34、国王生誕祭
遅くなりました…ごめんなさい。
若き王の誕生日を祝うためか、その日は王国全土が気持ちの良い秋晴れだった。
「王妃さま、お衣装は整いましてございます。お飾りをいくつかつけましょうか?」
「えぇ、そうね。青色系の宝石はあるかしら?」
リシュエールがそう言うと、リディエはくすくす笑いながら、アクアマリンと月長石を使った首飾りをリシュエールの首もとにあてた。
「ふふふ、陛下の瞳のお色ですものね……」
「そ、そういうわけじゃないわ!」
「あらあら……」
侍女たちが微笑ましそうに笑いながら、リシュエールを飾り付けていく。
今日の装いは桃色の生地に金糸で刺繍がふんだんにあしらわれた、可愛らしくも豪勢なドレスだ。
いつも以上にコルセットに絞られたリシュエールの体は、ただでさえ女性らしいものをさらに優雅な曲線美へと整えられている。袖はゆったりとしたドレープで、胸元にはふわふわのレースと真珠、裾の布もたっぷりとしてその生地の美しさを見せつけていた。
リシュエールの波打つ豊かなミルクティーブラウンの髪を結い上げて美しく編み込む。髪結いでは、侍女たちの技が光るのだ。特にモニィの髪結いが素晴らしい。そして最後に、王妃のためのマントを羽織って完成だ。
「できましたわ。王妃さま、いかがですか?」
「まぁ……いつも以上だわ。みんな素晴らしい腕前ね。わたくしがセレネお姉さまみたいに輝いて見えるわ!」
姉はいつでも今日のリシュエールのように輝いていた。その姉のようだと言えば、リディエは呆れたようにため息をつく。
「……まったく、リシュエールさまは昔からこれですから。」
「王妃さまご自身の輝きですわよ。わたしたちの仕事はただ王妃さまのお美しさをお引き立てしただけですから。」
モニィがにこにことそう言う。
「それにほら、先ほどから扉を少し開けてこちらを覗き見している方も、見とれてしまっていますし…」
「えっ……?」
はっと振り返ると、気まずそうに扉から顔をだすフェルディアドの姿があった。
「……覗き見、とは失礼だね。いや、その通りなんだけど。」
「へ、陛下っ……!」
リシュエールは、フェルディアドの姿にうっとりと見とれてしまう。
フェルディアドのほうもすでに着替えは済んでいて、今日も彼は主役らしく王の正装がきまっていた。
黒に近い濃紺の上着には襟元や袖口に繊細な銀糸の刺繍があしらわれ、結ばれたタイは淡いブルー。そして王のマントと、頭上には王冠が煌めいている。
「覗き見は、酷いですわ……」
「うっ……ごめんね、王妃。」
流石に失礼なことをした自覚があるのか、フェルディアドはすっかり肩を落としてしょぼくれていた。まったく、いったいいつから見ていたのだろう?まさかコルセットを締めるところから……いやついさっきからだと思いたいが、怖くて聞けない。
「それで?感想はないのですの、陛下?」
下からフェルディアドの瞳を覗き込むように見て、リシュエールは挑発的に笑った。すると、フェルディアドの頬が少し赤く染まっていく。
「とっても綺麗だよ。よく似合ってる。」
「うふふ、ありがとうございます。陛下も、今日もとっても素敵ですわっ。」
そう言って、リシュエールは隠していたものをリディエから受け取る。衣装に合わせて、薄い緑青色のハンカチーフをフェルディアドの胸ポケットに入れた。
「わたくしからの誕生日プレゼントです。他の色もありますのよ?」
「これ……」
フェルディアドが目を丸くしてハンカチーフを見ている。そんなに驚くことだろうか?夫の誕生日にプレゼントも贈らないほど、冷たい妻ではないつもりなのだが。
「陛下?……わっ。」
突然、物凄い力で抱きしめられた。
「へ、陛下っ、苦しいです!もう少し力を緩めて!」
「あっ、ごめん……嬉しくてつい……」
蕩けるような笑顔でありがとうと言われて、リシュエールはなんだかたまらなくなった。
普段は冷たい美貌のフェルディアドも、リシュエールには優しい笑顔を見せてくれる。でも、それはとっても綺麗過ぎる笑顔で。……だから今みたいに無防備な素の笑顔を見ると、苦しくなってしまうのだ。いま笑顔を見ていることを喜べばいいのか、普段仮面を被られていることを悲しめばいいのか。
「陛下……わたくしはあなたの妻なのですから、これくらい当たり前ですわ。あなたが喜んでくれて、嬉しいです……」
そう言うと、フェルディアドはまたリシュエールを抱きしめてきて……でも今度は、とても大切な宝物を触るような、そんな抱きしめ方だった。
「フェルディアド国王陛下。本日はおめでとうございます。こちらは我が領からのささやかな贈り物でございまして……」
恰幅のよい、人のよさげな笑顔の男性が献上したのははち切れんばかりの小麦30袋だ。
もはや農夫のほうが似合うのではないかと思われるが、これでも歴史ある伯爵家の当主だったりする。
「あぁ、ありがとう。サンドーレ伯。貴殿の領地は今年も豊作か。」
「おかげさまで。私の稲刈りの腕も鈍ることなく。」
わははははっ、と豪快に笑った。ここまで無害そうな貴族は初めて見たかもしれない。
では、と意外にも綺麗な所作で伯爵は礼をとって去って行った。
舞踏会が始まってからずっと、フェルディアドへの祝いの言葉がひっきりなしに続く。いい加減疲れてきたのか、フェルディアドも肘掛けに寄りかかっていた。
「まだ続くんですの、これ……?」
「さぁ?そろそろ終わりのはずだけど。……祝われているっていうより、いじめられてるっていうほうが正しいよね。」
そう言ってため息をつく。相当お疲れのようだ。
頃合いもよく、曲が変わる時である。
「じゃあ、陛下。丁度挨拶も終わりかけですし、ちょっとくらい遊んでもいいですわよね?」
「遊ぶ……?何する気かな、王妃。」
訝しむフェルディアドの手をとって、リシュエールはさっと立ち上がった。
楽隊に手を振って、合図をだす。「もっと早いものを」と。
「気分転換ですわ。陛下。」
テンポの早い前奏が流れ始め、リシュエールはフェルディアドの手を離して軽快にステップを踏んだ。挑発するように、誘うように彼の周りを回って、もう一度前に来たとき彼に手を伸ばした。力強い腕に引かれて、リシュエールはフェルディアドの胸に飛び込む。
南方の情熱的な曲に合わせて、体をすり寄せて手を這わせる。一度ぱっと離れて、くるりと回って、また彼の腕の中に戻った。
国王夫妻が踊るのに気を遣った貴族たちは端に避けていき、リシュエールたちはホールの真ん中で、まるでお互いしか見えぬかのように踊っていた。
「……意外だな。」
「なにがですの?」
「君が、こういう曲を踊れること。」
「……そうですか?」
リシュエールはロスフェルティの王女だ。幼い頃からダンスはたたき込まれていてしかるべき。そんなに珍しいわけではないと思うが。
「普段おっとりしているから、こんなに早いステップも踏めるのかと……」
くくく、と堪えきれない笑声が聞こえた。なんだか馬鹿にされているような気がする。
「失礼ですわね。わたくし、これでもダンスは姉妹で一番上手ですのよ?」
「へぇ……それは知らなかった。セレネスカ王女よりも?」
「えぇ、セレネお姉さまよりも。」
ロスフェルティ王国の第一王女セレネスカは、才色兼備の王女として知られていた。ピアノを弾けば誰よりも美しい音色を響かせ、歴史書を読ませれば誰よりも早く諳んじられるような人だ。
三年前にバーティア王国の王太子と結婚し、女の子を一人産んでいる。現在は第二子を妊娠中で、今回の生誕祭も本来なら来ているところだが、あいにくと王太子が一人で公務にあたっていた。
「残念だったね、姉君に会えなくて……」
「はい……でも、お姉さまには元気な赤ちゃんを産んでいただきたいですから!」
前に公務でバーティア王国を訪れたときに、姉と一人目の女の子にも会ったことがあった。子どもは姉とバーティア王太子の良いところを取り合わせたような容姿だったので、将来は絶世の美女としてもてはやされるはずだ。
「アルセニアの王太子夫妻も来ていないしね。まぁ、そちらは王太子が出不精だからだろうけど……」
ロスフェルティ王国第二王女ティオラナが嫁いだのが、アルセニア王国だ。リシュエールに先立って、去年の年明け早々にアルセニア王太子妃となっていた。
「でも、王太子以上の出不精、あの第二王子が来たのは驚いたよ。」
「そうですわね。第二王子殿下が国を離れるのは珍しいですもの。貴重なお話が聞けそうですわ。」
アルセニアの第二王子は近隣の北方王国の歴史学者として、名を馳せている。
「違いないな。」
くるりと最後にターンをきめて、一曲を終えた。
「それでは仕事に戻るか、我が王妃。」
「えぇ、そうしましょう。わたくしの陛下。」
───そんな軽口をたたけるようになったのが、少し嬉しいと思った。




