街道の茶屋
牧歌的な街道には、いくつもの宿場が設けてあり、人々は、そこで長旅の足をそれぞれに休めることができる。むろん、宿場ごとに人気は異なり、各地の名産が集まるような名所とされる地域には、おのずと人々も惹き寄せられる。
女剣客は、茶屋に腰を落ち着けながら、わずかばかりに感嘆していた。ひっきりなしに人々がごった返す、ここ中森の宿場の盛況っぷりに――
「失礼」
席が空いたかと思えば、すぐに客で埋まる。たかだか団子一つでコレなのだから、他の店もずいぶんと儲かっていることだろう。
隣に座った男は、茶と団子を頼むと、その間の暇潰しのようにして、話しかけてきた。
「めずらしいの。女子の剣客なぞ……」
物珍しそうな視線である。そういう好奇の眼は、いつものことであった。
「今は町娘も剣術道場に通うと聞く。じきに普通のことになりまする」
「なるほどですな……。しかし、おぬしのような暗い恰好までは、町娘も好みますまい」
黒ずくめの身なりを咎められて、女剣客は不機嫌そうに口を尖らせた。
「……野暮であると、いいたいか?」
「いや、そのようなことではなく――」
含むように笑って、男はこう続けた。
「噂に聞く旅鴉とは……もしや、おぬしではないかと思ってな」
女剣客がばっと振り向く。
それは美しいガラスのような男であった。細く綺麗な顔つきに、透き通るような白い肌。身体は大きく、全体的にまずまずの筋肉がついている。
おそらくは武芸者であろう。着崩した袴の腰元に、一本の刀を据えており、静かな物腰なのだが、その瞳の奥には鋭利な輝きを秘めていて、まるで獲物を狩る獣のように、どこか野性味を帯びている。
「……そなた、何者だ?」
そう問いかけたところで、店の者によって茶と団子が届けられた。
男は、串をほおばって茶をすすると、このように名乗った。
「公儀の武霊隊が一人、名を彰介と申す」
「武霊隊……」
ぴくりと、女剣客が反応を示す。
この倭国において、その組織の名を知らない者はいない。悪人を取り締まるのが役人であれば、破魔士は妖禍使を討伐する。その破魔士だけで構成される、公儀お抱えの特殊精鋭部隊、それが武霊隊であった。
よく見れば、男の刀剣の鞘には、霊龍を模した、金の紋様が施されている。それは倭国を統治する帝一族の家紋であり、彼らに忠誠を誓う公儀の象徴だ。
「気づいておったのだろう。拙者が隣町から、おぬしのことを尾けておったこと――」
「……気配だけは、な」
なにしろ、あたりの街道には人が多い。その者を特定することは、いくら腕のたつ者とて、至難の業であろう。
「旅鴉よ。おまえの名はなんという?」
少し迷ったようにしてから、女剣客は答えた。
「……かざひ」
「名前まで珍しい。どう書く……?」
「吹く風に、燃える火。それで風火と記す」
「風に火。ふむ。怒らせたら、じつに恐ろしそうではないか……」
団子をたいらげて、茶を啜り――空っぽになった皿を確認すると、風火はあらためて尋ねた。
「それで、用件はなにか?」
「ふふ、笑わせるでない。よほどの阿呆でなければ、もう察しくらいはついておろう……」
「まあ、な……」
風火にはとっくに分かっていた。相手が武霊隊ともなれば、その目的が穏やかな用件ではないことを――
にぎわう茶店の密室で、鍔の音がぴんと鳴る。
それが合図のようなものだった。
椅子から跳躍する風火、その虚空を彰介の刀が斬り払う。
突然にきらめく白刃の凶行に、たちまち人々は悲鳴をあげた。