三十度
前回、喉喉の痛みの対処法を教えてくれた皆様、ありがとうございました。
療養中、遊びに行って悪化させる予想外?はありましたが、何とか復活しました。( ̄  ̄)ゞ
長いトンネルを抜けるとそこは雪国であった。
何て書き出しが頭の中に浮かんだ。
「…ほ、ほあぁあぁぁ…」
「セラフィ、、セラ。そんなに大きな口あけてると、口ん中に雪が入るすよ」
後ろからのダスティさんの声にも上の空だ。
凄いっ凄いっ!人混みだ!屋台だ!祭りだ!
トンネルを抜け植え込みに隠された壁の隙間からメインストリートに出れば、通りはかなりの人でごった返し凄い熱気だ。威勢のいい掛け声と喧騒が周囲を包む。こんなに大勢の人を見たのは初めてだ。
むむ、この人混み。あっという間にダスティさんと逸れてしまいそうだ。離れないようキュッと手を握る。
エンニチがいるので身の危険は欠片も感じていないが、帰れる自信は全くない。
「あ、ほら。エンニチ。彼方此方の店先に小さな雪像が飾られているよ」
布で作られた簡易テントの屋台から威勢のいい掛け声が聞こえる。その中で目を引いたのが小さな雪像。
店の人が作ったのか、大小様々な手作り感満載の雪像。思わずほっこりしてしまう。
多分祭りに因んでだろうが、可愛らしい雪だるまや花を模した雪像が飾られて商品と共にお客の目を楽しませている。
…しかし男性がやたらと多いな。
警備の兄ちゃんに果物屋のお爺ちゃんに花屋のダンディさん、雑貨屋で店番している少年に大道芸人のおっちゃん。露天や屋台のおっさんたち。全て男男男。
…華がない。
遠くにちらほらと何人か女性らしき人も見えるが、夫だか護衛だかの人の壁に阻まれ確認しづらい。
はぁ、むさい男祭りかぁ。
綺麗なお姉さんプリーズ。
1軒目はここだとダスティさんに手を引かれ着いた先は食べ物の屋台だった。
中では親子が忙しく動き回っており、パチパチと油がはねる音と良い匂いにつられてか大勢の人が列をなしている。
「ダスティ、ここは何を売っているの?」
「雪花祭名物の一つ、冬揚げパンすよ。トナカイの揚げパンとも言うすね」
この時期身が引き締まるエビを細かく刻み、雪の中で旨味が凝縮されたジャガイモや玉ねぎ、それにメインのトナカイの挽肉を赤ワインとスパイスで味付けしパン生地に包んで揚げるとか。
まず初めにコレを食べないと来た意味がないすよ、と紙に包まれた熱々の揚げパンをダスティさんから受け取り、道の脇にある空箱が積み上げられた場所に陣取る。
パリパリと半分に割ると、湯気と一緒に食欲を誘う香りが漂う。唾を飲み込み片方をエンニチの前に渡し、残った揚げパンにかぶりついた。
美味しーっ
パリッとしてジュワッと出る肉汁とぷりぷりしたエビとホクホクジャガイモとの相性はバツグンだ。意外とグルメなエンニチも目を細め黙々と啄ばんでいる。
んまーっ!
マナーを気にせず、出来立て熱々をその場で食べる贅沢!最高だっ。
もしゃもしゃ一心不乱に食べてると、先に食べ終わったダスティさんが笑いながら言った。
「慣れてるすね。旦那様や坊っちゃん方は別として、普通の上位貴族は立ち食いなんかしないすし、ましてセラの性別を考えたら普通は無いすよ。
ホントそうしてると普通の少年にしか見えないす」
「ふふふ、まぁ前世は一般市民でしたから。
何かで聞いたのですけど、人の性格を変えるにはその人の生きた年月の倍かかると言われているとか。
だからかも知れませんけど、私の考え方や性格はまだ庶民よりですよ」
「俺としては座って食べたいだの作法だの言われないだけありがたいすよ」
「お家のご飯が一番ですけど、お祭りの時ぐらいはマナーなんか無視して自由に食べたいです」
「同感す」
手を引かれながらあちこち見ていると、赤い色が目につく。わぁ苺だ。
聞けばこの国にしか自生しない上、短い期間にしか食べれない冬苺。他国に出荷しようにもすぐに痛むので幻の赤い宝石と言われる苺らしい。
雪花祭では、砕いた氷に砂糖、牛乳に潰した冬苺を混ぜ飲み物にしたり、丸く凍らせた氷の中にざく切りにした冬苺に練乳を混ぜたものを入れて氷苺として売っているとか。
……この苺、家で何度か食卓に並んでたぞ。しかも今朝のヨーグルトにもかけられていたな。
……幻を…何度も…。
知らないって怖い。
せっかくだからとダスティさんが冬苺のジュースと氷苺を買ってきてくれたのだが、一口が精一杯だった。
甘くて美味しくて、、冷たい。兎に角冷たい。無茶苦茶冷たい。
何故冬空の下で冷たいものを食べなければならないのだ。
よく冬にアイスと言うが、あれはコタツと言う必須アイテムがあるから可能であって、この状況では罰ゲームしかないのである。
因みに残った私の食べかけは、ダスティさんが…いや、全てエンニチが食べた。お腹が空いていたのだろうか?
案の定冷えてしまった体でガタガタ震えていると、ダスティさんが近くの屋台から温かいものを持って来るす、と言って買ってきてくれた器の中には、汁入りの柔らかく細い麺と野菜。汁ビーフンに似ている。
青梗菜ぽい湯通しした野菜と薄いハムみたいなのが上に乗っかっている。
シンプルな塩味で美味しかった。
体が温まったので暫く歩いていると、人集りを発見。
賑やかな声につられ覗くと、子供も大人も棚に並べられている景品に向かいボールを投げ下に落としている。
的当てだ。
こちらの世界にもあったのか。
よく祭で見たな。
あっちでは投げる球は安全な柔らかいゴムボールなのだが、こちらのもやけに軽そうだ。
普通は幼児向けに入った点数で景品が貰えるのだが、こちらは射的と同じ方法か。
ちゃんと落ちても壊れない様に、すぐ下に布を張っている。
折角なのでやってみようと言う事で、店主にお金を払ってからカゴに入ったボールを受け取り、ふわふわ柔らかい球を握る。
一番下の列には一枚だけ入った薄い焼き菓子や乾燥した果物、木や布で簡単に作った人形など。
上に行くにつれ、お楽しみ袋や日用雑貨品。厚いガラス板に固定された何かのチケットらしき物、缶に入ったお菓子、ビスクドール?など高級な物になっている。子供のお遊びだと思ったら中々景品が凄い。大人も夢中になるはずだ。
む。それでは私も先ずはあの青い缶入りの焼き菓子を狙うぞ。とうっ!……ポスンッ。
だよねー。
そんな非力で俺を狙うなど百年早い、とばかりにででんっとしているボディにあっさりと跳ね返された。
子供体力では無理だとこれまたあっさりと諦めた私は、地道に一番下にある1枚入りのクッキーを2枚ゲットしたので、まずまずの成果だろう。
隣で投げていたダスティさんは、一投でお菓子二枚落としという玄人技を披露し、ドライフルーツの詰め合わせ、後はペアチケットをゲットしていた。素晴らしい。
因みにチケットは、地方の温泉宿の一泊二食付き宿泊ペアチケット…満面の笑みのダスティさんに一緒に行く人いるの?などと聞いてはいけない。私は空気が読める子なのだ。
さて、この豪華景品の一等は何とぬいぐるみだ。
この大きな黄色いぬいぐるみは何でも世界中で愛されている有名な絵本に出て来るキャラクターで名前はアルフォンス三世。
このアルフォンス三世君。絵本以外は殆ど出しておらず、ぬいぐるみや絵付きのカップ等はレア中のレアだとか。
…しかし何処で見たな。昔その絵本でも読んだのだろうか?…何かに似ている?……んーんー黄色くて目がくりっとして睫毛ぱっちりで、、あ。
「梨の妖精にそっくり」
「なし?妖精って何すか?」
うーん。ゆるキャラは説明しづらいな
高い身体能力と小粋なトークとダンスを武器にトップクラスの人気と知名度を誇っている果物の妖精だ。
「こう、果物の汁をブシャー、と」
「ソレどう考えても妖精つーより、化け物すよね」
可愛くて面白いんだがな。
「いやー。でも流石にあれは俺も無理すよ。どう見てもボールの方が軽すぎて、例え全部当たったとしてもビクともしないす」
あのコミカルさをどう説明しようかと、じーっと見ていたので、欲しがっていると感違いされたようだ。
「そんなの見て分かりますよ…ん?エンニチもやりたいの?」
「(コクコク)」
清々しい程に取らせる気がない重量感ある人形に苦笑してると、エンニチが自分もするとアピールしているのだが、サイズ的に大丈夫か?
まぁ、気楽なお遊びなので取り敢えず銅貨を数枚店主に渡しカゴにボールを受け取る。
エンニチは台の上にボールを横一列に並べろとダスティさんに指示を出した。
そしてーー。
ダスッダスッダスッ、、、ボテッ。
「うえぇぇっ!?」
「マジすかっ!?」
うっそーんっ!?
エンニチは自分とあまり変わらない大きさのボールの前に来ると、横に移動しつつサッカーの様に次々に蹴り上げた。
ビュンビュンと音が聞こえる程威力があるボールは、そのまま一直線に人形の眉間へ。
正確なコントロールでダスッダスッダスッと連続して当たった人形はその勢いに押されグラリと動き下に落ちた。
物音一つしない痛いほど沈黙する店内に対し、周囲の賑わいがやけに大きく聞こえる。
近くにいた大人も子供も口を開け、呆然とエンニチを見ていた。
す、凄い。流石はスナイパー…いや、眉間を正確に捉えるところはやはりアサシンヒヨコと呼ぶべきか?どちらにしろ非常識なヒヨコだ。
「ひえっ!」
静かな中であがった小さな悲鳴の元を見ると、心持ち胸を張ったエンニチが店主を睨みつけ早く持って来いと脅していた。こらこらこら。
コメツキバッタの様にペコペコ謝りながら青い顔で素早く人形を持ってきた店主はエンニチの前に行き、お代官様どうぞお納め下さいとばかりに頭を下げ両手で人形を捧げ持つ。エンニチよ。君、悪代官みたいだぞ。
店主はエンニチの前に置く際に両手で重さを確認し、テーブルに置いた後も首をひねっていた。
分かる、気持ちは分かるぞ。
しかしうちの子は常識が通用しないのだよ。
こちらを見ながらひそひそと声を潜め周囲がざわつき出す中、ダスティさんが遠くを見つめる目でポツリと溢した。
「……思いっきり目立ってるすけど、エンニチ様の姿を変える意味って本当にあったんすかね」
私にも分からない。
「大きいね〜、ありがとうエンニチ」
「(コク)」
一抱えもある大きなぬいぐるみを渡され礼を言えば、エンニチはハードボイルド風ニヒルな笑みを浮かべる。
流石はアサシンヒヨコ。クールだ。
しかしそんなに重くは無いが大きいな。
「んー、やっぱり人形抱えたらエンニチの場所がないね。胸ポケットは危ないからエンニチはダスティのポケットに入れてもらってね」
「(ーーーー★◇▷※〆!?)」
◆◆◆◆◆◆◆
「……あー、えっと…エンニチ様?大丈夫すか」
「………………」
「おーい。聞こえてるすかぁー」
「………………」
「おーい、、いっでえっっ!?
な、何するんすかっ!?…………はぁ?あの人形捨てて来い?嫌すよ。俺がセラフィーナお嬢様に嫌われるじゃないすか」
「(げしっげしっげしっ)」
「いでっいでっいでっ!嫌す、絶っ対嫌す。
大体エンニチ様がセラフィーナお嬢様に良いとこ見せようと調子に乗るからこんな事に、、っっあだぁっ!」
イメージ的には、お祭りの射的で恋人にせがまれて人形をとってあげるキャッハウフフの初々しいカップル。
おかしい。獲物を狙うスナイパーになっている。




