十六度
昨日、パパさんに怒られた。
声を荒げるでもなく、未熟な状態での魔法の使用は違う場所で発現したり暴発はまだマシな方だと言う。
そして悲惨な事例をいつもの笑顔で一つ一つ細かい描写も交えて丁寧に教えてくれる、が。
少なくとも幼子に教える内容では無かった。
顔半分が消失した者(挿絵が物凄くグロかった)、血が沸騰した者の末路(気持ち悪かった)、記憶が錯乱し自分は勇者だと叫び出す者(中二病か!)等、最後にはマジ泣きでゴメンなさいもうしません、と心の底から謝った。
拳骨付きで怒鳴られた方が遥かにマシだ。
よく眼が笑っていないと言うが、顔も眼も笑っているのに怖いとは。
因みにその晩はガクガク震えてなかなか眠れず、パパさんを怒らせてはいけないと心に固く誓った夜だった。
しかもあの時、エンニチを放ってしまった所為で拗ねる拗ねる。
私が悪いのだが、謝っても名前を呼んでも半径1メートルの距離から近付かず恨みがましい目でじっとりと見るのだ。
困り果てた私を見兼ねたルイス兄が、「今度一日デートでもしてきたらどうだい?」の一言でコロリと機嫌を直した……今生初デートがヒヨコ。人生とは奇想天外だ。
家族たちに怒られ、魔法は使わないと約束した。そう、私は反省したのだ。
……なのに。
「セラフィーナどうした?眉間にシワが寄ってるぞ。ははは、お前変顔でも可愛いなんて小悪魔な奴だな、ん〜?」
「やめふぇくらひゃい」
「その手を切り落とされたいですか、陛下」
「す、すまん、落ち着けハンソン!だがこのマシュマロの様な柔らかい頬を見るとつい、、やめる!だからナイフを納めろ!真っ黒いのも殺気を飛ばすな!…たく、寿命が縮んだぞ」
「言っても聞かないのならば、行動に移すのは常識ですよ」
「殺意や刃物で脅す常識なんかいらねえよ。なー、セラフィーナ」
そう言って欠片の反省の色も見せず、私を膝の上に乗せている人物が背後から覗き込む。
深緑色の髪に金の瞳、装飾品は金の腕輪と同じく金の耳飾りだけと至ってシンプルだがこの人物には良く似合う。
大人なのに悪戯っ子のように輝く目が年齢よりも若く見せているこの人物、レブス=シルダ=サミローダ。つまり国王陛下だ。
『貴様のむさ苦しい顔を向けるでないわ。セーラが穢れる。
セーラ、我の方に来い』
そしてもう一羽?神様って一柱だったか?それは兎も角、何故か同じ部屋に国の守護者のシュバルツ様が居る。
陛下の膝の上というある意味高級椅子に座りながら、隣には神族が同席しているこの状況。もうすぐ四歳とはいえ、ハードルが高い。
シュバルツ様は惚れ惚れする素敵な声と姿、立ち姿は神々しく、動けば身に纏う光が金砂の様にキラキラと煌き、正にザッ神様。絵本で見た絵姿より更にお美しい。
そんな至高の存在の方が私の何が気に入ったのか、とってもフレンドリー。
まるでオカンの如く甲斐甲斐しく世話をしてくれるのだが、小心者の私は胃が痛い。因みにエンニチの視線も痛い。
この国最高権力者たちの言い合う声に、遠い目になるのは仕方がないだろう。
……パパさん、これは昨日のお仕置きですか?
『ええい!そんなゴツゴツした筋肉椅子などセーラには似合わぬわ。離せ、むさ苦しい。
おい、侍従長よ。早う茶のセッティングをせよ。
セーラの好みは熱々のホットミルクに、入れる蜂蜜はスプーン2杯だ。
そうだ、この間ガルン伯爵から献上されていたアルカシア蜂蜜を入れよ。序でにハックル小麦粉を使った温かいパンケーキにもその蜂蜜を掛けて持ってまいれ』
「……お前本当にシュバルツか?甲斐甲斐しく世話を焼くとこなど初めて見たぞ…ん?…ハックル小麦?おいおい高級品じゃねぇか。つーか、アルカシア蜂蜜は俺んだ。お前なぁアルカシア蜂蜜と言えば俺でも滅多に食えないやつだぞ。ひと匙で金貨と同等の幻の一品。味も分からないガキにやるなんて勿体無い……申し訳ありません、好きなだけ食べて下さい」
エンニチ、ガンを飛ばすのは止めなさい。一応アレは王様、偉い人だ。
と言うか、シュバルツ様は何故好みを知っているんだ?薄気味悪さを感じジッと見ていた視線に気付いたシュバルツ様がこちらを向き首を傾げる。
「あ、不躾に申し訳ありません。ただ、何故私の好みをご存知なのかと思いまして」
『それはその…わ、我は守護者だからな!なんでも知っておるのだ』
「それは凄いですね」
プライバシーも何もあったものではない。
『ははは、もっと尊敬してもよいぞ。我はセーラが肉より魚が好きな事も高級スイーツより使用人が作るプリンが好きな事もドレスより毛布が好きな事も全て知っておるぞ』
恐ろしい、胸を張って自慢している。これがストーカーと言うやつか。
プロの仕事であっと言う間にセッティングされたテーブルには、優しい色合いの花やテーブルクロス、カップやポットの表面には、白地に赤いベリーや可愛らしい花が描かれており、前世少しずつ集めていたお高い陶器のワイルドストロベリーに似ていた。懐かしさに思わず笑みが零れる。
目の前でミルクを淹れる侍従長の手元がカチャカチャと震えている。初めてのお客様にきっと緊張しているのだろう。
渡されたカップは熱が冷めにくいよう厚みのあるものだ。熱々のミルクをふーふーと冷ましてから飲む。
…うん、すっごい美味しい。王室御用達?のミルクは濃厚だし後から来る蜂蜜の甘さはサラリとして口説くなく、口の中でホワリとした甘さと香りを主張している。なるほど病みつきになる美味さだ。
パンケーキもきめ細かくふんわりとして蜂蜜と良く合っている。素晴らしい、最高のベストマッチだ。料理人バンザイ!
心の中で大絶賛しつつ、ふかふかのパンケーキをエンニチと半分こしながら一心不乱に食べている上から、またもや大人たちの会話が繰り広げられている。
「なんだこの生き物?まるでハムスターじゃねえか。しかも真っ黒に分け与えるだと?おい、ハンソンこれ置いていけ。うちのと交換してやる」
「二度もその不愉快な言葉を聞くとは思っていなかったですよ。
因みに陛下。交換とはルイベット姫の事ですか?あのキイキイ喚く趣味の悪い低脳の?」
「その通りだが、アレは一応俺の娘で第一王女だからな」
パパさんの歯に着せぬ物言いは素晴らしいが、不敬罪で処罰されないのだろうか?
しかし今の会話を聞く限りルイベット姫様はなかなか個性的な人物らしい。私の中にある姫様のイメージが崩壊しそうなので出来れば知り合いにはなりたくないな。
少し冷めたミルクをチビチビ飲んでいると、パンケーキでぽっこりお腹になったエンニチが、心なしかソワソワと落ち着きがない。
どうした、トイレか?
そう言えばエンニチが排泄している姿を見たことが無い。エンニチ用のトイレがあるわけでも無し、意外に綺麗好きなエンニチが部屋のそこかしこにしていないだろうし…ま、まさか人間用のトイレで用を足していたのか。毎回流される危険を冒しながら?……うう、気の利かない飼い主ですまない。これが終わったら一緒に砂とトレーを買いに行こう。
心の中でエンニチに土下座しつつ、トイレってお花を摘みに行きます、でよかったかと思案していた私に、シュバルツ様がどこか楽し気に声をかけてきた。
『セーラよ、二番、、いやエンニチが其方に見せたいものがあるらしいぞ』
「え?エンニチの思っている事が分かるのですか?」
『ああ。それにエンニチは此処で暮らしていた事がある。…ククク、セーラに見せたくてウズウズしているぞ。早う行ってやるがよい』
なんだ、トイレでは無かったのか。
まぁ何方にしろ帰り道パパさんに買ってもらおう…この世界にペットショップやホームセンターはあるのだろうか?
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「…ほんっとにアレはお前の娘か?いや、そもそも自分の物を分け与える女など存在していたのか」
『うむ、最初は我も驚いたものよ。お前の周りは与えるどころか奪い合う女たちばかりだからな』
「ご自分の奥方たちぐらい管理なさい。
それより早く本題に入って頂けませんかねぇ。何処かの歩く非常識が『明日、お前の娘と会うから宜しく!』などと馬鹿な事を言いやがったおかげで、今この瞬間にも仕事が溜まっているんですがねぇ」
『なんだ、先程から苛々していると思えばその様な些細なことか。それならば此奴に全て押し付けるがいい。我が許可する』
「ありがとうございます、シュバルツ様。
陛下、後ほど決算報告書と港の突貫工事の見積もりと騎士団、魔法師団の編成表をお持ち致します。尚、期日は今日までです」
「凄え良い笑顔っ!お前らなぁ……はぁもういい、勝てる気がしねえ。
ゴホン、それよりも本題だ。昨日お前ん家にでっかい氷の城が出来ていたそうじゃねえか。一等星の俺でも無理だぞ、なあ?……ハンソンてめえ黙っていやがったな」
「おや?陛下は娘の属性をお尋ねになられましたよね?ですから私は風と祝福と氷、とお答えしご自分でも納得されていたのでは?」
「はっ、意図して言わなかったくせに。
まぁいい、セラフィーナは第一王子との婚約を命ずる。0等星を外に出す訳にはいかんからな。お前も引き離されて王家預かりになるよりはマシだろ」
「お断りします。馬鹿ですか?国よりセーラの方が大事に決まっているではありませんか。どうぞクビにして下さい。爵位も返上しますよ。
そうそう、セーラがハノアに行きたいと言っていましたから移り住むのも悪くありませんね」
「…王である俺に逆らうのか?国家反逆罪になるぜ」
「ほう、元教育係の私に楯突くのですか?
しかも罪状は国家反逆罪?まだまだ甘いですねぇ。私たち家族に裏のエキスパートの家臣たち、しかも雷撃にエンニチ様まで揃っているのですよ。騎士や魔法師団なぞアッサリと返り討ちにして差し上げます。
因みに各国首脳陣の弱みも握っていますから何処にいても増援も移住も可能です。
唯一障害になるシュバルツ様は基本国営には関与しませんし、なによりセーラに嫌われる真似はなさらないでしょう。
…全く、交渉は相手の逃げ道を全て塞ぐカードを用意してからにしなさいと教育してきた筈なのですがねぇ、情けない」
『セーラが何処にいようが我は遊びに行くスタイルは変わらん』
「0等星を野放しにしておけるか!おい、シュバルツ。セラフィーナが婚約して結婚すればずっと王宮に住むんだぞ」
『何!?…それは…』
「その前に嫌われるでしょうね」
『それは嫌だぞ。おい、愚王諦めよ』
「それが出来ないから困ってんじゃねえか!」
「当家は何方でも構いませんよ。今から書類を運んで参りますので、ペンを持ちながらごゆっくりお考え下さい」
「仕事は嫌だー!」
某メーカーのワイルドストロベリーシリーズは好きです。お高いのでなかなか買えませんが。σ(^_^;)
因みにエンニチは排泄の必要がないのでトイレは要りません。




