閑話 とあるおっさん貴族の夜会報告
今年初の寒がりのお話がおっさん視点……おっさん好きですよ?でも今年の始まりからおっさん…。(´-ω-`)
「…くうぅぅっ」
む、いかん……誰も聞いてはいないな…… ふぅ。貴族たるもの常に紳士的で庶民の模範にならなければならないのに、赤ワインの美味さに思わずおっさんくさい声を漏らしてしまった。反省しよう。
しかし流石だ。
当たり前だが王宮の夜会は質も量も桁違いだ。
このワイン一つとってもおいそれと手が出るレベルではないな……入手できるか分からないが、このワインどこの産地か後で確認する、と心の中にメモを取った。
さて、我が愛しの妻は、、ああっ!またデザートコーナーに陣取っている!? 行く前にあれほど注意したのにっ。あれ以上太ってまた夜にわたしが潰され、、げふんっげふんっ…と、兎に角明日からシェフに言って野菜中心の食事に切り替えなければ…ふぅ、同じものを食べるわたしの体重がまた減るのか。
今日は雪花祭最後の夜会だ。
この二日間で主要な根回しや顔つなぎを終えている者がほとんどだろう。
かくいうわたしも有意義な会談を終え、最後の夜にこうしてゆったりと酒を飲める程には落ち着ついている。最終日にまで持ち込むのは王族や上級貴族、後は時間に折り合いが付かなかった者達だけだろう。
周囲も和やかな雰囲気だが、一部の場所だけは静かに熱い。今夜は我が国の守護鳥、シュバルツ様が出席されておられるからな。
偶にお顔を出されても直ぐに退席されるので、このように長い時間おられるのは稀なことだ。
なので周りの貴族たちもお近付きになりたいのか近くをウロウロしているが、当のシュバルツ様も何故か王の隣でソワソワと落ち着かないご様子だ。本当に珍しい。
王もそんなシュバルツ様に苦笑しておられるが、時折扉の方に目をやっている。
この後誰か来るのだろうか?
美しく煌めくシャンデリアの下、滑らかな味わいのカモーンベイールチーズとクラッカーをつまみに、今度は白ワインを貰おうと給仕に声をかけトレイの上にあるグラスを受け取ろうとした時、子供特有の甲高い罵る声が響いた。
何なんだ一体?…あれは確かレバンテ伯爵の娘だったか。
何か大声で給仕に怒鳴っているようだが、全くもって品の無い。子供とは言えあの様に甲高い声で使用人を罵るなど品性が疑われる。
確かに伯爵が溺愛するだけあって、大きな青い瞳の色にピンクゴールドの巻き毛が愛らしい、保護欲を誘う愛らしい容姿だ。系統が違うが第一王女のルイベット姫に並ぶほどだが、所詮見た目だけで頭の中は空っぽのようだな。
その証拠に結婚式や初の謁見など、特別な日でもない限り守護鳥シュバルツ様のお色、つまり白色はタブーとされているのだが、思いっきり真っ白な生地に盛りだくさんのレースとギラギラ光るダイヤモンド?を過剰に使った、一歩間違えれば下品なドレスだ。
愛らしい。確かに顔は愛らしいが、レバンテ伯爵は馬鹿なのか?下手をすれば王家に対する侮辱と捉えられてもおかしくないぞ。
いや、あれは馬鹿は馬鹿でも親馬鹿という病気の末期かもしれんな。
病原体もとい娘は、ベルナルド殿下を発見すると肉食獣の目をし、その見た目に騙された婚約者たちをゾロゾロと侍らせ、殿下に直接お声をかけると言う非常識な行為までしているではないか。うう頭痛が…。
レバンテ伯爵は本当にどういう教育をされているのだっ!?しかも他国の王族にまで色目を使っているぞ。お付き者がガードして事なきを得たが全く末恐ろしい。
我が愛しき妻を見習えっ。
他の男には見向きもせずイチゴの三段ケーキに夢中だぞ!……コホンッ…マイハニー、そろそろ食べるのを止めようか。見ているこっちが胸焼けしそうだよ。
レバンテ家は伯爵家の筆頭とはいえ、父親自身も余りいい噂は聞かない。親馬鹿には関わり合いにはならない方が無難だろう。
グラスを受け取り給仕に礼を言い、そのままゆっくり離れた壁際に移動していると、宰相とその子供たちが視界に入る。
地位もあり顔も良く優しい温和な表情の宰相と美しく将来有望な子息たち。む、目の錯覚かそこだけ何故かキラキラしているぞ。その彼らの後ろから何人もの女性たちが必死に彼らの気を引こうとしている。
くぅ、男の敵め。無論わたしは妻一筋なので他に娶る気はないが、少しだけ、何となく、とても羨ましい。ハゲ、、毛根が絶滅すればいいのに。
今夜も宰相一家に女性の大半を持って行かれ、嫉妬まじりの視線を送っている。
長男は時期宰相としての才覚を現し、次男は希少な上級魔術師としての才能があり既に魔術師としての最高峰、叡智の塔への所属が決まっている。絵に描いたような理想の一家だ。
そう言えば、宰相の娘も先ほどのレバンテ伯爵の子とあまり変わらない年齢では無かっただろうか?
一時期精霊や神殿関係者が騒ぎ出し、真珠姫やグラージュ家の至宝などと噂になったが、公の場には一切姿を見せず、今では亡くなっているとまで囁かれている。
だから宰相家に反感を持つ者は、存在不明のセラフィーナ姫の悪意が混じる噂をばら撒くのだ。
内容も死亡説から人に見せられない容姿だの、他国との関係を強めるために自分の娘を売ったのだの、眉をひそめるものばかりだ。
わたしはそんな噂を聞くたびに輪の外へと出る。
大人、いや人として罪の無い幼子を悪く言うのは自分の品格を落とすというのが一番の理由だが、宰相が娘を溺愛して外に出さない可能性を彼らは考えないのだろうか?
もし溺愛しているのが真実ならば、彼奴らの未来は無いだろうな。
穏やかで優しい雰囲気に騙されがちだが、地位と見た目だけの男が宰相になどなれるものか。
そうそう。そのセラフィーナ姫に関して、今年の雪花祭初日に彼女を見たという者たちがいたな。まぁ、ただの噂だ。本当に見たのならもっと騒ぎになっている筈だ。
全く。噂だけが飛び交い、信憑性が無い話ばかりだな。
…何らや扉のあたりが少し騒がしいな?
色もオシャレなロゼワインを飲み終えた頃、扉のあたりが騒ついているのに気付いた。
まだ会場内にいる殆んどの客は気付いていないようだ。
わたしは扉の近くにいたので偶々気が付いたが、、なにか厄介ごとか?面倒事はゴメンだぞ。
我が妻は、、ガトーショコラとザッハトルテ黒い2大ホールの前におり、満面の笑みで皿とフォークを構えていた……今夜の君の笑顔も素敵だよ、愛しきマイハニー。ところで君、あの三段ケーキをもう食べ終えたのかい?
…………
……………アカン ………
慌てて給仕に空のグラスを渡し、妻の暴食を止めるべくその場を離れようとした時、扉の近くの護衛の口からセラフィーナという名前が聞こえ、足を止めた。
なに?セラフィーナ姫だと?
ま、まさかこの場に現れるのか?
しかし宰相はそんな素振りなどしていなかったが?
宰相を目で探すと、ちょうど給仕の一人が宰相に耳打ちをしており、聞き終えた宰相がこちらに近付いて来るではないか。
本当で来ているのかっ!?
一瞬たりとも見逃すかと、マイベストポジションで扉を凝視する。
上級貴族のみ、入場する際は名前を読み上げられる決まりだ。
ーーならば
「え。……あ、」
扉の向こうを凝視し惚けていた護衛が、我に返り慌てて名前を読み上げた。
「主神グバゼルドバルク教大神官コルクフ様及び、グラージュ家御息女セラフィーナ=グラージュ様のご入場です」
全ての音がやんだ。
会場にいた者は元より、プロであるはずの楽士たちや給仕たちもその手を止めたが、誰も咎める者がいない。
そして扉が開く音と共に現れた二人の人物。
一人は大神官のコルクフ様。
豊かなヒゲと華美ではないが神官を表す青い神官服。大神官の地位を示す錫杖こそないが、威厳あるオーラがその人を示している。
そして手を引かれ現れたのは、小さな妖精の姫だった。
シャンデリアの明かりを反射させた白銀の髪は動きにより様々に色を変える。長いまつ毛の下には透き通る宝石のような瞳。会場内の全ての光がその子を彩り、全員が目が離せないほどに魅了されている。
不安げな様はなんとも儚げで、マイハニーがいる私でさえ全身全霊で守ってあげたくなるのだから、他の者は推して知るべし。
横を通り過ぎた時にふわりと香ったのは、作られた香水ではなく優しい花の香り。まだ幼い体はこれから美しく咲き誇るであろう小さな蕾のようだ。
小さな輝石が散りばめられたストールを纏い、淡く美しいライムグリーン色のドレスが幻想的に翻ると、何処からかシャラシャラと美しくそれでいて繊細な音が聞こえる。
むむ、あまりの可愛らしさと美しさの前には幻聴まで聞こえるのか……ん?ドレスにも何か輝くもの縫い付けているな、、、雪花…?
………………。
は、はははははは。
何を言っているんだ。
あれは雪花を模した偽物に決まっているではないか。あ、あんな大量の雪花など見た事も聞いた事もない。
だから雪花特有の、シャラシャラと耳触りのいい澄んだ音が布地が動くたびにか細く聞こえてるのはきっと幻聴だ。
幻聴に決まっている。
なのになぜ汗が止まらないのだ?
会場内の視線を一身に浴び緊張からか無表情に歩く姿が、より一層ビスクドールのように見せていた。
しかし父親と兄たちの顔を見たセラフィーナ姫の表情が一変、固い蕾が一瞬にして美しい花を咲かせる様に全員の視線が釘付けになる。
まるで白く瑞々しい朝バラの様な笑顔で家族に微笑むと、兄二人のエスコートで王の前に進んで行く。
しっかりと兄達の手をギュッと握る姿が、こちらのハートもギュッと
掴んでいる。
非常に愛らしい。
………………。
はっ!?おお、マイハニー。わたしは君以外め、目を奪われてなんかいないぞ。
その証拠に、周囲と同じくセラフィーナ嬢の登場に手の動きを止めながらもクッキーを頬張る君の口だけはモゴモゴ動いている姿が良く見えるのだから。
…こんな時でもブレないハニーは本当に素敵だね。
ふむ、大神官様がエスコートか。
確か長男のルイス様の母上が大神官様の御息女だったか。しかしグラージュ家と繋がりがあるとはいえ、これは周囲にグバゼルドバルク教が庇護するという暗黙の了解でもあり、セラフィーナ姫に何かあれば公爵家だけではなく、主教に喧嘩を売るというの同意義だ。
公爵家令嬢という元々高かったセラフィーナ姫の価値が更に高まったと言えるが…。
さて、このまま無事に終わればいいが。
…マイハニー?
今度はプチシュータワーかい?
…ひいいいぃぃ。
次回から主人公視点に戻ります。




