閑話 エンニチは藤色の夢を見る
急にブックマーク数などが上がりビックリです。
難産でしたが、エンニチの話です。
明日か明後日に、新しいお話を掲載する予定ですので此方も楽しんで頂ければ幸いです。
m(_ _)m
この世に誕生した時から自分というものが、どの様な存在かを知っていた。
子孫など要らないだろうに、気まぐれに自分を誕生させた親は神族だ。
大昔に創造主の命を受け、国を守護している。
その子供である自分は周りからは御子様、親からは二番目と呼ばれている。
自分の前、二百年前に一番目を生んだらしいのだが、一度も会ったことはない。
何でも一番目は大陸とは別の小島に住む部族の長を気に入り、付いていったままだとか。
その所為なのか二番目の自分を自国に留めたいらしく、王族や上位貴族らが日参してくるのには辟易する。もっとも自分が相手を見るだけで顔を引きつらせ大人しくなるので害は無いが。
自分を取り巻くものは全て煩わしい。
前に一度だけ自分の名前は無いのかと親に尋ねた事があったが、親の返事は『好きな奴に名前を付けて貰え』との事だった。
……好きな奴はいない。
いや、好きなものならあるが、話す事が出来ないので名前を付けてもらえないのだ。
そして今日も好きなものに会いに行く。
ステンドグラスが嵌め込まれた窓が光を差し込み、廊下を色鮮やかに染め上げている。その無駄に長い廊下を歩いた先にある中庭、そこには庭師の管理により様々な花が咲いているが、特に興味は無い。自分の目的地は更に奥にある。
ぼうぼうに生えた茂みをかき分けると、現れるのは今では忘れられた何代か前にいた王妃が植えたと言われる花だ。
所々朽ち果てた木で組まれた隙間のある棚には、幾つもの小さな蝶の形に似た花弁が房となって垂れ下がり一面、紫色で埋め尽くしている。
無数に咲き誇る様は圧巻の一言だ。
柔らかい香りと視界に映る紫色の花は、まるで何処か違う空間に迷い込んだ思いさえ感じさせる、高貴で艶やかで、優しい花だ。
自分はこの時期が大好きだ。
暇さえあれば日がな一日ずっとこの花を見て過ごす。最後の数日になると、寝ることもせずに散り落ちる花を見て過ごすのだ。
散る時には物悲しい思いになるが、また来年も咲くのを知っている。
だから待つことも苦では無い。
今日も花も葉も散り蔓だけの木を中庭からジッと見上げていると、いつの間に来たのか背後から笑みを含んだ親の声が聞こえた。
『二番目よ。お前枝だけの木を見て楽しいか?』
楽しいかと聞かれれば特には、と答える。
時期になれば芽吹き、また自分の好きな花が咲くのが今から楽しみなだけだ。
『ククク、何とも気の長いことよ。我らは好意を持ったものに対して執着心が強いが、 お前は特にその傾向が強いようだな』
そうだろうか?
内心で首を傾げたが特に困る事はないので問題はないだろう。
『そうそう、お前宰相は知ってるな。…そうハンソンだ。あれに娘が生まれたそうだ。
あの男が使用人にすら見せない溺愛ぶりだそうだがさもありなん。精霊があれだけ騒いだのも珍しいからな。
何でもそれはそれは愛らしく、澄んだ魔力だったらしいぞ。我も三年後に会うのが楽しみな娘よ。
お前、その娘の儀式には必ず行くのだぞ』
親は言いたい事だけ言うと去っていった。
…一体何なのだろう?
そう言えば少し前に精霊たちが騒いでいたのを思い出す。綺麗な魔力だとか瞳の色だとか言っていたが無視していたのであまり記憶にない。
しかし親の言葉に少しだけ興味を惹かれた。儀式の参加は親が決めたことだが態々行くように言われたのはこれが初めてだからだ。
一年は大した時間では無い。無関心な自分には珍しく、少しだけその赤児を見てみたいと思った。
ある日、沢山の雛と共に連れて行かれた。四回目ともなれば慣れたものだ。
でかい屋敷には、人間が施したにしては見事な結界と三階の窓に集まる精霊たち。どうやらあの部屋が目的の場所らしい。
三階に上がり複雑に編まれた扉の結界を解除すると、雛たちと共に部屋の中に離された。目的の人物はまだ寝ているようだ。自分には別に関係ないかと興味を失い周囲を観察する。周りにたくさん置かれているヌイグルミには何かの魔力を感じる。…登録されていない人物が部屋に入ると自動的に排除する仕組みのようだ。窓にも仕掛けがあり精霊たちが侵入出来ないようになっている。
…それにしてもピヨピヨ煩い。警戒でもしているのか、背後の宰相の視線は一番煩わしい。
苛立ちを覚えるが宰相を消すのも面倒だ。部屋の隅で早く終わら無いかと眼を閉じた。
赤児が起きた気配がする。
雛の鳴き声ですら鬱陶しいのに、これに赤児の鳴き声まで加わるのか、とウンザリしたが暫くしても泣きだす様子もなく逆に視線を感じる始末だ。
珍しいと思った。
親の羽は白金色で一番目は鮮やかな赤らしい。自分の羽は宵闇色に銀砂が混じっているが殆ど黒に近い色をしており、お世辞にも華やかな色とは呼べない。この色の所為なのか、今まで会った赤児らも近付くどころか視界に入れようともしなかったからだ。
ほんの少し興味が湧き、振り向いた。
そこに自分の好きな紫があった。
ーー何て綺麗なのだろう。
目を大きく見開き驚いている瞳はキラキラ輝いて、よく見るとほんの少しだけグラデーションになっている。
あの花よりも綺麗なものがここにあった。
この紫は色褪せずキラキラしてそこにある。
世界で一番好きだった花が二番目に変わった瞬間だった。
暫く見つめ合っていると、その赤児の後ろからが声が掛かり、一瞬だけ自分から赤児の意識が逸れたのを感じた。
気に入らない。
もっともっと近くで見てみたい。
近くに寄ると、驚いたのか更に大きくした瞳に自分が写り込んでいるのが見えた時、今まで感じた事がない心が満たされる感覚に体が震えた。
綺麗だ。
とても綺麗だ。瞳の色だけではなく、月光を紡いだ様な髪はサラサラして、触ったら気持ちよさそうだ。容姿も今まで見たどんな赤児より愛らしいし、何より体内の魔力が、まるで早朝の空気のように澄んでいる。
うっとりと暫く見ていると、赤児が宰相に抱き上げられ連れて行かれる。
阻止するべく、攻撃魔法を仕掛け様とした自分にタイミングを見計らうように「守護は御子様に決まりました」と言ったので、仕方なく今回は大人しく見送ることにした。
だから宰相は油断ならないのだ。
赤児の名前はセラフィーナ。愛称はセーラだ。
セーラを取り巻くものは少ないが、その分強い絆?感情?溺愛執着…様々な意味で太く強い。
腹黒宰相と奴にそっくりな一番目の兄、むっつり二番目の兄、筋肉使用人の四人だ。
セーラの側にいるのは自分だけでいいと、他を排除しようかとも思ったが、もしセーラに嫌われたら生きていけない気がする。……断腸の思いで奴等も受け入れる事にした。
自分の広い心に感謝しろと思っていたのだが、この間、窓の外にいた精霊たちが鬱陶しいので蹴散らした。
初めて奴等に感謝された。
何となく釈然としない。
セーラからエンニチと名付けられた。
嬉しい。名前とはこんなに嬉しいものなのか。
親から『好きな奴に名前を付けて貰え』と言われていたが、今なら分かる。
自分ら神族にとって名前は神聖なもの、一生を形作るものだ。セーラから貰ったそれはまるで宝箱みたいにキラキラしている。親から貰ってもこんなに嬉しくはないだろう。
エンニチ、エンニチ。
セーラに呼ばれると心が暖かくなり嬉しい。本当は離れたくは無いが、セーラが自分の名前を呼んでくれる事が嬉しいので、今日もほんの少しだけ離れる。
「エンニチ」
セーラから与えられた初めての贈り物だ。
しかし気がつけば自分の神力が増幅していた。前例がない事態に首を傾げるも、後日セーラがエンニチは縁起がいい言葉だと言っていたのでその所為だろうか?
セーラといるとたくさんの驚きがある。
ご飯が美味しいのだ。
自分ら神族は魔気を取り込む為に食事の必要は無いのだが、味覚はあり食べることも出来る。
城に滞在していた時に一度だけ食事を食べてみたが、特に何も感じなかったのでそれ以降は食事はしていなかった。
だが、セーラと食べるご飯はどれもとても美味しい。なかでも半分こして食べる菓子は特に美味しいのだ。セーラがクッキーを半分に割り自分の口に入れてくれると美味しさが倍増するのだから不思議だ。
他の奴らの恨みがましい目線は気にならないが、何故か親が入り浸るようになったのは気に入らない。
セーラを気に入った親は、最近食事とオヤツをたかりに来る。それだけならまだしも、お昼寝まで一緒なのだ。
非常に気に入らない。
邪魔者を排除するべくセーラの目を盗み親に攻撃を仕掛ける。攻撃魔法でもいいのだが、万が一にもセーラに当たらないように直接攻撃だ。飛び蹴りや蹴りの連打を仕掛けるが、しかし親は親、強い。不本意だがもの凄く強い。
一撃も当てられないのだ。
「いでっ、いでっいでで!?な、何で攻撃っっいで、するんすか!?エンニチ様?、イデーーッ!!」
ストレスで筋肉使用人に八つ当たりしてしまう自分は、まだまだ修行が足りない。
疲労困憊になった身体を甘いオヤツで癒やす毎日だ。
「エ、エンニチ様?何すかその恨みがましい目は」
筋肉使用人が作ったプリン、というのが多少引っかかるが。
「エンニチ、もう寝よう」
セーラが毛布を少し開けて、暖かい場所に自分を入れてくれる。
セーラは、あったかぬくぬくと呟いている。
ぬくぬく…いい言葉だ。
今日も疲れた。
セーラの懐でぬくぬく寝るのは自分だけの特権なのだ。
エンニチの好きな花は藤の花です。
藤の花の蜂蜜は食べたことがあるのですが、花も天婦羅で食べれるとか。
どんな味がするんでしょうね。




