10、フェルディアドの苦悩
※R15。少々ですが性描写を匂わせる場面があります。
※2020/12/31より改稿のため非公開設定となります。ご注意下さい。
昨夜、結婚して初めて、リシュエールとともに眠らなかった。一人、私室の寝台で眠った。
前は当たり前だったのに、とても寒くて。
リシュエール暖かさが。
彼女の胸に頬をすり寄せて、眠った夜が恋しかった。
机に重ねられた書類を見れば、今までエスティグノアを新興国となめていた国々からの貿易関係の同意などがかかれている。どれも単純に、エスティグノア王国という国の技術を他国に発信できれば、外交官やフェルディアドがもっと力を尽くせれば解決したものばかり。だがフェルディアドは、ロスフェルティとの同盟で手っ取り早く後ろ盾を得てこれを解決させた。
「……本当に、リシュエールとの結婚は必要だったのだろうか?」
思わず声に出してしまえば、真正面からトリストに睨まれる。
「……陛下、君主たる者、己が下した決断を悔いるような発言はなさらないでください。たとえ心の中で思っていようとも。」
「分かっているよ…」
はいはい、とおざなりに肯けば、トリストは呆れたようにため息をついた。
「いいえ、わかっていらっしゃらない。……いいですか?陛下がそのように王妃さまとの結婚を悔いるような発言をなされば、王妃さまのお立場は今以上に悪くなるのです。それを理解できない貴方ではないでしょう?」
リシュエールとの結婚は失敗だったと、そうフェルディアドが言ってしまえば、もはやリシュエールをかばえるものはいなくなる。……そんなことは、フェルディアドも分かっていた。
「…だからだよ。リシュエールに苦しい思いをさせたい訳じゃなかったのに。」
望み、望まれての結婚ではない。フェルディアドがリシュエールという少女を知らなかったように、リシュエールだってフェルディアドがどんな人間なのか知らなかったはずだ。
どうしてそれを忘れていたのか……リシュエールに、君を愛していないよなどと言ってしまったのか。
「ならばなにゆえ……なにゆえ昨夜は…いいえ、臣下の私には出すぎたことですね。陛下、いいですか、きちんと王妃さまと向き合ってください。」
うじうじと悩んでいるフェルディアドの心を見透かしたように、トリストはぴしゃりと言い放った。
(……刺さった。今、ナイフ的な何かが刺さったよ、トリスト。)
うぅっ、と机に突っ伏したフェルディアドに追い打ちをかけるように、執務室の扉がノックされる。
「…どうぞ。」
「失礼しますわ!」
響いた煩い……ごほん、かしましい声(あ、意味ほとんど一緒か)に、フェルディアドは耳を塞ぎたくなった。
「ちょっと顔貸しなさいよ、このヘタレ国王!貴方みたいなのが幼なじみだなんて、わたくし最大の汚点ですわ!!」
「…不敬だよ、デリーナ・ウルディ・プロノヴァール公爵令嬢。」
「黙れ、ですわ。これを不敬罪だと言うのなら、昨夜のわたくしたちは今頃牢に入っているべきなのに、おかしいですわね?あれかしら、恋は人を愚かにするというやつかしらね?あぁ、恋で思い出しましたわ。ねぇ、陛下、このヘタレ国王、リリシアナさまを守るようにとのご命令、取り下げてくださらない?」
マシンガントークとはこのことか。仁王立ちで腕を組むデリーナに見下ろされて、フェルディアドは頭を抱えた。令嬢としてとんでもないこと少女は、プロノヴァール公爵令嬢、現在19歳のフェルディアドの幼なじみである。父が従兄弟同士だったのだ。
「……なぜ?」
「なぜ?まぁまぁ、そんなことも分からないのね!さすが恋は盲目!いいこと?公衆の面前で王妃さまに喧嘩売るような子と一緒にいたくないのですわ!王妃さまにもなんて失礼なことをしてしまったのかしら……貴方の命令がなければリリシアナさまをぶっ飛ばしていましたもの。あんな無礼な子。あら、兄君の前でごめんなさい?」
おほほほ、と悪びれることもなくデリーナは笑う。正直、デリーナが言っていることは正しいので、男二人は何も言い返せない。
「で、妻を傷つけたと自覚した国王さまはきちんと王妃さまのもとへ行きましたの?お詫びのキスは?」
「……昨夜は行ってない。」
「なんですって!?」
うなだれたフェルディアドと、目を吊り上げたデリーナ。地獄絵図だ……と、トリストは我関せずを貫く。
「今まで律儀に通ってきていた夫が、あんなことがあった後に来なくなったら、たとえ今は顔も見たくない夫でも王妃さまはこう思ったでしょうよ。あぁ、わたくし陛下にご迷惑をおかけしたわ。嫌われてしまったわ、って。」
「その通りなので、言い訳のしようがないよ……」
「言い訳なんてせんでよろしい!とにかく早く会いにお行きなさい!!」
「……ずいぶんと王妃の肩を持つね、デリーナ。」
「当たり前ですわ!」
デリーナの瞳がきらりと光った。
「あれほど王妃に相応しい方を、わたくしは他に知りません。……貴方を救ってくれるのも、きっとあの方よ。リリシアナさまじゃない。」
「え…?」
最後にデリーナが呟いた言葉を、フェルディアドは聞き逃さなかった。
「……貴方はもう、母君さまの幻影から解放されるべきよ。」
「王妃さま、何かお召し上がりになりますか?」
「要らないわ……」
もう昼ごろだろうか。
寝台の中で身体を丸めて、リシュエールは耳を塞いだ。今は何も聞きたくなかった。うっかり耳を開けてしまえば、リシュエールを蔑む声が聞こえそうで怖いから。
「王妃さま…」
「今度はなに?今はほうっておいて。」
「……ほうってはおけないよ。」
この時間はまだ仕事のはずの、フェルディアドの声が聞こえた。幻聴でも聞こえ始めたのだろうか?
「なんなの…もう、いや。」
ぎゅっと掛布を握り締める。
「リシュエール。」
困ったような声が、リシュエールを呼んだ。掛布の上から誰かがリシュエールを抱きしめる。
「……陛下なの?」
おそるおそる、掛布から顔を出すと、情けないフェルディアドの顔が視界いっぱいに広がった。
「へ、陛下っ、どうしてっ…!」
「……貴女に会いたくて来たら、臥せっているというから。」
お見舞いだよ、と言ってフェルディアドは申し訳なさそうな表情で笑った。私のせいだものね、と言いたげに。そう見えたのは、リシュエールの願望だろうか。
……いいや、リシュエールは別にフェルディアドに謝って欲しいわけじゃないのだ。だって今は、自分で勝手に高望みをして、自分で勝手に傷ついただけ。昨夜、一人で寂しかっただなんて、そばにいて欲しかっただなんて言えない。
「ご心配を……お掛けしてしまい申し訳ありません。なんてことないのですわ、すぐに元気になりますもの。」
そう言って笑った見せたが、どうもぎこちなくなってしまう。
「…無理しないで。ごめんね、私が守ってあげられなかった。」
ほんとにごめん、貴女のことちゃんと考えてあげられなかった。
フェルディアドの大きな手が、リシュエールの背を優しくなでた。それが……それがなんだかもどかしくて。
「陛下……」
手を伸ばして、フェルディアドの背をつかむ。これぐらい許されるのではないと思った。だってリシュエールはフェルディアドの妻なのだから。
「陛下、陛下……」
溺れている人が助けを求めるように、ぎゅうぎゅうとフェルディアドに縋り付いた。たった一晩、たった一晩寝所を別にしただけなのに、長い間この温もりに離れていたような気がする。
「陛下、一つお願いを聞いて貰っても?」
「なんだい、言ってごらん?」
優しく微笑んで、フェルディアドがリシュエールの前髪をかき上げた。二人は静かに見つめ合う。
─────ねぇ、ほら、たまに見えるのよ。
フェルディアドの瞳に宿る、熱い熱情の炎が。
「…………………キスを、して欲しいの。」
泣きそうになりながらフェルディアドを見上げれば、彼は小さく息をのんだ。
「…リシュエール。」
ふわりと唇が重なって、すぐに離れる。
「もっと……ねぇ、もっとして?」
自分から唇を寄せた。しっとりと唇が重なり合い、何度も何度もついばまれた。
徐々に深くなっていく口づけをすべて受け入れていけば……
とさり、とリシュエールの身体は寝台に沈んだ。
結局、陛下はヘタレ・・・?