二十九度
ザビエル…いや素直に言おう。一部だけツルツルにハゲた愛鳥を見てマイアさんは驚きながらも、意外に手触りが良いと頭を撫でている。地味にロバートソンが落ち込んでいた。
すまない。エンニチの飼い主として深く詫びよう…この世界にも毛、羽?羽毛?生え薬はあるのだろうか?
そしてマイアさんはこれからの準備の為、嵐のように去っていった。
その後、久々の来客で疲れた私は晩餐会に出席するパパさんとブラザーズをお見送りし、少々お行儀悪いがそのままパパさんのベッドへダイブした。
おやすみなさい……グゥ。
目を開けるとあたりは暗闇だった。
眠気まなこを擦り、近くにある置き時計を手探りで掴む。
この置き時計は触ると魔力に反応し、暗闇の中でボウっと淡く光り文字盤を照らす仕組みになっている。
地球では電池だが、生活をより良くするアイディアは何処の世界も似ているといったところか。
…寝てから二時間程しか経っていないな。
どうやらパパさんたちはまだ帰って来ていないようだ。
喉の渇きを覚え、ぬくぬくお布団から意を決して出る……ピッ。さ、寒いー!!暖炉に火?入っていても寒いーっ!
室内用の上着を二枚羽織り、ピンク色の厚手の靴下とモコモコスリッパを履き、いざっ!……水飲みに行くだけだけど。
キィッと開いた扉の隙間から光が溢れ、痛いぐらいの眩しさに目を細める。
胸に抱いているエンニチも同様だ。
徐々に目が光に慣れ見えたのはダスティさんの姿。
ソファーに腰掛けて真剣な表情で見ているのは、、本?赤い大きなロゴが入った雑誌のようだ。なになに。
【第一印象が大事!女性に好印象を抱いてもらう方法】
………………
……ま、まぁ何を読もうと個人の自由だろう。
こら、エンニチ。人 を蔑んだ目で見ない。
テーブルの上にはビールとワインらしき瓶が数本と、ナッツとジャガイモに何かの揚げ物?フィッシュアンドチップス?と後はビーフジャーキーか?
ゴクゴク喉を鳴らしビールを飲んだ後、ビーフジャーキーを美味しそうに食べている。
……良いなぁ。
土日は家で寝るものと決めていた昔は、金曜の夜からお酒とつまみを用意して、のんべんだらりとしていたなぁ。
ほろ酔いでそのまま寝たら最高に気持ち良かったし、二度寝は最高。
つまみは板わさやポテチ。フルーティな日本酒に意外と合ったのは、ほんのり甘い卵焼き。味のキリリッとした辛口にはたこ焼きとかも美味しかったよなぁ。
……良いなぁ。
ジィーーーッと見ていた私の視線に気付いたのか、ダスティさんがこちらを振り向くなり、お酒を吹いた。
距離があったのでかからなかったが汚い。咽せるダスティさんに冷たい眼差しを向けるのは仕方がないだろう。こんな美少女(笑)を見て叫ぶなんて失礼な。
「お、お、驚いたすよっ!前にセラフィーナ様が言ってた座敷童子かと思ったすっ!」
「座敷童子は妖怪!失礼な」
「向こうが暗闇のドアの隙間からじぃっと見られれば、誰でも怖いに決まってるす!」
…暗闇の向こうでギラギラ光る私とエンニチの目………うん。確かに怖い。
すまないダスティさん、今後は気を付けよう。
起きた理由を説明すると、直ぐにダスティさんがレモン水を渡してくれた。ありがとうダスティさん。
冷たくさっぱりしたレモン水が喉の渇きを癒してくれる。
「もう一杯いるすか?」
「ううん、もう大丈夫。ありがとうダスティ」
「お安い御用すよ」
にっこり笑う顔は筋肉アニキなのに何故か可愛らしい。
ダスティさんは多少筋肉質でごっついが、優しく気遣いもできるし、強くて料理も美味しいお買い得男子と思うのだが、世の中の女性は見る目がないな。
それは兎も角。
上目遣いでテーブルの上のB級グルメを指差した。
「私もビーフジャーキー?これ食べたいです」
「え?ああ、腹が空いたんすね。セラフィーナ様には城のちゃんとした夕食があるすよ。待ってて下さい、いま用意…」
「就寝前のフルコースは却下です!私は今、これが食べたいー!」
「下町のメシ食わせたのがバレたら後で俺が叱られるすよー。衛生管理とか塩が多いとかネチネチ言われるす」
「大丈夫っ、言わなきゃバレません!」
「旦那様や執事さんにバレないと、ほんっっとーに思ってるすか?!」
思わないとも。
諦めて肩を落とした私の前に、一枚だけなら文句も無いすよ多分と、ダスティさんの手の平程もある大きなビーフジャーキーが差し出された。
ダスティさん大好きだーっ!!
あぐあぐと口の中の唾液で柔らかくして食べる。うっまーっ。
思ったよりも柔らかく、口の中で脂が溶けスパイスと絡まり合って美味しい!
「これは何処で買ったの?」
「執事さんがセラフィーナ様の護衛をしている間に城下町で買メシを買いに行ったすよ。城のお高いメシは緊張して味がわからなくなりそうだったすし、それに折角の雪花祭すからね。いやー、店が所狭しと並んでいるすから何買うか迷った迷った」
……良いなぁ。
エンニチと一緒にガジガジ齧りながら昔を思い出す。
祭りの日には、焼きそばやクレープ、唐揚げにベビーカステラ等、本来の祭りそっちのけで買い漁っていたなぁ。
余談だが、自分が社会人になった実感が湧いたのは給料を貰った時ではなく、祭りでお金を気にせずに自由に買えた時だったりする。
それとそれと、イカ焼きにりんご飴、お好み焼き、チョコバナナ、じゃがバター、カルメラ焼きに甘酒。
屋台風のテントでは、日本酒にラーメン。おでんや焼き鳥にビール、焼酎にカキ焼きや味噌田楽…………………じゅるり。
い、いかん。ヨダレが出てきた。
「ダスティ、私も「無理すからね」」
む。
「そんな可愛らしい顔しても駄目すからね。
連れて行きたいのはやまやますけど、坊っちゃんたちは兎も角、女性であるセラフィーナ様はあっという間に連れ去られてしまうすよ」
そうなのだ。
この年まで一人で初めてのお使いどころか素見にも行けない理由が、女性が少ないこの世界では一人で歩こうものなら攫われてしまう物騒な世の中なのだ。
しかしネバーギブアップだ。簡単に諦めてはいけない。
「そこを何とか。ほら、エンニチもいますし」
「何ないす。セラフィーナ様は雪花祭を血の海にしたいんすか」
真剣な表情は止めて。冗談だと笑えないから。
うー、それなら見た目を変えるとか?男装はどうだろう……なに、可愛い男の子も危ない?ちっ。
流石に血の海はご遠慮したいし、諦めるしか…何?エンニチ。大丈夫?考えがある、と。
方法は分からないがエンニチの態度が自信満々なので任せる事にする。
後はパパさんたちの説得だけだ。
全く解決策が浮かばなかった自分たちの知能が、鳥より低いなんて思ってはいけない。
「良いよ。楽しんでおいで」
帰ってきたパパさんは、アッサリと許可した。
もちろん護衛のダスティさんがいる事と夕方までの条件だが。
予想どおりブラザーズが私とデートしたいとごねたが、何度か城下町にお忍びで行ってる事と(ズルイ!)他国の貴族との約束があるという事なので泣く泣く諦めていた。可哀想なのでお土産を買って帰るとしよう。
「明日は楽しみだねエンニチ」
「(コクコクコク)」
「ふふ、そんなに頷いたら首が痛くなるよ。
おやすみなさいエンニチ」
久々にワクワクする気持ちを抑えつつ明かりを消し目を閉じた。
朝採り野菜のシャキシャキサラダに人参ドレッシング。
焼きたてのミニパンは、表面がパリッとして中身はふんわかのトマトバジルパンとクルミパンの2種類。 バターを塗れば熱でじゅわ〜と溶けて更に美味しい。こちらの手作りマーマレードも捨てがたい。小さめのふんわかトロトロのオムレツの上にはトマトソース。これを切れ目を入れたパンに乗せても最高だ。
飲み物は搾りたてのりんごジュース。デザートのヨーグルトは果肉ゴロゴロのイチゴソースをかけて。お昼に屋台めぐりをするのでデザートのお代わりは我慢だ。
バランスの取れた朝食を終え、抱きつき離れないブラザーズを満面の笑みで見送り。
次に彼らが数年前まで着ていたお忍び用の洋服を試着してみる。
おお!ズボンだズボンだ。今生では初めて履いたがやっぱり楽だな。
少しブカブカなのでベルトでしっかりと止める。いつも付けているネックレスは服の中に入れ、袖と裾が余ったので折り曲げてから鏡を見れば、見た目は下級貴族の侍従か少し裕福な商人の小間使い、と言ったところか。
私が着替えて居間に戻ると来客がいた。
…あれは縦ロールの残念従者?確か名前はマリオとかマリオンだった様な……何、マリウス君?
しかし縦ロールの従者が一体何の用だ?
こちらを見上げドヤ顔しているエンニチさん。私はどうしたらいいのでせうか?
「えっと…エンニチ?」
「ああ、大丈夫ですよー。お話は伺ってますから。
セラフィーナお嬢様がお忍びをする為に姿を変えればいいんですよね。
ご安心ください。僕、こう見えても姿変えの魔法が得意でしてー。今からセラフィーナ様を下町にいるような平凡顔の少年に見える様に魔法を掛けますねー。エンニチ様は……えっと…………うん。捻りのないごくごく平凡超普通の一般的な当たり前で目立たない日常的によく見る鳥の雛のお姿にしますねー」
分かってくれてありがとう。
以前、魔法を使えるようにする為に枷を外す時は頭をポンポンされただけだったので拍子抜けしたが、今回も残念従者が翳した手からフワリと風を感じたと思えば、横の鏡にはパサパサとした短めの淡い金髪。紫色の瞳は変わらずに顔は眉毛が太めのソバカスがういた少年の姿があった。
抱きしめていたエンニチは黒い瞳にクリーム色の愛らしい雛の姿に変わっていたのだが。
…何だろう?この威圧感は。
愛らしい雛なのにと内心首を傾げていたのだが、残念従者が困り果てた目でこちらを見る。
「姿変え自体は上手くいきましたけどー、流石にオーラまでは無理ですよー」
なるほど。
何はともあれこれで外に行くことができる。
私は満面の笑みでお礼を言った。
「ありがとうございました。何かお礼…「では罵ってください!」」
………はい?
…………罵る?、、こ…これは噂に聞く…どMというやつでは?
「こう斜めに見下す仕草で!冷たい眼差しで!冷たい微笑で!罵ってくださいっ」
ひっ。
く、来るな近寄るなっ。
未知の恐怖のあまり、涙が滲ん、『ホグアッ!!』で……?
エンニチの飛び蹴りが顎を捉えた。
残念従者は弧を描くように宙を飛び地面にバウンドした。
あ、何かデジャブ?
縦ロールと同じ末路を辿ってるぞ。
「……これはこれで、また…よ、し…」
ヨロヨロと親指を立て幸せそうな表情で白目をむいた残念従者が、ダスティさんに引きずられながら扉から出て行く。
…怖かった。
どM属性は初めて会ったが、だからこそ縦ロールの従者が務まるのだろうか。
しかし私は二度と会いたく……いや、今後お忍びで散策できるかも知れない。そこそこ親しくしなければならないだろう。
取り敢えず今は、エンニチの所為で新たな扉を開いたかも知れない残念従者へ冥福をお祈りします。
グッタリと執務室にあるソファーに腰掛けると、横からダスティさんがゴツゴツした手で頭をナデナデしてくれたので、少しだけささくれた気持ちが厭される。
はぁ。なんか行く前から無駄に疲れた。
だらしなくグダ〜とソファーに伸びる私に苦笑しつつもパパさんが労わるように前から頭をポンポンすると、ソファーから立ち上がり机の方に向かった。
何をするのかと目で追うと、椅子に座り大きな机の下に片足を入れタンッタンッ、と二回踏む音が聞こえる。
すると、カチッと軽い音が聞こえると同時に横の壁の棚が開き戸みたいに独りでに開いた。
こ、これは物語でよくある隠し通路か!
私以外はみんな知ってるのか驚く人はいないが、私は大興奮だ。
急いでソファーから飛び降り、小走りで開いた扉に駆け寄ると薄暗い中を覗き込む。
凄いぞ!目の前にロマンが広がっている。
私の目の前には、ゲームのダンジョンみたいに石で補強された通路に…おや?松明は無いな。
よく見ると、石自体がぼんやりと発光していて、流石に奥は見えないが、周囲は思ったよりも暗くない。
後で聞けば、石に光苔と呼ばれる苔の菌糸が含まれていてそれが発光しているのだとか。
よく考えると、城内で火は危険な上に魔法がある世界でわざわざ松明なんて点けないか。
ワクワクしている私の背後からパパさんが通路の奥を指差す。
「この通路は数百年前に作られた国王のみが知る隠し通路だよ。この通路を真っ直ぐ歩くと行き止まりになっているから、右側に一箇所だけ壁の窪みがある。それを押すと地上への扉が開く仕組みになっている。
地上に出てもダスティから離れない様に気を付けて行くんだよ」
ふむふむ。
分かったよパパさん。
序でに王しか知らない抜け道を知っているのかなんて考えないよ。
見かけは安っぽい茶色のゴワゴワしたコート。(中は最高級羊毛がたっぷり)
同色のもこもこブーツに靴下は二枚履き。毛糸の帽子に耳当てにマフラーと手袋。
小さな肩がけのカバンの中には、お小遣いとデフォルメされたエンニチが刺繍されたハンカチ…これ何?執事さん。隠しナイフと紫色の怪しげな液体の小瓶も持っていけ?要りません。
胸ポケットにはエンニチ。右手でダスティさんを掴み。
気を取り直して。
行ってきます!
◆◆◆◆◆◆◆
「…さて、私もそろそろ仕事に向かうとするか。セバス用意を頼むよ…はぁ、本当に面倒だね。会談が入っていなければ私もセーラと行けたのに」
「 はい。こちらにご用意しております。
…ふふ。いえ、先ほど嫌々部屋を出て行かれたルイス様とロン様が今の旦那様と同じお顔をされていましたので。
今日お会いする方々はお気の毒かと」
「自国ならどうとでもなるが、今回の会談相手は他国の貴族たちだからね。仕事だと諦めるしかないさ…勿論セーラとの外出を邪魔された分はキッチリ取り立てるよ」
「旦那様のお相手もお気の毒な事になりそうですね」
「まぁ、相手の出方次第かな。そろそろ行くとするか」
「お供いたします」
昨日から喉が痛い。
医者に行く時間もなく、大量ののど飴で凌ぎつつも得られるのは一時の緩和のみ。
カロリーを引き換えにするか、喉の痛みを我慢するか、悩みどころ。
( ̄◇ ̄;)




