17、リリシアナの望み
遅くなってごめんなさい!
スランプです……
騎士団の詰め所に戻ってきたリリシアナは、報告書を持って隊長の部屋に向かっていた。
今日、騎士団に詰めているのはリリシアナの所属している第一騎士団である。
団長はアレン・ディートという男で、平民から実力一つで成り上がって第一騎士団団長になった強者だ。国王フェルディアドからも、一目置かれている。
「隊長、昨日の報告書を届けに参りました。」
扉をノックすると、すぐに返事が返ってきた。
「失礼します。」
部屋の中は、相変わらず乱雑としていて、うっかりすると大事な書類を踏んでしまいそうだ。
ちなみに、中央に置かれた机に重ねられた書類をにらみながら頭を掻きむしっているのが、第一騎士団団長アレンである。
「……まえまえから言っていますけれど、もっと整理整頓したほうがいいと思いますよ?」
「うるさいぞ…ほら、さっさと報告書。」
「はい。」
そしてまた、机に書類が重なる。
それを見たアレンは、がっくりと肩を落とした。
「…そういえば、昨日はお前らしくなかったらしいな。」
「…そうですか?」
らしくないとはなんだろうか。
リリシアナが首を傾げた。
「お前は、いつもはああいうときは騒がずにすぐにパンを買ってあげただろう?それなのに、昨日は取り上げた。……陛下に、アピールするためか?」
アレンは厳しい視線がリリシアナを貫いた。
そのとき突然、王妃リシュエールの声が耳に蘇る。
─────わたくしは陛下と同じものを見て、陛下が守りたいものを一緒に守ることは出来ます。
あの舞踏会の日、突っかかったリリシアナに言い返した王妃の言葉が。
(あの方は、正しい……)
フェルディアドに反抗したあの男の子。
騎士たちは、無礼だと言って男の子を切ろうとした。
それを……
────剣は抜かないで!!
王妃はそう叫んで、
────王妃の言うとおりだ。下がれ。
フェルディアドは、王妃の言葉に肯いた。
王妃は、とても正しい人だ。それに、優しくて笑顔が輝いている、美しい女性。リリシアナよりも3つも年下のはずなのに、なぜか年下に思えなかった。
負けた、とそう思った。
王妃のもつ、国民の母となるべき懐の深さに。
「……わたしじゃダメだったの、フェル。」
無意識に呟いてしまったリリシアナに、アレンは苦笑いをしていたが。
フェルと、愛称を呼んだことはない。
リリシアナに許されたのは、フェルディアドという名前を呼ぶこと。
これは恋人になったときに許されたもので、そのときは特別な感じがして嬉しかった。
でも、今は違う風に考えてしまう。
フェルディアドは、名前を呼ぶように言うことで愛称を呼ばれないようにしたのではないか、と。
「えらく落ち込んでるな、リリシアナ。」
「う、すみません……仕事に支障をきたすことはしませんので。」
ぴしっと敬礼をして見せると、アレンはくすりと笑ってリリシアナの頭を撫でた。
「わっ、隊長っ!?」
リリシアナのふわふわのピンクがかった金髪が、わしゃわしゃと乱暴にかき乱される。しかし、嫌な気はしなかった。
「いいぞ、強がらなくて。悩みならいくらでも聞くさ。」
上司だからな、存分に頼ってくれ!とアレンは豪快に笑う。
いっつも癖がついている赤髪も、この笑顔に気にならなくなる。城下の娘たちが、密かにアレンを慕う会をつくっているのも頷けた。
「悩み、ですか……」
フェルディアドに、本当に愛されているのか不安だ、と相談してもいいのだろうか。
アレンという男は、悪い男ではないが少々けんかっ早く、目上の人への礼儀に欠けるときがある。
(王妃さまに、なにかするのではないの?)
もともと自分の意思で騎士になるようなリリシアナだ。正義感は強い。だからこそ、空回りしたりするのだが、王妃に怪我を負わせたりしたくはない。
考えこんでいるリリシアナをアレンは真剣な瞳で見つめているのだが、基本フェルディアド以外には鈍いリリシアナが気づくことはなかった。
「……リリシアナ。」
「ん?なんですか、隊長?」
はっと顔をあげると、アレンの顔が予想外に近くにあって、リリシアナは驚いた。
アレンの耳が、ほんの少しだが赤くなっている。
「あの…どうかしました?」
「……あ、いや。ほら、もうすぐリリシアナの誕生日だろう?なにか欲しいものはあるか?」
「まぁ!隊長、部下にプレゼントなんて優し~い!」
リリシアナは笑いながらアレンを小突いた。
(でもそうね、誕生日だわ!)
フェルディアドは今年もプレゼントをくれるのだろうか。
去年はネックレスだった。ピンクダイヤモンドのチェリーブロッサムモチーフのかわいらしいネックレスは、リリシアナの幼い顔立ちに良く似合った。
その前の年は、異国の金細工の置物だった。これもまたかわいらしい、猫の置物である。繊細な金細工があまりにも高級そうなので、部屋に飾ると侍女が掃除するのを怖がった。
その前は……珍しい花だったと思う。エスティグノアでは咲いていなかった花だ。今でも、この国にはリリシアナの実家の庭に咲いているものしかないだろう。その特別感がリリシアナは気に入っていた。
(今年こそ、髪飾りがいいなぁ。)
髪飾りは特別だ。愛する人に、大切な人に贈るもの。……求婚の証。
自分はまだ、フェルディアドの特別なのだと、信じたかった。
「では、隊長。報告書、確かに届けました!」
失礼します!と元気よく頭を下げ、リリシアナはアレンの部屋を後にした。
(まだあきらめない。王妃さまになんて、負けないわ…!)
フェルディアドの綺麗なプラチナブロンドに触れていいのも、滑らかでありながらところどころに剣だこがある手を握っていいのも、あの力強い腕に抱かれていいのも。
リリシアナだけだ。
リリシアナ以外であってはいけない。
フェルディアドの心は、たとえ王妃にでも譲ってなんかあげない。




