破魔士
山奥の枯れ葉の散らばる竹藪の中、女剣客はじっと眺めていた。
モヤがかった黒い瘴気が、どこからともなく沸き立って、あたり一帯に漂っている。まるで川底の土を踏み散らしたように、空気中へたちのぼり、ゆらめいて、拡散している。
ざぁっと風が駆け抜けて、葉々がこすれると、女剣客は背後へ振り返った。
「……わたしが気づいていないとでも思うか。いい加減、出てまいれ」
カサッと足音を鳴らして、姿を現したのは先刻の童だった。村の主の言葉を借りれば、恥者のせがれ、であったか。
「なぜ、ついてくる」
「……わかんない……」
「ここらはあぶない。はやく、村へもどれ」
「……もどりたく、ない……」
唇を噛みしめて、童がうつむく。皮膚のところどころに、あざが目立つ。理由は、そういうことだろう。
「……わたしは破魔士だ。アヤカシを斬れば、村を去るだけ。おまえを助けることは、できん」
「……そう、だね……」
落胆して、生気を失ったように、童がそのまま黙る。
その時、あたりの空気が、急に静まり帰った。
風が止み、虫や獣は息を潜め、草木ですらも静止している。
異様な気配に勘付いた女剣客は、童に近づいて引き止めた。
「待て、今は離れるな」
「え――?」
童の眼にも、それは明らかに見えた。
黒い瘴気が、大渦のようになって収束すると、音もなく、塊がふくれ、姿を成していく。
やがて現れたのは、荒々しいケモノだった。むろん、自然の獣ではない。墨汁で書き殴ったような輪郭をした、きわめて不安定な異形の存在だ。
ケモノが一歩、脚を進めると、その肉片がどろどろと崩れ、地面の落ち葉を腐らせて消した。
怯えたように、童が後ずさりする。
「アヤカシは人の憎悪に呼応する。こいつもまた、なにかを恨んでいるのだろう……」
女剣客が、すらりと刀を引き抜く。
おぞましい刀だった。波紋はなく、ただ真っ黒なだけの刃。鍔元のはばきには、人間のモノとおぼしき髪が幾重にも巻きついている。
その切っ先を向けると、妖禍使がぴたりと立ち止まった。
「恐れがわかるか……。ならば、よけいに斬らねばならん――」
意を決したように襲いかかる、妖禍使。
女剣客が、ほんの躊躇もなく、それを斬り伏せる。
まさに一刀両断であった。妖禍使の身体が真っ二つに割れて、地面へ崩れ落ちる。
片手をかざして、彼女はつぶやいた。
「幽州暗恨の念よ、還れ……」
ぽうっ、と白い光が輝いて――
そして、妖禍使は、どこともなく霧散して消えた。