9、王妃と王の愛人
コメントいただきまして、設定の甘さに気が付きました。
エスティグノア王国の騎士団についてです。この国には王立騎士団と近衛騎士団があります。
王立騎士団は、
トップ→王立騎士団総団長
次席→王立騎士団副総団長 がいましてこの下に
第一騎士団 第二騎士団……第十騎士団まで。
この数字は特に優秀順とかではなく、例えば王都担当は第一騎士団とかの区分だと思ってくださればいいかと。それぞれに団長、副団長がいます。
そして、そこからさらに小隊に分かれるのです。
「……王妃、トリストと踊ったのですか?」
席に戻れば、アラルレイン卿との話を終えたフェルディアドが話しかけてきた。
「えぇ、いけませんでした?」
「いえ、いけなくはないのですが……」
ぼそぼそと何か言っているがよく聞こえない。トリストはリリシアナの兄だ。それにフェルディアドの側近中の側近。不用意に近づいて欲しくなかったのかもしれない。
「ご気分を害してしまったのなら、謝りますわ。ごめんなさい。」
「ち、違いますよ。いや、違わないのか……」
「はっきりしませんわね。」
よくわからないので、フェルディアドのことはほうっておく。
「モニィ、何か飲み物を取ってきてもらえる?」
「かしこましましたわ。」
トリストのリードがあんまり上手なので、少しはしゃいでしまったのだ。楽しい気分でふふっと笑みをこぼすと、フェルディアドの眉間のしわがさらに深くなった。
「…トリストと仲が良いようですね。」
「え?あぁ、はい。トリスト殿には結婚式のこととか、いろいろ良くしていただきましたから。」
この国のしきたりやら何やらを、トリストはすべて教えてくれた。おかげで恥じをかかなくてすんだ。
「なんだかお兄さまを思い出しましたわ。とっても優しいかたですわね。」
「兄、ですか……」
ほっと安心したように、フェルディアドは息をついた。
「なんですの、いったい。」
「いや、なんでもないよ。」
フェルディアドは苦笑して、ぱたぱたと手を振った。結局、なんだったんだ。
「はぁ……?」
「あのね、王妃─────」
「王妃さまっ、お話がありますわっ!」
何かを話しかけたフェルディアドの言葉を遮って、甲高い少女の声がリシュエールを呼んだ。声がしてほうを見ると、赤い華やかなドレスを着た少女がいる。派手に思えてしまうようなドレスも着こなす、美しい少女だった。
「まぁ……貴女は確かプロノヴァール公爵家の。」
「デリーナと申しますわ!」
つんとあごを上げたデリーナは、リシュエールを見下し蔑むような視線を向けてくる。デリーナの周りには数人の少女たちがいて、驚いたのはその中にリリシアナもいたことだ。
「……リリシアナさま、ですわね?」
あえて、こちらから話し掛けてみた。案の定、リリシアナやデリーナ、取り巻きの少女たちは驚く。
「ご存じですの、この子を?」
デリーナが警戒するようにリシュエールを睨んだ。取り巻きを、というよりは友を守るのかのようにリリシアナを背にかばう。
「……もちろんですわ。」
にっこりと微笑み、できるだけ怖がらせないようにしなければと、リシュエールは優しい声を出したけれど、あまり意味はないようだった。
「あの、王妃さま……」
「なんでしょう?」
話し掛けられたので返事をしただけなのに。
リリシアナがぴくりと震えた。それだけで、周りの者はリリシアナを気遣うような目で見て、リシュエールを睨んだ。いつの間にか、会場は静まり返っている。
「…なんで、なんで独り占めするのですか?」
「……はい?」
「なんで!フェルディアドを独り占めするの!?フェルディアド、最近ぜんぜん会ってくれないし、騎士たちと宴を開いても夜には帰っちゃうし……王妃さまが我が儘を言っているんじゃないですか!?」
うるうると涙目で睨まれて、リシュエールはたじろいだ。確かに、フェルディアドは結婚してから毎日リシュエールと一緒に眠っている。どんなに仕事が遅くなっても、足音を忍ばせてリシュエールの隣へ潜り込んで寝ていることをリシュエールは知っていた。朝目が覚めたとき姿がなくても、置き手紙がそこにはあった。
(まさか、我が儘だなんて……)
「えぇっと、リリシアナさま。わたくし、我が儘を言った覚えはありません。確かに、陛下は夜には必ずわたくしのもとへいらしてくださいます。けれど、それ以外でお会いしたりはいたしません。昼間は、わたくしも陛下も忙しいので……独り占めだなんて、思いも寄らないことですわ。」
「王妃の言うとおりだよ、リシー。私の意思で王妃のもとへ帰るのだと、前も言ったはずだろう?」
フェルディアドが少し不快そうにそう言ったため、リリシアナは怯えたように身をすくませた。
「でも、寂しかったのよ、フェルディアド。」
庇護欲を誘う可愛らしいリリシアナの姿に、リシュエールに向かう悪意が増えた気がした。気のせいだろうか?
リシュエールは知らず唇を噛んでいた。このまま、言われっぱなしは嫌だった。
「……王妃さまは、フェルディアドのために何が出来るのですか?わたしは、剣が使えます。フェルディアドを守れます!」
ぐっと拳を握り締めてリシュエールを見るリリシアナの瞳は、本当にフェルディアドが好きなのだと訴えている。
「わたくしは……わたくしは陛下を守ることはできません。わたくしは守られる側の人間ですから。」
リシュエールは己の手を見た。たおやかで真っ白な、剣など触ったこともない手だ。
「けれど、わたくしは陛下と同じものを見て、陛下が守りたいものを一緒に守ることができます。王女として、いままで努力してきたものはすべてそのためなのですから。……今のわたくしはそれが出来ると、自分自身を信じていますもの。」
普段のリシュエールとは違う姿。凜と、王妃としてあるべき姿を。
リシュエールに求められているのは、癒しではない。それはリリシアナなり、フェルディアドが愛する女性がするべきだ。リシュエールに求められているのは、力。知識と行動力だと、リシュエールは思っている。
「偽善はいくらでも言えますわ。……陛下のような素晴らしい方と一緒にいて、愛は求めないと言い切れるの?」
デリーナが言う。……それはリシュエールにはわからないことだった。
しかし、この公爵令嬢はただの高飛車なお嬢様ではないようだ。この話の本質を、きちんと見抜いている。おそらくここでの答えようによって、彼女はそのままリリシアナを守るのか、それともリシュエールにつくのかを決めるのだろう。
しかしリシュエールが答える前に、リリシアナが口を開いた。
「……そうですね、王妃さまにはそれができるだけのお力と仲間がいるのかもしれません。でもわたしには、剣だけ。剣とフェルディアドしかないの……だから、寂し──────」
「それはどうでしょうね。」
寂しい、とは言わせたくなかった。案外、この陛下の恋人も不安なのかもしれない。それがわかった。だが、だからと言ってこのままでは……この状況はあまりにも理不尽だ。
「仲間……それがどのような存在のことか、わたくしはわかりませんが、この国においてわたくしが味方だと言えるのは侍女たちだけです。その侍女たちだって、友達、ではありませんの。」
トリストやフェルディアドも信用できない。リシュエールはまだ、彼らに信用するに値するだけのものを見いだせていないから。
「それにねぇ、リリシアナさま。貴女は寂しいとおっしゃったわ。自分には陛下しかいないって。本当に?……違いますね?今貴女の周りにはお友達がいて、家に帰れば家族もいる。それに陛下だって。」
一度話し出したらとまらなかった。ただ、涙を堪えるのが苦しい。
「でも、わたくしにはいないわ。この国には友達も家族もいないの。」
悲しげに微笑むリシュエールは、まるで消えてしまいそうなほど儚げで美しくて。
周りの者たちは息をのんでいた。
「……ごめんなさい、こんな話。少し気分が悪いの。もうお部屋に戻ってもよろしいかしら?」
「あ、あぁ。」
陛下や皆がどんな顔をしてリシュエールを見ているのか知りたくなくて、リシュエールは足早に部屋へ戻った。
分かっていたはずなのだ。
悪意を向けられるのは。
でも、悪意になんて慣れずに育ってきたリシュエールの心は、自分で思っていたよりもずっと弱かった。ただそれだけ。
リリシアナに、貴女の恋人の心なんて求めていないわ、と。だってわたくしも愛してない。政略結婚だもの、と言えばよかったのか。恋をしたことなんてないリシュエールには、もうどうすればいいのかわからない。
──────彼女だって泣いていたのに。
「ねぇ、やっぱり貴方は、ひどい方……」
その日初めて、どれだけ待ってもフェルディアドはリシュエールの寝室に来なかった。
どうしようシリアスだ・・・
リシュエールの明るさよ、カムバック!