43、幸せに感謝を、祈りを
お久しぶりです。ごめんなさいm(_ _)m
過糖です。
テレリア大公ローランからテレリアの話を聞きながらの晩餐会は、とても楽しいものだった。
テレリア公国はエスティグノアの四分の一にも満たない小国である。しかし、エスティグノアを始め、西側をグレンバロディオン帝国、西南にファレーン王国、南にアシュロフ王国という大国勢に囲まれている。それらの国々との活発な貿易外交が、かの国の収入源だ。テレリアには各国の卓越した技術産業が集まってくるのだという。
リシュエールはテレリアに行ったことがない。
祖国ロスフェルティはテレリアとの国交があったが、テスティグノアという大国を挟んでの地理上、危険を犯してまで王女が外交に赴くことはなかったのだ。何かの行事に国賓として招かれるときは、いつも叔父の公爵が行っていたように思う。
叔父が帰ってくるたび聞かせてもらえる、他文化色の強いテレリアの話にリシュエールはいつも心を踊らせていた。
そのテレリアの大公から聞く話は宮中での行事を初め、城下町の市の様子や地方の祭にまで及び、リシュエールは目を輝かせて聞いた。
「ローランはおしゃべりだろう?疲れなかったかい?」
私室に入って二人でソファに腰かけると、フェルディアドはリシュエールの肩を抱きながらそういたわった。
「全然ですわ。とっても楽しいお話でした。わたくし、テレリアに行ってみたくなりましたわ!」
「そう?それならよかった。次にテレリアに行くときは……そうだなぁ、ローランの結婚式じゃないかな?」
「あら、ご結婚のご予定が?」
「うーん、あるにはあるけど嫌がってる。」
「……まぁ。」
でも、ローランは二十歳だと言うし、男性ならばまだまだ結婚に猶予はある。もうあと二、三年して、政務に慣れてから花嫁を貰っても遅くはないだろう。あの破天荒そうな大公の妃になる女性は大変だ。
「よいお相手が見つかるといいですわね。」
「そうだね。……君主は激務だから、癒してくれる存在は必要だよ。」
そう言って、甘えるようにフェルディアドはリシュエールの胸元に顔を埋めてきた。熱い吐息が肌を掠めて、リシュエールは頬を染める。
ネグリジェの襟ぐりを引っ張ると、白い胸の上部が溢れた。鼻の先でそこをつつき、フェルディアドが鎖骨を舐める。
「あっ……いやっ、陛下。」
「なに?」
「なにって……ちょっと、くすぐったいですわ!」
背に回された夫の手は、不埒な動きでリシュエールをくすぐった。背骨をなぞるように、そうして腰へ。
「っや、……変態。」
「失礼だな。私は愛しい妻を愛でているだけなのに。」
「……っ、ちょっと待っ……ぁん。」
「かわいい。」
いつもよりも丁寧に、夫の手はリシュエールの体に触れた。
ふっと力を入れれば割れてしまう、薄いガラス細工に触れるように。柔らかな生花の花弁に触れるように。
───愛されている。
そう思わせる、愛撫。
「……寝室へ行こうか、リシュエール。」
「はい……」
耳元に触れるフェルディアドの吐息がとても熱かった。浮かされるように頷くと、リシュエールはひょいと抱き上げられて寝室に連れていかれる。
「久しぶりで抑えが効かないかも……リシュエール、覚悟はいい?」
「か、覚悟って何の……」
艶を含んだフェルディアドの微笑みに恐れと期待を感じて、リシュエールは震える。
「私に一生、愛される覚悟だよ。」
その夜初めて、心の隔たりも何もなく、お互いの内側に触れられた気がした。
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一方、大公ローランの部屋。
見かけのわりに酒に強いローランに誘われ、トリストは公国で流行りという甘めのワインを飲んでいた。
辛口よりは甘口派のトリストだが、これは甘すぎるなぁと思いながら、ローランの愚痴(或いは弱音)を聞いていた。
「だいたいさぁ、俺に大公は無理って昔っから言ってた大臣がだよ?大公にお成り遊ばされたのですから自覚を持って云々、って説教たれてくるってどうなの。いや、あんただって無理だって言ってたじゃん!俺だって頑張ろうとは思ってるよ!そっちこそ協力性が足りないんじゃないの!?」
「はぁ、そうですねぇ……」
「あーあ、俺もお嫁さん欲しい。可愛くて胸大きくて優しいお嫁さん欲しいー!」
「……そうですねぇ。」
流れでうっかり同意してしまった。危ない危ないとローランの顔を見たが、特にからかおうとかそういう様子はない。トリストがほっと胸を撫で下ろしたとき、はっと何かに気づいたローランがずいっと身を乗り出してきた。
「まてよ、俺の記憶が正しければフェルディアドはお前の妹と付き合ってなかったか?」
「……はて、そうでしたかね。」
「絶対そうだ!え、じゃあ何、お前の妹振って結婚したってこと?えええ、もしかしてまだ隠れて付き合ってる?」
いやーーん不倫だーー!と頬に手を当て体をくねらせるローランは心底気持ち悪かった。
「うるさいですね……とっくに別れてますよ。当たり前でしょう。」
別れが結婚後だということは伏せておく。わざわざ言うことでもない。言ったら最後、このお馬鹿大公は悪気もなく面白い話としてあちこちで言いふらすはずだ。
「なーんだ。まぁ、あのラブラブぶりならそうか。しっかし、王妃さま可愛いよねぇ…ロスフェフティって美人多いんだってー。でも王妃さまが末子だよね、確か。俺もロスフェフティのお姫さま欲しかったー!」
そう言ってだだっ子のように手足をばたつかせるローランをゴミを見るような目で見て、トリストはワインを飲み干す。
「……残念でしたね。」
「うぅ……それに俺みたいな小国の大公ごときが大国のお姫さまと結婚できるわけないか。」
酒のせいかローランがおとなしくなり始めたところで、トリストは立ち上がった。
「そろそろお暇致しますよ。あなたもお疲れでしょうから、早めに休んでくださいね。そして早々にお帰りください。」
「うわぁー、優しいかと思ったらすっごく冷たい。はいはい、分かりましたよ。」
侍女を呼んで後を任せ、トリストはローランのもとをあとにした。
人気のない廊下を一人歩きながら、トリストは胸ポケットから一枚の手紙を取り出す。
───トリスト・リンデン・ザーツヘイン様へ
白い紙に薄青く薔薇の透かしが入った上品な封筒には、そう宛名が書いてあった。
───突然のお手紙失礼します。恥ずかしいので、単刀直入に申し上げたいと思います。
手紙の彼女は、実際に話すときよりもおしゃべりが上手でないようだった。
くすっと笑ったトリストは、三日前に届いてからもう何回も呼んだその文章を読む。
───わたくしは貴方のことが好きです。昔から、貴方に憧れて、恋をしていました。
珍しく素直なのは、こうして手紙を送るのが最後だと思っているからなのだろうか。
───けれど、陛下の側近である貴方と、陛下の従妹であるわたくしが、この上結ばれることなどないということも理解しておりました。
たいして名門でもない伯爵家出身のトリストが、側近を務めていること自体に不満を持っている人もいる。その上でさらに権力を集中させることは良くない。
───昨日、お父様に呼び出され、婚約の打診を受けました。隣国テレリアの大公様だそうです。一度お会いしたことがございますが、はっきり申し上げて煩い殿方は苦手です。それでもわたくしは退屈せずにすみそうだな、とも思いました。
どのような結果になるかはわかりません。しかし、わたくしも公爵令嬢としてやるべきことをやる時が来たのだと思います。もう一度申し上げます。トリスト様、貴方が好きでした。わたくしに、素敵な初恋をありがとうございます。
デリーナ・ウルディ・プロノヴァール
彼女は返事を望んでいないだろう。これは決別の手紙だ。こちらの気持ちを聞いてくれないだなんて、ずいぶんとずるくて卑怯なことをする。
けれど……彼女の決心を揺らがせないためにはそうするしかないのだということはわかっていた。
「叶う恋あれば叶わぬ恋もある、か……あーあ、兄妹そろって失恋だ。」
しかし、デリーナがローランの妃か。ローランがデリーナに叱られながら執務をして、休憩をねだっては甘いお菓子とデリーナの膝枕でデレデレする様子が思い浮かんだ。
「うん、悪くないな……」
幸せになってくれればいい。今はそう願うばかりだ。




