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Dearest  作者: 水上翡翠
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39、仕立て屋のフローリアナ

遅くなりまして申し訳ありません!!

 

 国王フェルディアドが地方視察に出発して一週間、王妃であるリシュエールの仕事は特には増えていなかった。しいて言えば、国王代理として朝議の挨拶に出るくらいで、一般政務は官僚たちが滞りなく行っている。とはいえ暇なわけではないが。


「王妃さま、仕立屋の方がいらっしゃいました。」


「まぁ、客間にお通しして!今参りますわ。」


 私室の机に並べていた仕事の資料を手早く片付けると、リシュエールは慌てて客間へ向かった。

 すっかり忘れかけていたが、今年も残り二ヶ月ほど。年末年始の宮廷行事も数多く予定されている。ドレスもそろそろ用意しないと間に合わないのだ。


「お待ちしてましたわ。わざわざありがとう。」


 仕立て屋の姿を見つけ、リシュエールは微笑んだ。それに微笑み返す仕立て屋は、王都一と名高い割には若い。


「ごきげんよう、王妃さま。ご指名くださり光栄ですわ。」


 そして綺麗な礼をとる彼女は、まるで貴族令嬢のようにも見える。


「さて、お体つきはあまり変わっておられないようですから採寸はよいとして、本日は事前にご要望いただいたものを仮縫いしてご用意しておりますからそれを合わせていただいて、その他のドレスのお色を決めましょう。」


「えぇそうね。さすが、用意がいいわ、ヨシェ夫人?」


「…その呼び方はおやめになって。一気に歳をとった気分ですわ、妃殿下。」


「あら、そう?では、フローリアナ。」


「はい。」


 濡れたように艶やかな黒髪をゆったりと結い上げ、落ち着いた藍色のドレスを着た美女。王妃にも親しげに話すこの女性の名は、フローリアナ・ヨシェ。

 城下随一の規模を誇る仕立屋『ヨハンナ』の二代目店主である。初代店主ヨハンナは彼女の叔母で、ヨハンナは目を悪くしたのを機に姪に店を譲ったらしい。

 ちなみにヨハンナはもともとは豪商の娘だったが、ドレス作りが好きすぎて店を立ち上げたとか。そんな叔母に憧れて、フローリアナは仕立屋になったそうだ。

 ちなみに現在二五歳、独身。


「ではまず青色の式典用ドレスを…はいっ、脱いでくださいな!」


「えっ、ちょっと、フローリアナ!?」


 あっという間に着ていたドレスを脱がされて、新たに纏ったのはつややかな光沢のある青いドレスだ。

 伝統的な型に少し手が加えられているもので、胸元はかなり開いているがふわふわと縁取るレースのおかげで恥ずかしさはなく、むしろ色白で若々しいリシュエールの肌を見せつけるように際立たせている。

胸から腹にかけてを彩る刺繍や宝石が眩く、それらはゆったりとした袖口にもつけられていた。きゅっと締まった腰にはたっぷりとしたリボン。スカート部分は前開きで、アンダースカートは白と空色のレースが幾重にも重ねられていた。


「王妃さまは青系のジュエリーをたくさんお持ちでしたので、それらに合わせて。あぁ、ティアラが陛下のお目の色に合わせて作られたものでしたねぇ。」


 ふふっと笑ったフローリアナは意味深な目を向けてきた。彼女のからかいは笑顔で受け流す。


「フローリアナ、これ少し胸が苦しいわ。寸法は前に測って貰ったときと変わらないのよね?」


「えぇ、変わりませんわ。」


 あらっとフローリアナは首を傾げてリシュエールの胸をしげしげと眺めてきた。


「そうですわよね、まだ十代ですもの。成長してもおかしくありませんわ。分かりました、胸元はもう少し大きくしましょう。…というわけで、触ってもいいかしら?」


「えっ…えぇ、構わないわ。」


「では失礼……ふむ、やはり結構大きい…張りも……陛下が良いマッサージをなされているから……」


「フ、フローリアナ?」


 ぶつぶつと何かを呟きながら胸を撫で回すフローリアナに、少し恐怖を感じてしまったリシュエールだった。





 晩餐会用のイブニングドレスは、上品なローズピンク色だった。グローブはクリーム色のレース地。

 肩がむき出しになる形のドレスで、左胸に大きな薔薇モチーフが同じローズピンクの布で作られている。そこからアシンメトリーに薔薇の蔦が刺繍されていた。スカート部分にはたっぷりととった布で波打つように寄せられたギャザー。


「素敵ね…これ気に入ったわ。」


「そうおっしゃってくださると思っていましたわ。大人っぽく、というご要望でしょう?」


 パチンとフローリアナがウインクをすると侍女たちがくすくすと笑った。まるで、そう言った時点でリシュエールは子供っぽいみたいだ。


「そ、それは陛下の隣に見合うようにと思って…!わたくしは、ただでさえ八つも離れているわけですし…。」


「ふふっ、愛していらっしゃいますのね。」


 微笑ましげに見つめられて、リシュエールはいたたまれなくなる。


「愛だなんて…そんな…」


 ふるふると力なく首を振る王妃になにを思ったか、フローリアナは何か考えるような素振りをみせて、それからにっこりと笑った。


「王さまと王妃さまですから、わたしたちには理解しえない何かがあるのかもしれませんが……わたしなら、今王妃さまが胸に抱いていらっしゃる感情を愛と呼びますわよ?」


「フローリアナ…?」


「そしてわたしの仕事は、着る方の心の内を輝かせるドレスを作ること。…きっと王妃さまのお心も輝かせてみせますわ!」


 力強く拳を振り上げたフローリアナはとても眩しくて頼もしくて、リシュエールは思わず笑みをこぼす。それからリディエもミレーニア、モニィも…まるで輪が広がっていくように笑顔が伝わっていった。


「…愛してもいいのかしら。」


「なにをおっしゃるの、王妃さま!」


 煌びやかなティアラをリシュエールの頭に載せて、フローリアナは目を丸くして、それから笑った。


「当たり前でしょう!夫婦なのですから!」










 三百年余りの歴史を背負った荘厳な城。ロスフェルティ王国の王城の、現在の主は第二十三代国王ガイナルド二世である。

 リシュエールがフェルディアドの留守を預かっているその頃、ガイナルドのもとにはとある国の使者がやって来ていた。

 かの国において、聖十字と王冠が濃い赤で描かれたマントを纏うのは、その使者が侯爵以上の地位を持ち、なおかつ軍に所属していることの証である。ちなみにこの使者、ガイナルドがアルセニアに留学していた頃の悪友だったりする。


「ご無沙汰しております。ロスフェルティのガイナルド陛下。」


「……君が忍んでチェスを指しにきて以来だ。二日ぶりだろう。何用だね?」


「おやおや、これでも一応アルセニアからの正式な使者なんだけどねぇ。」


「私と君のなかだろ?なんなら人前では絶対に言えないあれやこれやを……」


「君、それお互い様だからね?……とりあえずこれ。」


 ガイナルドの侍従が書状を受け取って、印を確認する。それは確かに、アルセニア国王のものであった。

 ガイナルドの手に書状がわたると、フォリング卿はさっと頭をさげ、


「アルセニア王太子妃さまのご懐妊、誠におめでとうございます。つきましては、今後もアルセニアとより良い未来を築くための同盟強化を……」


「なるほど……あい、分かった。こちらからもお祝いの品を送らせてもらう。」


 アルセニアの王太子の妃となっていたロスフェルティの第二王女ティオラナが、妊娠したとの報告がかかれていた。まだ五か月だが、体調はすこぶる良いということだ。バーティアの王太子妃のなった第一王女セレネスカも第二子を妊娠中だが、そちらは来月にも生まれる予定だと聞いている。


「このところ、ロスフェルティの王族方はおめでたいこと続きだな。末の姫君の方はまだ……?」


「嫁いで一年も経たない……まだだろう。」


 姉二人とは立場が違い、彼女はすでに王妃であるので背負う重圧は桁違いだろう。あまり急かすなどして、可愛い末娘を追い詰めたくはない。それに、あわよくば彼女はこの国に連れ戻したいのだ。


「……このこと、エスティグノアの王妃に伝えてもいいか。」


「あぁ、王太子妃もそれを望んでるはずだよ。」


 報告書のような冷たい書状に伝えられるより、家族が手紙を出すほうが良かろう。


「今日は長旅の疲れを落とすがよい。話し合いは明日。私はこれから手紙を書かねばならないからな。」


「心遣い痛み入るよ。なんせ我々も初老の域に足を入れかかってるからね。」


「そりゃあ、違いない。」


 ひとしきり笑うと、ガイナルドは謁見の間を後にして私室へ急いだ。



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