45、エスティグノア王国建国祭
皆さま勢揃い~
フェルディアドの祖父によって建国されたこのエスティグノア王国は、年が明けて建国五十年を迎える。節目の建国祭の今年は、例年よりもさらに、国を上げての一大行事となった。国賓もまた、例を見ないほどの大物揃いだ。
眼福とはこのようなことを言うのだろう、とリシュエールはまぶしいものを見るように目を細めた。
周りに視線をやると、貴族のご婦人やご令嬢、女官までもがうっとりとその光景を見つめている。まぁ仕方がないわよねぇ、とリシュエールは思った。
そこでは四人の高貴な紳士たちがグラスを片手に、集まって談笑している。
一人はリシュエールの夫、エスティグノア王国国王フェルディアドだ。
「やぁ、義兄弟が揃ったね。」
そう言ってフェルディアドが笑うと、周りの男たちは苦笑いをした。
「……こんなでかい末弟はいりません。」
舌打ちしそうな勢いでそう言ったのは、リシュエールの兄のロスフェルティ王国王太子エディクトだ。彼は二十一歳と年下だが、リシュエールの夫フェルディアドの義兄にあたる。
苦虫を噛み潰したかのような表情のエディクトに、他の二人は苦笑を深めた。
一人は美々しい金髪碧眼の三十歳ほどの、色気たっぷりなバーディア王国王太子ティルフロット。リシュエールの長姉セレネスカの夫である。
もう一人は、黒髪に珍しい紫の瞳の無愛想なアルセニア王国王太子ユクトルード。同じくリシュエールの姉、第二王女のティオラナの夫で、彼はフェルディアドの一つ年上だ。
「でも本当に、みなさんがお揃いになるのは珍しいことですわね。」
リシュエールとしては嬉しいことなので、にこにこしながらそう言うとエディクトがさらに嫌な顔をした。が、それはさらっと無視する。
しかし考えてみると、ロスフェルティ王国の三姉妹を通して、近隣の四カ国が縁戚になったことになる。現在即位しているのはフェルディアドだけだが、近い将来、四カ国の王が義兄弟という驚きの事態になるのだ。
「ところでティルフロット殿、奥方の傍にいなくていいのか?出産が近いのでは?」
ティルフロットの妻セレネスカは現在臨月になっているはずである。
フェルディアドも疑問に思ったようだった。
するとティルフロットはフェルディアドの言葉にあぁ、と頷いて、
「それなら大丈夫だ。もう生れたから。」
「えっ……生まれた!?」
「それはそれは、おめでとうございます。」
ティルフロットによる突然の妃出産の報告に、エディクトは素で驚いて、ユクトルードは仏頂面を少し緩めて祝う。会話が聞こえた会場は、ざわつき始めた。
「性別をおうかがいしても?」
みんなが気になっているであろう。
「男児だよ。」
にやっ、と笑ってティルフロットは言った。ティルフロットの次の世継ぎの誕生ということだ
「めでたいね。私たちのなかで一番最初は、やはりティルフロット殿だったか。」
最年長なのでそうなるだろう。ティルフロットと妃セレネスカの間には、すでに一女が生まれている。
「まぁな。ユクトルード殿のところは、いつ頃の予定だ?」
「春頃です。もう、楽しみで楽しみで……」
妃ティオラナが初子を懐妊中のユクトルードは、珍しく笑みを浮かべて見せた。本当に幸せそうな笑顔で、きっと姉は大切にされているのだろうとリシュエールは嬉しくなった。
「…幸せ自慢大会か。」
ぼそっとエディクトが妬ましそうに呟く。
「あら、お兄さま、まだご婚約のご予定もなくって?」
リシュエールがにこっと笑うと、エディクトは悔しそうな顔になった。
「くっ、リシュエール王妃におかれましてはご懐妊のご予定は?」
「そうねぇ、ご懐妊ではなく、ご出産のご予定ならありますわ。」
「は?ご出産?」
「えぇ。」
エディクトはぽかっと口を開けたまま固まったあと、泣きそうに顔を歪めた。
「リシュエールまで……私の可愛い妹が……」
母国を出てから収まっているように思われた、エディクトの妹が好き過ぎる病気が出てきそうになっている。
「ほぉ、ではご懐妊中かな?リシュエール王妃。」
冷静にエディクトを小突いたティルフロットが、祝いを述べる。
「私の子とは同い年になりますか?」
ユクトルードが言う。確かにリシュエールの出産は夏の予定なので、春が予定のティオラナの子とは同い年になるだろう。
「そうですわね。」
「男の子と女の子だったら、婚約させるのはいかがですか?」
「まぁ、婚約?」
なくはない話だ。
「子どもたち次第ですわね。わたくしたち姉妹のおかげで、四カ国は結び付いておりますし。子どもたちには幸せになってほしいですから、強要はしませんわ。」
「まぁなんにせよ、我らの国の未来は安泰だな!……あぁ、エディクトは頑張れ。」
「言われなくとも!」
ティルフロットは、八つ年下のエディクトをからかうのが気に入ったようだ。
「みなのもの!」
フェルディアドがグラスを掲げて貴族たちに示す。
「我らがエスティグノア王国と、友であり義兄弟の国々の未来に栄光あれ!」
カランコロンと、鐘の音が鳴った。
パーティーが終わる前に、リシュエールは兄のエディクトを呼び出した。大切な話をしなくてはならないからだ。
「わざわざありがとう、お兄さま。」
応接室の一つを借りて、リシュエールとエディクトは向かい合わせに座る。
「いや、私も話があったんだ。」
二人の前にワインのグラスを置いた侍女が退出するのを見てから、リシュエールは口を開いた。
「……この一年近く、いろいろなことがありました。嫁ぐ前に、お父さまやお兄さまが心配してくださったことでも、わたくしはたくさん泣きました。」
兄は、リシュエールがエスティグノアに嫁ぐことを最後まで反対していた。もちろん、フェルディアドの恋人の件を知っていたからだ。
「覚悟をしていても、なかなか辛いものでした。…わたくしも、まさかこんなにも早く陛下を愛してしまうとは思わなくて。」
「そうか。愛しているか。」
「はい、心から。」
エディクトは少し寂しそうに笑って頷いた。
「……父上からは、今回招かれるにあたって、リシュエールがあまりにも酷い扱いを受けているようなら無理矢理にでも連れ帰ってこいと言われていた。が、来てみればどうだ?幸せそうにいちゃついている夫婦がいるではないか。」
「いちゃついているだなんて…事実ですけれど。」
「…はぁ。それで、彼は、エスティグノア国王は同盟を結ぶに値する者だったか?」
エディクトのなかではすでに答えが出た上での質問だろう。ここでリシュエールが何を言ったところで変わるものではないだろうが、もしかしたら王妃として試されているのかもしれないと思う。
「危ういところはあれど……彼ほどのお方をわたくしは他に存じ上げません。彼以外の方が王位につくようなことがあれば、わたくしはエスティグノアとロスフェルティ両国のために、命をかけて阻止する所存にございます。」
じっと兄の目を見つめた。そらしてはいけないと思った。
「……可愛げがなくなった。」
ふっと表情を緩めて、エディクトそう言った。
「な、なんです、それは?」
声を押し殺して笑う兄にむっとすると、エディクトは立ち上がってリシュエールのもとまで来て、彼女の頭を撫でた。
「強くなったね、ということだよ。可愛い私の妹姫。」
リシュエールのもとを後にして、エディクトは自分に与えられた客室に向かう。目的の場所が見えたところで、予想通りの珍客が現れた。
「……夜分に、妹を借りてすみませんでした。フェルディアド陛下。」
「いや、構わない。久しぶりの家族との再会は、リシュエールも楽しみにしていたんだ。」
「さようですか。」
振りかえると、神妙な面持ちの妹の夫がいる。彼はエディクトが自分に向いたのを見ると、深く頭を下げた。
「大切な妹君をいただいておきながら数多く悲しませてしまったこと、ロスフェルティのご家族にお詫びしたい。本当に申し訳なかった。」
「…終わったことですよ。もうあの方とは別れたと聞きました。妹を幸せにしてくれればそれで十分です。」
「もちろん。一生かけて幸せにするよ。」
「よろしくお願いします。……さぁ、あの子が待ってる。帰ってあげてください。」
「あぁ。」
もう一度礼をして、彼は妹のところへ向かった。
他国の王族に嫁いだ姫が、祖国に帰ってくることなど滅多にない。いや、二度と……。なぜなら、嫁いだ国の王族となるからだ。そしてその国のために生き、その国で死ぬ。その覚悟を持って嫁いでいくのだという。
もうエスティグノアにはエディクトしかいない。姉も妹も嫁いだから。
「…お嫁さん、探そうかな。」
覚悟を持って嫁いでくるのだろう未来の花嫁を、絶対に大切にしようと思った。
※完結ではありません。




