28、アレン・ディートの失態
甘っちょろい笑
ごめんなさいm(_ _)m
「……アレンを第一騎士団にしたのは失策だったかな。」
呟かれた声に、リシュエールは首を傾げた。
「どういう、ことですの……?」
第一騎士団長アレン・ディート。平民出身で二十五歳の若年ながら、王都第一の騎士団の団長を勤める気鋭の騎士だと言われる。しかしその裏で、傍若無人で礼儀をわきまえない荒騎士とも呼ばれているとも、ミレーニアから報告を受けていた。
「言葉の通りだよ。任命したときはほかに手もなかったし、実力はあると私も思っていたから、持ち前の根性で人望のある騎士団長になると考えていたんだが……予想を外したよ。」
アレンを騎士団長にする直前、不正や横領などの貴族を粛正したばかりだった。その貴族とつながりのある騎士も除隊や降格が行われたため、第一騎士団長の座があいていたのだ。
そんなときにフェルディアドを暗殺から守ったのが、まだ第二騎士団第一隊隊長だったアレン・ディートだったという。
その後、アレンの後見をしていた某伯爵からの勧めもあり、第一騎士団長を探すのも急務だったため、報奨としてアレンに騎士団長の座を与えた。トリストが反対していたが、様子を見て出来ないようなら他に候補を探そうということで納得させたらしい。
「いまは、第一騎士団長が彼である必要はない……?」
「そう。それどころか、アレンよりも相応しい者がいるんだからね。」
鋭い金属音がした。アレンが後方に吹き飛ぶ。レクリスは変わらずに涼しい顔をしていた。
「お、のれっ……!」
アレンの中のなにかに火がついたのだろうか。目の色が変わった。くすぶっていた熾火が、急激に燃えさかったのである。
それに対して、レクリスの冷たい視線はさらに冷え切っていく。
「……無様だぞ、アレン・ディート第一騎士団長。」
さぁ、とレクリスが不敵に笑った。
「うぉぉっ……!」
高く振り上げたアレンの剣。レクリスは体を低く落として、アレンの攻撃をぎりぎりまで待つ。
レクリスは、自分にアレンの剣が届く直前で弾き飛ばすつもりだろうか。生憎と、リシュエールは剣術には詳しくないのでよく分からない。
ふいにレクリスがアレンの懐に潜り込んだ。アレンが慌てて飛び退き、間一髪でよける。
「レクリス・テスラ・フォーレンっ、覚悟!」
すぐさま体勢を立て直したアレンが、一瞬でレクリスの目の前に迫った。流石のレクリスも目を見張り───
それは一瞬の隙とためらいだった。
レクリスは飛び退き、アレンは舌打ちをしてそれを追いかけた。そしてあろう事か───剣を投げた。
アレンの剣が手を離れて、大剣は勢いのまま真っ直ぐに飛ぶのをレクリスは華麗に避けた。
が、それが向かう先は───
「妃殿下!」
「王妃さまっ!」
控えていた侍女たちが悲鳴をあげた。護衛の騎士たちが手を伸ばすが、間に合わない───
盾のごとくリシュエールの前に並んだ侍女たちの目の前、すれすれのところに剣は突き刺さった。
「……っ!」
はっとして、慌てて侍女たちを見回す。みな青い顔はしていたが無事のようだった。
「だ、大丈夫!?」
アンナが一番近くにいたのか、腰を抜かして座り込んでしまっている。心配になり立ち上がるが、流石のリシュエールにもそれなりの衝撃だったため、よろめいてしまった。
「あ、王妃っ……」
ぐいっと腰を引かれて、リシュエールは暖かい腕の中に抱き込まれる。
強い力で囲まれると、ほっとしてさらに力が抜けてしまった。──思っていたよりも、恐怖を感じていたようだ。
「陛下……ありがとう、ございます。」
「なにがっ、ありがとうだ。君は馬鹿なのか?いま私の心臓がどれだけ縮み上がったと……」
フェルディアドがぎゅっと抱きしめてくれた。心配をさせてしまったのだと気づいて、ちょっと嬉しくなってしまったのは秘密だ。
突然のことに辺りもざわめいていた。故意ではなかったとはいえ、王妃に剣を向けてしまったのだ。
騎士二人は青ざめてフェルディアドの前に跪いていた。
「……っ申し訳ございません!!」
剣を飛ばしてしまったアレンが、今にも倒れそうな顔色で頭を下げる。
「いかようにも処分を。陛下。」
レクリスは極めて冷静だったが、それでも動揺していることは分かった。
故意でなかったことは、リシュエールも十分理解している。フェルディアドもそのことは考慮してくれるはずだ。そう思って、腕の中から夫の顔を見上げて、リシュエールは驚いた。
「……っアレン、そなたはまず王妃に頭を下げよ!」
フェルディアドが珍しく激怒したのだ。
彼はたとえ腹の立つことがあろうと、そうそう声を荒げることはしない。静かに教え諭す。
臣下に怒鳴ったりしないはずの人が。
「もっ、申し訳ございません妃殿下!」
がばっと平伏せんばかりにアレンが頭を下げた。
「……ディート第一騎士団長。」
「は、はいっ」
困ったように首を傾げて、リシュエールはふっと小さく笑う。
フェルディアドに抱きしめられたリシュエールは最強だ。怖いものなんてない。だから、敵かもしれない人にも小さな仕返しが出来た。
「わたくしの侍女にも……わたくしの侍女たちも恐ろしい思いをしました。謝ってはくださらないの?」
「はっ、失礼しました!申し訳ございません!」
これは意地悪だ。フェルディアドは王妃に謝れとしか言わなかった。だから、アレンが今まず王妃だけに謝っても、間違いではない。
だが、この男の周りが見えていないところに腹が立ったのだ。
「それと……先に剣から手を離したものが負けと伺いましたわ。ねぇ、陛下?」
「あぁ、その通りだよ。王妃。」
「では、フォーレン騎士団長の勝ち、ですわね?」
「うん……」
すんすんと鼻を鳴らして、フェルディアドはリシュエールの髪に顔を埋める。リシュエールの存在を確かめるように、フェルディアドの手が何度も背を撫でるのが恥ずかしかった。
「アレン・ディート第一騎士団長、そなたの処分については追って使わす。」
フェルディアドが冷酷な目でアレンを見ていた。それはいつもの優しい、人望ある国王フェルディアドの姿ではない。冷酷で無慈悲な、けれども王として必要なものを持った為政者の姿だ。
「しっ、しかし……!」
「……実は、そなたが騎士団長位にあることについて疑問が出てきているんだ。それも考慮したいと思う。」
含みを持たせたフェルディアドの言い方は、周りのものたちの想像をかき立てた。
───まさか、第一騎士団長が降格か……?
───やはりあの方のことが……ほら恋人の。
「このような場で告げたことを許してくれ。」
これはある意味、牽制である。
今まで蔑ろにしていた王妃リシュエールが、フェルディアドにとってどういう存在になったのかを示したのだ。そして、そのリシュエールを害せばどうなるのか、いまだリシュエールをよく思わぬ人々に見せつけた。
軽率であったかもしれない。しかし、後々降格をする予定だったのなら、しっかりと理由となるものがある今この時で良かったのだとも思う。
「……畏まりました。」
アレンが悔しそうに頭を下げた。
「……将軍も、それでいいですか?」
「私は構わん。阿呆なやつは私が扱いておこう。」
騒ぎに驚き駆けつけてきた騎士団総団長ルーディスは、かかかっと笑いながら鷹揚に頷く。
ルーディスが直々に扱くとは恐ろしいがある意味面白そうである。
「みな、騒がせてすまなかった。王妃も無事であるし、みなの楽しみを奪うのは申し訳ない。剣技大会を続けてくれ。」
国王直々の謝罪に集まる人々は恐縮しきりなのだが、生憎とフェルディアドは気づいていない。
しかしまぁ、リシュエールとしても剣技大会を取りやめてもらう気はないのである。
「準決勝の勝者はレクリス・テスラ・フォーレン!」
審判の声が、歓声を震わせた。




