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Dearest  作者: 水上翡翠
17/49

16、対抗意識目覚める

眠い、眠い、と思いながら書いてしまった…

誤字があったらごめんなさい。

 それから、ヨゼルに案内されて街を進んだ。

 フェルディアドは街の人たちと親しいようで、楽しげに会話している。


「陛下っ!この間、娘が生まれたんだ!俺も父親になったんだぜ。」


 大工の姿をした、フェルディアドと年齢の近い男がフェルディアドに声をかけた。


「それはめでたいな。奥さんに似れば、さぞ美人だろうね?」


「あぁ!今から楽しみなんだ!」


 陛下のおかげだよ!と言って男は仕事に戻っていく。

 その後もフェルディアドはにこやかに街の人たちの他愛ない話を聞いていた。


「ばあちゃんったら、この歳なのにまだ働くって言うんですよ?」


「元気で何よりではないか、マリア夫人。」


「あのね、ついに彼がプロポーズしてくれたの!」


「そうか、ダンも男だったか!おめでとう、ミーシャ。」


「陛下、陛下抱っこー!」


「おいおいジル坊、今日は遊んでやれないよ?」


 そう言いつつも、抱きついてきた子どもを抱き上げるフェルディアド。とてもほのぼのとした光景に、リシュエールは眩しそうに目を細めて微笑む。


「手慣れていらっしゃいますのね?」


 茶化すように声をかけると、フェルディアドは自信ありげに胸を張った。


「まぁね。だからいつ子どもが出来ても大丈夫だよ。」


「こ、子ども……」


 真っ赤になって固まるリシュエールを微笑ましく見ながら、街の人たちは笑う。


「そうだよ、王妃さま。陛下は子ども好きだからね。きっと王妃さま似の可愛い子どもが早く欲しいだろうよ!」


「か、からかわないでください!」


 赤い頬に手を当てて少女のように恥じらうリシュエールを見て、視察に同行した臣下は、そういえばこの王妃はまだ17歳なのだと思い出した。

 彼らが見下し、疎い、そのうえで完璧を求めた相手は、見ず知らずの国に一人嫁いできた17歳の少女なのだと……


「王妃さまにこれ、さし上げます。」


 何度も教えられたのであろうたどたどしい敬語を使って、二人の女の子がリシュエールに花冠を差し出した。

 緊張しながら上目遣いにリシュエールを見上げてくる二人が可愛くて、ぽんぽんと頭を撫でる。腰を落として二人に目線を合わせると、リシュエールはにっこりと笑った。


「きれいね、ありがとう。」


 そう言って受け取った花冠をつけると、女の子たちは嬉しそうに笑い声をあげて親のもとへ戻った。


「どうです、陛下?」


「きれいだよ、春の女神みたいだ。春の女神ミランネリア。君そのものだね。」


「まぁっ!」


 歯の浮くような甘い台詞を呟いたフェルディアドは、そのままリシュエールの花冠に口づけをおとす。きゃあっと若い娘たちの歓声が上がったそのとき、子どものわめき声が聞こえた。


「かえせよ!それは俺のだぞ!」


「盗んだものだよね?それなら返せないわ。」


「買うお金なんてないんだよ!妹が腹を空かせて待ってるんだ、そのパンがないと俺たち死んじまう!」


 10歳ほどの男の子と、騎士の制服を着た女性が言い争っていた。

 

「いったい何事かな?」


 フェルディアドが優しく声をかけた。その声にぱっと顔をあげた女性を見て、リシュエールは息をのんだ。


(……リリシアナさま。)


 その女性は夫の恋人、リリシアナだったのだ。


「リシ……リリシアナ、何事だ。」


 目を輝かせていたリリシアナが、その言葉で騎士の顔になって答えた。


「この子がパンを盗んだみたいなんです。でも、この子孤児らしくて…」


「あぁ、なるほど。」


 その短い説明で分かったのか、フェルディアドは男の子の頭に手を置いて笑った。


「君、お父さんやお母さんは?」


「いない。」


 男の子はぶっきらぼうに言った。


「そうか、妹さんと二人きり。」


「そうだよ。」


「……寂しいね。」


 ふっと顔を曇らせたフェルディアドを見て男の子は目を丸くして、そして顔を真っ赤にして叫んだ。


「おまえになにが分かるんだよ!?王さまは恵まれてるだろ?わかんないだろうよ、俺たち孤児の気持ちなんて。だから、だから父さんは……父さんはおまえたちのせいで死んだのに!」


 この場合のおまえたち、とは為政者たちということだろうか。

 ぱしんと手を振り払われて、フェルディアドは一歩下がった。男の子のあまりの剣幕に、護衛の騎士たちが剣の柄に手をかける。それをリシュエールは慌てて止めた。


「だめよっ、剣は抜かないで!」


「しかし妃殿下!!」


「…王妃の言うとおりだ。下がれ。」


 フェルディアドにも止められ、騎士たちは不満そうに下がる。


「…あなた、働いているの?」


 リシュエールは身をかがめて、男の子の手をとった。彼の手は傷だらけで、子どもらしい柔らかさは一切なかった。


「そうだけど?」


 だったらなに、と言いたげに睨まれた。


「そう、頑張っているのね。妹さんのため?」


「当たり前だろ?あいつちっさくて、俺が守らないといけないんだ。」


 ぎゅっと唇を引き結んだその姿は、どんな騎士よりも凛々しい。

 リシュエールは男の子の手をゆっくりと撫で、そして口づけを落とした。彼の目が、目いっぱい開かれる。


「あなたに、神の祝福を。」


 そう言ってリシュエールは優しく微笑んで見せた。


「わたくしには、これくらいしか出来ないけれど。……どうか、わたくしの祝福を受け取って?」


「そんなの…もらっても。」

 

 男の子の瞳が戸惑うように揺れていた。


「ねぇ、パンはわたしがプレゼントしてあげようか。」


 いいことを思いついたと言わんばかりに、リリシアナはぽんと手を叩いた。くるりと丸く大きな目が、リシュエールを挑戦的に見つめる。


「リリシアナさま、それは…」


 騎士の一人がたしなめようとしたが、違う誰かがリリシアナの意見に賛同した。


「おい誤魔化されんなよ、坊主。王妃さまは所詮綺麗事を言うしかないのさ。おまえは結局パンを奪われ、腹が減ったままだぜ?」


 そして、街に出てからずっとリシュエールに敵意を向けていたみすぼらし格好をした男が、そう言った。


「王妃さまは、冷たい人ね。」


 どこからか、そんな声が聞こえた。


「おい、おまえたちは誰にものをいっている……?」


 いままでなら、リシュエールに不敬をする人がいても表だって咎められるものはいなかった。


 だが……


 フェルディアドが低く押し殺したような声で威嚇した。

 フェルディアドが怒っている。リシュエールのために。馬鹿にされたリシュエールのために。


 …リリシアナに、負けていられない。


「……わたくしたち王族が持っているお金は、すべて国民の皆さんが払った税金ですわ。この国のためにと集められたお金は、王族が私情につかっていいものではありません。」


「だから、国民のためだろ……!?」


 街の男がそう言った。


「はい。でも、たとえば今この男の子にパンを買ってあげたとして、この国にどれだけの親のない子どもがいると思いますか?……たとえこの子を今助けても、それは不平等と言われるだけ。根本はなにも変わっていない。」


 男の子には少し難しいかもしれない。その子はちょっと首をかしげて、でもとても真剣にリシュエールの話を聞いていた。


「ですから、そうね、こうしましょう。」


 リシュエールは胸元についていたブローチを外した。王妃が人前でつけるには、質素過ぎるブローチ。あまり高すぎる宝石ではいけない。街の宝石商では買い取ってもらえないからだ。


「これはお兄さまが初めて事業を始めたとき、最初に入ったお金で買ってくれたものよ。だから税金とかではないわ。」


 辺りを見渡すと……あった。

 ジュエリーを売っている露天商。

 そこの主にブローチを差し出した。


「これすぐにお金に変えてくれる?」


「…よろしいので?」


 大きくリシュエールが頷くと、露天商の主は土木作業をする人たちの二月分くらいの値段を示した。


「まぁいいわ、それでお願い。」


「かしこまりました。」

 

 と、露天商が差し出さしたお金を受け取って、リシュエールは今度はパン屋に向かう。


「おすすめはなぁに?」


「お、おすすめですか。でしたら、こちらのガーリックソースを練り込んだ…」


「じゃあそれを、あとクロワッサンを二つと、アップルパイを頂戴。」


「わ、分かりました…どうぞ。」


「はい、ありがとう。」


 ほかほかのパンを抱えて戻ってきたリシュエールは、その袋からアップルパイだけを取り出すと他のを男の子に渡した。


「どうぞ~」


 そう言ってもぽかんとした男の子は受け取らない。


「わたくし、アップルパイが食べたかったの。これはついでよ。」


「でも、お金…」


「気にしないで頂戴。これは事業で儲けたお金で買ったブローチで買ったパンよ。遠慮しないで、どうぞ。だめなの?……じゃ、こう言うわ。貧乏男爵家のお転婆娘からのプレゼントよ!お転婆娘はもう一人でお買い物に出たり出来ないから、このブローチはもう必要なかったの。」


 男の子は、おそるおそるといった様子でパンを受け取った。

 リシュエールがふっと微笑む。


「…貧乏男爵家のお転婆娘?」


 フェルディアドが笑いをこらえながら聞いた。


「お忍びのときの設定よ。」


「お忍び……」


 男の子がくすくすと笑い出した。


「こんなに暖かいプレゼント、久しぶりだ。母さんのスープみたいだ。」


 そして泣き出した。


「ごめんなさい、ごめんなさい王妃さま。」


 しゃくり上げてなく男の子を、リシュエールはそっと抱きしめた。


「妹さんはあなたに甘えられるけど、あなたが甘えられる人はいなかったのね。」


 とんとんと背中を叩くと、男の子はさらに声をあげて泣いた。



 リシュエールが気づいたとき、リリシアナの姿は見当たらなくなっていた。










「あの男の子と妹は、大工の棟梁が引き取るそうだよ。子どもがいないらしい。」


 帰りの馬車の中、フェルディアドが優しい顔でそう言った。


「そうなの、よかったわ。」


 リシュエールもほっと息をつく。


「あ、でもプィーシュキを買い忘れたわ!」


 はっと思い出した。

 帰りに買うと決めていたプィーシュカを買うのを忘れていた。


 フェルディアドが吹き出す。


「ふはっ、リシュエール。アップルパイだけじゃ足りなかった?」


「アップルパイとプィーシュキは別問題ですわ!」


 わたくしとしたごとが抜かったわ、とリシュエールは悔しげに唇を噛む。

 フェルディアドは苦笑しながら、リシュエールの頭を撫でた。


「まぁまぁ、見てよ、ほら。」


 フェルディアドはポケットの中から、あるものを取り出す。

 それをリシュエールの手の上に落とした。


「このブローチ!!」


「うん、プィーシュキは買い忘れたけど、こちらは買い戻して置いたよ。思い出のブローチ、だろう?」


 それは売り払ったはずの、兄から買ってもらったブローチだった。


「でも、これは別に……」


「お忍びでお金に困ったときの換金ように持たされていたんだろう?エディクト王太子も考えたね。でも、いい品だし、兄君からもらったもの、だから出来るだけ手放したくなかったんだろうなって思ってさ。」


 フェルディアドはそのブローチをリシュエールの胸元に付け直した。

 光沢のある真珠がきらめく。


「必要ない、なんて言わずに。今度は私と、お忍び歩きをしようじゃないか。」


 


 馬車はゆっくりと、城へ向かっていく。

 二人の家へ。


 

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