十四度
遅くなりました。m(__)m
それからの事は殆ど覚えていない。
気がつけば部屋のベッドに寝かされていた。
部屋の中は暗く、あれから随分時間が経っているようだ。見慣れた天井をぼうっと見つめていると、だんだん意識がはっきりしてきた。
闇に慣れた目で窓から入る月明かりを頼りに部屋全体を見渡すと光るもの……ぎょえっ!?
な、な、ななエンニチか?怖いぞ、窓と反対側に居たから気付かなかったぞ、月明かりで反射して目が光ってたんだぞ、何故に枕の上でガン見してるんだ、怖かったんだぞーっ!!
バクバクバク。
怖かった怖かった怖かった。
ーー氷、か。
私の暖かぬくぬくの生活は閉ざされた。
今日、初めて外に出て実感したのだ。私には無理だ。
直ぐに馬車に乗り、パパさんの腕の中に包まれた状態で移動していたから分からなかった。
そして神殿内の床に降ろされた時、初めて分かった。……寒い。
他の人は寒さを感じていなかったようだが私は寒い。ガウンを着ていても寒い。
何故神官はあんなピラピラの薄いローブだけで平気なのだ。訳がわからん。
この国、サミローダは北国なのだ。
前世、東北に住んでいた友人が、たかが数センチ雪が積もったぐらいで交通機関に影響なんてありえないだの、マフラーに毛糸の帽子、ダウンジャケット、手袋を着用しガタガタ震えている私の隣で今日は暖かい方だね〜、と笑いながら言い、都会っ子と雪国っ子の違いの差をまざまざと見せつけられたものだ。
今日もそうだ。ふわふわガウンを着ていても寒かった私に比べて、薄着で皆平然としていた。
やはり室内で翻訳の仕事か…いや、それでは引きこもり一歩手前。家族たちのお菓子攻撃にぶくぶくと太ってしまう。
しかし外には出たくない。暖かければ何も問題はない……ん?
サミローダが北国なら南国に行けばいいのでは?
南の国は確かハノアだ。
本の記述では南国ハノアは神魚様が守護する国だ。白い肌と色素が薄い髪が多いサミローダに比べて、ハノアは南国らしく肌は褐色を帯び黒髪が多いとか。
貿易を主体としており、主にスパイスや果実などを主力商品としている。
南の国かぁ…我が家は公爵家。政略結婚で自国他国に嫁ぐ事もあるだろう。
目標は自立し、バリバリのキャリアウーマンだが、貴族の義務とやらがあるはずだ。
今更結婚に夢は見ていないし、政略結婚をするなら出来ればハノアに嫁ぎたい……ふむ善は急げ、早いうちからパパさんに相談するか。
エンニチを抱いたままベットを離れ、ドアな隙間から漏れる光を目指した。
カチャリ、と扉を開けると眉間にシワを寄せて何かの話し合いをしていたようだ。
「セーラ、起きて平気?」
「はい、お邪魔でしたか?」
「もう終わったから大丈夫だよ。さぁ、そこは寒いだろう。こっちにおいで」
ルイス兄が近づき椅子までエスコートしてくれる。流石は王子様だ。
子供用椅子に乗せてもらうと、ロン兄が暖かい湯気が出ているミルクを出しダスティさんがハチミツをスプーンで二杯入れてかき混ぜたコップを目の前に置いてくれた。
ありがとう、と礼を言いカップを両手に持ってふーふー冷ましてから飲む。…美味しい。
「セーラ、体は怠くはないかい?」
「はい、お父様達にはご心配をおかけしました……ところでご相談があるのですが」
「おや?起きがけに唐突だね。なんだい?」
「私、将来ハノアの方に嫁ぎたいのです」
ーーーーピキキィィィッッ!!
……おや?家族たちが固まった。
パパさんやブラザーズの目の前で手をフリフリ振っても、テーブルの上にいたエンニチを突いて倒しても固まったままだ。
そんなにおかしな事を言っただろうか?貴族なら政略結婚は当たり前にあると思っていたのだが。
ふーふー冷ましながら飲んでいたミルクが半分になったとこで初めに復活したのはパパさんだった。何故か若干顔色が悪い。
「セ、セーラ君はまだ3歳だよ。嫁ぐ事になるのはだいぶ先の話だ」
「あら?でも小さな頃からの婚約もあるのですよね」
「それはそうだが、…ああ、ハノア出身で誰か気になる人物でもいたのかい?」
ーーゾクッ
な、何だ寒い、今確実に部屋の温度が下がったぞ!?
「いえいえいえ!そうではありません。せいりゃくけっこんをするならあたたかいなんごくのハノアがいいなー、とおもっただけですそれだけですふかいいみはありません!」
「家の心配をするなんて、セーラは優しい子だね。でも安心していいよ。
可愛い娘を犠牲にしなければ潰れる家なら潰した方がいいさ」
「では貴族の義務はないのですか?」
「それは有るね。結婚をして子供を産むことだ。因みにセーラは夫は何人欲しいんだい?」
おい、子供にその質問は無いと思われるんだが、、まぁ前世の記憶持ちを知っているからの質問だろうが。
…ん?何人。
「何人とは…一夫一妻制では無いのですか?」
「教えていなかったかい?セーラ、この世界の女性は何人でも夫を持つ事が出来るんだよ」
ーーなんですと。
「この世界の女性の数は少ない。一般的には結婚して夫を数人持つか、セーラの母親の様に契約の元一時的に結婚して報酬を得るか、もしくは多数の愛人を持つか」
「…そんな爛れた生活は、嫌です」
「気持ちは分かるのだけどね。しかし子供を産むのは女性の義務で、貴族は特にその義務が課せられている。
最低でも夫は三人、後はその女性の度量次第で増えていくかな。
勿論先に結婚した夫の了承がいる。話が纏まらない場合は離婚だね」
「……絶対、ですか?」
「絶対、だね。
でもセーラは自由にしていいんだよ。煩く言ってくる周囲は私たちが黙らせるからね」
「…も、もう少し穏便な方法は?」
「……気は進まないがセーラの要望に該当するのは、王族との結婚だね」
「王族、ですか?」
「王妃と皇太子妃の夫は王と次代の王だからね。一夫多妻になっているよ」
「………」
夫を一人にしたいのなら、重圧と陰謀渦巻く多数の妻持ちの王家に嫁入りで、自立と自由を目指すなら複数の夫を持ち、爛れた生活。ついでに言えば私の意思を押し通すのならば、貴族の義務を言ってくる貴族が軒並み没落し国が混乱に陥る、と……ロクでも無いな。
◆◆◆◆◆◆◆
「……セーラが嫁ぎたいなどと言い出した時には心臓が止まるかと思いましたよ」
「吃驚仰天」
「しかもハノアを名指ししてたすからね」
「少し考えれば寒がりのセーラが南国に行きたいだけだと分かるのにね。
ハノア出身の神官に一目惚れでもしたのかと勘違いしてしまったよ」
「ホントっすよ。俺なんか神殿に殴り込みに行こうかと」
「セーラを託す男性は先ずは私たちが認める人物ではないと」
「文武両道、品行方正、前途有為、長命富貴」
「セーラには幸せになって欲しいからね」
「セラフィーナ様、結婚できるすかね?」
雪が降ってガクブルです。
わたしもホットミルクでぬくぬくしたい。




