリシュエールは泣き言をこぼす。
「我慢なさってくださいな。……はい、できました。」
ドレスの裾を微調整していたリディエはそう言った。リシュエールは頬を引きつらせる。
「……これを引きずって、さらにティアラを落とさないようにして、ヴァージンロードを歩くなんて……まるで拷問ね。」
「まぁ、リシュエールさま、近々結婚するプリンセスの発言ではございませんわね。」
しらっとそう言って、リディエがリシュエールの頭にティアラをのせた。
「……む。」
これがまたずっしりとくるのである。一瞬、リディエが鬼に見えた。
「まぁ、まぁ、なんてお美しいのでしょう!」
ぽっと赤くなった頬に手を添えて、エシュティがリシュエールを褒め称えた。
「本当ですわ!エスティグノア一、いいえ世界一の花嫁ですね。」
「あぁ、ご成婚の儀式が楽しみでならないわ!ねぇ、モニィ?」
「アイナったら、気が早いのではないの?」
侍女たちがああでもない、こうでもないと飾り立てた結果を見て、リシュエールは目を丸くしていた。
いつもは幼げな自分の顔立ちが、少し大人びて見える。
「詐欺だわ……」
「何をおっしゃているのですか。もともとのお美しさがより引き立てられたのですわ。」
リディエの呆れ声が返ってきても、リシュエールはまだ鏡をぼうっと見ていた。
しかしすぐにその表情は曇ってしまう。
「……贅沢、し過ぎではないかしら。誰に望まれたわけでもないのに、こんなに着飾って……陛下に変に思われたらどうしましょう。無駄に頑張っている女、なんて思われるのは嫌だわ。それに、民もきっと、わたくしよりもリリシアナさまのほうが……」
別にフェルディアドの愛を求めているわけではないのだ。だが、嫌われたくはないと思う。これからずっとここで暮らしていくのだ。この広い広い城で、寂しい思いはしたくない。
「……リシュエールさま。」
侍女たちが泣きそうな顔でリシュエールを見ていた。
(あ、しまったわ。わたくし今、完全に、愛されない女の憂い、みたいなのをしていたわ。)
「あ、大丈夫よ、そんなに気にしていないわ。みんな、心配しないでね。わたくし、みんながいれば寂しくないわ。……今のお話、聞かなかったことにしてくれる?」
にこっと微笑むと、なぜか侍女たちはさらに目を潤ませた。
「本当に大丈夫なのよ?……あぁ、なんでそんなに泣きそうなの?」
おろおろとエシュティの頬をつついてみたり、モニィの腕をぽんぽんとたたいたりする。
「とりあえず、着替えさせてくれる?」
そう言って、ようやく侍女たちは動き出した。全く、主思いでうれしい限りである……うん、ありがたい。
そうして、ドレスを普段使いに戻してお茶で一息つくと、ちょうど出掛けていたアイナが戻ってきた。
「リ、リシュエールさまっ!」
ばたばたと走ってきて、危うく転びそうになったのをリディエが抱き留めた。リディエのファインプレーである。
「だ、大丈夫ですか?アイナ。」
「う、ごめんなさい、リディエさん。それどころじゃなくって!」
ぱたぱたと動く手が何かを伝えようとしているが、リシュエールたちは超能力者ではないので、読み取れたりはしない。
「いったいどうしたの、アイナ?」
「リシュエールさまっ、ミレーニアさんが大変なんです!」
「ミレーニアが……?」
「ミレーニアさんっ!」
アイナに連れてこられたのは、女官たちが過ごす部屋のある区域だった。
ミレーニアの姿を見つけたアイナは、一目散に走って行く。そこには大きな人だかりが出来ていた。
「リシュエールさまはここで────」
「待たないわ。……ちょっと通してもらえる?何事なの、この騒ぎは。」
リシュエールが野次馬たちをかき分けていくと、さぁっと人が避けていく。
「お、王女殿下。」
「リシュエールさま。」
人だかりの中心には、女官だがそれにしては派手な怒りに溢れる女性と、涙目のミレーニアがいた。
「まぁまぁ、ミレーニア。どうしたの?」
「リシュエールさまぁ……」
わたし、この方が大事にして要らしたリボンを切ってしまって……、とミレーニアが泣きながら言ってきた。
「あら、ミレーニアったら、うっかりものねぇ。」
「……う、ごめんなさい。」
ミレーニアがまた、派手めの女性に謝る。
「あなた、何度も言ったじゃない。謝って済むと思っているの?これ、すごく気に入っていたの!」
「まぁまぁ、ミレーニアは抜けているところがあるから……」
リシュエールは思わず口を出してしまった。しかし、これが逆効果、どころかむしろ彼女の狙いだったのだとすぐに悟る。
「あら、リシュエール王女殿下。では、あなたさまがどうにかしてくださいますの?新しいリボンをお買いになる?あらでも……」
女性は周りの、取り巻きのように集まっている女官たちと視線を交わし会って嘲笑を浮かべた。
「陛下におねだりなんて、出来ないものねぇ。所詮はお飾りの王妃さまだもの。」
くすくすと、馬鹿にするような笑い声に、リシュエールはにっこりと微笑んだ。この微笑みは、リシュエールの武器である。
「そうね、陛下にはお願い出来ないわ。」
「やっぱり────」
「だからね、それ、貸してくださる?」
ひょいっと手を出して、リボンをとった。
「あ、あと、リディエ。裁縫道具貸してくださる?」
「はい、畏まりました。」
訝しげな表情をした取り巻き女官たちを見渡して、リシュエールは企むようにニヤリと笑った。
「はい、出来ました!」
リシュエールは前よりも少し華やかになったリボンを得意げにみんなの前につきだした。
「切れたところを縫って刺繍で誤魔化して、ちょっとビーズも付けさせていただきましたわ。」
「ま、まぁ、悪くないわね。」
女性がリボンを受け取る。
ちょっと質のいいリボン、がリシュエールが手を加えたことによって上品かつ華やかな、高級品に変わっていた。
「悪くないわね、じゃなくってよ!リシュエールさまは裁縫がお得意なの!わたしたちだってリシュエールさまお手製は持っていないのに……」
モニィがぷんすかしと、よく分からない方向に怒っていた。
「ね、もう大丈夫でしょう?」
ふんわりとリシュエールが笑うと、女性も取り巻き女官たちも、もう何も言うことは出来なかった。
「かっこよかったですわ、リシュエールさま!」
エシュティがうっとりと、リシュエールの雄志を語る。
「リボンのセンスも大変素敵で。わたしも欲しいくらいですわ!」
「あら、リボンくらいなら、いくらでも作ってあげるわよ~。」
再びお茶の時間をはじめて、リシュエールは祖国ロスフェルティから持ってきた花茶を飲んでいた。
「みんな、なにかあったらわたくしに言ってね。あぁやって馬鹿にされても、わたくしが返り討ちにしてくれるわ!」
「ま、リシュエールさま、頼りになりますわ!」
くすくすと侍女たちと笑い合うこの時間に、幸せだなぁと思うのだ。