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十七度

てくてくてくてく。

トトトトトトトッ。



てくてくてくてく。

トトトトトトトッ。



今、エンニチの案内で廊下を歩いている。

偶に側を通る文官や騎士の方々がギョッとした目で二度見三度見される。

城の中に幼女とヒヨコ。ありえない組み合わせだ。

あ、ガン見していた文官が書類を落とした。

驚かせてしまい本当申し訳ない。何も悪くは無いが心の中で平謝りをしてしまう。



「…わぁ」


てくてく歩いた廊下の先。そこを左に曲がると、一直線にステンドグラスが嵌め込まれた窓が連なり、そこから差し込みんだ光が廊下を一面色鮮やかに染め上げている場所に出た。

キラキラと光を反射するそれは万華鏡のように輝いている。

教会に似た荘厳な雰囲気に気圧されながらも、よく見ると一番手前の窓には鳥、魚、龍、獣の姿。次の窓には白い鳥が青い空を飛んでいる姿…これはシュバルツ様?

次の窓には緑豊かな大地に羽を広げる白い鳥の立ち姿。ああ、多分これは建国記だな。

私は足元にいたエンニチを抱き上げ、見やすい高さまで持ち上げ指をさした。


「ほら、エンニチ見てごらん。廊下に嵌め込まれたステンドグラスが建国記の物語を再現してる」


エンニチが初めて気が付いたといった風に、私の指先にあるステンドグラスをマジマジと見ている。


「一番初めは神様に大地の守護を命じられた神族様方の場面、次にシュバルツ様が大地に降り立ち、緑の大地が広がり人が集まり、次にシュバルツ様が人の中から王をお決めになり、国が出来るまでの物語」



手前から順に歩きながら一枚一枚ゆっくりと見ていく。

ふむふむと頷くエンニチを見るにつけ、本当に気付いていなかったようだ。私に見せたいものはこれでは無かったらしい。





てくてくてくてく。

トトトトトトトッ。



「…へえ」


次に着いたのは中庭。


柔らかい木々の木漏れ日、赤い実の付いた花や小手鞠の様な小さな花が密集した植え込み、ひっそりと佇む野草。白いベンチに薄茶色のレンガで舗装された道。

華美な庭では無いが優しい色合いの癒しの空間。まるでイングリッシュガーデンの様な私好みの素敵な中庭だ。乙女の憧れを詰め込んだこの庭でセレブリティーなお茶会をしてみたいぞ。エンニチは私をこの場所に……一瞥もせずにスタスタ横切るエンニチ。

…乙女チックに浸る暇もないらしい。




てくてくてくてく。

トトトトトトトッ。


「…エンニチ、ここ?」


漸く辿り着いた目的地に呆然とした。

目の前にはあまり手入れをされていないであろう一角。

雑草が元気よく生い茂り、四方八方から枝を伸ばし存在感のある植え込み。

良く言えば自然のままに、悪く言えば仕事しろ庭師。


…おや?

近づくと肌にサワリ、と空気より重い感触。家に張り巡らせている馴染みのある感覚だ。どうやらこの辺りに何故か結界があるようだな。



「…え、ここを通り抜けるのか?」


コクコク頷いたエンニチが一瞬の躊躇もなく植え込みの茂みに入っていく。

…ふむ。目線の先をドレスに向ける。

私の今日の服装は昨日と同じ雪の女王バージョン。もちろん暖かマントも装着済みだ。一瞬汚れを想定し躊躇したが、どちらにしろ汚れるだろう。無論マントを外す事は選択肢に入れていないので、枝に引っかからない様に体に巻きつけ結び四つん這いになり這って進んで行く。

驚くことに中はトンネルになっており、葉っぱの隙間から光が差し込み思ったほど暗くはない。下も雑草が生い茂っている為に手に小石が刺さる事はないが膝の辺りは草の汁で緑色になっているだろうな。…はぁ。

しかし土と葉の匂いに囲まれ、気分は白い不思議生物を追いかける幼子状態。宮崎アニメの世界だ。ヤバい、楽しくなってきた。


子供の体力なので恐らくそんなには進んでいないだろうが、進むにつれ何処からか花の香りが強くなってくる。


……?


何処で嗅いだ香りだが思い出せない。

もどかしさでモヤモヤしつつ先に進むエンニチを追いかけ、顔に掛かる葉を手で払いずりずりと進んだ先、急に視界が開ける。



思わず固まった。


真っ先に目に飛び込んできたのは紫。

呆然と四つん這いの状態のまま首だけ上げれば、視界いっぱいに広がる一面空を覆い尽くす紫色の花花花。長い房を風がゆらゆらと揺らす。

その風に乗って漂う優しく気品ある香り。

別世界に迷い込んだかの様な、ここだけ切り取られた完成された世界。


…藤の花だ。

もう見る事はないと思っていたのに。



そのままぼうっと見ていると、フッと頬を何かが掠める感触。

四つん這いの為に近い目線にいるエンニチが、羽で必死に頬を撫でている。


……あれ?いつの間に私は泣いていたのだろう。


懐かしくて懐かしくて。

あの世界に帰りたいとは思う事は一度もなかったが、幼い頃祖母と見た優しい記憶の中にある思い出の花に少しだけ胸が痛む。



普段は何を考えているのか分からないエンニチだが、今は心情が良く分かる。オロオロとしたかと思うと辺りをぐるぐる回っては思い出したかの様に必死に涙を拭う行為を繰り返しパニックになっている姿に思わず、プッと吹き出した。面白い。

クスクス笑いながら暖かいエンニチを抱きしめる。


「私は大丈夫だ、エンニチ。

人間はね、悲しい時や痛い時だけじゃなく嬉しい時も泣くんだよ。

嬉しいんだ。

エンニチは私にこの花を見せたかったのか。こんなに素敵な宝物を見せてくれてありがとう、エンニチ」



自然にポロポロ零れ落ちる涙をそのままにエンニチをギュッと抱きしめた。






時折鼻をすすりながら暫く見ていたが、頬を撫でる風に体が少し震える。一時間は経っていないだろうが外の空気に体が冷えてきたようだ。

エンニチを抱えたままその場を立ち、支える棒に触ると腐蝕した木と剥がれた白いペンキがボロボロと下に落ちる。

場所が場所だけに誰も手入れをしていないようだ。

この花家の庭にも欲しいな。

思いついたままにエンニチに相談してみた。


「ねぇエンニチ。エンニチはこの宝物を人に見せるのは嫌?」


少し考える素振をした後、フルフルと首を横に振るエンニチ。

淡白な性格らしく独占欲は無いらしい。


後に結界は独占欲と周りが鬱陶しかったエンニチが張ったものだという事と、この宝物はエンニチの中で二番目になった事で独占欲が薄れていた事を知る。つまり一番は見せたく無いんだな。……一番ってなんだろう?プリンか?



「一つ提案だがこの花、家の庭にも欲しいと思うのだがどうだろう?庭にも咲いたら素敵だと思わないか。

私はこの先、城に来る機会なんて無いだろうし、無論承諾を得てからだが、お願いして少しだけ分けてもらいたいな。

そして花が咲いたら、毎年エンニチや家族たちと花の下でお茶や食事をしたり。ふふふ楽しそうだ」


桃栗三年柿八年。果たしてお茶会が出来るまでに藤の花は何年かかるのだろうか?


輝くおめめで頷いたエンニチは懐から飛び出るとそのままステテテッと藤に近づきジャンプをしながら器用に登って行く姿はまるで忍者だ。

一体何をするつもりなんだ?…っておい!?

見守っていた先で、蔓の上に乗りジャンプしてユッサユッサと大きく揺らし折って持ち帰ろうとするエンニチを慌てて止める。

散る、散るから!何であのサイズがジャンプしただけなのにこんなに揺れるんだ!?


何で止めるの?的な眼差しで見下ろしてはいけません。これは人様の家のもの、器物破損か窃盗罪で捕まるからな。

ふっ、ここは飼い主に任せたまえ。平和的に陛下とシュバルツ様に上目遣いのおねだりで落とすとしようではないか。だから降りて来なさい。




来た道を逆戻りし、やっと中庭まで戻れた。

パンパンとドレスに付いた土や葉っぱを落とす。一部茶色や潰れた草の汁で緑色になっている様な気がしないでもないが気の所為だ。

これ、絶対お高いよな。汚れが落ちるのかと内心汗を流していた時、少女の甲高い声が聞こえて来た。



「待ちなさい、そこの泥棒ネコ!!」



おお、泥棒ネコだと?つまり男女の縺れ。

中庭でリアル昼ドラでもやっているのか。






◆◆◆◆◆◆◆






「しっかし、あの真っ黒いのが変わるもんだな。前は何考えてるのか分からなかったが。

いや、今も分からんか」

『うむ。確かに二番目には感情豊かになったぞ。親の我でも時々何を考えているか分からぬが』

「だが今日の真っ黒は分かりやすかったぜ。ウキウキしながらセラフィーナと出て行ったもんな。だがこの城に真っ黒の好きなモンなどあったか?」

『在るぞ。お前が知らぬのも無理はない。独占する為に二番目が結界を張っておったからな』

「勝手に人ん家で何してやがる…ん?おい、現在真っ黒の一番はセラフィーナだよな……アイツ大丈夫か?監禁されねえだろうな」

「ご安心を。内心は兎も角、エンニチ様は万が一にもセーラに嫌われる行動は起こしませんよ」

「…その内心が怖えよ」





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