3、侍女たちの忠誠
遅くなってしまって、ごめんなさい。
短いかもしれません……
大変申し訳ありません。改稿して、侍女を一人減らしました。
リディエの報告。
衛兵の話「陛下の恋人……あぁ、それ聞いちゃいますか。……いやいい子っすよ、陛下の彼女さん。ただねぇ、この子が王妃になったら大変だろうなってオレはずっと思っ……ここだけの話っすよ?陛下のお耳に入ったら……オレ、消されたくないっすから。」
女官長の話「……陛下に恋人などおりません、えぇ絶対に。……と、言うべきなのでしょうが、そんなこと口が裂けても言えませんわ。それに、実を言いますと、わたくし、陛下の恋人には手を焼いておりました。あの方は……なんと言いますか、こう、周りをかき乱してなおそれに気づかない天真爛漫さをお持ち、というか。つまりですね、リシュエール王女殿下が来てくださって大変うれしいのです!やっとこの城も、まともに女主人の力で動かされるのですから。」
ミレーニアの報告。
陛下付き女官「……リシュエールさま、ご存じなのね。えぇ、いらっしゃるわ、恋人。お名前はリリシアナさま。ザーツヘイン伯爵家のご令嬢ね。でも、女騎士をしていらっしゃって、騎士団には人気よ。でもその分、マナーが出来ていらっしゃっらないから、ご不快に思われるご婦人もいて少なからず……それが可愛いと言う人もいるようだけれど。え?見た目?そうね、少しピンクがかった金髪に大きな青い瞳をなさっているわ。大変可愛いらしい方よ。まったく二十歳には見えないの。それにね……ちょっと、もう聞かないの?」
庭師「あっしは王都からここへ通ってましてね、リリシアナさまは城下でも有名なんですよ。視察にいらっしゃる陛下といつも一緒でね、それはそれは仲むつまじくて……あれほど平民にも分け隔てなく接して下さる貴族の方はおりませんなぁ。王妃さまがどれほどの方か、あっしら一般人は知りませんが。リリシアナさまが王妃では、いけなかったんですかね?」
エスティグノア王国に来て二日目。
やることといえば、ロスフェルティから持ってきた荷物の整理と、エスティグノア王国の知識の再確認くらいだ。ロスフェルティを出る前に人通りエスティグノアの歴史や政治経済を学んだが、エスティグノア本国に入り、今度は貴族同士の関係なども新たに覚え直した。おかげで、頭が爆発を起こしそうである。
リシュエールはリディエとミレーニアの報告に、ふむふむと肯く。
「ご苦労さま。相変わらず、素晴らしい情報収集能力ね、二人とも。」
リシュエールの侍女兼密偵であるリディエとミレーニアには、早速仕事をはじめてもらっていた。
諜報内容は主に、フェルディアド国王陛下の恋人について。
(では、まとめると……)
恋人の名前は、リリシアナ・クレリー・ザーツヘイン。ザーツヘイン伯爵令嬢。二十歳。ピンクがかった金髪に青い瞳の可愛いらしい方。女ながらに、騎士をしている。
「だからですの……女官たちがよそよそしいと思ったら、みんな陛下の恋人のことを知っていたのね。……あら、もう、わたくしったら本当に悪役の立ち位置じゃありませんこと?二人の愛の障害……」
言葉だけなら困っているようである。しかしながら、リシュエールの顔は楽しげで、お気に入りの小説を読んだときの表情だった。……端から見たら、ある意味怖い顔である。
しかし、これからずっとここで暮らしてゆくのに、女官たちと仲良くできないのは辛いかもしれない。リディエとミレーニアも、王宮で過ごしにくくなるだろう。それは、避けなければならない問題である。
「とりあえず、リディエ、ミレーニア。引き続き情報収集、お願いね。」
「畏まりました。」
「仰せのままに。」
リディエとミレーニアが、ロスフェルティ王族に対する最高礼をとった。まったく良く出来た侍女たちである。
昼食後、のんびりと紅茶を飲んでいたリシュエールを、訪ねてくる者がいた。栗色の髪と瞳、甘ったるい顔立ちの子犬のように愛くるしい青年だ。そのくるくると変わる顔に、無邪気な笑みをのせていた。
「お初もお目にかかります。宰相補佐兼陛下の側近をしております、トリスト・リンデン・ザーツヘインと申します。これからご成婚までの指導は私に一任されましたので、どうぞお見知りおきを。」
え、と声が出そうになったのをすんでのところでこらえた。ここで驚きを見せてしまうようでは、王女として三流なのだ。すぐに、おっとりと笑って見せる。
「はじめまして、リシュエールですわ。至らぬこともありましょうが、どうぞよろしくお願いしますね、ザーツヘイン卿。」
ザーツヘイン。それは、陛下の恋人の家名ではなかっただろうか。だとすれば、この青年は恋人リリシアナの兄ということになる。
「そう堅苦しくならずに。トリストと呼んでくださいよ。」
トリストが青い瞳を細めて、人好きのする笑みを浮かべた。嘘くさくはない。けれど、どこか信用しきれない笑みだ。
「あら、ではトリスト殿と呼ばせてもらうわ。」
リシュエールがにっこりと笑うと、トリストは対抗するかのように太陽のような笑みをさらに深くした。
「……それで、本日はどのような御用ですの?」
「あぁ、すみません。本日はですね、新しい侍女を紹介しに参りました。ほら、皆入って。」
トリストが部屋の外へ声をかけると、若い女性が5人ほど入ってきた。
「まずは右から。カルラ、二十三歳、子爵夫人。モニィ、十九歳、子爵令嬢。エシュティ、十八歳、男爵令嬢。アイナ、十六歳、豪商のご令嬢。みな、王妃付きとなります。」
名前を呼ばれた女性たちは、ひとりひとり頭を下げる。みな、緊張した面持ちではあるものの、嫌悪や、それに近しい感情の気配は感じられなかった。
「ふふっ、みなさん、そんなに緊張しないで?わたくし、怒ったりなんてしないわ。ねぇ、もっと仲良くしてくれると嬉しいの。……陛下はほら、皆も知っているでしょう?」
リシュエールがちょっと困ったように、眉尻を下げてそういうと、彼女たちは目に見えて狼狽えた。なぜだろうとリシュエールは首をかしげる。が、その実、リシュエールがおっとりかつ儚く微笑む姿が、不誠実な未来の夫への不満を感じさせないどころか、健気に王妃として努めようとしている、と彼女たちには見えたのだ……
「よろしくお願いしたします、王妃殿下。」
一番年かさのカルラが、丁寧に頭を下げた。
「あら、まだ王妃ではなくってよ。」
リシュエールにこっと笑うと、カルラは慌ててリシュエールさまと言い直してくる。素直で、真面目な女性のようだった。
(この方たちとなら、うまくいきそうだわ。)
一人でふんふんと肯く、リシュエール。
その真ん前では、先ほどの陛下は~のくだりのあたりから、おろおろとしているトリストがいた。
「……あの~、その、言いづらいのですが。陛下は、忙しいので、ご成婚式までリシュエールさまとは会えないと……」
「なんですって!」
トリストの声を遮って、アイナが素っ頓狂な声を上げた。
「お式の衣装合わせとか、当日の打ち合わせとかもご一緒出来ないとおっしゃっているのですか?」
今度は、リシュエールに負けず劣らずおっとりと話すエシュティ。
「それに!未来の奥様でしょうに、ご成婚まで一度もお会いにならないと。……まぁまぁ。」
モニィが目の奥を底冷えさせてトリストを見ていた。……トリスト殿は、訳がわからないながらに、体中を震わせている。恐るべしは、モニィの目力である。
「……すみません。」
また、トリストが謝る。
これが未来の王妃のリシュエール付き侍女たちが、国王フェルディアドを嫌った瞬間である。というのはのちのち、酒の肴に語られるのだが……今はまだ、リシュエールが知るばかりだ。