23、国王夫妻の騎士団視察
遅くなりました!
王城の広い敷地内の、正面から見て東側に騎士団の詰め所はある。城門はすぐ目の前で、出勤をするにも警備をするにもちょうど良い場所だ。
普段は関係者以外立ち入り禁止。他の者が出入りするとすれば、他の政府機関からの視察か、真夏に行われる剣技大会くらいだ。ちなみに、剣技大会に至っては、市民にも開放されるのだからエスティグノアも平和になったものだと年寄りたちはよく言っているらしい。
北の奥にある王宮から、城で働く者たちに声をかけつつ、国王夫妻フェルディアドとリシュエールは騎士団本営に向かって歩いていった。
すると、騎士団本営の旗の前で、国王夫妻を迎える騎士たちは待っていた。
「ようこそ騎士団へ。お待ちしておりましたぞ、フェルディアド陛下。」
居並ぶ騎士たちを背に、最初に声を上げたのは立派な銀色の髭を持つ初老の男だった。
男のマントの色は漆黒で、金の飾りが仰々しくもあしらわれている。腰に下げられているのは、おそらく常人には持ち上げることは不可能であろう大剣だ。
その出で立ちから推測するに、この男は……
「総騎士団長にお出迎えいただけるとは、光栄なことだね。」
フェルディアドが苦笑しながらそう言った。
エスティグノア王立騎士団総団長ルーディス・オルトゲル・リヴァイエ。武の名門リヴァイエ侯爵家の三男に生まれながら、兄たちを押しのけてその地位を得た男。
フェルディアドの祖父の代から王家に忠誠を誓う忠臣である。フェルディアドの祖父セペリィド王とは親友だったそうで、少年のころのフェルディアドに剣術を教えたのも彼だそうだ。
「いやいや、なんのこれしき。それよりも王妃さま、こうして直にお目にかかるのは初めてでございますな。私は騎士団総団長ルーディス・オルトゲル・リヴァイエと申すもの。人は将軍などとも呼ぶが、まぁ若い者たちにとっては目の上のたんこぶの老害じゃよ。」
と、がはははと豪快に笑い声を上げた。その怖い見た目に合わず、人懐こい性格のようだ。
リシュエールもくすりと笑って、挨拶をした。
「こちらこそ、よろしくお願いしますわ将軍?」
「おや、王妃さままで!」
ルーディスの鋭い目つきが細められるが、生憎と鋭さが増すだけで柔和な雰囲気は一切出ない。ある意味驚きである。
「では案内してもらおうか、ルーディス殿。」
「御意に。」
「武器が収めてある倉庫はここまでですな。」
「そうか、鍵の管理は誰が?」
「私とこの詰め所にいるそれぞれの騎士団の団長が行っておりまする。」
うやうやしくルーディスが答えた。
騎士団の武器の管理は重要事項である。大量の剣、矛、槍、盾。さらには開発中の新しい火薬を使った武器も置いてあるらしい。
らしい、というのも本当は国家機密なのだがフェルディアドがこっそり教えてくれたのだ。
「次は闘技場へ参ります。この時間だと、もうすぐ行われます騎士団剣技大会の鍛錬をしていますぞ。」
「まぁ、剣技大会?」
リシュエールは聞き覚えのある言葉に、思わず聞き返した。
「おや、王妃さまはご存じですかな?」
「もちろんですわ!とても面白いとプロノヴァール公爵令嬢に教えて頂きました。」
もっともデリーナは「素敵な殿方が見放題ですわよ。」と、悪い笑みを浮かべていたが。
ルーディスは嬉しそうに笑いながら、髭を撫でる。
「そうですか、プロノヴァール公爵令嬢が……プロノヴァール公爵には我が騎士団もお世話になっておるのですよ。」
「あらそうなんですの?プロノヴァール公爵が……?」
騎士団は王立の政府機関である。プロノヴァール公爵はエスティグノアの政界において重鎮ではあるが、その役職は宰相。武の中心、騎士団とは関わりがないはずなのだが。
「おや、私としたことが話しすぎましたな。」
おっと、とルーディスが自分の口元に手を当てた。どうやら秘密の話らしい。これは聞かなかったことにしようと、リシュエールはとびきりの笑顔で誤魔化すことにする。
「あらあら、将軍ったら。ふふふっ!」
そうして闘技場に着くと、騎士たちが本番さながらに剣の打ち合いをしていた。
「鍛錬中悪いが、手を止めてくれるか!」
ルーディスが声をかけると騎士たちはすぐに打ち合いをやめて敬礼をした。一糸乱れぬ動きに、リシュエールは思わず目をしばたかせてしまった。
「国王陛下がいらっしゃった。お前たちは、第一騎士団か?」
「はっ、第一騎士団第一隊から第三隊であります!」
ルーディスの問いかけに答えたのは、第一騎士団長アレン・ディートだったか。
リシュエールはある人物を見つけて、固まってしまった。
第一騎士団と聞いた時点でおやっとは思ったのだ。そして、さらには第三隊ときた。
第一騎士団第三隊は、フェルディアドの恋人リリシアナの所属部隊である。
知っている者は知っている。だが、ルーディスはこの場の空気が変わったのに気付かなかったのか、リシュエールに満面の笑顔を向けてきた。
「王妃さまはこのような剣技を見るのは初めてですかな?」
「え?…あ、いいえ。ロスフェルティで見たことがあります。」
「ほう、王妃さまの祖国で!さようですか。この第一騎士団には女性の騎士もおりましてな。……ほら、あそこに。」
ルーディスの指さした先には、もちろんリリシアナがいた。
「え、えぇ。存じておりますわ。」
ルーディスはなにも知らないようだった。世間の噂に疎い人なのか。
「女性ながらに自分のやりたいことを貫く。とても立派なことだと思います。」
リシュエールは不安を隠しながら、そう答えた。
「そうでしょう。……そうか、王妃さまはご存じか。」
リシュエールは小さく息を飲んだ。
小さな囁きは、近くにいたリシュエールにしか聞こえなかっただろう。
違ったのだ。ルーディスは、すべてを知った上でリシュエールを試していた。さすが、先王の時代から仕える忠臣である。
「陛下、お声かけを。」
「あ、あぁ。」
こちらも内心慌てていたであろうフェルディアドが、急に声をかけられてびくっと肩を振るわせた。
「剣技大会は国民みなに騎士団の勇姿を見せる絶好の機会である。心して励んで欲しい。」
「はっ、御意に!」
騎士たちが、また一斉に敬礼をした。
「では鍛錬に戻れ!…陛下、もう少し見ていますか?」
「え?あぁ、王妃はどうしたい?」
フェルディアドが急に聞いてきて、驚いた。これは、リシュエールに気を遣っているのだろうか。……ではリシュエールは、見たいと言ったほうが良いのだろう。
「そうですわね……もう少し、見ていましょう?」
「……いいのか?」
フェルディアドの目が見開かれた。相当驚いているのだ。
「ええ。」
「わかった。では、ルーディス殿。」
「かしこまりました。」
ルーディスが持ってこさせた椅子に腰掛けた。
「陛下……」
リシュエールはフェルディアドの袖を引っ張り、彼の耳に唇を近付ける。
「体調、大丈夫ですの?」
「大丈夫だよ。……たぶん。」
「たぶん?」
「……ちょっと寒気がする。」
そう言って苦笑しているが、まったく夫は本当に自分の体調に疎い。
「でも、あと少しだし。騎士たちの前でかっこ悪いとこ見せたくないんだよ。」
王としてね、と笑った。格好つけだと思った。
明らかに先ほどよりも熱は上がっているだろう。耳にかかった吐息が熱かった。
「……陛下、そろそろ執務に戻りましょう。」
侍従の一人が声をかけてきた。
視察が終われば、体調を考慮して休むことも出来るだろう。リシュエールがほっとしたときだ。
「わかっ───」
椅子から立ち上がろうとしたフェルディアドが、ふいによろけた。いや、めまいを起こしたのだ。慌ててリシュエールは彼の腕を支えた。
しかし、女性のリシュエールに大人の男性を支えることなど出来ずに、座り込んでしまう。
「陛下!」
侍従やルーディス、護衛としていた騎士が手を伸ばしてきた。
剣の稽古をしていた騎士たちもそれどころではなくなり、驚きに目を見開いてこちらを見ている。
「…っ、すまない。なんでもないんだ。」
と、強がりたいフェルディアドはそう言った。だが、それでも彼は立ち上がろうとしない。おそらく、立ち上がるための力が出ないのであろう。
「侍従、申し訳ありませんがトリスト殿のもとに使いをやってください。ルーディス将軍、騎士たちに指示を。このようにじろじろと見られるべき姿ではありませんので……」
「わ、分かりました!」
「御意に。」
各方々に指示をだしたあと、リシュエールはフェルディアドの背を撫でた。
「大丈夫ですわ。心配しないで。」
「……王妃。」
リシュエールがにっこり笑うと、フェルディアドは弱々しい笑みを返してくれた。
「ありがとう、リシュエール……貴女がいないと私は……」
「陛下……?」
力のない声がリシュエールを呼んだ気がした。だが、その直後、聞き返そうとしたリシュエールの言葉は聞き覚えのある声にかき消された。
「フェルディアドさま!」




