44、甘く響く
*最終回ではありません
超特急でごめんなさい。
ひらすら甘々。
目が覚めて、一番最初に愛しい人の顔を見られるのはとても幸せなことだと思う。まだ結婚して一年と経ってないからだろうか?夫の顔なんて見飽きた、なんて言うご婦人は多いけれど、リシュエールはフェルディアドの顔を見飽きる日なんて来ないような気がしていた。
朝日がフェルディアドのプラチナブロンドをきらきらと輝かせている。ロスフェルティでは見られない色で、エスティグノアでも珍しいという。母親に似たこの髪色のせいで、彼は恵まれない子ども時代を送った。だからか、フェルディアドはこの髪色があまり好きではないようで、綺麗ねと言う度に困った顔をするのだ。
少し乱れて頬にかかっていたので、そっと手を伸ばしてリシュエールはそれを払ってあげた。さらり、と髪が流れ落ちる。
「……ん?」
もぞもぞとフェルディアドが体を動かした。起こしてしまったかと慌てたリシュエールをよそに、フェルディアドはリシュエールを抱き締め直してまた眠りに落ちる。
「ふふふっ、可愛い人ね……」
本人が起きている前ではこんなことは言えない。きっと、馬鹿にしているのかと拗ねてしまうはずだ。可愛い、なんて言われなれていないのだろう。
大人しく抱き枕になっていると、フェルディアドの体温で温かくなってまた眠くなってきた。
侍女が起こしにくるまでまだ時間はあるなぁと思いながら、リシュエールは素直にまぶたを落とした。
うとうとしているなと思ったら、彼の愛しい妻は二度寝をしてしまったようだった。
じっとこちらを見ているような気がして、目を開けるタイミングを逃していたら、リシュエールはフェルディアドの乱れた髪を払ってくれた。可愛いことをしてくれる。
少しいたずら心が湧いて、抱き締めてみると、彼女は安心しきったように身を委ねてくれた。そのことになぜか感動しながら、フェルディアドは腕の中に愛しい妻がいることの幸福感を噛み締める。
「リシュエール……私の愛しいリシュエール……」
彼女が起きない程度の声で、そっと名前を呼んだ。
しばらく見つめていると、ふるふると睫毛が震えた。さぁ早く目を開けて、その綺麗な琥珀色の瞳に私を移して───
──────
久しぶりに二人でゆっくりと朝食をいただき、食後のお茶の時間をまったりと過ごしていた。
「ところでリシュエール様、今日は体調は良さそうですか?」
リシュエールのお茶のおかわりをカップに注いでいたリディエが、そういえばと尋ねてきた。
あ、とリシュエールの動きが止まる。
「……えぇ、そうね。今日は気分がいいわ。」
すっっっかりあのことを忘れていたリシュエールは、昨日からの自分の行動を思い出して青くなる。
(あれ、わたくし昨日走りましたわよね。お酒……はそういえば出されていないわ!皆が気を遣ってくれたのね。えっ、待ってわたくし昨日陛下と……)
そこまで考えて今度はぽっと赤くなった。
「えっ、えっ、あら?そういえば、そういうことってしていいのかしら?体は……とりあえずなんともないけれど。リディエ、大丈夫なのかしら!?」
焦りながらリディエに聞くとリディエは呆れ返った顔で、「大丈夫だと思いますよ。…知りませんけど。」と言う。
不安になって、部屋の端で控えていたモニィとエシュティ(侍女年上組)に目をやると、
「大丈夫ですわ、妃殿下。世の皆さま方がやっていることですもの。」
「……もちろん、激しさの度合いにも寄りますが。」
と、目をらんらんと輝かせながらそう言われた。
「そ、そう?そうなのね……あぁ、びっくりした。」
なにやら騒がしくなった女性陣から、一人取り残されたフェルディアドがぽかんとリシュエールを見て首をかしげている。
「リシュエール、どうかしたの?」
「あ、あのですね、陛下……」
ちょっとお耳を貸して、といってリシュエールはフェルディアドに囁いた。
「……っ!?ごめん、今何と?」
聞き慣れぬ言葉に思考が追い付かなかったのか、フェルディアドは目をまん丸に見開きいたまま聞き返す。
予想通りの反応だと思いながら、リシュエールは笑ってもう一度言った。
「子どもを授かりましたの。三ヶ月を過ぎたところですって。」
ぽかっと口を開けたままフェルディアドが固まってしまった。
「あら、陛下?」
目の前で手を振ってみると、はっと我にかえって、
「きゃあ……!?」
手をがしっと捕まれた。そのまま引っ張られて、ぎゅうっと抱き締められる。
「今まで本当にごめん…!もう彼女とはとっくに別れてる。これからはリシュエールだけを愛すると誓う。一番大事にする。だから、だからずっと私の傍にいてくれ!」
「えっ、ちょっと陛下、泣いていますの?」
ちょっと体を離してフェルディアドの顔を覗き込むと、青灰色の瞳から涙がこぼれていた。
「もう、分かっていますわ。……わたくしも愛しています。」
「リシュエール……」
「それに、わたくしが貴方から離れるはずがないでしょう!」
強く抱き締め返して、リシュエールはからキスをする。
フェルディアドの嬉しそうな顔を見て、リシュエールも嬉しくなった。傷ついたことも、腹が立ったこともたくさんあった。けれど、もう愛しすぎて、この笑顔を見ただけでどうでもよくなってしまうのだ。馬鹿だと思われても結構。とにかく今は、この想いが薄れることなんてないと言い切れてしまう。
「……思っていたよりも早く授かりましたね。もう少し二人がよろしかった?」
カルラの一件のときに、早く跡継ぎが欲しいかと聞いたリシュエールに、もう少し二人がいいとフェルディアドは言っていた。あれからしばらく経ったが、今はどうだろうか。 そう思って聞くと、夫はにっこりと笑って首を横に振った。
「そりゃあリシュエールと二人でいちゃいちゃするのもいいけど、貴女との子どもを可愛がるのも楽しそうだからね!」
「……陛下。」
堂々の甘やかし宣言を受けて、リシュエールは頭を抱えた。
「男の子だったら、少しは父親らしい威厳を見せてくださいね。……女の子だったら、べたべたし過ぎると嫌がりますわよ。」
「え、嫌がるの……」
がーーん、という音でも聞こえそうなくらい表情を変えたフェルディアドにリシュエールは笑ってしまう。
フェルディアドが子煩悩になるのは意外だったが、子どもが愛されないのではと悩んでいた頃のリシュエールに聞かせたいくらい幸せなことだと思った。
「ねぇ、陛下。」
「なんだい?」
唐突に閃いたことをリシュエールは口にする。
「フェルディアド……フェルって呼んでもいい?」
敬語もなくしてそう言うと、フェルディアドは固まった。
「二人だけのときだけよ。……だめ?」
「だめなわけないだろう!!」
またしてもぎゅうっと抱き締められて、リシュエールはフェルディアドの背を叩く。
「ふふっ、フェルったら。苦しいわ。もう少し優しく抱き締めて?」
「ああっ、そうだね!」
何時にもまして甘々な主夫妻を見ながら、侍女たちは「ご馳走さまです。」「お腹いっぱいです。」と思いながら部屋を退出した。
「やっぱり、リシュエールさまは笑顔でいらっしゃるのが一番だわ。そう思わない?」
リディエがそう聞くと、リディエと長年一緒にリシュエールに仕えるミレーニアは肩をすくめて頷く。
「もちろんですわ。……お幸せそうで、良かった。」
「えぇ、本当にね。」




