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二十八度

頬ずりしキャサリンちゃんと呼び続ける師匠から、私も家族たちも静かに一歩距離を置いた。





「マイヤ氏は非の打ち所がない才女だが唯一の欠点が、遺跡や歴史に関わるもの全てを愛するあまり人格が変わるとの噂は本当だったようだね」


皆で固まってヒソヒソ話す様は、ご近所の奥様方の井戸端会議とらなんら変わらない。

しかし対象が薬物では無くて本当に良かった。一歩間違えればマッドサイエンティストになる所だったな。

申し訳ないが師匠呼びは一時的に保留とさせて頂くことにした。








白磁に淡く黄色い梅の花に似た模様のカップをソーサーから持ち上げ、温かな湯気立つ紅茶をふーふー冷まし一口。

お口の中にほんわりと広がる香りに目を細める。


うん。おうち紅茶は美味しいなぁ。


このブレンドティーは、甘いものが好きな私のために料理長様と執事様が吟味を重ねテイストしたもので茶葉の質はもちろん、マスカットやイチゴなどのドライフルーツをブレンドした香りも味もピカイチの特別なフレーバーティーなのだ。

砂糖をガッパンガッパン入れもう一口。


うーむ、素晴らしい。


前世のティーパックとは大違い…比べるまでもないか。

はふん、と満足している目の前にいるのは未だに頬ずりしているマイヤさん。



…どうするかね、アレ。


そろそろ彼女を正気に戻したいが…。




「ダスティ。美人に声を掛けれるチャンスですよ」

「いゃ〜。楽しそうなのに水を差すのも何すから」

「チャンスを逃す。だからモテない」

「ヒドいすよ!」



全員が相手に(主にダスティさんに)厄介ごとを押し付けようとしている。


家族の絆とは時に脆いものである。




「でもあの方はお父様のお客様ですよね?」


「「「「…………………」」」」



家族の絆で一致団結した私たちは、生贄パパさんを輪の外に放り出した。

…パパさん。貴方のお客さんなんだからそんな嫌そうな顔しなくても。





「楽しんで頂けているかな?」

「…はっ。た、大変申し訳ございませんでした!!

このキャサリンちゃんは、殺傷能力も無く優雅な形状と散りばめられた宝石から、儀式用か装飾品の類いですね。この保存状態なら時空魔法と土魔法との混合魔法『状態保持』がかけられています。

ふふふふ、ずっと綺麗な姿のままでいられるのですもの。キャサリンちゃんもきっと喜んでいますわ」

「そ、そうかい…所で持ち手の文字は読めるかな?」

「…それがインカン帝国時代からプトレマイース時代にかけては次々と王が代替わりをした時代でして、文字も文化も多様化しているのです。短い文とはいえ、解読にはなかりの時間がかかると思われます」



「セーラ、こちらにお出で」



パパさんの目が読んでみろと言っている。

生贄にした仕返しだろうか?

きっと万能翻訳機能で大丈夫とは思うが、そんな情報をこの人に与えて大丈夫なのか?暴走する未来しか見えないぞ。

チラリとパパさんを見るも、にっこり頷くだけだ。

ちゃんとフォローしてくれるんだよね?ね?

内心怯えつつ、戸惑うマイヤさんからペーパーナイフを受け取った。


…問題無く読めるな。なになに。



「…成人の日を祝って。サハからワーナへ…これはお祝いの品のようで…」



最後まで聞き終わる前に、マイヤさんが何処から取り出したのか人を殴り殺せる厚さの辞書をすごい速さでめくりながら、「…なるほど、この文字がここで、サハ王は…前期の帝国…息子のワーナが…」とブツブツ呟き出した。

目の前の公爵一家には目もくれず、すでに意識は文字の世界にトリップしている模様。

目を見開き文字を追いながら背後に揺らめく鬼気迫る只ならぬ雰囲気に、私たちは更にもう一歩静かに距離を置く。



「お父様、怖いです」

「これ以外は素晴らしい女性だよ」

「完璧な女性なんていないすよ」

「博識な女性」

「完璧より欠点があったほうが愛嬌があると思うよ」


くっ。何処の世界でも美人には寛容なのか。




ガシィッ。



ひぃっ!?

いきなり肩を掴んだマイヤさんの顔がなんか怖いっ。綺麗な分迫力美人さんになってるぞ!怖い怖いっ!



「セ、セラフィーナ様は、ま、ま、まさかこの文字が読めるのですかっ!」



横目でパパさんを確認する。

頷いた。

パパさん助けてくれ。



「は、はぃぃ」

「な、なんという事でしょうか!で、ではこれは!この子オリビアちゃんに書かれているこの場所文字は分かりますか!?」



懐から取り出したのは所々金メッキが剥がれた細く古そうな腕輪、オリビアちゃんを目の前に持ってきた。



横目でパパさんを確認する。

頷いた。

パパさんそろそろ助けてくれ。



「…えっと……我が愛する妻ルシアへ、、とあります」

「…せ、正解です。これはノマノノ王朝時代の当時外交官を務めていた伯爵家夫人の持ち物で、、いえ今は関係ありませんね。

セラフィーナ様。私はこの文字一つ一つの形から手掛かりを探し、古文と歴史書と辞書から解読するのに一週間ほど要しました。なのに何故セラフィーナは直ぐに分かったのですか?何かの魔道具?それとも古代遺跡への愛の力ですかっ!?」



んなモンな無い。



「まあ、落ち着きなさい」



パパさんがようやく助け舟を出してくれた。

遅すぎる。遅すぎるよぅパパさんっ。

我にかえり謝罪するマイアさんに、パパさんは気にしていないと(私は気にする)微笑んだ後に苦悩の表情を見せた。



「セーラには生まれつき、あらゆる文字を理解出来る能力を持っているのだよ」

「なっ!?そ、そのような事があるのですか?そんな魔法は見たことも聞いたこともありませんわっ」

「しかし今、貴女はそれを目の前で見ただろう?」

「そんな…それを周りに知られれば、セラフィーナ様は一体どんな目にあうか…」



ふむ。パパさんやエンニチたち最凶、いや最強のラインナップを前に私をどうこう出来る人物などいるのだろうか?そちらの方が興味がある。


…マイアさん。何故にそんな痛まし気な目で私を見るんだ?

彼女の脳内で私はどんな悲劇の主人公になってるんだろう?

私的には翻訳家で将来安泰ウハウハだと思っているのだが。



「で、では私がセラフィーナ様をお側でお守りしますわ!護身術には心得がありますし、土魔法での防御も出来ます。護衛でもメイドでも…そうですわ、私セラフィーナ様の家庭教師になりますわっ」



淑女の仕草をほっぽり出したマイヤさんが、ハイッ!と子供っぽく大きく手を挙げた。

可愛らしい動作だが、目が爛々と輝いている。



「しかし君は任期間近とは言えバ、ルイベット姫の家庭教師だ。しかも終了と同時に留学期限も終わりだった筈では?」

「それならばご安心ください。ルイベット姫には学ぶ姿勢が見られず、恐れ多くも王から謝罪を頂き、現状は終了している状態ですので」



どうやら縦ロールは、授業をボイコット(敵前逃亡)していた模様。本当大丈夫かこの国。

国の将来に不安になりつつも、横ではマイヤさんのアピールが続く。


「しかし国からの帰還命令は如何するつもりかな?」

「それもご安心ください。宰相様は私が祖国で栄誉賞を頂いたのはご存知でしょうか?」



ほー。こちらの世界にも栄誉賞があるのか。日本の国民栄誉賞みたいなものか?

日本では柔道女子とか歌姫とかだな。あれに関しては個人の意見としてだが、亡くなった後に贈ってもねぇ、と言いたい。

兎も角、マイアさんはそれだけの事をしたということだ…今のうちにサイン貰っといた方がいいのだろうか?




「ああ、一躍君の名前を有名にした件だね。女性初の栄誉賞。確かインダスト王朝時代における歴史的発見をしたとか」

「はい。そして栄誉賞の特権は私の望みを叶えると言うものでした。

あちら側としては私が王族との結婚を望むと思っていたのでしょうけど、私からすれば馬鹿にしていると言わざるを得ませんでしたわ。

その時には保留という形をとりましたけど…ふふ、辞退しないで正解でした。私はそれを使い永住権を取得しますわっ!そしてセラフィーナ様のお側にっ!そのお力で共に歴史の謎を解明していきましょうっ!」



最後に本音が出たな。



「しかし国が君を手離すとは思えないんだが」

「叶えられないのであれば、国民に向けて告発するのみです。

国のプライドと一人の女性。天秤にかけるまでもありませんでしょう?

それでもまだ祖国が何かするようであれば、この国で結婚をして市民権を得ますわ。…あら?そうですわ。幸いにも私には夫が一人も居りませんし、これはいい考えです」



おいおい。結婚といえば人生の一大イベント。

一妻多夫は兎も角、私でさえ何とな〜くほのかな憧れがあるのにそんな事で人生を決めていいのだろうか?

目的の為なら手段を選ばない、男前さんだった。



「それに私は歴史学や他の学問は元より、ダンス、乗馬、裁縫、芸術、淑女の心得まで全てセラフィーナ様にお教え出来ますわ」

「それは素晴らしい。私としては是非とも貴女にお願いしたい所だが、問題は…」



全員がエンニチを見た。



そう、最終的判断をするのはパパさんではなくエンニチだ。

マイヤさんの奇行については、それはそれとしておいとけば性格も良さそうだし、美人で常識もあるし知識も豊富だ。多分理想的な先生と言えるだろう。

しかし私の先生になるという事は同時にエンニチと一緒だという事だ。(離れないし)

私は家族の方が大事なので、もしエンニチが気に入らなければ残念だがお断りするしかない。その事を伝えるとマイヤさんは決意を新たにエンニチに向き合う。



カーン☆



何処からかゴングの音が聞こえた気がした。





「エンニチ様、どうか私をセラフィーナ様の教師として認めては頂けませんでしょうか」

「………………」

「私は必ずセラフィーナ様を世界一の淑女にしてみせますわ」

「………………」

「それともファッションリーダーの方が宜しいでしょうか?お可愛らしいセラフィーナ様は何を着てもお似合いですし」

「………………」

「エ、エンニチ様は美しい羽の色をお持ちですね。それに雛らしい小柄で愛ら…………覇王のような佇まいで思わず平伏したくなるような覇気を纏われていて素敵ですわ」

「………………」

「ほっ 本日は大変お日柄もよく」

「………………」

「何かリアクションをお願いしますっ(泣)」

「………………」




言葉のジャブを、避けまくる(スルーする)エンニチを相手にクールビューティなマイアさんもそろそろ半泣きになりそうだ。

私的には、悲鳴も泣きもせず真正面からエンニチに話しかけている時点で合格と言いたいが、小姑エンニチの採点は厳しいらしい。

話しかけても無表情のエンニチに焦っていたマイヤさんだが、フッと何かに気付いた表情を見せを見せ、こちらを見てもう一度エンニチを見た。



「やっぱり。ふふ、そのペンダントはセラフィーナ様とお揃いなのですね。それもセラフィーナ様の瞳と同じ綺麗な紫色。とても良くお似合いですわ」

「(………コックリ)」



お気に入りのペンダントを褒められたエンニチはあっさり合格サインを出した。



小姑エンニチは意外とチョロかった。






◆◆◆◆◆◆◆






「ふふ、長年頭を悩ませていたセーラの教師が決まって本当に良かったよ」

「栄誉賞を貰うほどの才女」

「ええ。それに父上にも色目を使いませんでしたし、逆に父上の笑みにも顔を赤らめる事すらしませんでしたね」

「ん。合格」

「それもこれも日頃の行いかな」

「…俺、アレを手に入れる為に一週間もダンジョンに籠って必死こいて探してたすよ。セ、セラフィーナ様に一週間も会えなかったす〜」

「セーラにキスされた罰です」

「お仕置きも兼ねて一石二鳥」





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