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Dearest  作者: 水上翡翠
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1、エスティグノアの街

 綺麗に舗装された道を、馬車はゆっくりと進んでいた。


「素敵ですわねぇ~。見て頂戴な、リディエ。」


 リシュエールは国を出てからずっとむすっとしている侍女のリディエの袖を引っ張った。


「ロスフェルティの街のほうが素敵です。……それよりリシュエールさま、本当にエスティグノアの王と結婚するのですか!?」


「も~またそれなの?当たり前じゃないの、国と国同士の取り決めよ。」


 なんてことない、王女なのだから当たり前だ。そう思ってリシュエールが首をかしげると、リディエは悲しげに目を潤ませた。


「あぁ、おかわいそうなリシュエールさま。わたしたちのお姫さま。他に愛人を持つような男、リシュエールさまには不釣り合いだわ。」


「リ、リディエ……」


 思わず頬が引きつったリシュエールを、誰も攻められはしないと思う。

 ふるふると肩を震わせるリディエを左側に、そして右側に同じように震えるもう一人の侍女ミレーニアにはさまれているのだ。


「リディエさん、いいではありませんか。リシュエールさまを蔑ろにするような男、わたしたちで殺ってしまえばいいのですわ。」


 あげくに、ふわふわのブラウンの髪に菫色の瞳を持つ可愛いミレーニアから物騒な言葉が聞こえた。明らかに淑女が言ってはいけない言葉が。


「……ミレーニア、怖いこと言わないで。」


 そう言うと、リディエとミレーニアはばっと顔を上げた。


「大丈夫ですわ!リシュエールさまは、わたしたちが絶対に守りますわ!」


「わたしも!リシュエールさまのためなら、国王の一人や二人、闇に葬って見せます!」


 いや、だからミレーニア、国王を殺してはいけないのだが。


「あ、ありがとう、リディエ、ミレーニア。頼りにしているわ。」


 どうやら侍女の指導を間違えたようだ。……リシュエールのミスだろうか。違うと信じたい。








 という、中のリシュエールたちを我関せず、馬車は順調に王都の中心部まで来ていた。


 ロスフェルティ王国の王都ユフェルトは、芸術の国だけあって細部までこだわって造られた計画都市である。

 道の敷石、街灯、広場の噴水など、華美というほどではないが統一性があって、ロスフェルティの花の都と称される美しさを持っていた。

 対してエスティグノア王国の王都リワインは、質実剛健といった様子であった。大国だけあって市場は大賑わい、大陸の交易ルートにあるので異国情緒溢れる品々が並んでいる。この街には、造られた美しさにはない、素朴な生活の営みの温かさがあるのだ。


 馬車が王宮の門をくぐって止まった。ここからは徒歩である。


「リシュエールさま。」


 リディエの手を借りて馬車を降りると、リシュエールは目を丸くした。


「まぁ、まぁ、なんて立派なお城でしょう!」


 中央のバルコニーから左右シンメトリーに建物が広がる、白亜の城。坂を上がって、街より少し高い位置にある城なので、塔へ上がれば王都が一望出来るのではないだろうか。


「ねぇ、ミレーニア見て!あちらの彫刻、ロスフェルティにもあれほど見事なものはないわ。ああお庭も!よくお手入れがされていて……」


「そこまで気に入っていただけるとは、うれしいですね。」


 きょろきょろと辺りを見回して、興奮気味にミレーニアに話し掛けていたリシュエールに言葉を返したのは、若い男の声だった。

 リシュエールはくるりと踊るように振り向く。

 そこにはさえざえとしたプラチナブロンドの髪に青灰色の瞳の青年がいた。


「まぁ……」


 リシュエールはまたしても目を丸くした。父も兄もなかなかの美形だったが、それ以上の男がいるとは……少なくともリシュエールは初めて会った。

 すっと通った鼻筋に切れ長の目元、白い肌に薄い唇。男にしておくにはもったいないほどの美貌を持つ青年は、上質な紫紺の衣装を纏い、腰には宝剣を刷いていた。


「……エスティグノアの国王陛下ですわね。はじめまして、わたくしはリシュエール・ミランジェ・オーストヴィオール。ロスフェルティ王国の第三王女ですわ。」


 ちょいっとスカートをつまんで、優雅に礼をとる。そんなリシュエールを見て、彼は苦笑した。


「さすが、一目で分かるのですね。そうです、私がエスティグノアの国王、フェルディアド・レーヴェル・イゼ・ラシェット。貴方の夫になる者です。ようこそ、エスティグノアへ、我が花嫁。」


 お決まりの挨拶に少しばかり愛嬌を足して、フェルディアドはニコッと笑う。そして、リシュエールの手をとって、その指先に口づけた。

 若い娘ならみな、うっとりとしてしまうだろう物語の王子さまのような姿だが、リシュエールは微笑み返しただけで、さらっと受け流した。


「まぁ、ご丁寧にありがとうございます、陛下。」


 そんなリシュエールの反応が、フェルディアドは想像と違ったからか、少し途惑うような表情を見せた。だが、それはすぐに笑顔の下に隠されて見えなくなる。


「歓迎いたしますよ、リシュエール姫。お疲れでなければ、城を案内しますよ?」


「まぁ、お願いしたいですわ。」


 にこにこして頷いたリシュエールに、フェルディアドが安堵の表情を浮かべかけたが、


「あぁ、でも……」


 フェルディアドの表情が固まる。


「歓迎だなんて、心にもないこと仰らないほうがよろしくってよ。愛しい彼女が誤解してしまったら、大変でしょう?」


 ふんわりと微笑んで、リシュエールが首を傾げると、まわりに集まる城で働く者たち全員が固まってしまった。ミレーニアとリディエは・・・なんだか、悪い顔をしている。


「あら?あぁ、責めているのではありませんわ!えぇ、えぇ、愛しいかたと結ばれないのはなんて悲しいことでしょう!でも貴方さまは王としての判断をした。ご立派ですわ!」


「その、知っているのですか……?」


 フェルディアドの侍従らしき栗毛の男性が、おそるおそるといった様子で聞いてきた。


「それは陛下の恋人のこと?それなら聞いていますわ。長い間お付き合いされていたのに、ロスフェルティとの同盟で結婚出来なくなってしまわれて……わたくしったら、小説の中で一番嫌いな悪役になってしまったのだわ!」


 身分を超えて長い間想いあってきた恋人たちを引き裂くなんて、リシュエールはまさしく悪役。


「でも大丈夫、わたくし小説みたいにいじめたりはしません。あぁでも、離婚して差し上げることも出来ないのですわ……どうしましょう。」


 王と王妃が離婚だなんて、出来るわけがないのである。だから、ハッピーエンドの小説が好きなリシュエールは、フェルディアドとお相手の彼女の恋を出来る限り応援しなければと、父が聞いたら即倒しかねない意気込みを持ってエスティグノアへ来たのだ。

 あぁ、とリシュエールは頬を抑えてフェルディアドをそろっと見上げる。


「わたくしのこと、お邪魔でしょうが、王妃としてのお仕事はきちんと致しますわ。彼女さんとのことも、わたくし気にしません。だから、だから殺したり、幽閉したりは辞めてくださいませ!」


 そう、問題はこれだったのだ。

 たいていの小説だと悪役のお邪魔な女は殺されるか、幽閉されてしまう。

 だが、国との同盟のことがあるため、リシュエールは死ぬ訳にはいかないのだ。


 にこにこ、弁舌、からの震える子ウサギのようなリシュエールの様子に何を思ったのか、フェルディアドは小さく吹き出した。

 仮面のようなお飾りの笑顔ではなく、心からの笑みだということは、リシュエールに容易にわかった。


「あ、貴女は面白い人ですね。くくっ、いや、大丈夫ですよ。殺したり、幽閉したりなんていたしません。貴女のことをきちんと我が妻として扱いますね……まったく、なんの心配をしているのですか。」


 肩を振るわせて笑うフェルディアドに、リシュエールは首をかしげた。


「わたくし、なにか面白いことを申しましたでしょうか?」


 そう言うとフェルディアドはさらに笑い出す。


 なぜだか上機嫌な未来の夫に手を引かれて、リシュエールは新たな我が家を見て回る。


 フェルディアドの顔を横目でちらりと盗み見ながら、リシュエールはう~んと心の中で呻っていた。


(悪い人ではないわ。わたくしのことも、妻として扱ってくれるみたい。思っていたよりも、不自由はしなさそうだし……)


 でもリシュエールは気づいていた。妻として扱うよと言った反面、フェルディアドは恋人のことについて一切話さなかった。これからその人のことをどう扱うのだとか。


(まだ、信用はされていないのね。)


 重なる手を見ながら、男の人の手って思っていたより暖かいのだなぁと思うリシュエールは、とりあえず陛下を今度お茶にでも誘いましょう、と今はただ微笑むのだった。

 

 

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