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二十五度

ほわぁぁ〜。ヌクヌク〜。



城の中にあるパパさんの部屋の中に入るなり、速攻で暖炉の前に陣取る。ふ、真正面は私のものだ。


ここは執務室の奥にあるパパさんプライベートルーム。食事や寝泊まりも出来る広々とした空間だ。

私も何回か入った事があるが、立派なキッチンもあるし、戸棚には調理器具も食料や食器も常備されている。部屋の中央には明るい木目が綺麗な大きな円卓のテーブル。床には深緑色を基調としたふかふか絨毯が敷かれ、初めて足を踏み入れた時には足首まで埋もれる感触に感動したものだ。大きな窓の側には観葉植物と黒のシックな革張りのソファー。更に奥の扉はベッドルームになっており、扉を開けばふんわか体を包む高級ベッドが待っている。全体的に薄いグレーの壁紙でパパさんのセンスが光るオシャレな部屋なのだが、私の絵が飾られているのは如何にかしてほしい。



私の居る部屋の中は、パパさんが事前に指示したのか、はたまた城のメイドさんの仕事なのか既に暖炉に火石が入っており室内はポカポカだ。素晴らしい。私のポケットマネーから金一封を贈呈したい程の心遣いだ。

暖炉からの熱が寒さでガチガチに固まっていた身体をジンワリと溶かしていく。

ふぃ〜、生き返る。



私の後から次々に入ってきたパパさんたちは直ぐにコートを脱いでいる。ベル坊っちゃんは襟首を広げ、この部屋暑くねえ?など信じられない事を言っているが、それは暖炉の前でコートも脱がずガタガタ震えている私に対する当てつけか?


寒いものは寒い。寒い寒い寒い寒い寒い寒い。




「な、何だ?暖炉で温まってるだけなのに鬼気迫るセーラの後ろ姿は?」

「あの状態になったセラフィーナ様は何を言っても無駄すよ」

「ああ、なんかそれ分かる。

そう言えば俺、セーラに初めて会った時に妖精と勘違いしてさぁ。そん時どうしても妖精に会った証拠が欲しくてセーラが羽織っていたマントを取った瞬間、頭殴られたっけ」

「そう、私たちの妹は妖精なのです」

「もしくは天使」

「おいシスコン共。気にするとこはそこかよ。

忘れてる様だから言っとくけど一応俺、皇太子。俺に手を出したら普通は不敬罪で捕まるからな」

「ふっ、馬鹿馬鹿しい。不敬罪?セーラの前ではどんな罪も無罪放免です」

「ルイス坊っちゃん。流石にそれは無いすよ」

「ダスティ。セーラが牢屋に入れられても平気?」

「セラフィーナ様が絶対的な法律す」

「大体殴られるぐらい可愛いものですよ殿下。寧ろ氷漬けにならなかった事に貴方は感謝するべきです」

「マジか」



何か男性陣が言っているが、私の脳には入って来ない。何故なら目の前には暖かく私を包み込んでくれる暖炉いとおしいおかた。そう、アナタがいるから。私はアナタに夢中なの、キャッ☆数時間も離れていた愚かな私を許して。もう貴方と離れない。

何人たりとも私と暖炉様の間に立つ事は許さん…うふふふふふ。



し、あ、わ、せ〜♫



「おい、あれ本当に大丈夫か?セーラがニマニマしながら暖炉に頬ずりしてるぞ」

「時々ああなる」

「おかげで我が家の暖炉は、八つ当たりしたエンニチ様の足跡が無数に付いていますよ」

「マジか」



貴方のこの固くて少しザラついたお体も、レンガ色や黒色のお洒落な色も全て、あいらぶゆーあいらぶゆーあいらぶゆー♫

ああ、分かってる。自分でも分かってるとも。生まれて初めて長時間、極寒(多分)の寒空の下に居た所為でいつにも増しておかしくなっているのは。

そう考えると、先程のツンデレ発言もきっと寒さの所為だろう。うんうん、そうだ。きっとそうだ。

でも今は正直それもうどうでもいい。

暖炉様は私のもんや〜。



「お父様、私は暖炉と結婚します」

「却下」



ああ、私たちはロミオとジュリエットのよう。

でも大丈夫、パパさんはきっと分かってくれる筈だ。







分かってくれなくて良かった。


先程は大変失礼致しました。

寒さで少々おかしくなっていたようです。


体が充分温まり、暖炉の魅了チャームから漸く覚めれば、目の前のテーブルには既にグツグツと湯気が出て部屋中に食欲を誘う香りを漂わせているトマト鍋が鎮座していた。実に美味しいそうだ。

窓から見える雪景色的にはオコタでキリタンポ鍋か土手鍋などが似合いそうだが、残念ながら米も味噌もないので現実には、高級素材を使用したトマト鍋だ。

そう、この世界にもお鍋があったのだ。

ダスティさんが昔、依頼である村に訪れた時に食べた料理を再現して作ってくれたのを見た時は驚いた。

まんま前世で食べていたお鍋だったのだから。

何でも此処よりもっと北部に位置する場所にある郷土料理だとか。

残念ながら私は一生訪れる事はないだろう。

兎も角、感動した私は思わず頬っぺにチュウをしてしまった程嬉しかった。素晴らしいダスティさん、貴方のおかげでまたお鍋と出会えるとは。お鍋は冬の風物詩だからな。

そう言えばあの後、一週間ほどダスティさんを見なかったけど仕事だったのだろうか?



それは兎も角、お鍋好きの日本人としてはここは譲れない。

初めてダスティさんが作った鍋は、鶏肉と野菜を入れたものに塩で味付けしたちゃんこ鍋に似たシンプルなお鍋。それはそれで美味しく頂いたが、まだまだバリュエーションは豊富にありますとも。


スパイシーなカレー鍋に、真っ赤なチゲ鍋、変わり種ではすき焼きやチーズフォンデュに似たチーズ鍋等。

因みにお鍋フォークは邪道だと(自称)お箸を推奨したところ、お箸の使い方もあっさりマスターしたチートな家族だ。

ナイフやフォークより使い勝手がいいと、各自マイ箸まである。

初めは白金に宝石、ミスリルなど目玉が飛び出る程お高い材料で作ろうとしていたので慌てて止めた。何それ、小さな家なら軽く買えそうな値段の箸なんか怖くて使えないわ。

やっぱり材料は木だ。

前世、低賃金のしがないOLには、◯万円もする漆塗りの高級箸はお高くて手が出せなかったので、何の装飾も無い百円で買った栗の木の箸を使っていのたが、今のマイ箸は大神殿にも使用される樹齢二百年の木を丁寧に削った上から薄紫色に黒と銀で装飾し、そこに細密な藤の花が彫られ濃い紫で色付けされたお気に入りだ…値段は考えない。白金や宝石で作るより高そうだな、などと思っていないとも。

パパさんから贈られた物なので有り難く頂戴した。

もう一度言おう。値段は考えない。





さて、いただきます。


「美味しそうだね」

「腹減った〜。ここで食べてから俺もハマってさ〜、城の料理長に頼んで作ってもらったら父上もハマって最近はよく食べてるんだ。母上たちは庶民の野蛮な食べ物って見向きもしないけどアレって絶対損してるぜ」

「食わず嫌い」

「そういう人に限って食べれば好きになるんですよね。今までの発言を忘れて絶賛する姿は滑稽で楽しいですが」

「セラフィーナ様もどんどん食べて大きくなるんすよ」

「ありがとうダスティ」



ダスティさんから具がてんこ盛りの器を受け取り一番上の野菜をパクリ。ん〜、トロけるぐらいに柔らかくなった野菜に味が染み込んで美味しい。お、この腸詰めも最高だな。パリッとした後に肉汁がジワーッと旨味が溢れて何本でも食べれる。

ジャガイモも口の中でホロリと崩れてほっこりするなぁ。

ビール、ビールが飲みたい!苦味のある炭酸シュワシュワのビールプリーズ!

夏でも冬でも熱々の鍋には冷たいビールだ。今はトマト鍋だからワインも良いな。実際目の前にいるパパさんとダスティさんはワインだし。ズルい!私にも一口おくれ。

手に持つカップの中身これはワインワインと自己暗示をかけつつ葡萄ジュースを飲みながらも少々恨みがましい目で大人二人を見るのは止められない。

早く大人になりたいものだ。





「エンニチ、あ〜ん」


ぱかっと開いた口に半分に割った香草が練り込んでいる肉団子を入れる。もしゃもしゃと頰っぺたを膨らませながら動かす姿は大変愛らしい(飼い主の欲目)が、歯もないのにどうやって食べているのだろう?明らかに自分の口のサイズより大きな食べ物もペロリといくエンニチが一番不思議生物だったりする。

一度だけ口の中を見てみたが、小さな舌だけだった。解せん。


いつものように仲良く半分こしつつお鍋を堪能しながら腸詰めを箸で持ち上げた時、横からベル坊っちゃんが言った。


「セーラ。そ、それ美味そうだな。お、俺にもくれよ」

「え?…あ、ああ。別にいいですよ。腸詰め美味しいですよね」


いきなりで驚いたが、器に入れようと振り向けば口を開けたベル坊っちゃんの姿。

これは食べさせろという事か?い、いや別に可笑しくは無い筈だ。エンニチは勿論の事、パパさんやダスティさんブラザーズにもしている事だ。うんうん。可笑しくは無い。家族以外では初めてだが。



箸で摘まんだ腸詰めの向こう側にあるベル坊っちゃんの真っ赤になった顔が可愛いと思った事は黙っていよう。



「ベル様、あ〜……ん?」

「………ん?」


箸の先に腸詰めが無い。

二人で顔を見合わせ、視線を下に向ける。


箸の真下には、もしゃもしゃの口を動かすエンニチの姿。



ごっくん。



グツグツとお鍋が煮える音しかしない中、嚥下する音が大きく聞こえた。





…………………………………をや?




「……こ、こ、この魔王がぁぁっ!今日こそ退治してやるっ!!」


ベル坊っちゃんの雄叫びが部屋中に響き渡った。





その後、エンニチとベル坊っちゃんとのバトルが勃発したが、無論ラスボスエンニチの敵ではなく、数秒と持たず一撃ノックアウトした。

今は剣の師匠であるダスティさんがお説教中だ。

勇者ベルぼっちゃんを撃退した魔王エンニチはと言うと、優雅に締めのトマトスパゲッティを食している。

時々、チラリとベル坊っちゃんの方を見て、フッと小馬鹿にした目で笑い、それを見たベル坊っちゃんが怒り、そしてダスティさんに叱られる。と言った悪循環だ。

第三者から見ると大変に愉快、ゴホン…笑えゴホゴホ…見応えがある。

そうそう、ベル坊っちゃんは去年の初め頃から剣の師事をしている。

城にも教育係がいるそうだが、本人曰く。“ それだけでは足りない。アレを倒すには ”との事ダスティさんとパパさんの了承を得て週に1、2回我が家に来て剣の指導を受けている。手にマメをつくり日々逞しくなるベル坊っちゃんだが、強くなって倒したいと言うアレとは何だろう?


…まさかエンニチをどうこうするつもり、とか?ははは。それこそまさか、だな。

もしそうなら残酷だが現実を見ろと言いたい。はっきり言って一生どころか来世でも無理だと断言しよう。






◆◆◆◆◆◆◆






「ヘタレ…いや殿下が勇気を出したセーラへのお願いの結末があれか…哀れだね」

「ヘタレ…いえ殿下もお可哀想に。それにしてもエンニチ様は容赦ないですね」

「ヘタレ…違った。殿下残念」



「あのぉ、すんません。可哀想なんで、わざとヘタレ付けるのは止めてあげてほしいす…何か他人事とは思えないすよ」







トマト鍋のシメはご飯とチーズ、卵でリゾットにするのが好き。

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