クリスマスイベント小説 赤い帽子のサンタさん
活動報告に載せようと思っていたのですが、長くなりましたので、こちらのほうにクリスマス記念として。
メリークリスマス( ´ ▽ ` )ノ
深夜ーー。
酒瓶を抱え赤い顔でソファーで眠るダスティにヒョコヒョコと近づく黒い影。
影は部屋を横切りソファーの側まで行くと、しばらくの間その場で見上げていたのだが、起きる気配もなくグーグーと気持ち良さげに寝息を立てる音にイラつきーー
蹴り落とした。
「ーーこれ、俺以外だったら脳震とう起こしてるすからね」
ダスティは転げ落ちた床にそのまま直に座り、頭に出来たタンコブをさすりながらジト目でエンニチを見るが、当の本人は小馬鹿にした表情でソファーの上からこちらを見下している。
いつか泣かす。
深く心に誓い、酒の横に置いてあった水差しからタオルに水を含ませるとぽっこり腫れた頭を冷やした。
こんな夜中に一体何事かと思うのだが、とは言えエンニチが自発的に動くのはただ一人の為だけだ。
つまり今回のこの行動は、今日セラフィーナが楽しげに話していたクリスマスに関することだろう。
セラフィーナは公爵家の一人娘で、大きな紫色の瞳が印象的な妖精のように愛らしい子供なのだが、実は前世の記憶を持ち、しかもそれはこの世界とは別の世界だと言うのだ。
そしてふとした拍子に前世の知識を披露してくれるのだが。
「サンタクロースすか……?……ああ言ってたす。確か子供にプレゼントを配る赤い帽子と服着た爺さんだとか。異世界にもレッドキャップっているんすね。
アイツらすぐに人を襲うんすけど、異世界のじゃ優しいレッドキャップがいるのに驚きなんす。
でも顔が…まぁ、子供が眠っている間にプレゼントを枕元に置くらしいすから、トラウマにはならないんすかね?」
今日の夕食の席で日付を確認したセラフィーナは、あるイベントを思い出した。
そう冬の一大イベント、クリスマス。
クリスマスは聖人の誕生祭で、家族で家に飾り付けをし、ジンジャークッキーや木に似たブッシュドノエル、部屋の中やツリーに飾り付けをし、ホットワインやローストチキンにケーキ、テーブルに置かれた温かみのあるロウソクの火など、聞くだけで心がほっこりする情景だったが、その中で子供たちお待ちかねのメインイベント、サンタクロースの登場の話を聞いた周囲は終始笑顔だったが、内心ではドン引きしていた。
赤い服と帽子をかぶり世界中の良い子たちにプレゼントを配るお爺さん。
何処がドン引きなのかと思う事だろうが、この世界に該当する存在がいる。
レッドキャップだ。
レッドキャップとは二足歩行の牙の生えた皺くちゃの老人に似た凶悪な顔の害獣で、その名の由来にもなった血で染まった赤い帽子をかぶり集団で人を襲う。
余談だが、素早い動きと何処までも獲物も狙う執拗さは、心的外傷を与える害獣トップクラスだりする。
セラフィーナの語ったサンタクロースは、お爺さんで赤い服と赤い帽子。一晩で世界中の子供たちにプレゼントを配る、つまり集団。
レッドキャップも赤い帽子で老人の顔、しかも集団である。
サンタクロース イコール レッドキャップと周りが勘違いしたのも無理はない…かも知れない。
「……はぁ?今からレッドキャップを生け捕りにするんすか?
明日のパーティーにサプライズでサンタクロースを用意する、、いやいや、セラフィーナお嬢様がいた前の世界の奴らは善良な存在みたいすけど、本来アイツら言葉通じないし、遭遇したら問答無用で即襲われるすから交渉は無理……交渉じゃない?…はぁ!?ち、調教するんすか。確かにエンニチ様なら何でもありすけど、クリスマスイブ?でしたすか。あれは明日すよ。いくらなんでも間に合わないいぃぃーーーー!!??」
エンニチは問答無用で犠牲者を連れ、害獣が多く出没する森へと転移した。
セラフィーナの言葉から急遽始まったクリスマスパーティーは、優秀な使用人達の手で完璧に整えられ、兄妹でツリーに楽しげに飾り付けする姿に大人たちは目尻が下がり、本物かと目を疑うほど完成度の高いブッシュドノエルにセラフィーナが目をまん丸にし驚き、少し音程の外れたジングルベルの歌に皆んなが笑い、家族や使用人達も交じりながら朗らかに終わりを迎える頃、エンニチがセラフィーナを扉の前まで誘導させる。
「んん?エンニチどうしたの。誰か来るのかな?」
日本人男性お前ら見習えと言うぐらい、時々こうしてエンニチはサプライズをしてくれる出来たヒヨコであるが、別の意味でドキドキする瞬間でもある。
特に今回は扉の側にいるダスティの引きつった顔に、セラフィーナのドキドキが止まらない。
大丈夫大丈夫だ、私も多少の事では動じなくなったんだと自己暗示をかけるセラフィーナの視線の先にある扉がゆっくりと開いた。
ギギギギ、と音を立て入って来たもの。
赤い帽子に枯れ草色のチョッキ、顔がボコボコ(小さな足跡付)のため、更に凶悪さが増したご老人?がヨロヨロとこちらへ来るではないか。
セラフィーナは自分の顔が引きつったのが分かった。どこのホラーだ。
彼女は小人かと思っているが、勿論レッドキャップである。
そうしてセラフィーナの前に来ると、被っていた何らかの血液で染めたような赤い帽子を差し出し、人では聞き取りにくい発音で、
「…ギ、ギギギッ、、メ、メジー…グルジ、マズ」
と言った。
もしこの場に専門の研究者がいれば、驚きのあまり卒倒した事だろう。
凶暴かつ残忍で知能も低いレッドキャップ。彼らはすぐに襲いかかって来る為、研究が進まず意思疎通は不可能というのが定説だったのだが今、その定説が覆されようとしている。
意味のある言葉を発し、尚且つ借りてきた猫のように大人しいのだ。
ある意味歴史的発見な場面だが、しかし異様な程重苦しい。
先ず勘違いしないでほしいのだが、エンニチに悪意は無い。寧ろセラフィーナにだけは善意の塊、一途な健気さとも言えるだろう。
今回のサプライズも喜んでほしいとの思いからだ、が。
プレゼント。
プレゼントと言っても、相手の喜ぶもの、生活に役立つもの、興味はあるが自分では中々買わないもの、将来の為になるものなど様々だ。
しかしサンタクロースがプレゼントをするものなど思い浮かばない。
果たしてサンタクロースは子供たちにどんなプレゼントを配るのだろうか?世界中の子供たち一人一人の好みまで把握してるとは考え難い。つまり子供たちに一般受けするものかサンタクロースの趣味か。
結局エンニチはレッドキャップが贈る最高のモノを用意させたのだがーー。
レッドキャップにとってその名の由来ともなった赤い帽子。
様々な血で染まった帽子は歴戦の勇者の証であり、その帽子を譲り受けるのは彼らにとって最高の誉れなのだ。
もうお分かり頂けただろうか。
最高のプレゼントを用意しろと命令され、調教されたレッドキャップは自らの帽子を差し出したのだ。
大人も泣き出すレッドキャップから手渡された真っ赤な帽子。
どことなく湿った感じのそれを持ったセラフィーナは、
白目をむいて倒れた。
メリークルシミマス。
セラフィーナが目を覚ますと、見知らぬ、、いや自室の天井だった。
どうしてここにいるのか分からなかったが、赤い帽子を思い出しブルリと背筋を震わせた。
辺りは暗闇に包まれており、光量を最大限に落としたランプの光で探し当てた時計は既に10時を過ぎている。
セラフィーナは軽く息を吐き上半身を起こす。
流石にパーティーは終わっているだろう。心残りはテーブルにあったブッシュドノエル。散々料理を詰めたお子様の胃袋には少ししか入らなかったことだ。
またオヤツに作ってもらおうと心に決め、あたりを見回すがおかしい。何か物足りない。
首を傾げ起きようと毛布を掴んだ時、エンニチが側にいないことに気が付いた。
あれ?
キョロキョロ部屋を見渡すが、近くにはいない。
明かりをつけようと目線を逸らせた先、部屋の隅で後ろを向き蹲るように小さな身体を更に小さくさせたエンニチを見つけた。
「…エンニチ」
声をかけても反応せず、まるで叱られる前の子供のようで、セラフィーナは苦笑しながら近づきエンニチをそっと手のひらに包む。
ゔゔ、さ、寒い。スリッパを履き忘れたことに気付き小走りでベッドまで戻った。
「エンニチ〜」
目線まで持ち上げても、頑なに視線を合わせようとしない。
「エンニチ、私は怒ってないよ。そりゃビックリはしたけどエンニチが私の為に考えてくれたのに如何して怒らなきゃいけないの?」
エンニチは居心地が悪そうにもぞもぞと手の中で動き、恐る恐るチラリと上目遣いでセラフィーナを見る。
まだ分かんないかな?
「じゃあ、例えばエンニチが私だったら?驚かせた私をエンニチは怒る?」
エンニチはブンブンと横に振る。
怒るわけない。
セラフィーナがプレゼントしてくれるものなら、それが例え街で売られていた親の像でも後生大事に持っているだろうーーそうか。
ハッとしたエンニチが顔を上げると、優しい目をしたセラフィーナがいた。
「怒らないでしょ?だからビックリしたけどありがとう、なんだよ。
まぁ、取り敢えずあの…お爺さん?には大切な帽子を返してあげようか」
怒りはないが、血塗れの呪われそうなプレゼントは出来ればご遠慮したい。
エンニチが素直に頷いたことにセラフィーナは心底ホッとした。
もういつものエンニチだと安堵し、寝床の定位置に置くと、自分もフカフカ毛布の中に潜り込んだ。
「ねぇエンニチ、朝起きたらお父様にお願いして、お菓子屋さんに行こうよ。あんまり長くは居られないかも知れないけど。ジャム入りのクッキーとかチョコレートにマカロンもいいね。
あ、どうせならエンニチの好きな紫色のお菓子なんて探してみようか?それでその甘いお菓子で二人でお茶しよう……だから一緒に寝よう?一人は寂しいよ」
嬉しさのあまりエンニチは飛び付いた。
勿論片時も離れるつもりは無いのだが、本人から了承を得た今、エンニチの機嫌は成層圏を突き抜け、宇宙まで届く勢いだ。
そのあまりの喜びように、セラフィーナは若干の不安を覚えた。
「……なんか言葉選び間違えた?……まぁいいか。
…ふぁぁ…眠くなってきた。寒くない?
じゃおやすみなさいエンニチ」
早朝ーー。
ひんやりとした朝の空気をセラフィーナの声が震わせた。
転がるように寝床から飛び降り、剣を持ったダスティがセラフィーナの寝室に飛び込むと、当のセラフィーナは輝くほど満面の笑みで楕円形の亀の甲羅に似たものを両手で持ち、ピョンピョンとベッドの上で飛び跳ねている。
未だ嘗て、セラフィーナがこのように全身で喜んでいた事があっただろうか?
エンニチはといえば、大人の手のひらサイズの缶を頭に乗せ、セラフィーナの横で素晴らしいステップでクルクルと踊っているいる。端から見える中身は…紫色の…砂糖菓子だろうか?
何があったのかと続いて部屋に入って来た宰相や使用人たちに目線を合わせるも、誰もプレゼントには心当たりがなさそうだ。
湯たんぽーーっ!!!
ゆたんぽーとは何だろう?
ゆたんぽーゆたんぽー、と楽しげに笑うセラフィーナと愉快に踊るエンニチに、周りはまぁ喜んでいるのなら取り敢えずは良いかと苦笑気味に笑い合った。
その後、落ち着いたセラフィーナが湯たんぽに書かれていた日本語の説明書と、メイドインジャパンの文字を見て驚愕のあまり絶叫し、エンニチの持っていた紫色のお菓子。スミレの砂糖漬けが入っていた缶に印字されている、オーストリア王室御用達の某お菓子屋さんの名前を見て再び絶叫し、ルイスとロンがいつの間にか部屋に置かれていたと困惑気に持ってきた、心理学の本と科学の実験セットを見た瞬間、目を回し倒れた。
メリークリスマス
何処からか微かに鈴の音と誰かの優しい声がしたが、セラフィーナの安否を確認する声にかき消され誰も気付かなかった。




