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Dearest  作者: 水上翡翠
27/49

26、失恋は少女を大人にする

亀だ……亀の歩みだ……


今回、なんだかリリシアナが可愛い。

都合いいなぁと思いますでしょうが、振られっぱなしも可哀想なのでこうなりました。

 フェルディアドは王妃を選んだ。その事実を目の前ではっきりと見せつけられ、リリシアナは絶望に震えた。彼はリリシアナを選んではくれなかったのだ、と認めたくなどなかった。

 よくあのあとも剣の訓練を続けられたと、自分のことながら恐ろしく思う。大けがをしてもおかしくない精神状態だったはずだったのに。


 仕事を終えて、しかし寮に帰る気にもなれず、リリシアナは騎士団の詰め所の小さな庭でぼんやりと空を見上げていた。

 先ほどまで綺麗な月が出ていたはずだ。それなのに、リリシアナが庭に出たとたん月は姿をくらませた。月までもリリシアナに意地悪をしているかのようだ。

 ポニーテールにしてあった髪をほどく。夜風にピンクがかった金髪が流れた。キラキラと煌めく様子は綺麗なのだが、この子どもっぽい髪色がリリシアナは好きではなかった。


────あの人は。


 王妃は、落ち着いたミルクティー色の髪を長く緩やかに背に流していた。

 リリシアナよりも三つも年下なのに、どうしても年下などに見えない。

 フェルディアドは、もっと大人っぽい女性が好みだったのだろうか?リリシアナの子どもっぽい可愛らしさではなく、リシュエールの落ち着いた美しさが。

 いや。そうではないことくらい、リリシアナだってわかっていた。わからないふりをしていただけで。

 子どものふりをしていたほうが、都合がよかった。周りはみんな、リリシアナを可愛がってくれたから。両親も兄も、もちろんフェルディアドも。

 初めから、それではいけないのだと気づけていたら。そうしたら、フェルディアドと別れることはなかったのかもしれないのに。

 

 もっと涙が出るかと思った。大切な人をとられたのだ。もっと幼子のように、抑えきれない感情を溢れさせてくれるかと。けれど、ずっと子どものふりをしていたリリシアナの心は自分で思っていたよりも大人になっていたのかもしれない。

 振り返ってみれば、なんと子どもっぽくて我が儘で、一方的で思いやりもない恋だったのだろうか。

 一滴も涙を流さない目を押さえて、リリシアナはくすりと笑った。


「なんだよ、泣いているかと思って慰めにきたのに、何笑ってんだよ。」


 思ったとおりの声が聞こえた。リリシアナはさらに声を出して笑う。


「あなたが近づいて来ているのには気付いていましたので。隊長、足音独特ですから。」


「はぁ~?足音?」


 リリシアナがくるりと振り返ると、そこには不満げな顔の上司、アレン・ディートがいた。

 本当に、予想通りの言葉を帰してくれる。止まらない笑いに、さらにおかしな気分になった。


「それで、慰めに来たんですか。それはありがとうございます。必要ないみたいですけど。」


「可愛くねー部下。せっかくの上司の心遣いを無下にするのかー?」


 むっとした表情のアレンをひとしきり笑って、リリシアナはふっと息をついた。


「……隊長には感謝しています。隊長がいなかったら、わたし今こんなに冷静ではいられなかったと思いますし、騎士団内でも上手くやっていけていませんでした。」


「なんか……これから辞めるやつみたいな言い方だな。」


 図星を言い当てられて、リリシアナは言葉を詰まらせた。

 アレンは変なところで勘がいい。だからこそ、平民出身かつこの若年で、第一騎士団の隊長を任されているわけだが。


「……辞めるつもりです。これだけ騒がせてしまいましたし、もうなにを目的に頑張ればいいのか分からなくて……」


 守りたい人も、頑張りを褒めてくれる人もいない。そもそも、自分がどうして騎士を目指したのか分からなくなっていた。


「……見損なったな。」


 アレンの鋭い声に、リリシアナは俯けていた顔をはっとあげた。

 

「お前はもっと別の目標があって騎士になったと思っていたんだが……俺の勘違いだったか?」


「別の目標って……」


 何のことだとリリシアナが困惑していると、アレンがリリシアナに詰め寄ってきた。

 その目がなんだか恐ろしくて、リリシアナは後ずさる。背が壁に触れた。───もう後ろには逃げられない。


「……俺はお前と初めて会ったとき、お前に聞いた。どうして騎士になりたいのかと。そしたらお前は、理由は三つあると言った。一つ目と二つ目は、隊長の俺を前にして堂々と兄に勝ちたい、好きな人に近づきたいと言いやがった。」


 そういえばそうなこともあった。今思えば、本当に恥ずかしい限りだ。


「で、俺は腹が立ちながらあっぱれと思ったね。ここまですがすがしいやつ、騎士のなかにも見たことがなかった。三つ目はなんだと聞いたら、今度は町の子どもたちを助けたいと言った。十七そこらの小娘がだぞ?思わず笑っちまったよ。」


 そうだ。自分の目標を笑われて、その時リリシアナはアレンに腹を立てた。


「まぁそんなもんだったから、すぐに辞めるだろうと思った。が、予想に反してお前は才能の片鱗を見せたな。お前が町で、あの人が怪しいといった奴らはだいたい他の事件で追っかけてる奴だったんだ。そして子どもたちを助けるお前を見て俺は……」


 アレンの雰囲気が変わった。とげとげしさが消えて、困ったように微笑んだ。


「あぁこいつ、騎士になりたいのは嘘じゃないんだとそう思った。」


 リリシアナの髪を、アレンが優しく梳いた。


───フェルディアドじゃないのに……


 ほっこりと暖かい気持ちが、リリシアナの胸に広がった。


「それからお前をよく見ていると、気付いた。お前は誰よりも自主練をしていた。」


「それは、わたしが一番弱いから……」


「あと隊員の体調によく気付いた。」


「……なんとなく?」


「だから、好きになった。」


「………。」


 衝撃でリリシアナは固まった。思わず自分の耳を疑う。

 間違いでなければ、アレンは今リリシアナのことを好きと───


「……っ、ええぇっ!?」


「そんなに驚くか……?」


 若干傷ついた表情のアレンを、目を丸くして見つめる。


「え、なんで……え?」


「なんでもなにもない。ちょっと我が儘で意地っぱりで、頑張り屋で可愛いお前が好きだって言ってるんだ。」


「それが分かりません……」


 アレンがリリシアナのことを想っていたなんて気付かなかった。そんな素振りは一度もなかったはずだ。いや、リリシアナがフェルディアドに夢中になりすぎて気がつかなかっただけか?


「……俺も、諦めようと思ったんだ。お前は伯爵令嬢で、敬愛する国王の恋人で。俺とは身分が違いすぎたから。」


「そんな、わたしは……」


「分かってる。まだ、陛下のことが好きなんだろう?……陛下がお前を幸せにするならいいと思ってたんだ。だから応援していた。だけどあの方は王妃さまを選んだ。いや、もしかしたら王妃さまのことも本気じゃないかもしれないな。あの方はそういう人だろう?」


「……陛下を悪く言わないでください。」


「でも俺ならっ、俺ならお前だけを愛する。お前だけを心の底から!だからっ、だからお願いだ、俺の恋人になって欲しい。騎士団内でこんなこといいのかと言われれば、確かによくないかもしれない。だけど俺はっ、お前がここにいないなんて考えられない。だからせめて!騎士団を辞めるなんて言わないでくれ!」


 なかなかめちゃくちゃなことを言っていると思う。きっとアレン自身も、よく分かっていないのだろう。

 正直ここまでの強い想いを向けられたのは初めてで、リリシアナは困り果てていた。フェルディアドから、ここまでの激情のごとき思いを感じたことはなかっのだ。

 

「隊長……」


「…っ、アレンだ。アレンと呼んで欲しい。」


 リリシアナは息を飲んだ。

 心がぐらぐらと揺れていた。ただでさえ傷ついていた心が、アレンの狂おしいばかりの恋心に揺さぶられてうっかりそちら側に落ちてしまいそうだった。

 しかしフェルディアドに振られたばかりなのに、そのすぐあとでアレンの想いに応えるなんて今のリリシアナには出来そうもない。

 少し前なら喜んで頷いていただろうに、何の心の変化かリリシアナ自身にも分からないが、受け入れてはだめだと理性が警鐘をならしていた。


「……隊長のことは、いい人だと思います。実際、隊長のことが好きっていう女の子、たくさんいますし。でも、わたしはまだ、隊長の言葉に頷くことはできません。」


 しっかりと目を見てそう伝えれば、アレンは気が抜けたように、ふらふらと座り込んだ。


「……そう、か……いや、そうだよな。ははっ。」


 そして今度は笑い出した。

 一瞬、振られたショックでおかしくなったのかと思った。が、


「そういう、実は一途なとこも好きなんだ。」


 愛しい、という想いを隠しもしないアレンの笑みに、思わずリリシアナの頬も染まる。


「実はって、なんですか実はって……」


「なんだろーな……ぷっ、ははっ」




 アレンの笑顔を月明かりが照らす。


 案外自分にも、幸せはまだたくさんあるのかもしれないと、リリシアナはアレンにつられて笑った。


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