対空戦車兵の手紙
他作品が連載休止中ですが書きたくなって書きました。どれだけ戦闘の緊迫感が出せているか自信がないですし、ストーリー性もこれでよかったかという感じですが、短い作品ですので最後まで読んでいただければうれしいです。
目の前に広がる暗闇。すぐ目の前も、ずっと先のほうも、区別なく真っ黒で真っ暗だ。その向こうから、いくつもの爆音が重なって聞こえてくる。最初は小さく。そして、だんだん大きくなっていく。何も見えない向こうから近づいてくる敵機。
私は、ごくりと息を呑む。耳に当たっているインカムがひんやりと冷たい。足が、ふるふると震える。・・・・・・恐い。
心臓の鼓動はだんだん早くなっていく。
寒い。見えないけど息が白くなっているはずだ。歯の根が合わない。鳴るな!みっともない。鳴るな!
プロペラの音は、エンジンの音は、どんどん近づいてくる。どんどん、どんどん。
攻撃命令はまだ?早く。あっちは近づいてる。早く!
その時、インカムにザザーという雑音が入り、続いて流れた声。
「攻撃を許可する」
聞くなり、叫んだ。
「照明弾撃てっ!」
後ろの自走砲から「了解」という声が上がり、続いてパシュという空気音が2つ。ヒュルルルルと、高いつんざくような音が頭の上へ抜けていく。そしてパンという破裂音。前方左右の空に青白い光を放つ太陽が生まれる。
真っ暗だった空間が途端に照らし出される。わたしは、サングラス越しに目を凝らす。見えた。ぎりぎり照明弾の光が届くかどうかのところ。3機。単葉、単発。胴体には爆弾。急降下爆撃機だ。
照明弾は、まばゆい光を上げながらゆっくりと降下していく。そして光は消えた。しかし、サーチライトの光がそれに変わって敵機を捉え続ける。
「測定」
命じると、隣で兵が測距儀で距離を測り始める。
もう敵もこっちもお互い見えてる。あとはどれだけ早く相手を火線に捕らえるか。足元の車内で、銃弾を機銃の薬室に送り込む音がする。一機も逃せない。1キロ後ろには弾薬集積所がある。敵はそれを知ってて、それを狙ってる。海上の空母からくるこっちの戦闘機が母艦に戻るときを突いて、こうやって攻撃してくる。早く飛行場ができればいいのに。
「方位1222、距離1000、速度300」
隣の兵が報告した、そのとき敵機の翼から閃光。機銃掃射!目の前に6つの土ぼこりが上がり、それは連続し、急速に近づいてくる。私は口を開こうとしたのをこらえた。まだだ。
機銃掃射の射線が車列を越えた。どうなったかは確認しない。とにかく自分は生きている。敵機の翼の閃光は絶えなかったが、曳光弾光は頭上を越えていく。その弾道は急に角度を上げて夜空に消える。来た!
「対空射撃始めぇ!」
瞬間、目の前に突き出ていた4連装の25ミリ対空機銃が火を吹いた。連続する轟音と、すさまじい振動がそれに続く。
敵機の弾道が急に角度を上げたのは、敵機が爆撃のための急上昇を始めたからだった(つまりこの敵の狙いは私たち防空部隊だった)。そして、その瞬間敵機は腹をこちらにさらすことになる。それを待っていた。
対空機銃の弾道はサーチライトの光線にそって飛ぶ。そして曳光弾の光が、その全容をさらしだしていた敵機の機体を包む。敵機はなおも上昇を続ける。火線はそれを追跡する。そして、1機を捉えた。敵機の腹から炎が上がり、くるくるときりもみしながら落ちていく。あと2機!
しかし敵機は上昇を終えていた。気づくと敵機の位置はほぼ直上。2機は一列縦隊で急降下、突っ込んできた。
体の中の液体が全部足元に下がったような感覚。キィーと敵機の翼が空気を切り裂く音。背筋を電撃が走る。目の前!
対空機銃がなんとか先頭の1機を捉えた。しかし、後ろの1機は間に合わなかった。急激に失速し車列の後方の空へ抜けた撃墜機の後ろから躍り出たそいつは、爆弾を切り離し、悠々と後ろへ抜けていった。
対空機銃は爆弾を捉えることはできなかった。当たり前だ。それに、当たったとしてもどうにもならなかったろう。
とにか覚えているのは、黒い爆弾が鈍い光沢を放ちながら、落ちてきたこと。そしてそれはずっと円形を保って見えた、つまり爆弾がまっすぐに落ちてきたということ。
「いやだいやだいやだいやだぁ!」
気づかないうちにに口から漏れていた。
機銃があたったのか。あるいは着弾したのかは、よく分からなかった。ただ、何か熱いものが体を通り抜けて・・・・・・。
気がついたら、胸に包帯を巻かれて寝ていた。この包帯所で
衛生兵が教えてくれた。火傷だけです、と。
爆弾は、私が乗っていた対空戦車の前、30メートルぐらいのところに落ちた。絶対あたったと思っていたけど、実際はかなり外れたようだった。それでも爆弾は爆発し(残念だけど不発弾という幸運はなかった)、飛び散った破片が車体の装甲を切り裂き、中にいた機銃手たちを殺した。しかし、砲塔の上に身を乗り出していた私には、奇跡的に破片は当たらなかった。爆発の熱風で胸のあたりを焼かれただけだった。ただ間抜けな話だけど、爆風で後ろに上がっていたハッチに頭をぶつけて意識を失ったらしい。敵機は、戻ってきた味方の艦上戦闘機に撃墜された。
隣にいた兵もかすり傷だけしかなかった。彼は私に応急処置を施し、自ら二輪自動車で私をここまで運んできてくれた。
しかし、かすり傷だけだと思われた彼も、腹に爆弾の小さな破片が入っていて、私を届けた後に傷口から血を出して倒れた。
結果、今私の隣のベットで横になっている。
彼は、にやにや笑いながら言った。
「少尉殿、なかなかかわいい胸ですね」
火傷を負ったのは胸だったから、手当てをした彼には当然見られているのだ。
「黙れよ」
「まな板でしたけど」
「黙れって」
「処女ですか?」
「さあ」
答えは当然ノーだった。16年も生きている。
「俺もグリーンカード来たんです」
グリーンカードとは、重度の負傷兵に対する本国帰送命令書のことで、文字通り緑色だった。私の分は彼が彼自身が倒れる前に持って来てくれた。
「邦に戻ったら一発ヤりませんか?」
「誰がするか」
まあ、別にいいけど、という本心だった。
彼はなかなかハンサムで、セクシーだった。
ハロー、マム
お元気ですか?
今度、グリーンカラー(名誉負傷襟敷章)を持って帰れることになりました。
怪我はたいしたことないですが「人道的配慮」という奴だそうです。
まあとにかく、生きて帰れることになりました。
何か欲しい物があったら言って下さい。
ウルベンズク第23包帯所より愛を込めて
どうでしょう?楽しんでもらえましたか?
時代としてはWW2のドイツ東部戦線をイメージしています。まあ、実際はドイツ軍は最後までじぶんの戦線の制空権はしっかり持っていたし、バルト海に空母が進出することもなかったわけですが、まあだいたいそれぐらいの時代の「どこか」の話のつもりです。
ご意見、ご感想をいただけるとうれしいです。お暇があれば。