閑話 人形は夢をみない
遅くなりました。m(_ _)m
今回は部屋の中に置いているヌイグルミの話です。
エンニチ視点です。
今日は良い一日だった。
いつもセーラに付き纏う邪魔な兄弟は学園の行事とやらで泊まり込み、嫌いな宰相は緊急の仕事がありこちらも城に泊まり込み。唯一残った筋肉使用人は一睨みで部屋から追い出した。
一日中セーラを独り占めでき非常に満足だ。
これも自分の日頃の行いの良さだろう。
セーラにプリンをあーん、してもらいながら、至福の時間を心から喜んだ。
彼奴らは一生帰ってこなくていい。
日付も変わり、今は自分の大好きな紫色の瞳も閉じられ深い夢の中にいるセーラの寝顔を堪能し満足気に欠伸をする。
さて、自分も寝るとするか。
セーラの懐に入るべくポカポカ暖かい毛布の中に潜り込む寸前、
ーーキイィーン
小さなか細い音と共にこの部屋の空間が切り取られたのを感じる。
咄嗟にセーラの周りに防音と結界を張り、不機嫌な気分のまま、枕の上から扉を睨み付けた。
乱暴に開いた扉から、セーラと自分の部屋に入り込むネズミが二匹。
目の部分以外は全て黒一色の服装だが、今は所々破れており、肌色を曝け出している。怪我をしているのか何かが焦げた匂いと血の匂いもしている。
む、この部屋には似合わない匂いだ。
二匹は自分には気付かずに荒い呼吸を繰り返していたが、背の高いネズミが背の低いネズミに食って掛かった。
「ハァハァ、な、何だこの屋敷は一体!?雷撃だけをマークしとけば後は子供一人攫うだけの楽な仕事じゃねぇのかよ!何なんだよ!執事のジジイも屋敷の使用人の奴らもあの異常な強さは!?
し、しかもここに来る途中、状況を確認しようと覗いたま、窓、窓の向こうで庭師がシャベルで俺たちの仲間の死体埋めてやがったんだぞ!笑顔で!」
「落ち着け」
「てめぇは何で落ち着いていやがる!俺たち以外全員ヤられたんだぞ!
さっきまで俺の後にいたバルとギマーシュの二人なんぞ、いきなり開いた扉の中に引きずり込まれ、悲鳴と共にそれっきりだ!この屋敷はバケモン屋敷か!?」
「落ち着けと言っている。追って来た奴らもこの部屋の空間は直ぐには繋げられない筈だ。
兎に角経過がどうであれ目的の子供はそこだ。今のうちに任務遂行を……何だ?これは黒い…雛、、か?……生きているな」
「……人形?いや、こんな目付きの悪いヒヨコの人形なんぞあるもんか。生きてやがる。しかもこの鋭い目付き、迫力。俺たちと同類…それ以上だぜ」
ネズミは動揺と怯えの混じった目で自分を見ている。
失礼な。
セーラは自分の事を見ながら、
『かわいい?多分きっとこれはギリギリかわいいの分類になるはず。飼い主の欲目で時々可愛く見えるし…エンニチは………(サイズが)かわいいよ』
可愛いと言ってくれるのに。
背の低いネズミが手に持つ箱は魔法具か。
粗方屋敷の奴らが駆除したようだが、空間を操る時空系の魔法はレアの中でも数が少なく特殊な分類に属している。
邪魔な兄弟の下の黒髪が使い手だった筈だが今はいない。あの魔法具により空間が切り取られいては使用人では手出しが出来ない。
仕方がない。
今は起きる気配は無いが、万が一もある。サッサと済ませて早く寝よう。
セーラがよく言っている、睡眠不足は美容と健康の大敵だ。
セーラに愛でられる為には、日々の弛まぬ努力が必要なのである。
ジリジリとネズミが近付く気配を感じ、駆除しようと思ったのだが、別の力が部屋中に働いたのを察知し、そのまま留まり様子を見るここにする。
そして、其れ等はのっそりと緩慢な動きで身を起こした。
「な、何だ」
「…周囲から異様な気配を感じる」
「……俺の目の錯覚か?……ヌイグルミが動いているぞ」
ネズミの視線の先には、ネズミの腰ぐらいの大きなヌイグルミが左右に体を揺らし、のっそりのっそりと近づいていく。
セーラが一番初めに宰相に貰ったと言っていた紫色の垂れ耳ウサギがニィィィイ、と目元まで口が裂け、ケタケタ笑い始めた。手には台所から取ってきた包丁を持っている。
ピンク色のクマのヌイグルミは掃除用のモップを緑色のネコのヌイグルミはフォークとナイフを。他のヌイグルミも花瓶や麺棒など手に何か持っているようだ。
うむ、道具を使用する事で攻撃力を上げるとは感心するな。
宰相がセーラに贈るヌイグルミは全て何らかの防衛系の魔法が施された、言わばヌイグルミの形をした自立式魔道具だ。
それが侵入者を感知し、一斉に動き出したのだ。
全てのヌイグルミがウサギと同じくニィタァァァァと口が裂け、一斉に笑う。
ケケケ…ケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケタケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケケ。
「「ギャーーーッ!!!!!」」
セーラに防音を掛けておいて良かった。
全てのヌイグルミがケタケタ笑い始めただけでは無く、何故かネズミ二匹も煩い。
ヌイグルミが笑っているだけなのに何が怖い?
ケタケタ、ギャーー、ケタケタ、ギャーー
ーーこいつら、うるさい。
ヌイグルミ諸共ネズミを城の牢屋に移転させる。
一瞬、宰相か邪魔な兄弟の前に移転させてやろうかと思わないでは無かったが、帰宅するきっかけになるのは御免だ。
床に落ちていた魔道具を蹴ると壁に当たりガシャリと音を立て壊れたとたん、
「セラフィーナ様!無事です、、アダァッッ!」
空間が繋がり筋肉使用人が騒々しくも大慌てで入って来たので、取り敢えず蹴りあげ黙らせる。
下腹部押さえ筋肉使用人は大袈裟にうずくまってい……そう言えばそこは人間のオスの急所だっただろうか?
…まあいい。
万が一にもセーラが起きた場合、下腹部を蹴り上げるだけではすまない、と本気で睨み付ければ、その場で痛みに悶えていた筋肉使用人は真っ青な顔色ですぐに踵を返して出て行く。
部屋の外で一部始終を見ていた執事が此方に一礼し、静かに扉を閉めた。
あの執事、なかなかやるな。
パタンと閉まる音がし、静寂が戻る。
やっと静かになった。
煩いのはキライだ。
枕の上からセーラの寝顔を覗き込むと、先程の騒動にも気付かずスヤスヤと幸せそうに口角を上げている姿に目を細めた。
セーラから優しい花の香りが僅かにしているのもいい。
自分の好きな花の香りと大好きなセーラ。最高の組み合わせではないか。やはりあの藤?だったか。あれを引っこ抜いて移転させた甲斐があったというものだ。
…誰の許可?あれは自分のだからどう扱おうと勝手だ。
懐に潜り込むと暖かさにホッとする。
やはりセーラと二人きりが一番だ。
側いると穏やかでぬくぬくでまったりで少しだけ騒がしい。
以前の様に一人でぼんやりと好きなものを眺める時間も嫌いでは無かったが、前に戻りたいと思わない自分は満たされているのだろう。
セーラの静かな寝息の音に自分もうとうとと瞼を閉じる。
おやすみなさい。
元々考えていたヌイグルミの機能でしたが、気が付けば2話続けてホラーチックなお話に(汗)