閑話 ルイベットは黒色の悪夢を見る
皆様お待ちかね?ルイベットVSエンニチです(笑)
書いている途中、フッと浮かんできた作品の副題。
『そのヒヨコ、凶暴につき』_φ( ̄ー ̄ )
ハァハァハァ。
息が上がり疲労から絡まりそうになる足に力を入れ、ルイベットは己を叱咤する。
ハァハァハァハァハァハァ。
こんなに走ったのは生まれて初めてだ。
カラカラになった口。
疲れと恐怖で滲む瞳。
徐々に迫り来る悪夢。
何故、何故このような事になったのだろうか。
サミローダ国の第一王女として生まれたルイベットは待望の王女として蝶よ花よと大切に育てられてきた。
絵本もドレスも靴も宝石も何でも好きなだけ贈ってくれる大人たち。
上に立つ者の義務であるマナーや刺繍は嫌いだが、どの教師も少し泣き顔を見せればあっさりと免除してくれるので、然程気にならない。
ルイベットを取り巻く世界は、美味しいお菓子と綺麗な宝石、色鮮やかな花々に囲まれ、手に入らない物など何も無かった。
ルイベットが唯一手に入れる事が出来なかった存在が神族であるシュバルツだった。
シュバルツを初めて見た衝撃を、ルイベットは今も忘れてはいない。
深い知性を宿した穏やかな金の瞳。神々しく優雅な佇まい。純白に砂金をキラキラとまぶしたかの様な美しい羽。圧倒的な存在感。
正に自分の側にいるのに相応しい存在だ。
高揚した気分のまま父親に頼むと初めて怒られた。父親の激高した姿に震え上がりペットとしては諦めたが、転んでもタダでは起きない妙なところで逞しいルイベットは、ならばせめてシュバルツの羽で帽子を作ろうとコッソリと毟り取ろうとした。(命令した従者は泣いて逃げ出した)
その時のシュバルツの凍てついた眼差し。
『ほぅ?愚かな小娘よ。そなたはそんなに羽が好きか?ならば我から贈り物をしてやろう』
髪の毛の代わりに羽が生えていた。
頭部を覆う原色系の色鮮やかな鳥の羽。
姿見に映る自分の姿に悲鳴を上げ気絶した娘に王であるレブスは瞬時に状況を理解し、、吹き出した。
頼りの父親は娘の姿に爆笑しながら、良い薬だとそのまま放置し、羽頭は一ヶ月続いたのであった。
ピンクにど派手な赤や青の大輪の花々が描かれたルイベット愛用のティーセット。
蒸らし時間も完璧に手際よく淹れた紅茶には、メープルシュガーを一つ落とす。薔薇の細工模様が美しい銀のティースプーンでゆっくりと混ぜるマリウスの流れる動作をルイベットはぼんやりと眺める。
クルクル巻いた柔らかな栗色の髪に垂れ目でのほほんとした雰囲気の少年だが、人間ではない。正体はギシマスという幻術が得意な鳥で、遠くはケットシーの血が入っていると噂されるルイベットの守護鳥だ。
この国では上位貴族の女子は二歳になると力ある鳥の雛を選び共に成長し、やがて雛は絶対的な守護をもたらす存在となる。
しかし一部の例外を除き一年として共にいる事はなく、直ぐに主人を見限るのが殆どだ。
『僕がM属性で良かったですね〜』
以前マリウスに言われた言葉だが、M属性の意味が分からなかったルイベットは侍従長にコッソリと尋ねると、笑顔で『姫様は知らなくてよい言葉です』と言われた。
納得はしていないが、微笑んでいる侍従長の雰囲気があまりにも怖かったので大人しく口を閉ざした。
なので未だにM属性が何なのか分からないままだ。
紅茶の爽やかな香りを楽しみつつ、しかしルイベットは内心ため息をつく。
次は歴史の授業だ。
今時珍しい女性の教師だが、泣こうが喚こうが一切の甘えを許さず、銀のフレームを持ち上げ眼鏡越しに冷たい視線を送るだけだ。
一部からはあの視線がゾクゾクすると、クールビューティーの名で人気が高いが、ルイベットに言わせれば唯の冷酷無慈悲な魔女である。
もうすぐ来るであろう魔女の顔を思い出し、不貞腐れた態度を隠しもせずにオレンジピール入りクッキーを食べていると、二杯目の紅茶を鮮やかな手付きで入れ終えたマリウスがそう言えば、と呟いた。
「姫様ご存知ですか〜?今日は第二御子様が城に居られるらしいですよ。御子様の守護を受けているご令嬢も御一緒に。
何でもご令嬢の方はグラージュ家の至宝とか真珠姫とか呼ばれているそれはそれは可憐で美しいお方らしいですよ〜、僕も目がチカチカするケバい姫様では無く、その方にお使えしたいです〜」
……ボカッ。バタン。
側頭部を殴られマリウスは気絶した。
正直者が馬鹿を見る、の良い例かも知れない。
気絶したマリウスをそのままに、ルイベットは怒り肩で部屋を後にする。
自分より美しい?御子様の守護を受けている?ーー認められる訳がない。
どんな人物かこの目で見てやろう。序でに御子様もわたくしの人となりを知れば、その小娘ではなくわたくしを守護してくれる筈だ。
ルイベットは口の端を上げた。
途中、復活したマリウスが追いつき一悶着があったが、思いの外早く目的の人物を探し当てた。
月光の様な煌めく銀髪、澄んだ紫色の瞳。まだ4歳にもなっていないと聞いたが、聖域に似た独特の雰囲気を持つ少女に気圧される。
…側にいた第二御子の目付きの悪さに、本物かと二度見三度見したのは仕方がないだろう。
此方に来ようとしている御子の前を塞ぎ必死で懇願する少女の姿に、かっ、とルイベットの頭に血がのぼる。
何と浅ましい。わたくしが御子様をお助けしなければ!
「御子様、今わたくしがお助けいたしますわ!」
生意気な娘を突き飛ばそうと走ったルイベットは、額にガツンッと衝撃が走り意識がブラックアウトした。
揺り動かされ意識が朦朧としながらも何とか体を起こしたルイベットにマリウスが何故か大爆笑している。
…何がそんなに可笑しいのかは分からないが、取り敢えず馬鹿にされているのだけは分かった。
ルイベットは無言で蹴り飛ばし、八つ当たり気味に銀髪の少女を睨みつけ怒鳴る、が。
少女の背後にいる御子の瞳。
あの時のシュバルツと同じ目、いや、あれ以上の底の見えない瞳。
ゾクリと体が震え本能が警鐘を鳴らす。
そのまま踵を返し全力でその場を逃げ出した。
ハァハァ、ハァ…ハァ
ルイベットはふらつく足を止め、両手を膝の上に乗せながら荒い呼吸を繰り返す。そのまま力尽き横にある壁にもたれズルズルと床に落ちる。
暫く荒い呼吸を繰り返していた肺が落ち着き、少し周りを見る余裕が出る。
先ず視界に入ったのは、お気に入りのドレス。衣服は乱れ、裾が汚れているのに眉を顰めた。王女である自分が地面に座り込むなんてはしたない。
まだ体力も回復していないが、壁に手をつきプライドのみでガクガクする足に力を入れ立ち上がった。周囲を見回して首を傾げた。無我夢中で駆け出した所為でここが何処か分からないが、いずれ見回りの騎士が通るだろう。
壁にもたれながら考えるのは当然の様に御子の側にいた、あの銀髪の子供の事だ。
ーー気に入らない。
艶やかな銀色の髪も神秘的な紫色の瞳も雪のような白い肌も御子様と一緒にいる事も全て気に入らない。
しかもグラージュ家と言えば、国の中枢に携わり、高位魔法師を多数輩出している筆頭上位貴族だ。
嫡男で時期宰相と言われている『微笑みの貴公子ルイス』と、数々の高位魔法を使いこなし、時期魔法師長になるだろうと言われている『時空魔法の使い手ロン』
家柄、才能、容姿、全てに優れている女性憧れの二人が兄なのだ。
ーー非常に気に入らない。
そうだ。日を改めてあの子供をお茶会に誘ってみようか。公爵家とは言え王女である自分の誘いは無下には断れまい。序でにルイベットの取り巻きたちも呼んでもいい。全員であの子供を親切丁寧にもてなす事にしよう。
楽しい光景を浮かべほくそ笑んだ、その時。
ーーゾクリッ
先ほどと同じ感覚。
悪寒が走り、ギギギッと油の切れたゼンマイ人形の錆び付いた様な動きで恐る恐る背後を見ると、下の方。
柱の影から音もなく此方をじっっと見つめる深淵の瞳。
……………………
……………ウ…
「ウッッヒイイィィイイィッッッ!!!」
ルイベットは全速力で走った。
体の疲れも忘れ、先程よりも早いオリンピック選手もかくやと言うスピードで走る走る!
途中何人からか声をかけられた様な気がしたが、そんな余裕もなく恐怖から逃れる為に遠くへ、出来るだけ遠くへ足を動かす。
冷静に考えれば、近くの騎士に助けを求めるなり、父親の居る部屋に駆け込むなりすれば良かったのだろうが、足を止めた瞬間、あの瞳が此方を見ているような恐怖に駆られ死に物狂いで必死で走る。
走って走って、目の前に飛び込んできた銀で装飾された扉。両手で取手にしがみつき扉を開き中に隠れた。
荒い呼吸をしながら見渡せば、高い位置にある窓から差し込む光が唯一の光源の薄暗い部屋だ。埃とカビの匂いのする古い蔵書が管理されている書庫だった。
ハンカチで汗を拭いルイベットは安堵する。
この部屋は禁書と呼ばれる書物も数多くあり、厳重に管理されている。扉は王族の血筋に反応し開くようになっているのだ。
つまりはエンニチは入って来られない絶対の安全地帯。
……その筈だった。
ーーキシ
…え?
呼吸音とは別、他には物音一つしない筈の部屋の中に聞こえる異音。
飴色の木材で綺麗にフローリングされた床を歩く小さな小さな音。
キシ キシ キシ キシ
「…ヒッ」
扉は固く閉められ、今は自分以外の者は居ない筈だ。入れない筈だ。それなのに。
薄暗い闇の中から現れた、悪夢。
バアンッ!!
悲鳴も上げず扉を開け無言で走り出した。その表情は恐怖を通り越し、真っ白い能面のようだ。
しかし幾許も行かない内に足を止める。
目の前には背後にいるはずのエンニチが廊下の真ん中で待ち構えていたのだ。手のひらサイズの姿が異様に大きく見え、正にお伽話の魔王だ。恐怖のあまり腰が抜けた。
ペタンと廊下にへたり込み、それでも離れようとズルズルと悪足掻きで後退る。
それを嘲笑う様に近づく姿は、まるで獲物を追い詰める肉食獣の如くゆっくり一歩一歩、歩いてくるエンニチ。
「み、みみ御子様!わ、わたくしはあの子供に敵意などありませんわ!
さ、先程の言葉はちょっとした子供の戯れですわ!本当に冗談なのです。ですからお許し下さい御子様ァーっ!」
走った所為で汗で髪はボサボサ、ドレスも乱れたルイベットは涙目になりながらも必死に懇願するが、エンニチの歩みは止まらない。
トッ トッ トッ
「みみみみ御子様ァ、わたくしがこんなにお願いしているですよ。何かおっしゃって下さいませ」
『…ピーマン頭』
「ピ、ピーマン?って、お、お待ちくだ、、ウッキャアアアァァァッッーッッ!!」
ピーマン頭=頭の中がスカスカ




