20、父と母の手紙
遅くなりました!
短くてすみません。
※2020/12/31より改稿のため非公開設定となります。ご注意下さい。
夕方、今日は公務が無かったので、リシュエールは部屋で本を読んでいた。ロスフェルティから持ってきた、恋愛小説だ。
ロスフェルティの貴族女性の間で密かに流行りの本たちは、リシュエールも気に入っている。
本棚からまた一冊本を取り出して、ちょうど真ん中あたりを開いた。そこから1枚の手紙を取り出す。真っ白い封筒に、ロスフェルティ王家の紋章がろうに推してあった。
『リシュエール・ミランジェ・オーストヴィオールさま
貴女がエスティグノアに嫁いで、ふた月となりますね。元気に過ごしておりますか?貴女が立派に王妃の任をこなしていることは、風の噂に伺っています。
本当は、貴女に手紙を出すつもりはありませんでした。貴女はエスティグノア王国の王妃、わたくしはロスフェルティ王国の王妃です。未だ王太子妃のセレネスカやティオラナと違い、お互いに国を背負う者。母娘の情よりも、国家間の信頼を優先すべきと考えたからです。
しかし結局心配になり、こうして手紙をだした次第なのですが。
貴女の夫のことは報告を受けています。まだ恋人とやらと交流があるようですね?しかし、貴女の夫が貴女を蔑ろにしている訳ではないということも聞きました。
ですから、おそらく……推測ですよ?これはわたくしの推測ですが、おそらく貴女はきっと、エスティグノア王を好きになってしまうでしょう。恋をしてしまうのです。ですが、それはとても苦しいこと。夫が自分を想うようには想ってくれないと知るのは辛いことです。貴女は何度も涙を流すでしょう。けれど、決して人のせいにしたり、諦めたりしてはいけませんよ。わたくしは、貴女に幸せになって貰いたいのです。
恋をしているだけ、である限りは貴女の自由です。相手が誰を想っていようと、誰が相手を想っていようと関係ありません。恋する心を、隠す必要はないのですわ。
それでももし辛いのなら、母に手紙をだしなさい。母が力になりましょう。
ルティンシア・ミラノム・オーストヴィオール』
母はやはりリシュエールのことをよく分かっていた。
「恋、してしまったわ……お母さま。」
リシュエールがフェルディアドを愛するようには、彼はリシュエールを想ってくれない。それは確かに苦しかった。
先月届いた母の手紙は、まるで予知かなにかのように今のリシュエールの状況を言い当てていた。
本に挟んで、その本を開くたびにリシュエールは母の手紙を読んだ。自覚と覚悟を、忘れないために。
丁寧に封筒にいれて、再び本に挟んだ。
「大丈夫、わたくしは大丈夫。」
根拠のない大丈夫を繰り返して、リシュエールは自分を奮い立たせた。
こつこつ、と窓のほうから音がする。ぱっと振り向くと、窓をくちばしでつつく鳩がいた。
「あら?……ティリーじゃないの」
灰色の、ほかのものよりも一回り大きなその鳩はとびきり優秀なロスフェルティ王子飼いの伝書鳩。ティリーはその中の一羽だ。
「はいはい、いま開けるわよ~」
窓を開けると、利口な鳩はちょいちょいっと跳ねて机上に降りた。
右足に結びつけられた手紙を外してやると、ティリーはまたすぐに飛び立つ。おやつでもあげようかと思っているのに、あの子は本当に職務に熱心のようですぐにいなくなるのは毎回のお約束だった。
「……お父さまから?」
今頃になって急に、母に次いで父からも手紙がくるとは、どういった風の吹き回しだろうか。
「リシュエールへ……」
『つつがなくやっているようだと、ルティンシアから聞いた。王妃としても優秀のようで、父は鼻が高い。』
「お父さまったら……」
珍しくべた褒めする父に、リシュエールはくすりと笑った。
『ところで、エディクトが行っていた事業のことだが、あれが近頃羽振りがいい。鉱山経営と地方産業の開発、それに街道の整備。ここだけの話、財政赤字が黒字に変わりそうな勢いだ。そなたをエスティグノア王国に嫁にだしたのは早まったかもしれぬ……。
そなたは今幸せだろうか。いや、そんなわけがない。エスティグノア王がいまだ愛人と関係があることは分かっている。なぜ私は可愛い可愛い末娘をあんなやつにっ!……すまない。取り乱した。
話を戻すぞ。セレネスカとティオラナが王子を産んだなら、バーティアとアルセニアとの同盟を強化することになっている。そうなれば、リシュエール。そなたをロスフェルティに連れ帰ることも出来る。つまり、あんな浮気男とは別れられるのだ!』
リシュエールは息を飲んだ。
「離縁……」
考えたこともなかった二文字が、リシュエールの頭の中を駆け巡る。
『もし、セレネスカとティオラナが王子を産んでも、そなたがエスティグノア王との間に子をもうけていなかったら、私はそなたをロスフェルティに戻ってきて貰いたいと思っている。勝手なことを言っているとは理解しているが、これがそなたの幸せの最善策だろう。戻ってきたのちは、よき相手と娶せてやるつもりだ。そなたが正しい判断をすることを願っている。
そなたの父 ガイナルドより』
「そんな、そんなことって……」
ずいぶんと勝手なことを言う。政略結婚をさせて、やっぱり必要なくなった、リシュエールには幸せになって欲しいなどと。
普通なら、政略結婚をしたのち一方的に離縁などと言ったら屈辱だと言われて国際問題になりかねない。だが、エスティグノア王国側には、王に愛人がいるという弱みがあった。最悪、不貞だと教会に訴えられることもあり得る。離縁は出来なくはない話だった。
父の言うことに従うのが、一番楽なのだろう。頭では分かっていた。だが、納得など出来ない。
「いや、いやよっ……」
離れたくない。フェルディアドと離れたくなかった。たとえ、彼の最愛の人でなくたって、彼はリシュエールを妻として大切にしてくれている。
───離れないでリシュエール!
いつか、リシュエールに縋ってきたフェルディアドの姿が目に浮かんだ。
「離れ、られない……」
父の手紙は本に挟んで、棚に戻した。しばらく見たくない。
なんだかすごく叫びたい気分だ。
愛していると。
フェルディアドを愛していると。
ふらりと手をついた棚が揺れて、飾っていた花瓶が落ち、
けたたましい音が、耳を貫いた。
「リシュエールさまっ!?どうなさいました?入りますよ!?」
音を聞いた侍女たちが慌てて部屋に駆け込んでくる。
リシュエールは頬を伝った一筋の涙を拭くと、王妃にふさわしい優雅な笑みを浮かべた。
「うっかり花瓶を落としてしまって……ごめんなさい、なんでもないの。」
なんでもないなんてことあり得ないと、侍女たちはすぐに分かった。しかし彼女たちの主は、今は構ってくれるなと、拒絶しているのも分かっていた。