11、昼間の恥じらいと公爵令嬢の話
ちょっとコメディになった!と思ったら、下ネタかもしれない…
ぐだぐだですね……すみません。
ふぅっ、と息をついたフェルディアドが寝台に身体を沈めた。肌が汗でしっとりとしていて、色香が漂う。横からそっと抱き寄せられたので、その暖かい胸にすり寄った。
「……身体、大丈夫?」
「ん…大丈夫ですわ。」
優しく髪を梳かれて、リシュエールはうっとりと目を細める。んん、と甘えた声を出せば、フェルディアドはくすくすと笑いながらリシュエールの髪に顔を埋めた。すんすんと鼻をならして、リシュエールの匂いを嗅いでいる。ちょっと犬みたいで、可愛く思えた。
窓にかけた薄絹のカーテンから透けた光が、少し眩しい。朝か……と、考えたところでリシュエールははっと目を見開いた。
「へ、陛下っ、明るいですわ!」
素っ頓狂な声だなおい、と自分のことながら思ったが、今は一人でノリつっこみをしている場合ではないかもしれない。
「うん?そうだね、昼間だからね。」
「ひ、ひひひ昼間っ……」
なんてこったい、真っ昼間っからなにをしているのか!などと、うっかりでも口には出せないような脳内の慌てぶり。
「そんな…見ましたね?夜は薄暗さで誤魔化してる、あんなとこやこんなとこを見てしまったのですわね?」
「見たね。リシュエールの真っ白い肌が、私の手でピンク色に染まっていくとこ。」
(きゃぁぁぁっ!)
なんだかロマンチックな言い回しにしてくれてはいるが、つまりはそんな細かい変化まで見えるほどだったということだ。
「わたくし、昼間からなんてこと…」
真っ赤になっている自覚はあった。わたわたしているリシュエールを、フェルディアドは楽しそうに見ている。
「別に、構わないんじゃないかな?」
「構いますわ!…それに、今何時ですの?」
「うん?二時過ぎくらい?」
…そうですわよね。フェルディアドが訪ねてきて、あんなことやそんなことを始めたのが昼前くらい。
これは完全に侍女たちにバレている。
(は、恥ずかしい……)
「一眠りしないのかい?」
労るようにリシュエールの背中を撫でていたフェルディアドが、気遣うようにそう言った。
「しませんわ!今日は朝から惰眠を貪ってしまったんですもの。わたくしとしたことが、お仕事をさぼってしまったなんて!」
リシュエールの頭の中に、昨夜のことなどもうなかった。良くも悪くも、前向きなのである。というよりは、昼間からしてしまった恥ずかしさを誤魔化すための空元気か。
「お腹も空きましたし!お昼ごはんにしましょうよ。」
そう言うと、フェルディアドはぷっと噴き出して腹を抱えて笑いだした。
「あぁ、やっと元気になった。」
真摯な目でじっと見つめられて、リシュエールは息をのんだ。
元気がなく見えていただろうか?でも確かに、最近心から笑えていなかった気がする。
「……ご心配、おかけしました?」
「うん、まぁ…でも、よかった。リシュエールは、そうやって元気でにこにこしているほうがいいよ。」
「またそんなことを言って……」
またしても赤くなった頬をぎゅっと抑えて、リシュエールは俯いた。こういうとき、なんと返すべきか、リシュエールには分からない。
「じ、侍女を呼びますわねっ。湯浴みをなさりたいでしょう?」
そうして呼んだ侍女のリディエとカルラが、微笑ましそうにしながらリシュエールの着替えを手伝ってくれるのが、たいへんいたたまれなかった。
「お庭でお昼ごはんですの?」
フェルディアドにエスコートされて庭に連れ出されたリシュエールは、きょとんと夫を見上げた。その夫はと言うと、少し申し訳なさそうにしている。
「ごめん、人を待たせていたのを忘れていたんだよ。」
「えっ?それは、わたくしもついていってよろしいのですか?」
リリシアナ、とかだったら困るのだが。
「ん、むしろリシュエールに会いたいから、連れて来て欲しいと言われたんだ。」
はて、リシュエールに会いたいとはいったい誰だろうか。というか、それはつまり二時間以上も待たせていたということだろうか。…失礼なことを、したのでは?
「あ、あそこだ。昼食の用意も出来てるよ。」
フェルディアドに連れてこられたのは、庭にある東屋だった。
季節は春。赤やピンク色の薔薇が、鮮やかに咲き誇っている。
「いたいた。あぁトリスト、犠牲になったのか、秘蔵のワインでも贈呈しよう。」
東屋にいたのは、トリストと……デリーナ・ウルディ・プロノヴァール公爵令嬢だった。
(え……ある意味、リリシアナさまに会ってしまうよりも怖いような…)
近くで見れば見るほど、デリーナは麗しい令嬢だった。輝く金の巻き毛を優雅に結い上げ、真っ白い肌には薄化粧で十分。少しつり目がちで気が強そうに見えるが、桃色の唇は微笑んでいた。
そして、トリストはなんだかげっそりとしているような……気のせいか。
「遅かったのではない?と言おうかと思いましたけど、やめますわ。仲直りしたようですものね。えぇ、わたくしの予想以上の展開で。」
可愛らしい赤子を見るのも早いのかしら~とデリーナは優雅に扇で隠しながら、しかし確実にフェルディアドを攻撃していた。…なんだか、昨夜のパーティーと違う人物に感じるのだが。
「ま、待たせたことは謝る。でも、ほら……リシュ、っ違う、王妃を連れて来たから機嫌を直してよ。」
「…あら、別にお名前で呼んでもよろしいのでは?ここにはわたくしとトリストさんしかおりませんもの。」
「君がいるからだよ、デリーナ…」
リシュエールは、はぁと大きくため息をついたフェルディアドがいつもよりくだけた調子で話すことに気がついた。それに、デリーナと呼び捨てにしている。
「あのぅ……」
フェルディアドを見て首をかしげれば、彼はあぁと頷いて説明してくれた。
「デリーナとは父親同士が従兄弟でね、まぁ幼なじみってやつだよ。会いたいって言ったのは、こいつ。」
「えぇ、王妃さま。初めてご挨拶したします。いえ、ご挨拶が遅れて申し訳ございません。プロノヴァール公爵令嬢、デリーナ・ウルディ・プロノヴァールと申します。昨日は陛下のご命令を受けていたとはいえ、王妃さまに数々のご無礼を働いてしまい大変申し訳ございませんでした。」
がばっ、という音がしそうな勢いで頭を下げられてはむしろこちらが戸惑う。大丈夫ですわ、大丈夫ですわ、とリシュエールはさながら言葉を教えられた鳥のようになってしまった。
「無礼、といえば無礼なのでしょうが、今の貴女を見る限り何か事情があったのだと察せられますので。」
どうか顔を上げて。と言えば、ふわりと面を上げたデリーナが、にっこりと微笑む。
「思っていたよりも、もっと頭のよい方なのかしらね。」
「はい……?」
それは馬鹿に思われていたということなのか。
「まぁ、いいわ。食べながらいろいろおしゃべりしましょう?男性が混じっているのは無粋だけれど、わたくし、王妃さまと仲良くなれたらうれしいわ。」
「まぁ、わたくしも!でしたら、どうぞ、リシュエールと呼んで?わたくしもデリーナと呼んでもいいかしら?」
「もちろんよ、リシュエール!」
ぱぁっと、笑えばデリーナが微笑み返してくれた。どうやらこの国で初めてのお友達が出来たようである。
食後のお茶が終わると、まだ仕事があるというフェルディアドとトリストを見送った。
今夜はディナーも一緒に食べようね、と言われ頬にキスされたリシュエールが真っ赤になったため、デリーナに冷やかされた。だが、冷やかされながらも、待っていますわとキスを返せたのだ。誰か褒めて欲しい。
なんだかどっと疲れて、椅子の背もたれに寄りかかったリシュエールを見ながら、デリーナは複雑そうな顔をしていた。
「まさか、陛下があんなに……」
「陛下がどうかいたしましたの?」
「…あのですわね、リシュエール。ここだけの話、陛下はそもそも感情があまり表に出ないの。いっつもつくられた完璧な笑みでもって完璧な国王をしている。若年で王という重責を担っているのだから、当然と言えば当然ね。なのにね、まさかあんなに、表情を変えることができるなんて知らなかった。」
「そう……なんですの?」
感情……確かに、あからさまには出ていないかもしれないが、よく見ればフェルディアドはくるくると表情を変えていると思う。
笑みはもちろん、不機嫌そうな顔もするし、甘えたり拗ねたりもするし、たまに熱っぽい目で見てくるし、意地悪な笑い方もする。
そう言うと、デリーナは目を丸くして、ふっと優しくほほえんだ。
「やっぱり貴女しかいないわ……癒しだけじゃない、支えてくれる芯の強さも持ってる。」
「デリーナ……?」
「ねぇ、リシュエール、陛下の母君の話は知っている?知っているわよね、そうとうなスキャンダルだったもの。当時まだ建国して三十年も立っていなかったわが国で最初に起こった愛憎劇ね。」
「えぇ、知っていますわ。陛下の父上さまと、母上のお話……」
それは、とても悲しくて苦しい話だ。
「もう少しお時間あるかしら?わたくしのお話、聞いて貰える?」
「もちろんですわ、デリーナ。」
──────始まりは、25年前に遡る。
次回から少し、過去が入ります。